2003年6月11日 日本vsパラグアイ 埼玉・埼玉スタジアム2002


フォワードが違うと、こんなにも質が変わるものかと思う。

この試合でジーコは、今までの控え選手を中心にメンバーを組み、それに加えて合流したての海外組二人の中村・高原、そして外せない中田と楢崎を置いて、試合に臨んだ。更には三都州を左サイドバックに配置して、可能性を探る布陣となった。

その中で個人的に注目したのが坪井、そして大久保だった。

坪井は秋田に替わり得る唯一の人材である為、早く代表に馴染ませて欲しかった。その意味では今回の試合は有意義なものになっただろう。これといったミスも無く、無難にこなせたのは今後に明るい材料である。

そして大久保だ。この試合で大久保は、与えられたチャンスを完全にものにした観がある。ここ数試合での試合内容が、この試合でここまで急変した理由として、大久保の存在が占める割合はかなり大きい。他にはパラグアイがディフェンシブに試合を運んだ事が大きいが、大久保の積極性と他の攻撃陣との絡みの方が、チームを引っ張っていった要因としては高い。鈴木の様なディフェンダーを最前線に置くよりも、積極的に前を向く姿勢を持つ事によって、それが攻撃的な意味でのディフェンスに繋がっている事が証明されたといえるのではないか。そういう意味では、誰よりも積極性のある高原とのコンビが、チームに多大なる影響を与えたと言えるだろう。今後の見通しとして、非常に明るい材料である。対峙した相手ディフェンダーのダ・シルバの苛立った様が、それを雄弁に物語っている。

攻撃に、動きのある大久保が加わり、ポジションチェンジが流れるように行われ、選択肢が急増した。前線はパラグアイのプレスをかいくぐる様にダイレクトでテンポ良くボールを回し、あとは点を取るだけという展開。ここから点が取れないというのが相変わらずなのだが、それを糾弾するよりも、今回は今後の可能性を見せてくれた事でよしとしたい。少なくとも鈴木を置いて点が取れない、という事情とは異なるのであるから。

今日の試合はジーコがやりたいサッカーに、かなり近いものが出来たのではないかと思う。しかし結果としては、ディフェンシブなパラグアイに対して、ホームで0-0である。今回は点が取れない事を批判するのは見送るが、結果を見て判断すると、やはりプラスαが必要なのである。つまり最低限の約束事だ。今までのジーコのスタンスを見ていると、どうやらそれは全て選手任せなようだ。選手同士のコミュニケーションで、局面局面の約束事を作っていくという感じである。選手を信頼しているからこそ、選手自身に考えさせ、自発的に約束事を形成していく放任主義、と言えば聞こえはいいかもしれない。今の選手達も、トルシエに与えられた戦術を個人個人で話し合う事によって、結果的にトルシエの戦術を超えた約束事を作り上げた実績もある。しかし、最近の代表においてコミュニケーションが取れていない事は、ジーコが最大の信頼をおくチームリーダーの中田の苛立ちを見ても明らかである。出来るのに出来ていないのはなぜか。それはチーム全体としての指針を示していないからだ。つまり基本的な戦術と基本的な役割分担と基本的な約束事がないのである。飛行機も、滑走路がないと、飛べないのである。

大久保の加入によって、攻撃の選択肢も増えたし、積極性も高まった。それにより出来た新しい流れが、今までの閉塞感を打ち破る可能性も感じる。三都州の攻撃参加を引き出す為の方法も模索しなくてはならない。チーム全体に出来た新しい流れ、可能性を、最良の方向に離陸させるためにも、ジーコはそれに必要な最低限の滑走路を用意しなくてはならない。