|
スベン・ゴラン・エリクソンのアルゼンチン攻略法講座。そんな名前のつく授業のような試合だった。
イングランドは全体のポジションを引き気味に置いたが、それはただディフェンシブな意図で取られたポジショニングではなかった。罠がしかれていたのだ。アルゼンチンの攻撃のポイントであるベロンから上のポジションをミドルレンジまで引き込んで、正確に言うと、誘い込んで、アルゼンチンの全体のポジションを攻撃的な所まで引き上げさせ、誘い込んだポジションに入るとみるや、積極的にチェックを入れる。一歩引いたポジションから、指定エリアに入った瞬間にプレスをかけ、攻撃的なポジショニングになっているアルゼンチンのディフェンスラインの裏にポッカリ空いているスペースを、スピードに溢れるフォワードが突く。アルゼンチンは、前がかりになっている所でボールを取られ、ディフェンスラインは整ってない、裏にスペースはある、というこの上なく嫌な状態で、逆襲をかけられる、という構図だ。
これはスウェーデン戦での、オーウェンがスペースを得られず死んでしまう、という問題点をも同時に解決する策でもあった。イングランドにとっては、アルゼンチンに引かれると、スペースをつぶされ、オーウェンが活用されず、形にならない。よって逆に自身が引き気味になって、アルゼンチンを釣り出し、逆襲のスペースを自ら作り出したという事になる。
他の問題点として、へスキーの左MF起用という点があったが、この試合ではヘスキーはトップへ上がり、そのため張りっぱなしで融通が利かなかった前戦とは違い、左サイドの干渉が解消され、アシュリーコールも何度かスムーズな攻撃参加を披露した。
がしかし、それでも深入りはしなかった。両サイドバックが、うまく攻撃参加できても、それを活用する事はあえて避けた。我慢していた、とも言えるだろう。
その戦術が徹底される状況下で、ベロンがいい形でボールを持てるわけもなく、アルゼンチンの両サイドのMF、というよりFWに近い二人も、起点になる瞬間に潰されていった。ベロンにボールが預けられずにリズムを作れない内に、ベロンはポジションを少し下げて対応を試みていたが、それが逆にリズムを失う事に繋がっていった。
逆にイングランドは、スペースを与えられたオーウェンが、水を得た魚のように活き活きと突破し、相手ゴールにプレッシャーを感じさせつづけた結果、必然的にPKを奪う。それをアルゼンチンとの因縁をクローズアップされるベッカムがきっちり決める。完全にイングランドの試合運びがハマッた。
後半、アルゼンチンはベロンに代えてアイマールを投入。恐らくビエルサは、パスの起点を狙われリズムが悪い現状を打開すべく、動き回ってボールをもらえるアイマールをトップ下に置き、左右と入れ替わる様に前線に動きを持たせ、リズムを取り戻そうと考えたのだろう。ベロンと代えるのはリスキーだが、それぐらいの大胆な策を講じないと、この閉塞感を打破する事は不可能だ、と。
その策のおかげで、何度か崩す事が出来たものの、センターバックのファーディナントとキャンベルがどっしりと構え、それを中心とした分厚いディフェンス陣が、それをことごとく跳ね返し続ける。
業を煮やしたビエルサは、更にクレスポをバティストゥータと代えて投入する。しかし、ここでそのままの布陣を保っていては、選手が代わるだけで状況は変わらない。ビエルサは頑なに自分のシステムを変えない監督だが、こんな時は布陣を変えるのが一番の打開策であるのに、自らの頑なな理論が、逆に自らを追い詰めて行っている事を認めない。はっきり言えば、ツートップにすべきだった。
バティとクレスポを並べたくなければ、クラウディオ・ロペスとのツートップにし、オルテガをアイマールの近くに絞らせ、潰されつづけている起点のエリアにポイントを増やし、プレスを分散させる効果が得られる。その上、サイド攻撃も深い位置からサネッティを参加させる事ができ、この場合サネッティにはマークもつきにくいという利点まである。
しかしビエルサは、その類の選択肢を考慮せず、頑なにシステムをキープしつづけ、選手の入れ替えのみで活路を見出そうとした。その頑なさが敗因であろう。
要は、監督の違いが勝負を決めたのだ。あまりにも鮮やかに、監督の力量が勝敗を決した試合だった。
しかし、いかに優れた戦術を監督が指示した所で、それを選手が具現化しないと、何の意味も持たない。そういう意味でこの試合の勝利は、優れた教授の理論と、それを吸収する生徒の集中力によってもたらされたものだ、ということになるだろう。
ちなみにこの試合も、ボール支配率の数字がアテにならない事を証明した典型的な例だった。
|