4月30日

昨年同様、友人の誕生パーティーがビッグエコーにて行われ、それが終わってから昨日到着したケンタローさん改めケンタライさんと合流し、朝まで飲み続けました。

ケンタライさん、明日からカンボジアとか言って、相変わらずの旅人気取りたい症候群なわけですが、既に航空券のキャンセルした場合の話とかしてて、非常に微笑ましかったです。


4月29日

当初の予定だったら今日既に帰国だったわけで、そう考えると恐ろしいもんがあります。

Big-Cのコインカラオケに行ってきたんですが、中々使えますな。一曲10バーツなんですが、機械の操作に慣れればビッグエコーに行かずとも充分タイカラを楽しめます。

その後、田舎の純粋さをBTSにて感じつつ、夜は谷屋で更にカラオケ三昧、な日でした。


4月28日

お約束ではありますが、最後のビザ更新という事で先月行って来たわけですが、もっかい行く事になりました。

早朝というか昨日の深夜に出て、いつも通り無事に更新して帰ってきました。
すげぇ眠くて、昼のお誘いも断るくらい。
夕方は寝てしまいました。

しかしまぁ、あと2週間。タイに別れを告げられているような日々が続いていますが、最期的なものを感じつつ、どうせなら徹底的にというスタンスです。今日もまた一つ失ったし。

啓示ってやつでしょうか。色々感じさせられてる所はありますね。


4月27日

帰国日が正式決定しました。来月の13日です。

厳密に言うと、こちらの滞在は、フライトが深夜便の為、実質12日までとなります。

残り二週間程となりました。あ〜、しんど。
ビザも切れるので、これからカンボジアへ出てこようと思います。

数日前からネットが繋がらなくなったんで、恐らく契約が切れたからかと思い電話したら、案の定そういう事だったみたいです。で、そのまま二週間、12日まで契約更新したいと言ったら、「では、Eモイン送りますので読んで下さい。」との御返事。あ、Eモインってなぁ、E-mailの事です。

取り合えず、ネット接続できないから、そのEモインをどうやって読め、と。
そんな状況で、更新もままなりません。つーか出来ません。


4月26日

お父さんは35歳ですかそうですか。

しかし今月は呪われてるってくらい、色々とたくさんのものを失う月でして、今日もまたひとつ。
そういう時期って、あるんですなぁ。

自分の中で結構大きなもの、四つ目。

と思ってたら五つ目も来ました。まいったね、こりゃ。

関係ないけど、タイガーバーム頑張れ。たのむから、効いてくれ。


4月23日

長老I氏、早くも帰国。

かなりの刹那的ガス抜きだったI氏、いきなり着いて2日目からもう帰る日の事を思っては嘆き、という日々でした。刹那休暇、セミの一生の如し。

ホント、あ〜っという間でした。

今月だけでも、Ogakiさんや葛Tさんの時もそうでしたけど、ホント、帰る方の嘆き悲しむ表情を見るのは、近々確実に私自身に降りかかってくる現実を見せ付けられてるようで辛いです。


4月22日

リンダ姐から電話があり、
「6日のフライト、取れたよ〜。」
との事。

私、しばしの間を置き、
「あのぉ・・・、う〜ん、13日のフライト状況と、エアインディアの価格をチェックして、それから決めてもいいっすか?」

と、お約束の延命行為。

これでいい。これがいい。そうですよね、TAZ様。


4月21日

リンダ姐と約束してたので、長老I氏とテラスの先輩ニシオさんと、ロジャー兄とニムとでメシを喰いに行きました。

サムセンのソイ3にある、チャオプラヤー河沿いにあるレストランでしたが、雰囲気もよく、やはりチャオプラヤー沿いというロケーションもあって、結構いい店でした。ウエイトレスも美しい方々が多く、その点も評価できますな。ソイ3をずっと奥まで行った突き当りにあります。

それにしてもリンダ姐とロジャー兄、ラブラブですな。ええこっちゃ。姐が幸せなら、おいらも幸せや。


4月20日

もういい加減、帰国日を本決めしなきゃいけない時期なんですが、航空券やアパートのチェックアウト云々、色々事情もありまして、当初軽く見積もってた帰国日より、お約束ではありますが少し遅くなりそうです。

まぁ、下手すりゃ今回は最後の長期滞在って事にも成り得るので、いいっしょ、一週間ぐらい延長しても。ビザ更新しなきゃいけないけど。

明日、リンダ姐と会って、すでに注文してあった航空券の状況を聞きつつ、帰国日を決めたいと思います。

まぁ、一応一年オープンで買っときますがね。

いずれにせよ、もう半月は無い命です。死刑執行日が近づいてきております。

やり残しを消化しなくては。


4月19日

私にとっては朝の10時半とかは、普通の人にとって朝の4時半くらいに当たったりするんですが、そんなまさかの時間帯に長老I氏からのノックを受け、きばって健康的に午前中から外出でした。

プラトゥナームで両替して、バンランプーでリンダ姐に再会しメシ喰って、I氏たっての希望であったパーマをかけにカリスマM氏のもとへお世話になりに行きました。

I氏、すっかり若返り。明日、サイアムに行き服も若返り計画実行らしいです。

で、やっぱり今日も屋台的な飲みに出かける感じです。


夕方帰ってきてI氏と部屋でビール飲んでた時にTAZ様から国際電話があったんですが、相変わらずのもったいぶり的な、非常に卑怯な切り方されて、モヤモヤしっぱなしです。
まぁ、お互い様なんですが、しかしまぁ、やられるとたまらんなぁ、これ。


4月18日

葛Tさん、短い滞在を終えて今日、離曼。
台湾トランジットで、心の準備をば。
ソンクラーンも満喫していただけたか、と。

寝てたので、恐らく空港からと思われる電話を取れずじまいで、すまんかったっす。

今回の滞在で彼の人生は大きくタイへと傾く事に?乞うご期待。


で、明日は我が身の私は、長老I氏をこっちの在住者の友人達に紹介しつつ、飲んで歌って大騒ぎ。

死刑執行日が近づく昨今であります。


4月17日

長老I氏、バンコク降臨。二年ぶりだそうで。

私のとこのアパートに6日間滞在する予約を入れておいたんですが、予約する際に言われたのが、「当日(17日)はオフィスが夕方の5時で閉まってしまうから、それまでに到着しないようだったらチェックインできないですよ。」との事。

5時までに到着しなかったら私が代わりにチェックイン手続きします。でも多分1時30分くらいの到着便だから、問題ないと思いますがね。という事で話を通しておきました。

ところが・・・。

遅い。
連絡が来ない。
3時になっても連絡が来ない。
3時半になっても連絡が来ない。

どうした?と思い、フライト情報を調べるため航空会社のHPをチェックしてみると、予定通り到着してます。うーん、乗らなかったのかな・・・。乗れなかったのかな・・・。

待ってる間、内線も何回も鳴ってチェックインの催促バンバン。
うぉお、板挟みぢゃあ・・・。

その際気づいたのが、私の手元にお金が200バーツくらいしかなかった事。
前夜、飲みに行って使ってしまってて、それだけしか残ってなかったわけです。
つまり、情けない事に、代わりにチェックインしようにもデポジットすら払えない状況で、これじゃチェックインできないわけです。交渉が必要になってくるかも。

なので、どうしてもI氏に到着して頂きたいわけなんですが中々来ないという状況の中、4時になろうとしたその時、ついに携帯がなりました。間違いなくI氏です。よかった!

そこで、だいぶ遅れたみたいですが、どうしたのか聞いてみると・・・

 

「いやぁ、調子乗って酒のみすぎて、酔っ払って空港で寝てしまったわぁ。」

 

長老I氏、健在。I氏がI氏であるために。酔い続けなきゃならない?

5時で閉まってしまうので急いでくださいと伝えると、ソイに着いたら電話するとの事で、時計を見るとまだ1時間近くあるし、何とか間に合うだろうとようやく安心しました。

40分過ぎ・・・。まだ来ない。
45分過ぎ・・・。まだ来ない。
50分過ぎ・・・。まだ来ない。

もうダメだ。金は翌日払いで交渉してチェックインだけして鍵をもらわねば。

と思い、下にエレベーターで降りようとしてた所に、I氏から電話!
最寄のセブンに到着したとの事。即ダッシュ!

二年ぶりの再会。長老I氏は手にハイネケンを持ち、レジ待ちしてました・・・。

会計済ませて急ぎ足でアパートに向かい、オフィスに駆け込んだその時間、タイムリミット2分前でした。


4月15日

昨日も夜は谷屋で水掛してたわけですが、昨日から急に勢いが戻ってきた感じです。人もかなり集まってきてて、死人が出そうな雰囲気も戻ってきてました。

水掛してる間は、色んな人が酒を飲ませてくれるわけですが、まともに落ち着いて飲めるわけでもないので、水掛メインでやってると、どうしても飲み足りなくなります。
なので1時で水掛が終了してから、トンローの屋台に移って飲み直し。

最初は野郎5人で飲んでて、内2人が途中で帰宅。その後3人で飲んでたら、目の前でひったくりがあって、思いっ切り目撃してしまいました。

道路際のテーブルに座っていた、ちょっと金持ちそうなおばちゃんが、ソンクラーンの水掛対策でビニール袋に入れていた貴重品を、そのまま持っていかれてました。道路際の植木を陰にして忍び寄り、手にしていたビニール袋を一気に奪い取り、即ダッシュで傍に待機してたバイクに飛び乗り、ブーンブーンと逃げ切り。あまりに素早い犯行に、抵抗する余地もなかった感じです。相当、手慣れてました。

ここの屋台では、携帯をテーブルの上に置いていると、常に「危ないから、しまいなさい。」と言われていて、面倒臭いし鬱陶しいなぁと思ってたんですが、さすがに目の前で目撃したら、何故あれだけしつこく言ってきたのかがようやく実感としてわかりました。

聞いてみたら、結構よくあるみたいで、治安がいいと思って安心して油断してたら、またやられるなぁ、と自分自身に注意を促してみました。

そういえば2年前のソンクラーン、私も盗難被害にあってたし・・・。


4月14日

ソンクラーン真っ只中ですが、イサーン方面から入った情報によると、最近水不足が問題になっている地方で、今回のソンクラーンで水掛をすると、警察につかまるそうです。

なもんで、そっち方面に帰省してる方々は、水掛して遊ぶ事もできず、ただ家族とお話したり酒のんだり、ってくらいしかイベントが無く、激しくつまらない模様。

バンコクは人も物も金も集まってくるところなんで、物資が不足してるってのも全く感じる事も無く、津波であろうと干ばつであろうと、全く危機感を感じません。やっぱバンコクはバンコクっていう一つの国なんだなぁ、とつくづく思います。

まぁ、その恩恵にあやかり、今夜も谷屋でCTUごっこなわけですが。


4月13日

いよいよソンクラーンが始まりました。

のっけから葛Tさんとタイ人3人とでカオサンに突入しましたが、例年のような激しさは若干薄れていたように感じました。

なんだか今年から色々規制がかかった様で、音楽は夜10時迄で水掛は夜12時までとなっているらしいです。

あと、交通規制もしかれているせいかもしれませんが、ピックアップに乗り込んで参戦しているグループもあまり見当たりませんでした。まぁ、シーロムとかではガンガンだったんですが。

人混みも、ここ数年の異常な混み具合と比べると、少し減った様な感じがしました。

でもまぁ、死ぬほど疲れたんですけどね。

その後、眠くて倒れそうな体に鞭打ち、またしても谷屋へ。今日から本番という事で、昨日よりもガンガン激しさは増していましたが、ここもまた数年来の勢いは感じませんでした。閉まっている店が多いというのも影響しているんでしょうか。所々に店の軒先で陣取っている集団がいて、そこで激しくやっているという感じなんですが、それが減ったなぁ、と。

それでも、それはそれで関係なしに、カリスマM氏とCTUごっこしつつ、メチャメチャ楽しんできましたが。


4月12日

ソンクラーン・イヴという事で、我慢汁を浴びに谷屋へ赴きました。

予想してたほどは始まってませんでしたが、まぁ、それなりに楽しかったです。

明日から本番です。


4月11日

葛Tさん、BKK到着。ソンクラーン満喫予定。

今日あたりからソンクラーンの帰省で段々バンコクも人が少なくなってくるはずです。
知り合いでも5〜6人程、今日から帰省予定。

しかしまぁ、取り合えず誘いますね、タイ人は。
「ソンクラーンはどこに行く?」って聞かれて、「バンコクにいる。」って言っても、「じゃ、一緒に行く?」って展開に大体なります。

だから、バンコクにいるって言ったでしょが。

昨日、早くも水鉄砲をプシュプシュやって戦闘体制の確認をしてる人を見ました。
もう、明日あたりから、我慢汁が出始めてるんだよなぁ・・・。
あぁ、鬱陶しい・・・。


■東京DF加地が全治1カ月
■加地 亮選手の検査結果について

なんだ。たった4週間か・・・。キリンカップにも間に合ってしまうぢゃなひか。(←自主規制)


4月9日

昨日スクムビット沿いの屋台で飲んでたら、隣の席にSilly Foolsのベースが座ってメシ喰ってました。うーん、やっぱ芸能人も屋台でメシ喰うんだなぁ。まぁ、日本の芸能人が吉野家で牛丼ってのも、あるっちゃある話だからなぁ。

そういや去年、そこの屋台で飲んでたら、ボーカルがかわいいおねぇちゃんと手をつないで通りかかったっけ。

あんま気取った感じがない、タイの芸能人ですが、そういうとこ結構好きです。


4月7日

安牌と

   思った女に

        捨てられて

 

歌丸です。


4月4日

うーん、最近ネットが繋がらない・・・。

大事なメールが来てるのに、メール受信が出来なくて、メチャ苛立ちます。

そう言えば、間違いで今月分のネット接続料金が請求されてきてたので、その関係かとも思い、家賃払ったついでに、間違いの旨をアパートの受付に伝えてみました。

基本的に支払いは受付で行っているものの、基本的には受付は料金授受の代行を請け負っているだけなので、その辺の問題はノータッチという姿勢っぽいんですが、タイ語であーでもないこーでもないというのが煩わしいので、これこれこーゆーわけだから電話して伝えてくれないか、と言ってみた所、「あぁ、そういう事だったら、あなたはここに電話して伝える事ができるカー。」というお返事。

だーかーらー、それが鬱陶しいから言ってるのに、つってもまぁしゃーねーか。

結局、自分で電話して伝えたら、サクッと
「あぁ、そうでしたか。じゃ、払わなくていいカップ。」
との返答。ついでにここ数日、全然繋がらない事を伝えると、
「あぁ、そうですか。では修理の者がすぐ参ります。少々お待ちカッポン。」
との返答。

待つ事、3時間。もういいや。別に部屋にくるわけでもなかろうもはや。

というわけで、未だに繋がらないまま更新も滞りながら、Ogaki様とYASさん@月下独酌とメシ喰いに行ってきます。


4月3日

Ogaki様がいらっしゃったので、メシ喰って飲みに行きました。

会計がどえらい事になりました。

あれは我々のせいでは絶対ないはず。

我々は被害者だと確信してる次第。


4月2日

えぇっと、多少引っかかっててオチに気づいてない方もいる様なのでネタ明かしします。

昨日の更新での北朝鮮遠征宣言ですが、最後に一番下の行に微妙なスペースがあるわけなんですが、そこをドラッグしていただければ、と。

そういう事です。


4月1日

昨日、アウェーの北朝鮮戦について、少なくとも無観客試合は固い、と書きましたが、結局中立地開催どころが、観客も入れるみたいな流れです。

馬鹿じゃなかろうか?選手と審判の安全を確保するべく、十分な警備を行うことを国際サッカー連盟(FIFA)とともに保証する、って・・・。

試合の運営って、観客の安全も含めてでしょうが。どうやら日本人サポが犠牲にならないと、事の重大さに気づいてもらえないみたいです。

というわけで、私がそれを知らしめるべく、ここに北朝鮮遠征を宣言します。
まぁ、エイプリル・フールなんで、こんな事も言えちゃいます、えぇ。