今年もソンクラーンがやってきた。ソンクラーンと言うのはタイの正月で、水掛祭りとして有名なイベントだ。階級社会のタイで、この日は無礼講となり、普段接する機会のない階層同士が同じ舞台で水を掛け合ったりできる。もちろん同じ舞台に立てば、の話だが。

最近はこの無礼講的側面が極端に強調されているというか、何と言うかアンウェルカムに感じる人間にとってみれば、迷惑極まりない、とても憂鬱な期間となってしまってる。従ってハイソ系の人々で海外に逃げる人達も多い。

適度に楽しむのなら私としても何の問題も無いのだが、最近の傾向としてはエスカレートするばかりで、しかもタチの悪いことに遊ぶ舞台の一極化が進んでいて、よりにもよって私の住むバンランプー界隈は最も人が集まる場所と化している。ソンクラーンが行われる東南アジア地域の国々全体を見ても、この界隈が一番騒然としていて、つまりは世界一ヤバい場所なのだ。従って日常生活に大いに支障が出てくるのである。なんせ外に出れないから、飯も食えないのだ。

開き直って、一緒に狂ったように水を掛け合ったり、パウダーを溶かしてドロ状にした液体を塗りあったりしたら、まぁ楽しめるといえば楽しめるのだが、一日で飽きる。それに長々と4日間も延々とそんなテンションを保っていろと言う方が無理な話だ。

とにかくまぁ、セクハラが公に認められている、無礼講と言う観念を逆手に取った、それはもう壮絶な祭りなのだ。自分の都合の良いように物事を解釈してしまうタイ人的発想の真骨頂がここにあると言っても過言ではない。いや、断言しよう。

そんなもんだから毎年、多数の死者もでる。ほとんどが交通事故なのだが。今年も初日で400人死んだらしいから、相当の数を記録したと推測される。なので年々、様々な規制が掛けられるのだが、タイ人、そんな規制なんか、もちろん全く守らない。私としてはせめて、パウダー系を塗りたくる事を徹底的に規制してくれれば、その代わりあとは何でも受け入れますという感じなのだが・・・。

今回見た中で一番驚いた光景は、ソンテウに人間が何十人も鮨詰めで乗り込み、そのソンテウが勢い良くアクセルを押し込むと、ソンテウがウイリーする、というもの。調子に乗った運転手は5秒くらいごとにウイリーを繰り返しながら、50cmくらいずつ車を進めていた。周りの人間はウイリーするごとにものすごい歓声、いや怒声を浴びせていて、ヨーロッパのサッカー場のような騒乱の雰囲気が展開されていた。

今回、画像が無いのは、そういうわけだ。デジカメを持ち歩く状態ではない。スズメバチの巣にチンポを突っ込むような行為は避けた方が懸命だ。

そんな私がなぜソンクラーンを避けずにバンコクにいるのか解せない方も多いだろう。嫌ならとっとと逃げればいいのに、なぜいるのか。それは簡単。楽しむべき場所で楽しめば、このイベントは素晴らしく面白いからだ。つまり、その場所で楽しむためにバンコクに残ったのだ。

それじゃあバンランプーに集まってくるタイ人を非難できないじゃないか、と思うかもしれないが、それは違う。私は楽しみたい人のみが集まる場所で、アンウェルカムに感じる人がいない場所で、迷惑に感じる人がいない場所で思いっきり遊ぶのであり、一般市民が日常生活を送っている界隈に土足で踏み込んで迷惑をかけるような行為とは一線を画している。

じゃ、そこはどこかというと、ディスコである。ここで存分にソンクラーンを楽しむのである。

そこで向かったのが、ダンスフィーバー。ここは日本で言うクラブとは全く違うもので、世界で一般的に考えられているディスコとも違う、ベタベタなタイ系のディスコであり、それがお気に入りで、よく通っている所である。

そんなわけで友人のfujiyasu2000さんとダンスフィーバーに向かった。道中、騒乱の界隈を抜けた瞬間、なんとも平和なバンコクの光景を目にして、ソンクラーンの一極集中化を実感。渋滞も無く現地に到着し、近くの屋台でセンレックをすすり、いざ館内へ。

ダンスフィーバーではタイポップや英語の曲をライブで演奏するショーが2回に分けて行われるのだが、今回はその間に一曲だけのミニライブもあった。一回目のショーが始まった頃には、まだ全然周囲では水掛は始まってなかったのだが、遠くの方から水鉄砲で私だけをめがけて水を掛けてくる女のグループがいて、よっしゃ、溶けた氷水を後でお見舞いしてやる、と思いながら甘んじて受け入れていた。

一回目のショーが終わって、ガンガン踊る時間帯になった頃に、ようやく水掛が始まった。我々も、攻撃を仕掛けてきた周囲のグループに応戦しながら、気がついたらビショビショになっていた。ここにはソンクラーンを楽しむために来てるし、そういう心積もりだから冷たい氷水を掛けられても何も文句は無い。目には目をで応戦するのみ。パウダーを溶かした泥状の液体もベッタリ塗られたが、時間がたつにつれてパウダーそのものを掛ける展開になってきた。

館内戦争状態になってきた頃、極楽タイランドのmaoさんとその連れが合流し、物資補給後、強力な戦力として供に戦い始めた。

そんなこんなで楽しんでいるうちに、そろそろ二回目のショーの時間に備えてトイレに行っておいた方がいいなと思い、席をたった。

これが全ての始まりだった。

トイレから帰って来る道中、人込みを掻き分けながら、水を掛けられながら、パウダーを掛けられながら、攻撃されっぱなしで歩いていると、ふと、そこに席を取っていたタイ人女性と目があった。目が合った瞬間に彼女はニヤリと笑い、あろう事か私の胸倉をグイッとつかみ手繰り寄せ、パウダー缶を私の頭の上に持ってきて、パウダーを振り掛けてきた。なにくそ!と思い、私はその女の手からパウダー缶を奪い、逆にその女の頭に振り掛けてやった。ヘヘン、ざまみろ。

と思ったら、その女のグループの一人が、あっけにとられた顔で私を見ている。ん?どうしたの?と思ったら、そのコは私の首元を指差してきた。え?何?と私は自分の首元を触ってみる。と・・・

血の気が引いた。そこにあるはずのモノが、無い。それは私が7年以上つけ続けていた、3つのカラーから成る7つのゴールド・リングを通したネックレスである。これはもはや私の体の一部と化していて、友人達もそれが私のシンボルとして考えていた、大事な大事な代物。世界各国で様々な人と接し、その都度話のきっかけとなったり、或いは何人もの知り合った女性から幾度となく「頂戴!」とおねだりされてきた、それでも誰にもあげなかった、思い入れの強い、大事なネックレスである。

形振り構ってはいられない。その場でしゃがみこんで探した。それを仕出かした女も「何?何よ〜?」と言ってきたので説明すると、一緒に探し始めた。それに気づいたボーイも懐中電灯でその辺りを照らしてくれたが、混雑極まりないフロアの状態で見つかるわけもなく、しょうがないから閉店して電気がついて客が帰ったら探しなおそうと思いつつ、しかし9割あきらめながらテーブルへ戻った。

戻って、何があったのかをfujiyasu2000さんとmaoさんに告げると、二人とも絶句。二人とも私にとってこれがどれほど重大な出来事かを理解していた。

しかし、今出来る事と出来ない事がある。凹んでいてもしょうがないし、成るようにしか成らないので、諦め9割でとにかく精神的に落ちないように、また、周囲のテンションを下げないためにも、開き直って戦争に再び参加した。とにかく考えないように努め、ひたすら楽しむように心がけた。

そして二回目のショーも終わり、最後のクライマックスの大戦争も終了。ソンクラーン初日のダンスフィーバーは大盛況のまま幕を閉じた。客が続々と外へ出て行く。照明もついた。そして私は一目散に現場へ向かい、ブツを探し始めた。

7つのリングのうち、3つはすぐに見つかった。実は心の中で「もしかしたら今日はネックレスを着けてくるのを忘れていたのかもしれない」と願望にも似た推測をたてていたのだが、3つ見つかった事でむしろ残酷な現実を突きつけられた形となった。maoさんとその連れも合流し、「あと4つだ、あと4つ。」と後片付けに励むボーイや掃除のおばさんを巻き込み、みんなでひたすら探しつづけた。しかし見つからない。どう転んでも見つかりそうに無い。仕方がないので諦める事にした。

しょうがない、帰ろう。

とテーブルに戻り、テーブルにぶら下げていたウエストバッグを取ろうとすると・・・無い。

ソンクラーンの水対策として、濡れないようにと、そのウエストバッグの中に財布を入れてあった。再び血の気が引いた。そしてその中にはIDチェックと警察対策の為に、パスポートをも入れていた事に気づく。更に血の気が引いた。

その時気づいたのが、fujiyasu2000さんの姿が無いこと。よくある事なのだが、退場の混雑ではぐれてしまい、どうやら我々を見失い、先に退場しているようだ。と言うことはもしかしたらfujiyasu2000さんがバッグを持って行ってくれているかもしれない、と淡い期待をかけて、場外に探しに出る。fujiyasu2000さんは入り口の所で待っていてくれたので、すぐ見つかった。彼の手元にバッグは・・・

無い。

すぐに荷物預けのスタッフに問い合わせるが、忘れ物としても届いていない。完全に盗まれた事がこの段階で決定。

人生って、色々あるもんだ・・・。半年の滞在で帰国を2日後に控えた段階で、パスポート及び財布を盗まれる。もちろん私の不注意が全ての原因。盗まれた人間が悪いのは、体に染み付いていたルールだったはずなのに・・・。