ジーコ・ジャパン

 ワールドカップが終わり、フィリップ・トルシエの退任を受けて、新監督としてジーコが就任した。複数候補者の中から絞込みをしている最中に、川渕日本サッカー協会新会長がジーコへの打診を確認したところ、まだだということで、「一応」「ダメもと」で打診を指示したのだが、意外にも前向きな回答が帰ってきたため、そのまま交渉に入り、スムーズに就任が決定したという流れらしい。
 正直な意見として、ジーコは無いんじゃないのかと思った。監督経験云々を言うつもりは無いし、肯定的な要素も有るには有る。しかし、だからと言ってすんなりジーコでいいかと聞かれれば、それは無い、と答えざるを得ない。
 理由として、継続性が挙げられる。まがりなりにも我が代表は、ワールドカップにおいて開催国のノルマを果たし、ベスト16という結果を残した。それは4年という歳月をかけて培ってきたチームの基盤をもとに、日本代表としてのサッカーが花開いたからであり、その基盤とは組織力である。
 トルシエが残した遺産として、フレキシブルに機能する数々のユーティリティ・プレーヤーが挙げられる。ポジションをチェンジしても、問題なくそこに順応する能力を選手に求め、それを育成してきたのである。それら数々の駒が有機的に機能し、高度な戦術を具現化していたのである。それによって力の差があるチームに対しても、互角に渡り合うまでに成長していったのだ。
 高度な戦術を、張り詰めた緊張感の中で持続する集中力をもって体現し、個人能力の差をカバーしていたのであるし、それが日本の方向性だったはずである。
 それを全て放棄して、ブラジルサッカーのジーコに全権を委託する事に、諸手を挙げて賛成出来る方がおかしいというものだ。
 ジーコの戦術は、容易に想像し得る。フラットな4バックで中盤をボックス型で形成し、2トップ。オーソドックスな4−4−2であろう。ベタベタのブラジルの布陣である。ここで問題なのは、センターバックである。
 この場合、センターバックは身体能力の高い、一対一に強いディフェンダーが必要とされる。しかし日本には欧州や南米の強豪に対峙すべき強力なディフェンダーは存在しない。高さにおいても、スピードにおいても、ドリブルで突っかけられたら目も当てられない程の、一対一の脆弱性を露呈する。これは何も対欧州、対南米に限った事ではなく、中東などのアジアにおいても同様で、更にはアフリカなど言わずもがな、である。誰がこのポジションを守るのか。今の日本には秋田くらいしか思い浮かばないが、4年後を見据えると計算できない。ゴールデン・エイジと言われる現在の主力組だが、残念ながらディフェンダーにそれは当てはまらない。それをカバーする為の組織力の向上と、プレッシングサッカーの熟成だったはずなのに、その方針をそんなに簡単に翻してしまって良いものだろうか。そこに、しっかりとしたビジョンが見えないのである。
 加えて重要なのがサイドバックになる。ここには守備力と供に攻撃力をも兼ね備えている選手が必要だが、3−5−2では使えても、4−4−2でフィットする駒は不足している。
 ただ、ジーコで良い点も無いことは無い。それは無論、彼が日本サッカーを良く知っているということだ。良い人材を活かした布陣を取る事になるだろう。おそらく選手選考においては、万人が文句を言えないものになるだろう。また、彼の情熱もいい影響をもたらすことだろう。気持ちが表に出るサッカーを見せてくれる様になるのではないか。そして彼の知名度も重要だ。テストマッチが彼の顔で組みやすくなる事も見逃せない。
 ここで彼が代表監督を引き受けたということは、生半可な気持ちではない事は保証できる。本気なのは間違いない。よって総監督として兄のエドゥーを呼んだりして、中途半端な分担制などは敷いたりしないと信じたい。そしてJリーグにも足繁く視察に通って欲しい。今のところ、Jリーグのクラブ側との関係を良好なものに築こうとしている姿勢を見せているし、リーグの重要性を理解しているのも彼の良い点であり、評価に値する。
 ジーコは無いだろう、と言った理由として挙げた問題点を、ジーコなりのやり方でいかに解決するか。そこが注目である。駒不足の問題では、新しい選手の発掘および育成が必要とされるし、継続性の放棄に関しては、揺ぎ無い日本のスタイルの確立をもって問題ではないことを証明してほしい。