Vol.1: Prologue
中学校の頃からアメリカ行きに憧れ、そして大学三年時に留学を決意した。
専攻も自分の興味と体育大学で学んだことを生かすために「アスレチックトレーニング(スポーツ医学)」と決めた。
しかし、当時はどうすればいいのか全く分からなかった。
大学卒業までの一年間の間に“教育実習”“学会発表の準備”それから“卒業論文”の忙しさに追われ、資料の収集はおろか英語の勉強さえ十分に出来ぬまま時間だけが過ぎていた。
現在のようにインターネットでアスレチックトレーニングに関するホームページがなかったので、留学斡旋業者の無料相談を利用したり、NATA の本部に手紙を出したりするなど自分の出来る限りで情報を集めた。
“アスレチックトレーニングを学んでアスレチックトレーナーになる。”と意気込んではみたものの、自分は何も知らなかった。
さらに(今でもそうだと思うが)剣道の分野にはアスレチックトレーナーなんて存在していなかったので、周りの友達に留学の目的を説明しても「何それ? 筋トレか何かのコーチ?」という返事だけが悲しく返ってきた、、、
なにがともあれ、現在ではアスレチックトレーナーという存在が日本のスポーツ界でも注目されつつあると耳にしている。
そして、実際に自分と同じようにアスレチックトレーニングを学ぶためにアメリカ留学をする学生達や、最近では日本の専門学校や体育系の大学でそれを勉強している人たちが多いことをホームページの掲示板や去年参加した NATA コンベンションで感じた。
さらに将来まだまだアスレチックトレーナーになることを希望する人たちも増えていくと思う。
ただ「みんな何でそんなにアスレチックトレーナーになりたいのだろうか?」と疑問に思うことも少なくはない。
「裏方で地味な仕事なのに、、、」と知っているのかどうかは分からないが、人気が出てきている。
“アスレチックトレーナーとは何ぞや?”
と尋ねられても、今の自分には授業で学んだ“定義”しか答えられないと思う。
正直な話、まだまだチンプンカンプンな状態である。
ただ毎日仕事をするたびにいろいろな発見があったり、様々な刺激があって面白い。 そして、やりがいもある。
常に自分自身が新鮮でいられるから、苦労や困難を経験してもトレーナー業を続けていられるのだと感じる。
それから“選手のために”働き、“きんじもこのチームの一員”と選手達から認められていろからこそ、アスレチックトレーナーをやっていられるのだと思う。
(Friday,January 26,2001)