Vol.10: International 1
今回のバスケットボールキャンプ、“アスレチックトレーナーとして”以外にも“留学生として”様々な経験をさせてもらった、、、
事前の仕事依頼の時にうちのコーチから、「キャンプはアメリカ人だけでなく、フランスからも参加者が来るから」と教えてもらっていた。
“フランスから来るっていっても、どうせ1チームが構成出来るくらいの人数なんだろうなぁ”と気楽に考えていた私は当日バスケットボールコートに行ってビックリする。
なぜなら、選手・コーチを含めて総勢50名近い大所帯で来ていたから。
キャンプ全体の参加者を数えていないので詳しい人数は分からないのだが、フランス人だけでもこのキャンプ参加者の約3分の2 は占めていたと思う。
今回のキャンプは、各高校別に構成されたチームのリーグ戦形式であった。
“学期期間中のトレーナー活動”とは異なり“サマーキャンプ内でのトレーナーの役割”にはもう慣れてきたので、仕事の内容自体には何の目新しい事もなかったのだが、私はある事を心配し不安でたまらなかった。
それは「もしフランス人が怪我をしたら、自分はきちんと対応出来るのか?」という事である。
“フランスという国でのアスレチックトレーナーの存在と価値”が私には全く分からなかったし、さらに私は長崎弁と英語しか話せない。 “彼らとの言葉の壁”が何処まで困難なものか、怪我の評価を行う時まで私には想像もつかなかった。
キャンプ初日は無事終了したのだが、翌日からはいろいろと忙しく時間が過ぎていった。 そして、早くも“私が心配した事”が起こる。
あるフランス人の選手が「怪我をした」様子で、トレーナーである私の所にやって来る。 来てくれたのはいいのだが、怪我の評価中に行う問診が全く出来ない。
そう、彼は英語が何も話せなかったのである。
怪我の評価は選手に様々な質問を行い、そこからどう対応していくのか進めていくのだが、言葉が通じないので何も出来やしない。 英語が分かる彼のチームメートを呼んでもらったが、その彼も十分に通訳出来るほどの力ではなかった。
私は専門用語を一切使わず、出来る限りやさしい単語とゆっくり話し掛けていたのだが、コミュニケーションがうまくとれない。
「Pain はどこ?」と尋ねても、彼らには“Pain”という単語すら理解出来なかったのである。
私は彼らよりも英語が使える身だが、決して彼らを見下した態度はとらなかった。
なぜなら、彼らの気持ちが痛いほど理解出来たし、私自身も“言葉の壁”を経験し続けているから。 私が必死になって何かを伝えようとしても、“英語”のためか、相手から理解されずに無視はおろか差別された体験も少なくはない。
だから、フランス人である彼らの歯がゆい気持ちがよく分かる。
彼らのコーチの何人かは日常会話程度の英語なら話せるのだが、私は試合中のコーチ達を呼んで、仕事の邪魔をするようなまねは出来なかった。
「しょうがない」
私は“世界共通語”と言ってよいのか分からないが、“ジェスチャー”でコミュニケーションをとることにした。
そして、うまく行ったのかどうかは疑問があったが、何をどうしたのか分かったし、その怪我の対応も何とか出来たと感じる。
たとえ言葉や国籍が違っても、“スポーツの世界には一定の規則またはルール”というものがある。だから、英語を理解していないフランス人であっても、アメリカ人とは対等に試合をしていた。
しかし、私個人としては、今回キャンプでスポーツのある裏側をアスレチックトレーナーという形をとうして、あるいは留学生という形で知ったような気がする。
(Friday,July 20,2001)