Vol.18: A Lecture
「わい、あんまいゴチャゴチャ言うなさ。黙っとけ。ここは日本ぞ。」
普段は無口なのでが、アルコールが入り少しでも酔っ払ってくると喋るようになる兄貴から説教された言葉である。
私は決して悪気はなく、ただ単にアメリカでの生活を説明するつもりだった。
だが、話の限度が限界を超えすぎていたのだろうか?比較される“日本”と“アメリカ”がとても不愉快に聞こえたらしく、容赦なく兄貴は私を怒鳴りちらす、、、
その一方で、過去にアメリカ留学の経験があり、現在は日本のある企業で働いている友人からキツイメールが届く。
元はと言えば、私が先に出した久しぶりの日本の感想をケンカを売ったような表現でメールしたことが原因だった。
その友人からのメールの内容はここには書けない。
だが、思いっきりカナヅチで頭を殴りつけるような文章で、かなり反省させられるメールであった、、、
何故上記のような書き出しから始めたのかと言うと、私が渡米前に『アメリカ帰りの日本人 ATC は、日本の純和製アスレチックトレーナーと衝突することが多い』といったような噂話を耳にしたことがあり、「まさか、自分はそうならないだろう」と思っていたことが、実際帰国してみると気付かないうちに私自身が『アメリカかぶれ』になっていたからである。
本当に悪気があるわけでもないので、知らず知らずのうちに「アメリカはなぁ、、、」などと比べてばかりいるのである。
幸いにも、このコラムの下書きを書いているのは帰国後わずか5日目で、まだ私の家族や親戚関係しか会っておらず、スポーツ関係者やアスレチックトレーナーの方々とは直接話をしていない。(だから何も問題は起きていないと信じる)
しかし、もし今のような生意気な態度でアメリカでの出来事やらを自慢し続けていれば、どんなに素晴らしい知識や経験を身に付けていたとしても、ここ日本では私は即“村八分”にされているであろう。
「いくら日本という国であっても、ある程度の自己主張は認められるような時代になっていなければならない」と私は思う。
しかしそれを都合の良い言い訳に、これまで数多くの先輩 ATC の方々が少しずつ少しずつそして現在もなお築き上げ続けられている日本での立場や役割を阻害するようであっては、私はただの問題児でしかこの国では存在しえないと思う。
「アスレチックトレーナーの資格を取得するまでは何があっても絶対に日本には戻らない」と決心してこれまで頑張ってきた。
「どんなに辛い体験をしても目標達成のため」に一生懸命やってきた。
それが『アメリカかぶれ』といったようなおうちゃくな態度一つで全てを無駄にしてしまっては、今までの努力や苦労は無意味なものでしか残らないと強く感じる。
現在も私と同じようにアメリカでアスレチックトレーニングを学んでいる学生たちに、このコラムがほんの少しでも参考になれば嬉しく思う。
(Saturday,May 04,2002)
加え書き:
日本に帰国して約一週間ほどが過ぎた。
食事や長崎弁の問題はないのだが、相変わらずその他の面では戸惑ってばかりいる。
自分の事はさておき、ある有名な日本人 ATC の方は『アメリカかぶれ』であらないように、「遠征先での朝食は必ず“和食”を食べ、テレビ番組は“時代劇”を見る」などと帰国後は徹底して日本の生活様式に合わせようとしたエピソードを聞き、とても驚いた。
それと同時に「まだまだ語り尽くせぬ日本での苦労話もたくさんあるんだろうなぁ」と自分なりに想像してしまった。
ここ数年間で日本人 ATC の方々の活動が目立つようになってきたが、あの当時はどれくらい大変だったのだろうか?
(Tuseday,May 07,2002)