Vol.31: Recall the Experience
実習先での仕事が終了して、約1ヶ月ほどが過ぎた。
“ATC”として満足に働いたのはいつだろう?
正直なところ、よく覚えていない。
『アスレチックトレーナーとは何?』
自分の“今”の気持ちを正直に書きたい。
実習が終了する数週間前、ISUからClinical Instructor (CI) がDePauw に来た。
別に自分の所だけでなく、CI は他のクラスメートが働いていたHSも訪問していた。多分、来年度に向けての情報集めだろう。
そのCI と話しをしている時に、ある選手がATRに来てすぐさまHeat Pack を膝にのせていた。
『!?』『きんじ、あれで良いのか?』と小さな声でCI が尋ねる。
『はぁ、自分もここに来た最初の頃は驚いてたんですけど、ココでは“こう”らしいです』とあっさり答えた。
“こう”というのは、Ultrasound やElectric Stimulation 以外は選手たちが勝手(自主的?)にトリートメントを行っている事。
その中でも凄いのは、ACL Reconstruction 後のリハビリも自分らの手でやっていた事。もちろん、クリニックからのリハビリ表みたいなものをもらっていたらしく、それにDePauwのスタッフがやり方を説明する事はするのだが、毎日の活動はほとんど“ソロ活動”だった。
補助をしようとすれば煙たがられ、ATS達は『何やってんの?』と不思議そうに自分に質問してくる。
自分からしてみれば、まさにCIの『!?』である。
『お前ら、何ばしよっと?』こっちの方が聞きたかった。
選手がこうなってしまうのも、分からないわけでもない。
DePauw で働くまで知らなかったのだが、Division III の選手はスポーツ奨学金をもらえない。(まぁ、別の奨学金を利用しているのだが...)
だから、まずは“学業”の方が優先なのである。
そしてクラス終了後、僅かな時間の練習前に一斉に選手達がATR にやって来る。
ATS に関しても同様である。
当然、選手の人数に対するATの数が足りるわけもなく、選手達は自分達で出来る事は自分達でやっていく。
練習後のアイシングだってそう。ATR に来て、自分達でアイスバックを作り、ほとんど自分達の手でラッピングして去って行く。
ただ悪い点は、怪我をしていても自分らで勝手に判断して、そして怪我をさらに悪化させる事。
そして後でその事をATに伝え、AT達の仕事が増え続けていく悪循環。
『ここは一体どげんなっとると?』
毎日、毎日、自分なりに状況を把握しようとしていたが、結局最後の最後まで理解出来なかった...
始めの頃は自分なりに何とかしようと張り切っていたが、特に今年の場合、状況が状況なだけにどうする事も出来なかった...
まずはDePauw の2人のフルタイムアシスタントATが全て入れ替わった事。
1人は9月に入ってきて、もう1人は11月に入ってきた。
全てATスタッフがそろったという時に、今度はヘッドATが個人的な理由で12月いっぱいまで仕事を休んだ。その間、新人スタッフ+自分でやりくり。
さらに冬休みから帰ってきたら、ATプログラムのディレクターが突然辞めていた。
春学期が始まる前に新しいプログラムディレクターが入ってきたので良かったものの、ヘッドAT以外のフルタイムATC(合計3人)は全員新メンバーで、さすがに新しい職場1年目ということでみんな張り切る。
だから、当然格下で実習先には数時間しかいない自分に意見を求められる事などない。彼らは自らの手で自分らのプログラムを新しく作り上げていく。
そして自分は決まった後に報告されてくる事をただ聞くばかり。
自分なりの疑問や改善点があっても、聞く姿勢さえ見せてくれない。
何故なら、よそ者で下っ端のGAだから。
それから、毎日の行き帰りの長距離運転で交通事故など起こしては大変な事になってしまうので100% 全力で仕事をする事が日に日に減っていき、それプラス、今考えれば「よくやったなぁ」と自分でも感心するくらいのめちゃめちゃな不規則な労働スケジュール。
もちろん、大学院のクラスでやらなければならない事もたくさんあった。
Cal U のSenior の時に“Burnout”についてリサーチをし知識は十分にあったつもりなのだが、本当に精神的にこたえた時期を過ごした。
精神的な疲れは身体的な疲れよりも回復させるのに時間がかかる。しかしこの頃の自分の場合、回復よりも倍増していくばかりだった。
正直、『もう何もかんもどげんちゃよか』と自暴自棄になった時もあった。
『こげん事やったら、ISU周辺の高校で働いた方が良かったとかもしれん』と今でも時々思う。
DePauwでの経験。短期間でよくこんな体験出来たと思う。
だが、それが影響しているのか?
今の悩みは、就職の事。
アスレチックトレーナーとして、自分が何をやりたいのか迷っている。
去年までは『卒業後はどっかの大学で働きたい』という強い気持ちがあったが、今ではどうだろう?
活動場所に関しても『本場アメリカで修行』と考えていたのに、どうだろう?
確かに場所によってやり方が違うから一つの結論を何もここで出さなくてもよいのだが、『アメリカってそげん凄かと?』と疑問に感じる事も出てくるようになった。
自分が思うアメリカ教育の良さは、授業で学んだ事を臨床としてすぐさま実践出来る面だと思う。
日本教育は、授業での的を得た授業方法は優れていても現場での活動が控えめな面だと思う。
でも、まぁ結局はその場所次第であろう。
日本でのATの活動内容は知らない。
聞くところによれば、まだまだだと。
しかし考えようによっては、自分が「『何かを創り上げていく楽しさ』が体験できるのでは?」と思う時もしばしばある。
苦労するのは分かっている。しかし苦労はここアメリカでも同じ事。
同じ苦労でも覚悟が出来るのは、自分のやりたい事を一生懸命頑張れる場所ではないだろうか?
『アスレチックトレーナーとは何?』
様々な問題を語り合う前に、自分が活動出来る場があってそして実際に活動して初めて考えられるテーマだと自分は思う。
この約半年間、自分が授業中や運転中によく考えていた事。
『何で俺はここにおらんばいけんと?』
いろんな意味を含めて、自分はそんな環境で働いていた。
(Saturday,June 07,2003)