第23回:「努力配分の学習」



小学生などの年齢がまだまだ若かった頃は、将来の事なんかそっちのけで自分がただやりたい事だけを思う存分にやっていた。
しかし年を重ねるたびに、いろんな体験をしていくごとに自分自身の中に何か納得のいかない不満が現われ出していく。
意識的にあるいは無意識的にその不満が態度にも時々表れてくる、、、。

『Yes か No』または『0% か 100%』の白黒をはっきりとさせたい人達にとって、世の中の矛盾した社会で生活する事は、正直言ってしんどい。
“矛盾”と無責任に書いたがそれは“個人の様々な価値観の違い”が原因で、『もしこの人が自分と一緒の考えだったら、どんなに楽だろうか?』と考えさせられてしまう。
そんな事はもちろん無理だと分かっているが、毎日毎日こんなに疲れを感じていると、一人でいる時にどうしても弱気になってしまう。

一方で、自分自身に目を向けてみる。
『自分が極端な性格の人だから、柔軟に物事に対応できないのかなぁ?』とか『あんまり自分自身にこだわってしまって、周りの変化に気付いていないのかなぁ?』とか考えてしまう。
いろいろと考えてしまって、それが“悩み”でなく“迷い”となってしまっている。

頑張れば頑張っただけの嬉しい結果が返ってくると純粋に信じているが、いつもいつも自分の最高の努力を続ける事は難しい。
『そんなにガチガチにならないで、もっと気を楽にしてみれば?』と言われて初めて、自分が必要以上の無理をしている事に気付く。
恥ずかしい話、どの程度の努力をすればよいのかその加減が分からない。
自分自身では『出来る!!!』と信じていても、実際には出来ない事だってよくある。
まだまだ自分自身のレベルと実際にそれを表現出来るレベルに差が見られる。

努力する事は常に心がけていたい。
しかし、自分なりの限られた精一杯の努力をどのように配分していくか?
試行錯誤しながらも、迷いながらも、少しづつ少しづつ学んでいこうと思う、、、。


(Sunday,January 19,2003)