第26回:「雲」



今、自分自身でもがき苦しんでいるのがはっきりと分かる。
単純な性格だから、周りの人達もそれがよく見えていると思う。
自分自身、様子がおかしい事に気付いていない事もなくはなかった。
『辛抱すれば大丈夫さ』とひたすら自分自身を励まし、応援していた。
だが、そんな頑張りも長くは続かなかった...
我慢すればするほどカラ回りする事が増えてきて、やる事なす事、全て最低・最悪。
『何で?』と自分の責任なのに、何か他のモノを言い訳として探すクセが身に付いてしまった...

いつどこでも“雲”を眺めるのが好きだった。
特に真っ白な入道雲を見るたびに、自分の気持ちも大きく広がっていった。
ボーっと眺めていても、決して飽きる事など感じなかった。
あの真っ白な雲に自分のやりたい事を想像し、そして自分で勝手に形を造り変えていた。
そして『よし、頑張ろうかね』と十分にやる気を膨らませ、実際頑張っていた。

しかし、いつからだろうか?
“雲”を眺めても、何も感じる事がなくなってしまったのは...
『あらっ?』という気持ちが、『どげんしてしまったと?』と正直焦りに変わっている。
こんな事が今までにあったか記憶にない。
毎日毎日眺めても、何も感じない...

『そげんセカセカしたっちゃ、雲ん流れは変わらんばい』

昔、ある人に送った言葉である。
あの頃はこんな事が言えるほど自分に自信があったり、余裕もあった。
だが現在の自分は、雲の流れを感じるどころか対話さえ出来なくなっている。
この事は、自分にとってはもの凄く一大事である。
何故なら“雲”を眺める事で、その時の“自分”の状態を知る事が出来ていたから。
言葉として説明するのは難しいが、雨雲の時でさえ自分を理解する事が出来ていた。
しかし、今は何も感じない...ボーっと眺められない...
『自分はこんなに弱かったのか?』と自分で自分自身が信じられない。

“雲”を眺めながら、のほほんと生活してきた。
“現実社会”を直視するようになって、ゴチャゴチャと悩むようになった。
『理想と現実』
もちろん、違うことぐらい分かっている。
“上”を目指して頑張っているのに、今の自分にはまだ一つ上に登れる力がないのだろうか?
レベルが足りないのだろうか?
そんな不安が、今まで歩いてきた足跡を急に確認させるようになってしまった...
失敗を恐れずに常に前へ前へと突き進んでいた自分が、今では一歩進む毎にその足跡を気にするようになっている。
こんなんでは当たり前だろう、雲はもちろん、空さえ見えない。

自分の中で何かをはっきりと納得させたい気持ちがいつもある。
『答えは常に一つだけ。何で違う答えが二つもあっと?』
理解する事が出来なかった。
正直、今もまだ出来ていない思う。
自分自身にこだわるあまり、そのこだわりが壊れるのが怖くて他を受け入れられていない。

“雲”のように形が変えられない...


(Sunday, May 11, 2003)



後日書き

今でもまだもがき悩んでいるが、でも最近また“雲”が眺められるようになってきた。
もの凄く嬉しい出来事。
上手く説明出来ないが、『あぁ、今日はこげんったい』って“自分自身”が分かる。
それと同時に、また自分らしさが返ってきた。今までの苦労を少し乗り越えてきた自分と一緒に。
現状はまだまだ中途半端かもしれないが、めちゃめちゃ前向きな中途半端な自分。
でも、これは“試行錯誤中の自分”なんだと思う。
心が弱かった自分。
でも“雲”とまた向き合えるようになった。

これからもまた“雲”と対話していくつもり。
今度は“現実社会”とうまくバランスをとりながら...


(Thursday, June 12, 2003)