第5回:「誰のため?」



日本にいた頃は“そのようなこと”を思った事はなかった。
なぜなら、知っている民族・知っている文化・知っている社会の中にいたから。
自分が生まれ育った祖国だからこそ、何も対しても疑問を持つことなく、全てを自然に受け入れていた。

しかしここアメリカに来て以来、“自分を見失う”ことが時々ある。
「何故?」「何で?」と感じる事が多い。
なぜなら、異なる民族・異なる文化・異なる社会の中にいるから。
さらに価値観の定義がないような世界で生活しているためだろうか、様々な自己主張が“私の価値観”を鈍らせる。
そして、“私の自己主張”をもマヒさせる。

日本の知り合いや友人たちからは、「頑張っているねー」とか「アメリカにいるお前が羨ましいよ」とよく言われる。
実際彼らがそう思うような留学生活等を電話やメールで自慢するから、そう言われても不思議ではない。
しかしその反面では、徹夜で語れるほどの苦労話も持っている。
そしてガラにもなく、凹んだことも数知れない。

私にはやるべき事があるし、やりたい事が山ほどある。
目的意識はしっかりとしている人間だと思う。
だが、「その目的は“自分自身のため”?」と聞かれた時、直に答える事は出来ない。
「両親のため?」それとも「友人のため?」と内容を変えても、私の返事は変わらない。

「目的があるのにもかかわらず、誰のために頑張っているのか言えないなんておかしいではないか?」
多分この文章を読んでいるほとんどの人たちが、そう思うに違いない。
しかし、分からないものは分からないのである、現在の私には、、、

私がアスレチックトレーナーとして働いている時は、「選手のため、そしてチームのため」などと目的・その対象人物がはっきりしているのに対して、それ以外の私個人の生き道における目的の対象人物は、残念ながら明確に表現できない。

私は少しでも多くの人達に聞いてみたい。
「あなたは“誰のため”に存在しているの?」
“自分自身のため?”
“親愛なる人のため?”
それとも、“人ではない、物質的あるいは精神的なもののため?”

私は解答のないこの問いに、ただひたすら自問自答を繰り返すばかり、、、


(Sunday,October 22,2000)