第9回:「長崎弁講座」
別に「出来ない」と言うわけでもないが、私は“標準語”で話すのが苦手である。
、、、と言うよりも、正直なところ「嫌い」である。 何故か“あの言葉使い”がイヤでたまらない。 だからよっぽど必要とされている時以外は、ほとんど“長崎弁”で話す。 さらに、仲の良い友達には出身が何処であろうが、長崎弁で手紙やメールを送っている。
この場を利用して、少しばかり長崎弁について説明してみたい。
1.長崎弁では、助詞の「を」が「ば」に変わる。
例えば、「本を読む」が「本ば読む」となる。 その他にも、「車を運転する」が「車ば運転する」などと「を」ではなく、「ば」と変化する。
2.長崎弁の語尾は、「○○ばい」で終わる。
標準語で言えば「○○です」といった意味になると思うが、長崎弁では特に決まった意味はなく、文の最後に付けられる言葉としてよく使われる。
3.標準語の形容詞は「××い」と「い」で名詞を修飾するが、長崎弁では「××か」と「か」に変わる。
例えば、「暗い部屋」が「暗か部屋」で、そして「忙しい毎日」が「忙しか毎日」となる。 しかし「忙しか毎日」では“音的に不十分”なので、上記の2と合わせ「忙しか毎日ばい」と表現する。
4.他人にある物事を説明する場合、標準語では「あんなふう、こんなふう、そんなふう」と言うが、長崎弁では「あげん、こげん、そげん」と話す。
例文として、「あんなふうに恐ろしい顔、見たことがありません」という文が、長崎弁になると「あげん恐ろしか顔、見たことなかばい」となる。
その他にも、私の語学力では上手に通訳できない長崎弁がまだまだたくさんある。
日本での大学時代は同じ九州圏内の人達が多かったので、多少表現方法に違いが見られたものの、“九州の言葉”としてお互いに理解し合っていた。 しかしアメリカに来て以来、長崎出身者とはまだ一度も会ったことがなく、出会った日本人留学生はほとんど九州圏外者ばかりである。 だから“自分の言葉”が通じず、別の九州出身の友達になんとか標準語に直してもらった経験をしたことがある。 私としては何も難しい単語を並べて話しているわけでもないのに、あまりにもコテコテの長崎弁を使うためか、同じ日本人同士の会話で苦労したことも少なくない。
笑っていいのかどうか分からないが、とても不思議な感じがしてたまらない。
まぁ、こげんことば長々と書いたばってん、俺ん事知っとる人達は俺ん言いたいこと分かっとるやろうし、そげんじゃなくても、もし会って話ばしたら、「ああ、ほんてこいつは長崎弁ばい」って分かってくれるやろう。
でも別に気にせんちゃ、そいで良かっちゃなかろうか。 俺ん話す“標準語”って、よう「変なか」って言わっるけん、、、
(Sunday,June 10,2001)