7月18日(キャンプ三日目)
8:10am。
ベースボール練習開始。
みんなと“仲良く”朝の挨拶。
途中2グループに分かれて指導があったのだが、基本的には“コミカル”な全体練習が行われる。
やはり、その風景は笑ってしまう。
9:00am。
ソフトボール練習開始。
こちらの方は、相変わらずうちの部員によるグループ別練習。
とにかく20分間隔でベースボール場とソフトボール場を往復するために、彼らの練習が満足に見れない。 しかもゴルフカートがないので、移動時間がかかり、私自身が疲れてしまった。
ベースボール場では、主に“やつら”が放ったらかしたウォーターボトルの片付け、ボトルに水入れなどに時間が費やされた。
今日のように日が照りすぎている時には、喉が渇きやすいだろうし、彼らのように小さな子たちはからだの代謝率が早い。 さらに彼らは大人たちと比べ、天候などの環境に対応する能力は低いので、私が彼らに対して唯一出来ること、“水分補給”だけは特に注意した。
そんな私の彼らに対する心遣いと2つのキャンプを同時に見るという身体的な疲労にもかかわらず、ベースランニング中の“やつら”は、私にも一緒に走れと言わんばかりに全員で“きんじコール”を叫んでいた。
当然走ることなんてしない。
まだ一日の練習が始まったばかりである。 こんなところで無駄な体力は使ってられない。
ソフトボール場では「足が痛い」「肩が痛い」「痛い、痛い」と見に行くたんびに訴えられる。 「練習後にアイシングをやっとけ」と言っても、「冷たいからヤダ」と適当に逃げていく。
彼女らの怪我は大したことがなく、氷で冷やしとけば少しは楽になりそうなものばかりなのに、やらない。
自業自得である。
しつこく訴えてくる子には、きちんと怪我の評価を始めるのだが、問診の時に行う私の質問には答えず、勝手に世間話を始めてくる。
私と話がしたいがための“仮病”である。
彼女らのほとんどが“怪我の処置”ではなく、“暇つぶしの相手”として私を利用してくる。
そして私がその場にいない時は、彼女たちの動きはものすごく良かった、、、
11:20am。ベースボール終了。
11:40am。ソフトボール終了。
12:45pm。
ベースボール場ではコーチや野球部員たちがキャンプ参加者たちにバッティングを披露している。 何本かの場外ホームランも出ている。
別にその練習内容について問題はないのだが、場外ホームランの球拾いをゴルフカートがない私に頼んでくる。
全く余計な仕事である。
しかし立場が弱いし、何もすることがなかったので黙ってやる。
2:00pm。
ソフトボール練習開始。
午前中とは違う内容だが、グループ別練習は変わらない。
2:30pm 過ぎ。
多分、昨日のソフトボールの練習からアイデアを得たのだろう、ベースボールも水の張ったビニールシートでスライディングの練習(?)
楽しそうだったので見ていたかったのだが、ベースボール場に散らかっているウォーターボトルの片付けで時間が取られる。
まったく“やつら”は何でも放ったらかす。
片付けが終わり、彼らを見ようとしたら、ソフトボール場から一人選手が来る。
「肩が痛い」とわざわざ私の方に来るのだから痛いのだろう、すぐさま評価に入る。 だが、周りの“やつら”はそう簡単にはさせてくれない。
怪我の評価中、今度は私にスライディング練習に参加してみろと言わんばかりに、この日2度目の“きんじコール”を起こす。
当然私は彼らを無視し、彼女の評価の集中する。
彼女は二、三日前から私のところにちょくちょく痛みを訴えていた。
肩の痛みは Suprasupinatus(棘上筋)辺り、そして Anterior deltoid(前方三角筋)から Lateral biceps(外側上腕二等筋)に広がっていて、その痛みは慢性的なものだった。
そして External rotation(外旋)で特に痛みを感じるとのこと。
私は、“Rotator cuff muscles(回旋筋腱板)が何らかの原因でおかしいのではないか”とまず考えた。 それから「痛みが広がっている」ということから、“Shoulder impingement syndrome(肩ぶつかり症候群)”の可能性も頭に浮かぶ。 彼女には、私が唯一出来る処置法として“RICE”をさせていた。
しかし、今回は痛みに加え、“関節のズレ”も感じたと言ってきた。
肩の関節可動域には問題がないし、“Apprehension Test for Anterior instability”や“Posterior Apprehension Test”と呼ばれる特定の怪我の評価をするスペシャルテストを行ってみても、結果はネガティブ。
“亜脱臼”としては大袈裟すぎるので、“関節弛緩症ではないか”と説明した。 そして彼女の父親が医者だと言うので、キャンプ終了後に診てもらうよう薦めた。
3:20pm。
ベースボール場では“やつら”が何やら円陣をつくっている。
コーチが「“ワン、トゥー、スリー、きんじ !!!”と言え」と言っているのが聞こえた。 「どうせ言ってくれるのなら“いち、にー、さん、きんじ !!!”と言ってくれ」と私は頼む。
今回のベースボールキャンプで彼らは“からだで野球”そして“頭で日本語”を学んでいた。(日本語といっても大したことはなく、数の数え方や挨拶程度であった。)
そして私もその円陣の中に入り、今日一日の彼らの練習の終わりを締めくくった。
3:55pm。
ソフトボール終了。
6:20pm。
ソフトボールの練習が始まる。
最後の練習は、グループ別による試合形式なので、この時やっとベンチに腰を下ろしてゆっくり、、、するわけにもいかない。
一定間隔で両方の練習を見ているにもかかわらず、彼女たちには不満らしい。
そして最後の練習時間帯はソフトボールだけなので、ここぞとばかりにこき使われる。
もちろん“怪我”に関することではなく、“話し相手”として、、、
別に大した用もないくせに、いろいろな方向から私の名前を呼ぶ声がする。
9:00pm。
アイスバッグを渡すために外野席に行っていたのだが、三塁ベンチから“深刻な声”で呼ばれたので、急いでその場へと向う。
ベンチに行くと「試合中、ホームベースにスライディングした時に、ボールが手に当たり痛い」と泣いている子がいた。
早速、怪我の評価に入る。
“手の甲側で、親指のつけ根とその手首の間”が痛いらしい。
すぐさま私には“ある怪我名”が浮かんだのだが、とりあえず評価をそのまま続ける。
親指・人指し指、手首の関節可動域は、痛みのために小さかった。 そして、その痛みは全て同じ部位から発生していた。
そこで“最初に私が予想していた怪我”を確認するために行う評価方法を用いる。
彼女に指を大きく広げてもらい、“Anatomical snuff box”と呼ばれる Extensor pollicis longus tendon(長母指伸筋腱)と Abductor pollicis longus tendon(長母指外転筋腱)、Extensor pollicis brevis tendon(短母指伸筋腱)の間に出来る“親指のつけ根の腱の溝”を押してみる。
軽く触れた程度なのに、彼女はボロボロと泣きじゃくっていた。
“Scaphoid fracture(舟状骨折)”
ポイント)”Scaphoid fracture とは、手首の骨の中で一番起こりやすい骨折で、その小さなサイズにもかかわらず適切な処置が行われないと、その骨の周りの血液循環が妨げられ、そして骨が壊死してしまうというやっかいな怪我である。
やはり最初の予想どうり、この怪我を疑ってしまう。
しかし評価から“自分なりの判断”はしても、“診断”と決めつけることは出来ない。 とりあえずアイシングをして様子を見ることにした。
ただおかしなことに、ボールが当たっているにもかかわらず、怪我をしている手としていない方の手は、見た目が全く変わらなかった。 腫れてもいなければ、内出血の跡もない。
練習終了間際に怪我したので、彼女にはアイシングを続けさせ、翌日もう一度見てみることを伝えた。
帰る際にアイシングをしているにもかかわらず、「痛い、痛い」と言っていたので、私は「アイシングにおける“4ステージ”の説明をきちんとしておくべきだった」と思った。
ポイント)アイシングを行うことにより、Cold(寒冷)、Burning(ヒリヒリ)、Aching(疼痛)、Numbness(無感覚)という順に皮膚の感覚が変化していく。 Frosbite(凍傷)などを防ぐために、最大20分間以上のアイシングを行わない。 そして連続して行うアイシングは、5ー6時間の間隔を空ける。なお、睡眠中のアイシングは絶対に行わない。
帰宅途中、数が間に合わなかった他の選手のために、約束どうりアイスバッグを届けに彼女らが滞在している大学の学生寮に寄る。
そこには、さっき手を怪我した子がうちのソフトボール部員と一緒にいた。
「さっきよりも痛くなってきている」と言って、ひどく泣き続けている。
アイシングにより皮膚の温度は低いが、やはりここでも“腫れ”や“内出血の跡”などの外見的な変化は見られなかった。
私にはアイシング以上の処置は出来ないので、うちの大学の Health Center に彼女を連れて行く。 時間は前回のキャンプで調べていたので、問題ない。 だが、この時間帯に医師がいないも知っていた。
Helth Center では、看護婦が私と同じように問診、視診、触診を行う。
問診では、怪我した時間を聞いてきたので、“このホームページのネタ用”として持参していた手帳が、思わぬところで役立った。
(別に“何かのネタ用”としてではなくても、現場では常にこのような“書き物”をもっていなければならない、と昔授業で習っていたのだが、、、)
そして次に、看護婦は提出されている彼女の保険証から自宅の電話番号を調べ、両親に電話をかける。
彼女は15歳と“Minor patient”なので当然の行為である。
医師がいないので、とりあえず怪我した手を弾力包帯と Sling(吊り包帯)で固定し、痛み止めの薬が飲まされた。 そして「翌朝、またここに来るように」と伝えられる。
付添いしてくれたソフトボール部員に彼女を送ってもらい、私は看護婦と少しばかり話をした。
「彼女の怪我についてどう思いますか?」と私が尋ねると、「Severe contusion(極度の打撲傷)あるいは Sprain(捻挫)」と答えた。
私は、“Severe contusion”の可能性はあっても、“Sprain”はかなり疑問に感じた。
(余談だが、この看護婦は“Anatomical snuff box”のチェックはしていないなかった。)
だが、看護婦の“冷静”で“落ち着いた態度”はものすごく勉強になった。
そして“豊富な経験”を感じさせられた。
再び彼女らが滞在している学生寮へと向う。
Health Center で約束していたうちのソフトボール部員と話すためである。
私は翌日のキャンプ練習を見なければならないので、誰が怪我した子の付添いをするのか確認する。
寮内で話をしている時に、ソフトボールキャンプの参加者たちが注文したピザが届けられてくる。
「そういえば、今日も昼食から何も食べていなかった、、、」
今日の教訓:
「怪我をした選手は感情的になるが、アスレチックトレーナーはそれを理解した上で、冷静な対応をしなければならない」