7月20日(キャンプ最終日)
昨日とはうって変わって天気が良い。
しかも暖かい。
8:10am。
ベースボール練習開始。
準備運動後、60ヤード競争を行う。
私は、彼らの練習風景を傍で“ほのぼの”と見ていたのだが、「きんじ、一緒に競争しようよぉー」と声が掛かる。
私は二日前にみんなと約束していた“あること”のために、ランニングシューズではなくスポーツサンダルを履いていた。 だからその事を言い訳に「走らない」と言うと、周りからすかさず“きんじコール”が起こる。
今日はキャンプ最終日で、「まぁ楽しくやっていいだろう」と思ったし、「小学生相手に負けられない」と大人げない私はムキになって走る。
結果は、もちろん私が勝つ。
9:00am。
ソフトボールキャンプの参加者登場。
いつもどうりテーピングを巻いていると、「ねーねー、今日が最後だよ。 わたしと会えなくなるのが寂しい?」などと聞いてくる。 その“何でもない一言”に答えると彼女らを調子に乗せてしまうので、テーピングに集中しているフリをして相手にしない。
テーピングが巻き終わると、一人の子が「左手が痛い」と言ってきた。
彼女は昨夜の練習試合でボールが当たり、私は contusion(打撲傷)と評価してアイシングをさせておいた。 そして、「もし翌日も痛かったら、私のところへおいで」と言ったので、来たらしい。
早速、怪我の再評価に入る。
昨夜同様、腫れもなければ内出血の跡もない。 左右の手に外見的な特徴は見られない。 しかし、手の甲側の 2nd Metacarpus(人差し指の中手骨)が一番痛いらしい。 軽く触れただけなのに、からだをよじらせ、泣きそうになる。
Health Center での医師との話で、“腫れや内出血がなくても、骨折の可能性はある”ということを思い出したのだが、キャンプ最終日なので彼女には出来る限り練習には参加するように伝えた。 それに今日の練習内容は、ほとんど遊びに近いレクリエーションだったので、「怪我した手には負担が掛からない」と判断したから。
そして痛みが長く続くようならば、後日親に相談して、レントゲン写真を撮ってもらうように伝えた。
10:10am。
ソフトボール場では、水風船によるキャッチボール大会が行われていたので、彼女らの怪我を心配することがなかった。
そこでベースボール場で行われている紅白戦の“コーチ”をする。
野球の駈け引きや戦術など全く知らないのだが、「いいかぁー、てめぇらぁー、、、」と勢いだけで、偉そうに私のチームに“はっぱをかける”
彼らはブツブツと私に聞こえるように文句を言っているのだが、私がコーチとしてベンチにいるのが嬉しいらしい、よく話し掛けてくる。 そして彼らの話す内容が今やっている“試合のこと”ばかりなので、私はソフトボールのキャンプ参加者とは違う態度で応じる。
途中、ソフトボールの練習を見に行くのだが、彼女らは練習をしていなく、コーチがみんなを集めて何やら語っている。 「ソフトボールは終了した」と分かった私は、ベースボールのコーチ業に専念する。
試合の方は“1ー2”で私のチームが負けていたので、円陣を作らせ、掛け声を掛けさせる。
本当に“やつら”は単純だった。 すぐさま逆転し、そのまま試合に勝った。
試合終了後、コーチがみんなを集めてキャンプのまとめに入った。 そしてスタッフ一人一人にお礼の言葉が言われ、キャンプ解散。
私は後片付けをしようとベンチへ歩いていたのだが、“やつら”が私に向って走ってきた。 理由が分からずに、私は彼らから逃げていたのだが、結局捕まってしまう。
私は「これが最後の最後だから」と思い、チビッコ軍団全員で円陣を作らせる。
そして一緒にこう叫んだ、
「1、2、3、We are winners !!!」
ベンチ内で片付けをしていると、私の名前が呼ばれる。
二日前に約束していた“あること”の準備ができたからである。
その“あること”とは、“水の張ったビニールシートでのスライディング”であった。
今まではケジメを付ける意味でうまく逃げていたが、今日はキャンプ最終日。
それにみんなとは約束していたのでやる。
傍では、今回私が担当したベースボールとソフトボールキャンプ参加者たちが一斉に“きんじコール”を出していた。 そんな彼らの声援を聞くことなく、私は“生まれて始めてするヘッドスライディング”に集中していた。
スライディング終了後、彼らはお迎いのバスに乗り始めた。
私は濡れたままで後片付けに入る。
帰り際、キャンプ参加者たちが「またねー」とか「来年も一緒にやろうよー」とか言ってきた。
「んー、一年間じっくり考えさせてくれ。」
11:20am。
ベースボール・ソフトボール、キャンプ終了。