8月3日
午前中にもバレーボールの練習があるのだが、バスケットボールキャンプの仕事依頼の方が先だったので、そっちの方を優先させその準備に取り掛かる。
バレーボールの練習は Hamer Hall の体育館を使用するために、練習場所がないバスケットボールキャンプの午前中の練習は近くの高校の体育館で行われる。
バスケットボール選手には悪いが、この時間帯の練習に私が持参できた物は“トレーナー・バッグ”と“アイスバッグ”だけだった。
違う場所での練習であるため、私一人で持ち運べる荷物にも限界がある。
だから“水”は各自で何とかしてもらった。
9:20pm、代表選手9名にコーチがうちの選手一人を連れ出して来て、合計10名で練習開始。
練習中は何かと動き回る私でも、この時ばかりはじっと観客席から彼らの練習を見ていた。
「ここでは動き回る必要がない」と感じたし、「うろちょろしていれば、選手には目障りだろう」と思ったから。
練習内容は、ポジショニングや連係プレーの確認で、主に“チームづくり”がテーマだったように見えた。
“集められた選手達”なので個人の能力は高く、コーチからの個人指導は特になかった。
それにしてもいくらチームワークのための練習とはいえ、“アリウープ”までやっているのには驚いた。
日本では絶対にこんな練習は見られないだろう。
午後の仕事は、バレーボール練習を見ることから始まる。
スケジュールでは、午前中に基礎的な練習を行い、午後はゲーム形式の練習となっていた。
いくら人数が多くても、同じ体育館内で、しかもキャンプ参加者全員が私の目の届く範囲内にいたので仕事がやり易かった。
それに怪我人が今のところいなかったので結構暇だった。
観客席の上の方から私はのんびりと彼女らの練習を見る。
5:20pm から 6:20pm まで一時間ほどの夕食・休憩時間をはさみ、再びバレーボールのゲーム形式の練習が行われる。
暇なせいか? それとも食事の後なのか?
私はどうしても瞼が重たかった。 それでも何とか頑張って彼女らの練習を見ようとするが、やっぱり無理だった。
なぜなら“試合”になってなく、面白くなかったから。
“レシーブ”、“レシーブ”アーンド “レシーブ”と、バレーボールの他の技である“トス”や“スパイク”が全然見られない。 実に彼女らは下手だった。
途中、眠気覚ましにコートの周りを歩き回るが、選手達の愛想が悪い。
ほとんどの子が私を無視し、目さえ合わせようとしない。
別に前回のソフトボールキャンプ参加者達の時のような関係を望んでいるわけではないが、“こんな感じ”はある意味仕事がやりずらかった。
「少しぐらいは話してくれよぉ」と、そう何度も私は思った。
8:15pm、バレーボールの練習終了。
キャンプのスタッフであるうちのバレーボール部員達が少々練習を始めたが、私は次にあるバスケットボールの練習の準備をするために、一旦アスレチックトレーニングルームに戻る。
スケジュールにないものまでカバーするほど、私は仕事熱心ではない。
9:00pm、バスケットボールの練習開始。
簡単な準備運動から、昨夜同様にゲーム形式の練習が行われる。
やはり迫力があって凄い。
しかも私のような“へなっちょこトレーナー”が、うちのヘッドコーチとイスを並べて座らせてもらえるなんて感激である。
何もせず黙っているだけだが、“こんな視野”から選手達を見ていると「自分は、今えらい立場にいるもんだなぁ」と感じさせられる。
こんな小さな代表レベルで驚くのだから、オリンピックやプロフェッショナルレベルのトレーナーとなったら、私は一体どうなってしまうのだろうか?
まぁ、そんなことはまずないと思うので、無駄なことは考えない。
9:30pm 過ぎ頃、選手交代でうちのチームからの代表選手がベンチにさがって来た。 隣で彼を見ていると、前かがみに座り込み何か泣いているように思えた。
私は「あぁ、彼は自分のプレーに満足できず、悲しくて泣いているんだなぁ」と“代表選手”を大袈裟に見ていた。
しかしコーチが声を掛けるために彼に近寄ると、「おい、どうした血が出ているではないか」と言う。
それを聞いてびっくりした私はすぐさま彼の顔を見てみる。
リバウンドの時に他の選手と接触したらしく、左目の瞼の上が切れていた。
傷口は深くなく表面が切れている程度で、その部位は少し腫れていた。
視力には問題なく、私は使い捨ての手袋を用いてガーゼで止血し、そして腫れを抑えるためにアイシングさせる。
最低でも15分間はアイシングさせたかったのだが、彼は5分後にバンソウコウを貼らせ、再びコート上に立っていた。
私は彼のプレーを中心に見ていたが、怪我による変な動きはないように感じてそれほど心配はしなかった。
10:00pm に練習が終わり、彼にはアイスバッグを渡した。
今日の教訓:
「代表選手は人前で泣いたりなんかしない」