8月6日


室外スポーツと違い、室内スポーツは天気の変化に関係なく、いつ・どんな時でも運動が出来る利点があるのだが、限られた空間と一定の照明量であるために“時間の感覚”が完全に麻痺してしまっている。
身体的な疲労は感じないのだが、精神的な疲労が気付かないうちに私には溜まっていた。

外では豪雨と雷が鳴り響いているのだが、この体育館では関係ない。
スケジュールどうりに練習が開始された。
準備運動中に私は昨日の練習で頭を床にぶつけと子、ハムストリングをつった子と話をする。
全く問題なし。

昨日の練習から「今回は怪我が多いだろう」と予想した私は観客席からではなく、コート上に降りて練習を見ることにした。
別に大した怪我は今のところなかったのだが、「バンソウコウ、ちょうだい」と言ってくる選手達が少しだけ私を忙しくさせてくれた。

午前中の練習内容はスキル練習だけである。
基本的な動作ではあるものの、今回のキャンプ参加者達は前回の子たちよりも上手だった。
「同じ高校生なのに、こんなにレベルが違うのか?」と感じさせられる。

私は練習中にコート上を適当に動き回っていたのだが、隅っこではまた頭を床にぶつけた子が座ってアイシングをしていた。
その子に近づいてはみたものの、私は呆れて何も言えなかった。
残念ながら“トレーナーバッグにヘルメットはない”
そんなことよりも「何故、頭をぶつけまくるのか?」私が知りたかった、、、

午後の練習は、ゲーム形式なので結構楽であった。
前回と今回の両方のバレーボールキャンプは、各高校のクラブ単位で申し込まれているチームキャンプで、ゲームでは選手達のポジションがもう既に決められているために動きに戸惑いは感じられなかった。 それに同じ学校でチームを組んでいるためか、チームワークにも問題はなかった。
本当に今回のキャンプ参加者達はレベルが高い。
試合を見ていて面白かった。

観客席の方から試合は見ていたのだが、見学に来ていたある保護者の方から「うちの子、喘息もちなので、、、」とわざわざ親切に話し掛けられる。
その子自体、今のところは何も問題がなかったので気にはしていなかった。
しかしその保護者の方が知らせてくれたおかげで、私は注意してその子を見れるようになった。
ほんのちょっとしたことだが、こんな保護者の協力は嬉しい。

練習の方は、4人制から6人制へとルールを変えて試合が続けられている。
しかし、内容が変わろうがゲームはゲームなので私の行動は同じである。
のんびりしながらも“怪我”のないように気を配る。

彼女らの試合を見ていて面白いのだが、長く座っているのも逆に疲れるので私は邪魔にならないようにコート上を散歩し始めた。
「からだの調子はどう?」
ただ歩くだけではなく、怪我をしている子たちにはこんな風に声をかける。
「だいじょうぶー」
問題は感じられないような元気な返事が戻ってくる。 と同時に今回はキャンプ参加者達と十分にコミュニケーションが取れている気がした。
こんな雰囲気はものすごく仕事がやりやすい。

「バンソウコウ、ちょうだい」
うちの選手の一人が私のところにやって来た。
今日は擦り傷程度の怪我が多い。 しかし、簡単な処置なので適当な話でもしながら二人でトレーナーバッグのおいてある場所に向かう。
この時まで私は気楽だった、、、

「きんじ!きんじ!!」
周りの雑音やバンソウコウを頼んできた子と話していたために最初は気付かなかったのだが、何やらひどく慌てた感じで私を呼ぶ声がする。
その声がする方を向いて見てみると、なんと一人選手が倒れているではないか。
私はすぐさまその場に駆け寄る。
その子を見てビックリ。 例の“からだと態度に問題のある”うちの部員が仰向けになって倒れていた。
私は周りに何が起きたのか尋ねてみる。
「わたしもよく分かんないの。 突然“ゴン”って大きな音がして、そして彼女が倒れていて、、、」
周りの子らもよく分かっていない様子。 ただひどく焦っているばかり。
しかし私はこんな状況を EMT、Emergency Medical Technician、の授業で何度も何度も繰り返し練習したので、冷静に対応し始める。

私がその場に行った時、彼女の目はうつろながらも開いていた。
「大丈夫か?」と話し掛けると、「うん」と答える。
「どうした?」と聞くと、「よく分からない」と言う。
この時、私は“Primary survey”である“意識の確認”と“ABC、Airway(気道確保)Breathing(自然呼吸)Circulation(血液循環)”の“A”と“B”を同時に確認した。 なぜなら“話すことが出来たから”
そうなれば“C”の確認は省くことが出来る。
私が彼女を見た時、彼女は目を開けていたが、周りの話では倒れた時に彼女は10秒間ほど無意識状態だったらしい。
だから私は救命処置の最初のプロセスである“意識の確認”と“ABC”を行なった。

ポイント)救命処置の概要
無意識状態の選手の場合:
まず最初に意識の確認を行なう。
もし返事、又は反応がない場合は、直に医療機関に連絡する。
次に“ABC”のチェック。
“A”“B”、耳で呼吸音を聞き、目で胸部の動きを確認する。
“C”、Carotid artery(頚動脈)又は Radial artery(橈骨動脈)で確認する。
A から順にチェックしていくが、もし確認が出来なければその時点で CPR、Cardiopulmonary resuscitation(心肺蘇生法)を行なう。

この時点で救急車が到着すると思うが、選手の状態やトレーナーに余裕があれば、脈拍・呼吸数・血圧・瞳孔の変化などの“Secondary survey”を行なう。

意識状態の選手の場合:
“Secondary survey”から確認していくが、急激な状態の変化に注意しておく。
もし選手が無意識状態になった場合は、上記の過程から処置を行なう。

“意識”と“ABC”の確認が終わったので、次に“頭と首に痛みがあるかどうか”確認。
周りの話では“ゴン”とすごい音を立てて倒れたと言っていなので、当然頭部・頚部の怪我を心配する。
「頭や首に痛みはある?」と聞く。「ない」とその彼女は答え、私は一応触診も行なう。
とりあえず問題はないようである。

次に上肢のチェックを行なう。
皮膚の感覚や握力、血液循環を確認する。
同様に下肢のチェックも行なう。

全てのチェック中、彼女はその場に寝かせたままだったのだが、何も問題はなかったのでゆっくりと起こしコートの外へと移動させる。
イスに座らせ、もう一度何が起きたのか尋ねてみるが、彼女自身よく覚えていない様子。
ベラベラと話しているが、同じような内容ばかりの事なので真新しい情報はなかった。
ただ意味不明な言葉を発していなかったので、私は少し安心した。

怪我の評価では、まず“History”といって怪我をした選手から“何が起ったのか?”“どこが痛いのか?”“どういうふうに痛いのか?”“過去の怪我歴”など様々な質問をして情報を集め、その中からアスレチックトレーナーが怪我名とその応急処置方法を判断するのだが、彼女の場合はそれがうまく出来なかった。
改めて周りに聞いてみても答えは同じで、何も得られなかった。

問診はこれくらいにして、次に視診する。
頭蓋骨骨折などの特徴である Raconn eyes や Battle sign、それに Otorrhea(耳漏)や Rhinorrhea(鼻漏)は見られない。
瞳孔の働きをチェックするために PEARL(Pupils Equal And Reactive to Light)をしたかったのだが、それに必要なペンライトがトレーナーバッグにはなかったので出来なかった。
“忘れた”のではなく、“無い”ことは既に知っていた。 なぜなら、キャンプ前に補充しようとしても余分なペンライトはなかったから。
無いのものは無いので仕方が無い。 とりあえず目の動きをチェックする。

次に身体的なバランスや動きをチェックする。
おかしな動作は見られないのでよかったのだが、「彼女は10秒間くらい無意識状態だった」と周り子達が言っていたのがどうしても気になっていた。
ちなみに怪我の評価中、彼女の興奮はひたすら続いてベラベラと話し続けていた。

そしてそこまで大袈裟にやりたくなかったのだが、“頭部の怪我ではやらなければならない”と習ったので、心拍数や血圧のチェックをする。

4;18pm.心拍数:84、血圧:120/80
4:32pm.心拍数:53、血圧:112/64
4:47pm.心拍数:58、血圧:116/86

練習が終わり、夕食時間を挟んでもう一度計る。

6:32pm.心拍数:72、血圧:112/74

ポイント)Vital Sign の標準値(安静時・大人)
心拍数:60ー100/分
血 圧:150ー90(最大血圧)/90ー60(最小血圧)
呼吸数:12ー20/分

どの値も標準値の範囲内なのだが、急激な心拍数の変化と「気分がよくない」と彼女が言うので、うちの Health Center に行かせることにした。
しかし、私がその場を離れるわけにはいかなかったので、部員の一人に記録した Vital sign のノートを渡し彼女を連れて行ってもらった。

30分後、付き添った部員の子が戻ってきて、「彼女は病院に行く必要がある」と言ってきた。 「まぁ、当然だろう」と私は思い、その事をうちのヘッドコーチに報告する。
実は、彼女の怪我が発生した時にコーチ達はその場にはいなかった。
「彼女は大丈夫か?」と心配そうにコーチから尋ねられたが、「多分大丈夫でしょう。 それに病院で詳しく検査するようなので心配はないと思います。」と答えた。
怪我が起きた時点から彼女の評価をして、私自身が出した彼女の怪我は“原因不明な軽い脳震盪”だった。 だから周りの反応とは逆にそこまで大袈裟に考えず、かといって全く問題はないというような態度はとらなかった。

キャンプの練習はスケジュールどうりに進み、何人かの子達が足首の捻挫を言ってきたが、私はいつもどうりにその評価と処置を行なった。

9:30pm。 今日1日の練習が終了する。
スタッフであるうちのバレーボール部員達は少々練習を始め出したが、私は片付けをやりそのまま Health Center へと向かった。
付き添いの子に渡した“ノート”がどうだったか看護婦さんに聞くためである。
看護婦さんは「助かったよ」とやさしく言ってくれたが、私は「もっとこういう事を書いていて欲しかった」というアドバイスを期待していたのだが、、、
なにがともあれ、必要最小限な事だけでもあってよかったのだろう。


今日の教訓:
「頭部・頚部の怪我には細心の注意を心掛ける。」

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