7月11日(キャンプ三日目)


昨日同様あまり天気は良くないのだが、湿気は感じられない。 風が気持ちいい。

各ベース上の周りの土は、昨日の雨のためにぬかるんで使えそうにない。 そこで芝で覆われている外野側で午前中は練習を行う。

練習中、コーチと今回のキャンプ参加者について、冗談を交えながら会話する。
「あの子は上手、この子はちょっと、、、」など、コーチは各選手の様子を説明してくれた。 野球に詳しくない私でも、コーチの説明が納得できる子もいた。
「この子の将来の可能性はどう?」とあまり上手でない選手についてコーチに聞いてみた。 だが、コーチは言葉を濁し、曖昧な返事をするだけ。
そして感のよい私は、その子に対して少し悲しい気持ちになった。

今回のキャンプ参加者は、高校生が対象とされていて、その範囲ならば誰でも参加できる。 たとえ学校では、レギュラーレベルであろうが補欠レベルであろうが、ここでは全く関係ない。 みんな一緒に練習する。

しかし、うちの大学の野球部ではそうはいかない。
新年度の始まりである秋学期には必ず新入生はセレクションを受けなければならない。 そして、“選ばれし者たち”のみだけがチームに入り、練習を共にしていく。
選ばれなかった者たちは、、、

強いチームを創るためにコーチは選手の才能を見極め、“選択”していかなければならない。
それが彼らの仕事である。
しかし、私達アスレチックトレーナーには、その“選択”がない。 なぜなら、怪我をした選手にレギュラーも補欠もないから。 私達の前では選手は全員平等である。
これが私達の仕事である。

楽しそうに練習している彼らを見ながら、「みんな“全員”頑張れ」と私は聞こえないエールを送った。

午前の練習終了後、私は用があったので Hamer Hall 内にあるアスレチックトレーニングルームへ行った。
中に入ってみると、小学生らしき子供たちがテーピングで遊んでいる。
現実には“テーピングを学んでいる”という方が正しいのかもしれないが、私には彼らがどうしても遊んでいるようにしか見えなかった。
うちのヘッドアスレチックトレーナーである Mike が、彼らに足首や手首のテーピングの巻き方を教えていた。
だが、Mike の説明に全く聞く耳を持たない彼らは、“子供らしく”ふざけあっている。 隣の友達と喋っている子もいれば、リハビリ用器具をオモチャにしている子もいる。
テーピングなんて指でちぎらず、ハサミで切っている。

まぁなんと愉快な光景であろう。

Mike に後でこのことについて尋ねてみた。
彼らは Middle School に通う子供達で、何のキャンプかは忘れたが、現在うちの大学に滞在しているとのこと。
そしてその中で「1日1時間程、アスレチックトレーニング・スポーツ医学について教えている」と Mike は言った。
まだこんな小さな子供達ではあるが、アスレチックトレーニングについて遊びながらその知識に触れている様子を見て、正直私は彼らがとても羨ましく見えた。
日本では、まだ大学レベルあるいは極少数の高校でやっとアスレチックトレーニング・トレーナーの関心が高まってきているのに対し、ここでは関心どころかかなり先の事までやっているではないか。
“日本とアメリカのアスレチックトレーニング教育の差”が理解できる。

午後の練習前、コーチが一人の選手を私のところに連れて来る。
「 この子が“左の Groin(鼠径-大腿部と腹部の接合部)が痛い”と言うから、ちょっと見てやってくれないか?」と頼んできた。
私は基本どうりに問診から始める。
「いつ頃から痛くなってきた?」と聞くと「昨日の夜、寝る前ぐらいから」と答える。 そして彼に昨日の就寝時間を聞くと「10:00pm」と言う。
昨日練習が終わったのは、午後3時半。 練習後の痛みにしては明らかに時間の差がありすぎる。
「昨日の練習中に痛みは?」と聞くと「なかった」と言い、さらに練習後に何か身体的活動をしたかどうか尋ねると、「何もしていない」と答える。
そして、「このような痛みは初めて」だと言う。

一般的に怪我の評価は、最初に行う問診からある程度予想が出来るはずなのだが、この時私には全く見当がつかなかった。
とりあえず、“多分昨日の練習で普段使ない筋肉が、びっくりして筋肉痛を起こしたのだろう”と仮定して怪我の評価を続ける。

彼は短パンを持っていなかったため、無理に野球用の長ズボンを脱がさせず、怪我の部位の観察なしで評価を始める。
たかがズボン一丁だと思うだろうが、未成年者なので年齢からくる心理的なものを配慮した。 あと分けの分からない“日本人”からいきなり「ズボン脱げ」と言われても、“アメリカ人”の彼は困るに違いないと思ったから。

怪我の評価を続けても、どうしても私の中では“ Left Groin Muscle soreness(左鼠径部の筋肉痛)”という言葉しか浮かんでこない。
別に骨に異常があるというわけでもなく、触診で“張り”が感じられるだけ。
とりあえず処置法として、ベンチでの安静とアイシングを20分間させた。

目は練習中の選手達にいっているものの、頭の中では彼の怪我の事ばかり考えていた。
そして、“Groin”ということで、私は前学期担当したあるチアリーダーの子を思い出した。
彼女はアウェイのバスケットボールの試合中 “Toe Touch(足指のつま先立ち)”に失敗して、“Right Groin Strain(右大腿部の内側の筋挫傷)”をやってしまった。 アウェイの試合だったので私はその場にいなかったのだが、翌日うちのアスレチックトレーニングルームで彼女の怪我の評価を行った。

彼女は“Toe Touch”に失敗した時、「何やら“ブチィ”という音を感じた」と言ったし、実際その音を感じた場所には“Ecchymosis(斑状出血)”と呼ばれる内出血により皮膚が紫色になっている斑点があった。
そのことを参考にして、今回の彼の場合も“Muscle soreness(筋肉痛)”だけでなく“Muscle strain(筋挫傷)”の可能性も考えてみた。

アイシング後、彼に私の怪我の評価を説明して、「もし痛みが激しく心配ならば、医者にきちんと診てもらった方がいい」と伝えた。
そして、彼が「練習は出来るか?」と聞いてきたので、「今日一日は無理をしないほうがいい」と怪我の悪化を考えて強く言った。

ボトルに水を入れていると、「きんじ !!!」と呼ばれる。
その声がする方を向いてみると、ホームベース上に一人選手が倒れている。
そばに駆け寄ってその選手の顔を見ると、たった今練習をするなと言い聞かせた“彼”であるではないか。
どうやらバッティングをするために打席に入り、ボールが足に当たったらしい。 大したことはなかった。
だがそれよりも私には何故彼がバッターボックスにいるのか分からなかった。

打席に入っているので、とりあえずバッティングは続けさせる。
ボールをうまく打ったものの、一塁方向へは満足に走れない。 当然である。
ベンチに戻ってきた彼に、「何故打席に立ったのか?」と聞くと、「コーチに言われたから」と彼は答えた。

3:30pm。
キャンプ三日目終了。

今日の教訓:
「アスレチックトレーナーには、選手の練習について“強制権”がなかった」

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