6月28日


2:00am。
空はまだ暗く、霧が薄くかかり少し肌寒い。

日本で習ったように5分前集合をしたものの、ここはアメリカ、それが通用しない時もある。
集合場所であるうちの大学の学生用駐車場には、今度 Sophomore になる Tom と Senior になる Amy と Lisa、そして私の4人しかいない。

3:30am。
残りのメンバーがやっと集まり、大学のバンを借り、出発。

今回の NATA 51st Annual Meeting & Clinical Symposia に一緒に行くのは、先に紹介した3人と遅れてきた今度同じく Senior になる Tim、Melinda、Maureen、Craissa、そして5月にうちの大学院を卒業したばかりで運転手役の Joshua の計9名である。
うちの大学のアスレチックトレーニングプログラムには、日本人は私一人しかいないので当然参加者の日本人も私一である。
だからといって別に気にすることなく、いつもどうりに振る舞う。
そして、うちのメンバーも特別扱いせず、私を気にしていない。

10:30am。
ボーっとしていたので気付かなかったが、車はケンタッキー州にある“Louisville Slugger Museum”に向っていた。
知っている人は知っていると思うが、あの“The Big Bat”で有名な入り口に巨大な野球バットが飾ってある野球バットの博物館である。

メンバーがするように5ドルのチケットを買い、11:00am からのツアーに参加する。
最初にドキュメント映画みたいなものを15分ほど見せられたが、私は野球に詳しくないので全然面白くなかった。 日本のプロ野球でさえよく分からないのに、アメリカのメジャーリーグなんてもちろん分かるはずがない。
ただ、木製バットでボールを打った時に響いていたその音だけが強く印象に残った。
映画が終わるとスクリーンの下のドアから次の部屋へと移動した。

次の部屋は、スケールをかなり小さくした昔の野球場をイメージして作られていた。
ガイドの説明も聞かず、みんなそれぞれ勝手な事をやっていた。
小学生ぐらいの子供たちはベース上を走り回っていた。
私と Joshua は 外野席が描かれていた壁に“Budweiser”の広告を見つけるやいなや、テレビのコマーシャルで有名はフレーズ、“Whaz u−−−−p !!!”と叫び続けていた。 ばかである。

次にまた別の部屋に移動。
今度は昔の有名選手たちが使用した木製バットが展示されている。
しかし、私には誰が誰だかさっぱりなのでここでも面白くない。
「ここもつまらない場所だぁ」と思いながら周りを見渡すと、右側の奥の方に何やら違うものがある。
早速そこへ行ってみると、手前に何かの機械があり、目の前にはキャッチャーのような置物、そして向こう側にはスクリーンがある。
機械のボタンを押してみると、スクリーンに投手の画像が映し出され、投球モーションに合わせて実際にボールが飛んでくるではないか。キャッチャーの真後ろで見るので、そのスピード感がよく分かる。
「これは面白い」と思った私は Joshua を呼び、最初の投手選びから再び始めてみる。
8名ぐらいの選択投手があったのだが、私には誰が誰だかここでもよく分からない。 しかし、よく見てみると“NOMO HIDEO”と嬉しい名前を発見。
別の投手を選びたい Joshua との小競り合いの末、めでたく野茂投手の90マイルを体験した。
スクリーン中の野茂投手、そして本人からでなく機械から投げられるボールではあったが、単純な私は満足していた。
ちなみにその時の私のバッティングスタイルは、イチロー選手の“振り子打法”だった。

次の部屋に移る前にまだ少しばかり時間があったので、もう一度室内を見渡すしてみる。
中央の透明なケースに縦置きで収められている一本の木製バットが目に付いた。
「どうせ私には分かりもしない選手が使用したバットなんだろうなぁ」と近づいて見ようとすると、母親と一緒にいた子どもが何枚も立て続けに写真を撮って私の動きを遮っているではないか。
「バッカだなぁこいつ、たかがバット一本ごときに写真を撮りまくるなんて」と思って、ケース内のバットの説明文を読んでみる。

“バカは私だった、、、”

そのバットはあの有名なニューヨークヤンキースのベーブルースが使用したのもであると書いてあるではないか。
「なんで車の中にカメラを置いたままにしたんだよぉ」と私は後悔し続けた。

次の部屋に移動。
このツアーのメインと言ってよいだろうか。 この部屋は、木製バットの制作過程を実際に見学していくものであった。
機械の音がやかましいのでガイドの説明が聞きづらいのだが、それを気にすることなく私は木の香りを楽しんでいた。

まず最初に、円柱形の木の棒が専用機械によってヘッドとグリップの形へと変化する。 手持ちの時計でそれを計ってみたところ、その作業は一本につき約40秒ほどであった。
次に、ヘッドの上の余分な部分の切断。
そして、次にバットに社名などの焼印作業。
「こんな円柱でしかも不規則な形のものにどうやって焼印をつけるのか」と疑問を持ちながら作業を見ていると、なんてことはない。 バットを回しながら焼印を付けていた。

(余談になるが、私はこのような見学ツアーでは、よく最後の方を歩いている。 というのも、最後の方だと後でじっくり見物することが出来るから。 グループの最初や真ん中の方だと、どうしても見やすい場所を確保することに気がいってしまい十分に鑑賞できない。)

さて、焼印作業をしているおじさんがその単純な作業にもかかわらず、妙に興味を示している私の前にまだほんのりと煙が出ている焼印したばかりのバットを差し出してきた。
「な、なんだ一体」と思っていると、このおじさんは「ほれ、持ってみな」と言わんばかりに顔をニヤニヤさせながら自慢げにバットを手渡てくれる。
私は「このおじさん、毎日同じ事ばかりして退屈なんだろうなぁ。 どれどれこっちも退屈だし、少し話相手でもしてやろうか」と、そのことを決して口にすることはなく会話を始めた。
渡されたバットを“ネタ”にどう話を進めてよいのか考えても、“この私”には何も浮かばない。
そこでバットに目をやると、社名の横に“MODEL R161”と何を示しているのか分からないのもがあった。
早速「このモデル R161 の“R161”とは何?」と尋ねてみると、顔は相変わらずニヤケているが丁寧にその説明を始める。
「この番号はなぁ ヘッドからグリップの長さによってなぁ 付けられるんだよぉ」
「なるほど」と感心していると、さらに説明を続けて「一流選手になるとなぁ モデル名でなく、選手名が入るんだよぉ」と話してくれた。
「やっぱり一流選手は特別なんだ」と一言言って、その場を後にした。

グループの先の方では、ガイドが別の作業場の説明をしている。 しかし、後ろにいる私には全く声は聞こえてこない。
また退屈になってきた私は、ふと傍の箱の上に書かれた文字を読んでみる。
“New York Yankees Minor League 誰々”“Chicago Cubs Minor League 誰々”“Seattle Mariners Minor League 誰々”などと大リーグのマイナー選手宛てに発注予定のバットの入った箱が並んでいた。
「この中から一体何人メジャーに上がれるのだろうか?」と思いながら、グループの流れに続いた。

作業場見学も終わり、また次の部屋へと案内された。
この部屋がツアーの最後で、周りの壁にはいろいろな写真が飾られて、ガイドはツアーのまとめの言葉を話していた。
そして、その部屋のど真ん中には、前に部屋で見たベーブルースのように透明なケースに収めらている縦置きの一本の木製バットがある。
今度はそれを注意深く観察してみる。
まず焼印作業場のおじさんから学んだ事を生かし“MODEL 番号”の所を見てみる。
するとなんとそこには、“SAMMY SOSA”と名前があるではないか。
そしてバットの横にある説明文を読んでみると、ソーサが1998年に使用していたバットだということが分かった。 98年といえばソーサがマーク・マグワイヤとその年のホームランキングを争っていた時ではないか。
隣にいた Joshua に「おい、あのバットはソーサが98年に使ったもんだよ」と教えると、「あいつは今年は駄目だ」と訳の分からない返事が返ってきた。

朝食と昼食を取っていなかったのでみんな腹が減っていた。 しかし、メンバーの一人である Tom が作業現場ツアーで時間帯を間違えたために、残りメンバー全員で彼を待つはめになった。
本当に野球について詳しくないので無視していたが、あまりにも待ち時間が暇だったので、入り口にある年代別に分かれた選手のサインボードを見てみる。 すると Tim と Melinda が「ほらここに“International”って日本人のサインがあるけど誰か知っているかい?」と聞いてきた。
言われたとうりにそのサインボードを見てみると、野球オンチな私でも知っている選手がいた。
その中でも世界的に有名であろう二人の選手、“世界のホームラン王・王選手”“ミスタージャイアンツ・長嶋選手”について Tim と Melinda に説明した。 しかし、二人は私の説明に理解を示さない。
“世界の王貞治選手”も彼らには単なる無駄話にしか聞こえない。
それを後ろで聞いていたおじさんが、「なんだお前ら、この人を知らないのか? この選手はなぁ、、、」と言って、あの“一本足打法”をやって見せる。
私もそのおじさんにつられて二人で“一本足打法”をやってみせるが、 Tim と Melinda は何の反応もなし。
そして一言、「へぇ、きんじは何でも知っているなぁ」
「、、、」
これは誰でも知っているのに、、、。私は呆れていた。

最後に交通違反をしながらもメンバー全員であの“巨大なバット”を背景に記念撮影。
そして目的地を目指し、再びドライブを開始した。

3:30pm。
目的地であるテネシー州ナッシュビルに到着。
私はきちんとメンバーにスケジュールを聞いておくべきだったと反省する。
というのも、予約してあるモーテルに行かず、今回のコンベンション会場である“Opryland Hotel Convention Center”に参加手続きをするために直行したからである。
これはまずい。 何がまずいかというかと、車での長旅を快適に過ごすために、私の服装はサンダルに短パン、Tシャツ、そして帽子とかなりラフな格好でいたからである。
「学生だから、まぁいいだろう」と安易な考えをしていたがそれもつかの間、会場にいた同じ学生トレーナーたちは正装とはいわないものの、ある程度その場にふさわしい服装をしていた。
私はうちのメンバーと一緒にいたので少しは気休めになったが、内心はかなり恥ずかしかった。

7:00pm。
当初の私の予定にはなかったのだが、参加手続きの時に会ったうちの元大学院生達と約束した NATA のパーティーに参加する。
当たり前だが、うちの元大学院生たち以外は知らない人ばかり。
ビールでも飲もうと思ったが、一本4ドル。 これはその場での値段に相応しいかもしれないが、ぼったくりに近いほど高い。
もちろん私は何も買わない。

9:00pm。
私が今回のコンベンションで目的としていた2つの内の1つが始まる。
それは、うちの大学主催で歴代卒業生たちが集まるパーティー。
“歴代”の卒業生達は2人ほどしか知っている人がいなかったが、それ以外は2ヶ月ぶりの顔ぶればかりである。
そう、私は今年5月に卒業したばかりの元大学院生たちとここで会う約束をしていたのであった。
久しぶりに彼らと会ってとても嬉しかった。
数時間前に NATA のパーティーで何人かとはもう既に会っていたのだが、彼らは友達や学部時代の恩師の挨拶回りで忙しく、あまり会話が出来なかった。

うちの大学のパーティーではフリードリンク、フリースナックとタダだったので、ここぞといわんばかりに飲む、そして食べる。
もちろん飲むのはアルコール類である。

(余談だが、私はうちのアスレチックトレーニングプログラムの学部生で唯一この元大学院生たちと毎週末一緒に飲んでいた。 平日でも飲み会の誘いがあるほど、みんなとは仲がよかった。)

だから、久しぶりに彼らと飲んでいた時は現在の状況よりも、過去のばか話に花がさいた。
みんな相変わらずバカだったが、本当に良い奴ばかり。
来年また彼らと一緒に飲みたい。

6月28日 終了。

NEXT