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「丸山なら知ってるよ、あの面白い奴だろ」。たとえゴルフファンならずとも大人気丸山茂樹の名前ぐらいは知っている。米ツアーに今年から参戦し、今日本でもっとも期待されているゴルファーの1人である。しかし冒頭の一文、『丸山』を『片山』に入れ替えたとしても、それほど違和感がないことにお気づきであろうか。ただしその場合には、最後に『カウボーイハットの』と付け加えることをお忘れなく。 片山晋吾、27歳、トレードマークはカウボーイハットだ。ユーモアあふれる言動でただいま人気急上昇中の彼ではあるが、その実力の方も来世紀が顔を出し始めた2000年初冬、ついに日本の頂点へとたどり着いた。ここで勝てれば、ここで勝たなくては、そんな場面で今年の片山は勝ってきた。 米ツアー「メモリアルトーナメント」の招待を断り、“聖地”セントアンドリュースを目指した「マンシングウェアオープンKSBカップ」。彼にとって全英への登竜門となった。大会歴代チャンピオンに、Tワトソン、Sバレステロス、Eエルス、そして日本人でそこに名を連ねることができたのが尾崎将司と中島常幸の2人だけという「ダンロップフェニックストーナメント」。ゴルフを少しでもかじったことがあれば誰でもその大会の大きさを理解することができる。日本4大メジャーに数えられるこの大会で勝つことが賞金王獲得の最低条件となった「ゴルフ日本シリーズJTカップ」。そして、同じように2位以上が条件付けられた最終戦「ファンケルオープンIN沖縄」。 |
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しかしながら、今シーズン5勝、しかもラスト4戦で3勝というとんでもない逆転劇を演じた片山のツアープレーヤーとしての生活は順風満帆というわけには行かなかった。アマチュア時代には「日本オープン」3位や、グローインツアー(現在のチャレンジツアー)の「水戸オープン」優勝などの実績を残して、95年に鳴り物入りでプロ入りしたが、この年は最終予選会に進むことが出来ず、96年はグローインツアーを中心にプレーせざるを得なかった。しかしこの年の最終予選会60位で出場権を得た翌97年は、3度のベストテン入りを記録して賞金ランク55位に入り翌年のシードを獲得し復調の兆しを見せ始める。ところが98年春には椎間板ヘルニアの大手術を受けて、一時は再起を危ぶまれるなど、その真実を周りに認めさせることができずにいた。 真実は一つ。20代での賞金王はあの中島常幸以来となる。それが何を意味するかは言わずもがなだ。世界に目を向ける片山にとって、ここはまだ通過点なのである。だから海の向こうでも・・・「Katayama? Oh, cowboy hat !!」。 |