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結論から先に言ってしまうと、弘山晴美だけがシドニーへの最後の椅子に手を伸ばすことができたのだった。 順位だけでなく、タイムまでもが必要とされたこのレースは、予想に反することなくサバイバルレースとなった。競技場を出てすでに12、3人程の集団となった先頭グループは、まず最初に浅利純子、次に安部友恵を追いやった。そして15Kmすぎには注目の有森裕子が、集団から弾かれたのだ。 ここ1、2年で日本の女子マラソン界はその進化の度合を増していた。’98年のアジア大会で高橋尚子が2時間21分台を出してからというもの、かつて好記録とされた26分台では、シドニーへと続くどころか赤道すら越えられない状況だ。2大会連続のメダリスト、有森裕子の進化は追いつかなかった。 レースは、残り5Kmでスパートをした弘山が、シモンに追いつかれ最後は力尽きてしまった。しかしながら弘山の記録は2時間22分56秒。自らのスパート、女王シモンとの競り合いと、その内容はかなり評価できるものであり、弘山の能力の高さをあらためて知らしめる結果となった。だが、本命はまだ走っていない。3月の名古屋での見どころはただ一つ、高橋尚子が何分で優勝するかである。すでに山口衛里は椅子に腰をおろした。弘山の伸ばした手は、高橋に振り払われてしまうのだろうか。先の読めない日本陸連が用意した市橋の椅子は、弘山の涙でぬれることになるかもしれない。 |