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夏草や兵どもが夢の跡。そこは平泉ではない。しかし多くの強者達が競いあったということだけは確かなのであった。あれはもう、遠い記憶のようである。今はただただ暑いだけなのに。 そのときセビリアは夏だった。焼けつく太陽の下、市橋有里が1枚目の切符を手にした。陸連の秘蔵っ子ということで、悪役の着ぐるみを着せられた彼女だったが、未知の能力を秘めた若きランナーの進化は、まだまだ急激な右肩上がりなのだ。東京は紅葉が秋の終わりを告げる晩秋。テープを最初に切った女性はシンデレラガールと呼ばれた。独走劇を得意とする彼女が、世界記録に迫る大逃げ。驚異的な記録をマークした山口衛里に2枚目の切符が手渡された。名古屋はまだまだ冷たい風が吹き抜ける初春。日本のエースは、心切り裂くプレッシャーの中、何事もなかったかのように走り抜いた。相次ぐアクシデントを乗り越えスタートラインに着いた彼女に、もはや敵はいなかった。高橋尚子のビッグスマイルに最後の切符は贈られた。 なぜ切符は3枚しかないのだろうか?誰もがそう思ったに違いない。弘山晴美は、強烈な印象と未来への希望だけを残し「選考」という戦に敗れた。日本女子トッラク界の女王と呼ばれるのは彼女だけである。1500mから、3000m、5000mと次々に日本記録を打ち出したその走りは、まさに日本の宝である。その上質の筋肉から繰り出されるスピードは、日本人で唯一彼女だけが持ち合わせる、世界で勝つための武器なのだ。 「2000年の女子マラソンの世界ナンバーワンはシドニーで決まるのではなく、どこかで私だと実証して見せたいのでは」という記者の質問に、「そのつもりでやっていきます」と彼女は頷いた。五月雨を降のこしてや光堂。こんな気持ちになるのは、まだまだ先のようだ。 |