|
|
そこに山があるから。ジョージ・マロリーはこう答えた。22人の精鋭達は、それぞれなんと答えるのだろうか。2000年8月26日、長い一日は始まった。 宮城県北西部にそびえる栗駒山。標高1600mほどのその山が私達の舞台となった。明け方4時過ぎ、薄暗い空を見上げながら昨晩のアルコールの影響がないことを確認する。体調は万全だが、体が臭かった。シャワールームに直行し、眠気と汗をはじき飛ばす。6時45分、出発の準備に多少手間取ったものの、グラム単位の軽量化にも無事成功し、足取りも軽く集合場所へ到着。8時過ぎ、期待と喜び、そして多少の足のかゆみと共に、ついに登山はスタートした。沢登りは順調だった。危うく背中からずぶ濡れになりそうになったときはさすがに焦ったが、そこはまだまだ序盤戦、体力は十分である。若い体を武器に坂本滝まではまさに無問題であった。みんなの顔にも笑みがこぼれた。後から思えば、この時が一番楽しそうな顔をしていたように思う。なぜならストレスと癒しの相関関係は、ここから逆転するからだ。獣道さえない斜度およそ50°はあろうかという急斜面には、かなりの時間と労力を費やさざるを得なかった。そして自分にも余裕がなくなっていくのがはっきりとわかるようになる。滝を乗り越え、空沢をあがり、道なき道を進む。ようやく昼食にありつける頃には、すでに自問自答が始まりだしていた。「なぜ俺は山を登っているのだろうか」と。しかしながら、よくよく考えてみればその答えは簡単だった。「授業だから」だ。 午後になり、できることは疲れ切った足をただただ前に出すことだけであった。口数は激減し、何度も時間を確認する。そして終わりなき登り道に怒りすら覚えるようになった。ところがだ。やはり母なる大地は偉大である。あの絶景は、目を閉じれば今でも瞼の裏に浮かび上がってくる。これだ!このために歩いてきたのかもしれない。もう、そう思うことにした。思考回路はフリーズしかけていた。 そして午後4時、ついに頂に足を載せた。今までの苦労を忘れ感動と達成感に満ちあふれる、というようなことはなかった。疲労感たっぷりの体に、冷たい風が追い打ちを掛ける。雲に隠れた景色に、癒し効果は期待できなかった。もう二度と登るものか、そう心に誓って笑顔で写真撮影。もう一回、登ってもいいかなと心変わりするのに2分とかからなかった。「なぜ山に登るのか」、もう一度自問自答してみる。2つ答えが浮かんだ。「また山を登るために」とそれらしいセリフ、そしてやっぱり「授業だから」だった。 |