1999年アジアスーパーカップレポート(2)



11月18日(木)
いよいよ試合当日です。
夕方4時、選手たちにおにぎりの差し入れ。試合前に炭水化物の補給です。
その後5時過ぎにホテルを出て競技場へ。

一方日本人サポーターの一行はバスに分乗して競技場へ。7時ごろに到着の予定。
僕は先乗りで5時半頃競技場入り。場所の確保と日本のサポーターからお預かりした横断幕の準備です。

競技場に着くと試合開始まで2時間以上もあるというのにすでに駐車場はいっぱいです。我々の席は大丈夫かなと不安になりながらスタンドに入ると、バックスタンドはすでに満員。ところがメインスタンドはチケットが高いこともあってか、特に我々が陣どるアウェイ側はほとんど入っていません。
しかも我々の場所もちゃんとロープが張ってあって「日本人用」と書かれてあります(と言ってもアラビア語なので僕らには読めないんですが)。それに警備の人数もここだけ多いようです。うーむなんだかんだ言っても最後はちゃんとやってくれるんだなぁ、と感心しました。
今日はサウジのプリンスも見に来るので入り口の警備も厳しいです。荷物はすべてチェックされ、ライターどころかペットボトルまで没収です(でも競技場で売ってる紙コップ入りのコーラはOK。なんで?)。

横断幕など準備しながら待つこと1時間半。もう空いてる席は僕らの場所だけです。なぜここに入れないんだ、と僕らの席を指差して文句を言うサウジ人に「もうすぐ日本人が来るから」と何度も何度も説明(説明したら案外あっさりと「ああそうか」と言ってくれるんですけどね)。同じ事の説明に疲れた頃、漸くサポーター本隊が到着しました。

本隊とともに太鼓も到着。早速応援の練習です。僕は応援団長です。
なにせ全員そろっての練習は試合前の短い時間しかありませんから大変です。会場で一から教えていたのではとても時間がないので、事前に日本のサポーターの方からサポートソングの音声ファイルを頂き、中から10曲程度を選んで各バス担当者に配布、みんなに会場までのバスの中で予習してもらいました。
グラウンドで何かやっていたようで他の観客が拍手していましたが、そんなことにかまっている余裕はありません。ひたすら練習です。


19:45 試合開始
いよいよ試合が始まりました。
前半は僕らから遠い左手(ホーム側)のゴールに向かって攻めます。
試合は両チームが交互にペースをつかみ、シュートチャンスもそれぞれ幾度か訪れ、緊迫しています。
ジュビロは右奥(ジュビロの左)のスペースにしばしば攻めこまれています。僕らの目の前なのでイテハドのフォワードがスペースに飛び込むたびに緊張が走ります。

前半終わりのほうになって、ジュビロにFKのチャンスです。あっとGKがこぼしてボールはゴール前に。大チャーンス!と思ったらクリアされてしまいました。遠くから見るとすぐそばにFWがいたように見えたのですが、ちょっと相手DFの方が近かったようです。

結局両チーム無得点のまま前半終了。ロッカールームに引き上げるイテハド選手たちにサウジ人からブーイングが飛んでいます。自国の選手にも厳しいんですね。
一方僕らは再び応援の練習です。

そして後半が始まりました。今度はゴールが近いだけになんとしてでも得点して欲しいところ。

後半10分ほど経ったところで最大のヤマ場が訪れました。久遠のミドルシュートが相手DFにあたり、中山隊長の目の前に、そして豪快なゴンゴール!

やりました! 待望の先制点です。さすがは隊長。チャンスボールがどこに来るか、彼には特別な嗅覚があるんでしょうね。いつもながら感心させられます。

とはいってもホントはみんな一瞬誰が入れたのか判らず。暫くみんなで「なあ、いまの隊長のゴールだよな」。

そしてこの時のために用意した「オーナカヤマッ」コールです。あとで聞いたのですが、これは日本でも微かではありましたが聞こえていたそうです。よかったよかった。

さあ、これで3点取らなくては優勝できないイテハドは必死の攻撃です。対する我らがジュビロはアジウソンを中心にしっかりと守り、逆にカウンターで相手陣に攻めこみます。

しかししかし、後半30分ほどでしょうか。相手CKをパンチングしにいった尾崎選手が、DFと重なってしまったんでしょうか、痛恨の空振り。ボールは無常にもイテハドFW、ヤミの前に。そのまま蹴りこまれて失点です。

さ、気を取りなおして試合再開。
得点で勢いづいたのか、イテハドの攻撃が多いです。さっきまで静かだったサウジ人応援団もまた騒がしくなってきました。ジュビロDFは必死に防いでいますが、中途半端なクリアが多い気がします。

おっと、ジュビロ、なぜかPKを取られてしまいました。僕らの目には反転したヤミ(またこいつか)が勝手にDFにぶつかっていった、しかもボールは全然関係ないところに転がっていたように見えたのですが...。
審判の判定はおいといて、ジュビロ大ピンチです。一方、僕らもピンチ。尾崎選手のコールは練習していなかった。仕方なく「ディフェンス」のコールです。応援団長自身も「PKにディフェンスコールかいな」と内心思っていたのですが、これが効いたかなんとなんと尾崎選手がナイスセーブ。しかもそのあとのこぼれだまシュートまでセーブ。すばらしいの一言です。

そして試合はロスタイム。
相手シュートを尾崎選手が押さえ、これで大丈夫と目を離した直後、会場が沸きました。何が起こったのかと目を戻すと、いつのまにか攻めこまれています。
僕の頭の中は「????」。喜んで走っているイテハド選手に蹴りを入れている福西選手をみて漸く失点したということに気づきました。

僕らの心中はもう「早くホイッスル鳴らしてくれ」という思いだけです。
思い通じて漸く試合終了のホイッスル。やった、アジアチャンピオンです。

イテハドの選手はみながっくりうなだれています。そして観客たちも静かに、そしていっせいに引き上げていきます。ジュビロが勝ったら我々の身の安全は大丈夫か、なんて真剣に検討していた僕らにとってほっと胸をなでおろした瞬間でもありました。

そして表彰式のあと、選手たちが僕らのいるスタンドの前にきてくれました。僕らも最後の「ジュビロ磐田」コールで迎えます。

おっと、アジウソンが試合ボールをスタンドにプレゼントしてくれるようです。と思ったら蹴ったボールはあらぬほうへ...。あらら、結局サウジ人が持って帰ってしまいました。なんでおまえがもっていくねん。アジウソン、コントロール悪し...。


試合後、ホテルにて
この1週間お手伝いしてきたメンバーがホテルに集まって余韻を噛み締めています。
優勝カップ、中山隊長がもらったMVPのカップを見せてもらい、また喜びを深めます。
メダルも見せてもらいました。メダルはアジクラのにそっくりだと言うことでした(パクリ?)。

選手たちがシャワーを浴びて、食事に降りてきました。尾崎選手に「お疲れ様でした」と声をかけたら帰ってきたのは「ビール飲みて〜」の一言。ビール好きの尾崎選手ならずともこんな日はビール飲みたいですよね。でもこの国にはビールはありません。


11月19日(金)
あっというまの1週間が終わり、選手が帰国する日がやってきました。
僕らは空港で見送りです。

選手はみんな来たときと同じくスーツ姿です。みな締まった体をしているだけに格好いいです。
中山隊長はサウジでも有名人。いろんなひとに声をかけられています。そのなかのサウジ人の子供からイテハドマフラーをもらい、それをかけていました。
僕も空港係員の一人に突然声をかけられました。なにかと思ったら太鼓叩く真似して「ジュビーロイワタ」と言っています。どうやら太鼓を叩いていた僕を見ていたようです。

さて、いよいよ出国です。ジュビロの強化部長から選手一同を代表してお礼の言葉を頂きました。

出国ゲートに向かう選手に向かって最後に僕らみんなで万歳三唱です。万歳三唱など聞いたこともないサウジ人たちはみな驚いていましたが、選手たちは手を振って答えてくれました。

出国審査を終え、ロビーに消えていく選手たちを見送ります。中山隊長の番になりました。
おっと、係員が立ち上がって隊長に向かって敬礼してます。さらに他のひとに比べてえらい時間がかかっているようです。きっと「これに署名しろ」かなんか言ってサインを貰っているに違いありません。後ろにもひとが待ってるんだから早よせいっちゅうねん。


11月20日(土)
選手団も帰ってしまい、今日から普通の生活に逆戻りです。なんか気が抜けた感じです。
この1週間ほとんどホテルに入り浸りだった僕は仕事に戻る気も起こらず、なんとなくぼーっとしていると、一緒に手伝いをしてきたメンバーから電話がかかってきました。

「今日は練習日程とチケットの件で打ち合わせだって。30分後にホテルに集合。」
「おう、判った。すぐ行くわ。イテハドからはちゃんと来るのか?」

- しばし無言 -

「終わっちゃったね。」
「さみしいなぁ。」


と、いうわけでジュビロ漬けだった僕らの1週間は終わりました。
その後、ジュビロはCSを制覇しJリーグチャンピオンにもなりました。天皇杯は惜しくも準々決勝で破れましたが、何はともあれハードスケジュールの1999シーズンは終了しました。
2000年はアジア一のチームとして、さらなる活躍を見せてくれるに違いありません。

これからも遠く離れたサウジからではありますが、ジュビロを応援したいと思います。


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