Handball Super Challenge 2002

All Japan (18-25) France

France - Kempe (5) , Junillon (5) , Guigou (4) , Fernandez (3) , Bosque (2) , Narcisse (2) , Sayad (1) , Busselier (1) , Joulin (1) , Calbry (1)

Japan - Uchida (4) , Nakagawa (4) , Taba (3) , Sasaki (2) , Ikebe (2) , Shimokawa (2) , Haga (1) 

  とりあえずレベルが違いました。

2002/7/9 , Todoroki Arena , Kawasaki , Attendance [???]


 クソ暑いながらも川崎に出動

 ワールドカップ終盤戦から、僕の心は既にこの大会に移っていただけあって、暑さにもひるまず友人と川崎市等々力に出動。二年前、手汁と灰廃と「最後の川崎ダービー」を観戦し、泥試合を見せられて以来の等々力である。会場となった等々力アリーナというこの体育館は、なかなか新しく機能的で、国際試合の会場としても悪くはなかった。会場にハンド関係の知り合いがいるかと思ったが、周囲には見つからなかった。在日仏人はちらほらいたが。。。

 今回の国際試合はサーキット形式を取っており、3日に熊本で第一戦が行われてから、神戸、岐阜、名古屋、と場所を変えながら試合を組み、昨日の川崎が最終日であった。仏はフェルナンデス(モンペリエ所属)やジュラン(独・アイセンナッハ所属)など主力が混ざりながらも、来年の世界選手権(日本は既に予選敗退)の選手選考、チーム作りを睨んで若手中心のメンバー構成。それでもここまで初戦に敗れて(日23−16仏)以降は、力の差を見せつけて日本に三連勝。おそらく最終戦も負けるだろうなあ、と思いながらも席に着いた。

 前座試合(日本五輪代表−大崎電気)が後半に入るとフランス代表の面々がコート脇にポツポツと姿を現しはじめた。とりあえず目が合ったステファン・プランタン(トゥールーズ所属)に手を振ると向こうも返してくれた。前座試合が終わると、両チームの面々がキャプテンを先頭にコートに入りアップを始めた。仏は練習形式から見ても日本とは違う。日本は(僕らもそうだったが)基本的にダラダラパス交換&シュートで体をほぐしているが、仏は選手達が二列に並んで素早いボール回しを行ったかと思えば、次には一列に並んで次から次へとシュート練習。GKのプロキンもこれまたすごく、これをほとんど逃さずセーブ。試合前から既に負けムードが漂った。

 仏についてのうんちく

 たまたまテレ東で中継されたため中学生だった僕は見ることができたが、仏が95年に世界選手権を制した要因はなんといってもディフェンスと、そこからのカウンターだった。仏のディフェンス・システムは基本的には1−5ディフェンスと呼ばれるもので、日本の実業団や代表がメインに使う一線、または0−6ディフェンスと呼ばれるシステムとはタイプが異なる。5人のフラットなラインの前に迫り出した1枚のディフェンスの主な役目は、相手のパスカットを狙ったり、マンツーマンに付いたり、シュートを狙うプレーヤーを止めに行ったりすることだ。それらのプレー選択の的確さや速さなどがそれ以上に求められるのは言うまでもなく、その上チームで最もスタミナのある選手でなければ務まらないポジションである。仏はこのポジションに、「ディフェンスをアートにまで高めた男」と呼ばれるジャクソン・リシャーソンというスーパースターを擁するが、今回は所属チームとのトラブル(?)もあり、来日していない。ちなみに95年の優勝メンバーで、リシャーソンとコンビを組んでいたフレデリック・ヴォルは現在全日本のコーチを務めている。

 テクニック、フィジカルなど全てにおいて完敗

 両国国歌斉唱が終わるとスローオフ。序盤は食らいついていたが、4−3と一点ビハインドの場面で二度のノーマークをGKプロキンに止められたのが痛かった。そうこうするうちに逆に引き離され6−3。両チームの力関係を考えると一度3点開いてしまえば、もう厳しい。レフリーがいくら日本人で(国際試合でこれはどうかと思うが)、明らかに偏ったレフェリングをしても点差は縮まらない。むしろそれ以上引き離されるのを止めるのが精一杯だ。サッカーで全日本が負けるよりも、ハンドで負ける方が自分がやっていただけあって悔しい。日本のフローター(たぶん相手から離れて「浮いて」いるからこう呼ばれるんだろう)三人がなんとか決めても、仏はフィールド・プレーヤー全ての質が高くディフェンスは鬼。日本がいくら回しても崩すことができない。ちなみに5−1の「1」はドレッド・ヘアでリシャーソンを彷彿とさせるサヤドが前半を、デサイーに似ているナルシスが後半を担当した。日本はサイド1人とフローター2人(スペイン留学中の内田君、同じくスペインで昨年までプレーしていた「ハンド一代男」田場さん、大崎電気の中川)以外の決め手がないのが何より痛い。ポスト(相手の中に入って敵をブロックしたり、パスをもらって打つポジション)の池辺とかはでかいだけで殆ど使えない。不安定な体勢からでも強引に決めてくる仏のケンペを少しは見習って欲しいものだ(95年のケルバデックも素晴らしいポストプレーヤーだったが)。

ちなみにどれもすごいが仏オフェンスで圧巻だったのは、田場さんがペナルティを外して凹んだシーン。その約1秒後には、左サイドをギゴーが駆け上がり、コボレ球を拾った仏選手からスパーンとロングパスが通る。慌てて戻った日本DFに体を寄せられ体勢を崩しながらも、前へ出てきたキーパーのタイミングを外し、倒れ込みながら肘と手首だけを器用に使い、シュート回転をかけてゴールを奪った場面は凄まじいの一言。あれほどのプレーを生で見たのは初めてだ。結局試合は23−16で悔しいながらも完敗を喫した。試合後、入り口の受付にあった当日券の売れ残り(ぴあのじゃないちゃんとしたチケット)を誰も見ていないうちに盗み、それにフェルナンデス、ケンペを始めサインをもらいまくって帰った。 


スフィアン・サヤド(セレスタット所属)のコメント

(<ドレッド・ヘアなので名プレーヤーの>リシャーソンに似てるねえ)−「ニヤニヤ」

(昨日のオフは東京観光したのか?)−「(今回の来日は)短すぎて観光はできなかった」

(君のチームはどこの街にあるのか?)−「シャンベリというとこ。リヨンの近くだよ」

→他のメンバーにシャンベリ所属の選手がいるのでこれが本当ならシャンベリに二つのチームがあることになる。そのためこれは僕の聞き違いかもしれない。

(じゃあいつかセレスタットの試合見に行くからな)−「オーケー」

他の奴らもみんないい人だった。同じ仏人でも「背番号も書いてくれ」と言ったら、「14番」と言い残して車を走らせたアーセナルのグリマンディとは大違いだ。 

 

2002/07/09

 

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