FIFA Confederations Cup Korea/Japan 2001 , 1st Group League , 11th Match

Brazil (0-0) Japan

Scorer : none

      

2001/06/04 , Kashima Stadium , Ibaraki , Attendance [37,470]


Brazil

GK : 1.Dida

DF : 2.Ze Maria , 3.Lucio , 4.Edmilson , 16.Leo

MF : 20.Ramon (19.Julio Batista 62'), 5.Leomar <C> , 18.Fabio , 11,Carlos Miguel (10. Robert 73')

FW : 7.Leandro , 21.Washington  (22.Magno Alves 80')

Japan

GK : 23.Tsuzuki

DF : 2.Uemura , 3.Matsuda , 6.Hattori <C>

MF : 20.Hato , 14.Ito , 17.Myojin , 21.Ono (16.K Nakata 46')

1.5 : 7.H Nakata

FW : 13.Yamashita (11.Nakayama 60') , 22.Suzuki (8.Morishima 46')


 ジーコが見守る鹿島スタジアム

 ワールド・カップのプレ大会として韓国と日本で行われているコンフェデレーションズ・カップ。その予選リーグ最終戦となる対ブラジル戦を見に、僕らは茨城県にある鹿島スタジアムまで遙々出かけたのだった。新宿から今日の試合のために、茨城県庁が手配したバスに揺られること1時間半強、僕らの乗ったバスは驚くほどのどかな場所にある鹿島スタジアムへと到着した。地元の人間の会話をちょいと盗み聞きすると、もうそれは標準語ではなく、随分東京から離れたところなのだなあ、と実感した。

 スタジアムの横にはジーコの銅像があり、その下には今まで在籍した選手達の足形が沢山並べられている。この日初めて鹿島スタジアムを訪れた人達によってジーコ像は常に大勢に取り囲まれていた。ただ僕にはこれらの人達が全て「ジーコ教信者」というよりも、ほとんどの人間達はただ他にすることがないからそうしているだけのように思えた。それだけ鹿島スタジアムの周りには何もないのだ。

 この日はとにかく暑かった。ジーコ像の横にある池の周りからは、沢山の「青」が僕の目に飛び込んでくる。あまりにもやることがないので全日本のレプリカを着たファン達が日光浴をしているのだ。またダフ屋も妙にフレンドリーである。東京との違いをここでも実感。他にはピンバッジやレプリカを路上で売る外人も参戦していた。ブラジルの人気チーム、「フラメンゴ」のシャツを手に掲げた外人が目に入ったので、横を通過したときに「それはフラメンゴですね!」と声を掛けてみたところ、「フラメンゴ、コリンチャンス、パルメイラス、全部あるよ!」とのこと。もちろん何も買わなかったが・・・。

 専用スタジアムでの代表戦は素晴らしい!

 日陰で読書などをして時間を潰した僕らはキック・オフ1時間半ほど前にスタジアムに入場。尚スタジアムの周りにはワールド・カップのスポンサーである「コカ・コーラ」、「バドワイザー」のブースが出ていたが、バド・ガールの衣装が替わっていたのには若干驚かされたものだ。遠藤君は前のボディコンのようなフィットタイプのものの方が好きだとのこと。歌舞伎町などで違う目的に使用されすぎたためにデザインを変えたのだろうか。

 スタジアムの入場についてはかなり運営に問題があるように思えた。荷物検査やもぎりなど、あのままでは明らかに強行突破する奴を止めることはできない。僕らは荷物検査の横をするすると通過したが何も言われなかった。さらに警備の人間やボランティアの人間は英語やスペイン語などを理解できるのであろうか。都会の喧噪から離れたのどかな場所柄、ある程度は仕方ないかもしれないが、都内での試合に比べて明らかに物足りなさを感じざるを得なかった。まあ僕にとっては何の関係もないことだが。

 自分の席はスタンド上段(二階席)でもさらに上の方だったが、あまりのフィールドの見やすさには驚きと喜びを憶えた。スタンドの傾斜はかなりのものでフィールドとの距離感を感じることはない。このような素晴らしいスタジアムで代表戦が見られるのは格別だ。この日は半ばカメラ小僧と化していた遠藤君もこのスタジアムには目を輝かせていた。

 よくやった全日本!

 プレ・イベントとして地元の小学生が試合を行った後、いよいよ全日本の選手達がピッチに姿を現した。しかしセレソンは練習に出てこなかった。既にここ鹿島で、カメルーン戦、カナダ戦の2試合をこなしているので、ピッチの感触を確かめる必要がないのかもしれない。

 2日前のカメルーン戦の勝利によって、既にグループ・リーグ突破を決めていた我が全日本は予想通りスタメンを入れ替えてきた。セレソンはと言うとバンペッタが使われず。これにはブラジルの記者達も首をかしげているそうで、レオン采配の疑問点の一つであるようだ。

 平日ということもあり観客は8〜9割の入りであったが、キック・オフ後、各々のプレーにスタンドは大いに湧いていった。都築のミス・キックからあわや失点という場面を創られたのを皮切りに、ラモンのドリブル→スルーパス、レオ&ゼ・マリアの両サイドバックのオーヴァーラップ、カルロス・ミゲウの飛び出しなどで、ブラジルが決定的なシーンを次々に生み出していく。

 日本は左サイド・ハーフに入った伸二が思い切りの良いシュートを放ち、ブラジル人にひけを取らないテクニックを披露するものの、彼の背後のスペースをレアンドロ、ラモン、ゼ・マリアのコンビネーションで度々侵されていった。しかし都築の度重なるファインセーヴ、松田のライン・コントロールにより何度も失点の危機を免れることができた。また攻撃面ではブラジルほどのチャンスは築けないものの、中田英の左サイドからのセンタリングに山下が飛び込んだシーンは決定的と言ってよいものだった。押されながらも日本の「色」は間違いなく出すことができていた。

 後半に入り、中田浩二を投入したことにより左サイドのスペースを消すことに成功した日本は、以降より手堅く試合を進めていく。60分に本人としては消化不良だったらしいが、十分に最低限の役目は果たしたように思えた山下に代わり中山隊長がイン。この交代にスタンドは大いに湧いたが、僕としては「もうこれでチャンスの芽は消えるだろうなあ」と感じでいた。案の定、その後はブラジルに攻め込まれるシーンが前半以上に増えていく。しかしその度に松田、都築、中田浩二らがなんとか耐え凌ぎ、時間は徐々に経過していく。焦るブラジルは日本のFKの際に自らボールを拾うシーンが目立つ。A代表の試合で全日本がここまでブラジルを慌てさせたことはかつてなかったし、あり得ないことだった。そしてついにタイム・アップ。依然としてサイド・アタックの必要性は感じながらも、「今日の代表には誉め言葉を掛けても良いかな」などと思いながら僕は鹿島スタジアムを後にしたのだった。

 

 2001/06/05

 

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