FIFA Confederations Cup Korea/Japan 2001 , Final , 16th Match

Japan (0-1) France

Scorer : Vieira (30')

2001/06/10 , Yokohama International Stadium , Kanagawa , Attendance [65,335]


Japan

GK : 1.Kawaguchi

DF : 3.Matsuda , 4.Morioka <C> , 16.Nakata

MF : 20.Hato , 18.Toda , 5.Inamoto (10.A Miura 46') , 14 Ito , 21.Ono (19.Kubo 60')

1.5 : 8.Morishima

FW : 9.Nishizawa (11.Nakayama 74')

France

GK : 1.Rame

DF : 19.Karembeu , 8.Desailly <C> , 18.Leboeuf , 3.Lizarazu

MF : 4.Vieira , 7.Pires

1.5 : 17.Marlet (22.Robert 58') , 6.Djorkaeff (10.Carriere 65') , 11.Wiltord

FW : 9.Anelka


 「リベンジ」、そして「チャレンジ」

 あれよあれよという間に我が全日本は勝ち進んできた。ついに決勝、相手は「世界&ヨーロッパ・チャンピオン」フランスである。「案外やれるんじゃないか」という甘い期待を完膚無きまでに粉砕された、初春のパリでの悪夢を払拭する舞台にまで、ついに自力で這い上がってきたのだ。とはいえ、僕は3月24日、「日本人が日本人であることに恥ずかしさを憶えた」というパリにはいなかった。パリからはだいぶ東に行ったところにあるくすんだ街で違う国のサッカーを見ていたのだ。しばらくはそんな「ミッドウェー海戦」のような試合に行かないでよかったと思っていたが、それはどうやら間違いだった。日が経つに連れて妙な悔しさを感じるようになっていく自分がいたのだ。曲がりなりにもアジア・チャンピオンである我々のプライドを、いともたやすく粉々にしたフランスと、彼らの前に屍と化した全日本の選手達をこの目で確かめなかったことを。

 しかし、願ってもないことに、あまりにも早くリベンジの機会はやってきた。6月10日、舞台は横浜。お互いにジダン、中田というキープレーヤーを欠くものの、この試合の持つ意味は決して小さいものではない。そして別の視点から見ても、全日本にとって長い歴史の中で初となる、FIFAの主催大会におけるファイナル進出である。つまり全日本にとっても僕にとっても、ある意味で「最大のリベンジ」、そして「最高のチャレンジ」と言えた。

 大半のサポと僕とのコントラスト

 僕はキック・オフ1時間半弱前に到着したが、今まで見たことのないくらいのサポーターが既にスタジアムを取り囲んでいた。若干のフランス・サポを見たのみで、当たり前だが後は全て全日本サポ。しかし僕は彼らから「悲壮感」や「不安感」、「緊張感」などといったものをほとんど感じ取ることはなかった。一方、彼らを支配していたものは「ここまで来れば十分じゃないのか」、「フランスに勝てるわけがない」などといった楽観的且つ投げやりなムードであった。リベンジとチャレンジを成し遂げるにはあまりにも高く思える、フランスという障壁に恐怖さえ感じた僕の思いとは裏腹に・・・。

 ところで僕がスタジアムに到着してすぐ全日本のチームバスが入ってきた。10mほど向こうの関係者用スペースをゆっくりと走るバスに最初に気付いたのは僕らだった。バスの中程には被爆したかのような頭をした選手が一人、肘を顎に突いてボーっと窓の外を眺めていた。すかさず「上村!」と叫ぶ僕。緊張した面持ちで彼はこちらを見ていた。

 甘すぎるように思える荷物&ボディチェックを受けた後は、ゲートをくぐり自分の席へと向かった。フィールドに目をやるとフランスの選手達がフィールドに集まって何やら話し合っているようだ。フィールドの様子を確かめているのか。するとまもなく彼らがこちらのスタンドの方に戻ってくるので、慌てて僕らは近くへと走り寄っていった。判別可能な選手に声を掛ける。「ニコラ!(アネルカ)」→無視、「ミカエル!(シルヴェストレ)」→無視、最後のシルヴァン・ヴィルトールだけはこちらに右手を挙げてくれた。

 サンドニの再現か、怒濤のレ・ブルー

 一昨日、関西で起きたおぞましい惨劇の幼い犠牲者達に黙祷を捧げた後は、いよいよ緊張の瞬間、キック・オフがやって来た。全日本はGK及びDFは予想されたとおりとなったが、注目はMFに3枚のボランチ(稲本、伊東、戸田)を配したことである。これによりフランスの中盤を少しでも押さえ込もうという意図があるのは明白だったが、同じく三枚のボランチを配したサンドニの記憶が甦る。サンドニと違ったのはサイドハーフ。右には4月のコルドバで一気に代表定着を果たした波戸、左には完全復活を果たした天才、小野伸二が入ったことだ。彼らに大きな期待が掛かる。フランスのGKは3月と同様ラメ、DFは右からカランブー、デサイー、ルブフ、リザラズ、ボランチにはピレスとヴィエイラ、そして高めの三枚には左右にヴィルトールとマルレ、中央にはジョルカエフが入り、トップはアネルカとなった。スタメンには3月のサンドニに出場した選手が8人も名を連ねていた。

 今大会0−1とまさかの敗戦を喫した豪州戦を除いて、フランスはなんと全ての試合で先制点を奪っている。それも開始10分以内に。その怒濤のプレッシングからの速い攻撃を当然予想はしていた僕だったが、蓋を開けてみるとまさにピンチの連続。アネルカ、マルレ、ヴィルトールらが次々と日本ゴールへと襲いかかる。キックオフ前、短時間降った雨に濡れたピッチによって、両チームとも開始後しばらくは足を取られる場面が目立つ。だが10分もするとフランスは「シャーッ!」という音が聞こえてきそうなくらい速いグラウンダーのボール回しを本格化させ始める。両サイドバック(カランブー、リザラズ)のオーヴァーラップ、両ウィングハーフ(マルレ、ヴィルトール)のドリブル突破、アネルカのスピード、ヴィエイラ、ピレスのドリブル等を前にして、予想されたとおり全日本は完全に劣勢に立たされた。

 そしてそんな中なんとか耐えていた全日本だったが、ついにゴールを破られる。30分、ルブフが出したロングボールにヴィエイラが怒濤の走り込みを見せヘディング。勢いよく飛び出した川口だったが無情にもボールは頭上を通過していった。一瞬、角度的に外れたようにも見えたが、ボールが空中にあるうちに日本ゴール前にいた白いユニフォームを着た人間が両手を上げた。このとき、僕は無言ではあったが失点を確信した。フランス先制。飛び出した以上、川口のミスではあるが、早いテンポのロングボールにあまりにも速い走り込みを見せたヴィエイラを誉めるべきかもしれない。

 横浜の「憂鬱」

 ここで一気に畳みかけられてはサンドニ同様、大量失点もあり得る。「ここを耐えてくれ」という思いが通じたのか、なんとか0−1で前半を終了。だが試合前の目標であった「前半0−0」を達成できなかったのはあまりにも大きかった。後半は「流し」てきたフランスに対して、なおも劣勢を強いられ続けた全日本。三浦淳宏の投入も功を奏したかに見えたのは5分くらいだけ。その後は逆に対峙していたカランブーに押し込まれ、全日本は全くチャンスらしいチャンスを作ることはできなかった。60分には、笑顔を見せながら全日本の中で一際大きな輝きを見せていた小野伸二がアウト。三浦淳宏に代わった稲本、そして小野と、中盤の柱となる選手を失った全日本は、以降完全に攻撃の組立ができないまま試合終了を迎えたのだった。

 試合の経過と共に僕の「緊張」、「不安」、そして「期待」といったもので重たかった僕の心はどんどん軽くなっていく。しかし、それはむしろ心地よいものではなく、憂鬱でさえあった。最小得点差での敗北に「善戦」という言い方はたしかにできる。だが内容的には完敗。全日本のチャンスと言えそうなものは開始早々、小野伸二がカランブーをかわして上げたセンタリングに森島が飛び込んだというシーンだけ。「最大のリベンジ」そして「大いなるチャレンジ」というこの試合の命題は、完璧なトリコロールのイレブンによって横浜の空へと吹き飛ばされたのだった。

 

 2001/06/11

 

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