00-01 UEFA Champions League , Phase 2 , 11th Matchday
Panathinaikos (1-1) Manchester United
Scorer : Saitaridis (25') , Scholes (89')

2001/03/07 , O.A.K.A Spiros Louis (Olympic Stadium) , Athens , Attendance [27,231]
Panathinaikos
GK : 1.Nikopolidis
DF : 2.Henriksen , 8.Goumas , 3.Olivares
, 30.Fyssas
MF : 24.Boateng , 16.Saitaridis
, 26.Karagounis , 20.Basinas (10.Pflipsen 85')
FW : 7.Vlaovic (5.Galetto 59') , 21.Liberopoulos (9.Warzycha 66')
Manchester United
GK : 1.Barthez
DF : 2.G Neville , 6.Stam , 24.Brown , 27.Silvestre (36.Chadwick 64')
MF : 7.Beckham , 16.Keane , 18.Scholes , 12.P Neville (10.Sheringham 78')
FW : 9.Cole (20.Solskjaer 78'), 19.Yorke
アクロポリスでの遭遇
試合の2日前、3月5日の夕方頃僕はアクロポリスの丘から市街地へと続く細い道を下っていた。そして、土産物屋でポストカードと切手を購入し、店を出ようとした瞬間、後ろからややなまった英語で声がかかった。「おい!切手が落ちたぜ日本人!」。彼が拾い上げた切手を受けとり店を出ると、外に彼の仲間が数人待っていた。すると彼らから「何でお前ウェストハムのユニフォーム着てるんだ?」とさらに声がかかる。この日の朝、アテネについたばかりの僕は、あまりに暑いのでハンマーズ(ウェストハムの愛称)のシャツ(ロンドンで購入)一枚で行動していたのだ。あれ?もしかしてこいつらユナイテッドのアウェイ・サポか?そう思いながら「あんたらどこから来たの?」と聞くや否や、彼らは声を合わせて「マンチェスター!」。続けざまに「余りのチケット持ってる?」と聞くと、「一枚だけならあるぜ」との事。ラッキー!渡りに舟とは正にこの事だ。
翌日(6日)の正午に、約束通りに彼らの滞在しているホテル・アリスに向う。そして、しっかりとマンUのチケットを購入。しかし痛かったのがその値段。まず額面で12000Dr(約4000円)もするのにそれもマンUのオフィスで買った為、ドラクマ(ギリシャの通貨単位)で言うと20,000Drくらいしたの事。このくらいの値段は東京やロンドンでは驚くほどの事ではないかもしれないが、物価安のアテネではこれでもかなり贅沢な買い物なのだ。
ついに来たオリンピック・スタジアム
翌7日、キックオフ一時間ほど前に地下鉄に乗り、イリニ駅で下車。駅前からスタジアムへと続く道にはちらほらと、パオ(パナシナイコスの愛称)のグッズやギリシャ名物スブラキ(串焼きのようなもの)を売る露店が出ている。警備はと言うと非常にものものしく、盾と銃を持った警官(ポリスと書いてあるが軍隊のような格好をしている)がそこら中にいた。警官の間をかき分けてスタンドに入ると、どこが自分の席やらさっぱり分からない。スタンド内の表示が乏しいためだが、これで2004年のオリンピックを迎えてもよいのだろうか?観客は、パオの2次リーグでの敗退がほとんど決まっているために7割ほどの入りだが(と思ったら実際にはそれほども入っていなかった)、やはりギリシャのサポは独特のものがある。両手を上げ、みんなが揃ってジャンプしながら声を出しているのだ。それはもうかなりの迫力でまるでスタンドが揺れているかのようだった。
しかし、マンUの方も負けていない。バルテズがアップに出てくると、パオ・サポの大ブーイングの中「ファビアン!」の大歓声。スタジアム全体が盛り上がってきた。96年、CL(チャンピオンズリーグ)準決勝第二戦でアヤックスがここでパオを破った。その試合をTVで見て以来、一度は訪れたかったオリンピック・スタジアム。ついに僕はここにやって来たのだ!
意地を見せるパオ
マンUの布陣は、GKがバルテズ、DFは右からギャリー・ネヴィル、ブラウン、スタム、シルヴェストレ、MFはベッカム、スコールズ、キーン、左ウイングにはギッグス(負傷したらしい)の代わりに、フィル・ネヴィルが入った。トップはコールとヨークが努め、久々にこのコンビを見た気がした。パオはワルツィカがベンチスタートで、代わりにブラオヴィッチがスタメン出場を果たした。しかし、僕の見たかったパウロ・ソーザはベンチにもおらず非常に残念だった。
キックオフ後、序盤はややユナイテッドが攻勢だったが、パオの方も右サイドのボーテングがドリブル突破を成功させて以降反撃に転じる。そして、パオがカウンター気味の攻撃でチャンスを作る回数が増えてきたとき先制点が生まれた。パオが得た右CKのこぼれ球を16番のサイタリディスが思い切りよくミドルシュート!これがゴール左隅に突き刺さったのだ。花火が宙を舞い、発煙筒がたかれて一気に沸くオリンピックスタジアム。一方、その頃我々のマンUスタンドは放送禁止用語のオンパレード(死語か?)。その後、前半は浅いマンUDFラインの裏をパオがカウンターで狙うという流れで終了した。
後半に入ってもその展開は変わらずパオがバルテズと一対一になるシーンを3度ほど作り出す。GKがバルテズでなければおそらく追加点を許していたことだろう。マンUは持ち前の中盤での早く正確なつなぎが見られたのはキックオフ15分後くらいまでという有様。フィル・ネヴィル→チャドウィック、ブラウン→シェリンガム、ヨーク→ソルスキアの交代で最終的には3-4-3になるものの、攻撃はどんどんロングボールが増えていくばかり。パオは70分くらいの所で、全く精彩を欠いたブラオヴィッチに代え、大御所ワルツィカを投入。彼のプレーを初めて生で見たがやはり36歳ほどになってもエースの座を守り続けるだけの事はある。スピードこそないが、視野の広さ、ボールコントロール、状況判断の良さには光るものがあった。
後半40分くらいになるとマンUがボールを持つたびに、スタジアム中はものすごいブーイングに包まれた。あれほど金切り声のような高い音のブーイングは聞いたことがない。アウェイの選手が本当に参ってしまいそうだ。
パオの勝ち点3を奪ったスコールズ
時計はいよいよロスタイムに・・・。審判が時計に目をやり、このままパオが逃げ切るかと思われた時だった。ゴール前の混戦から左足で放たれたシュートがゴールネット激しく揺さぶったのだ!うおおお!と自分も含めてマンUスタンドはガッツポーズの嵐。決めたのはスコールズ。そしてゴールの興奮が冷めやらぬままタイムアップ。これだけ出来の悪い試合で追いつけたのだから十分だろう。
試合後はセキュリティー面の理由から30分ほどスタンドに閉じ込められたが、その間もまた楽しいひとときなのだ。泥酔し「come on!」を連呼しながら警官の盾に体当たりをする奴や、「2年前には東京に行ったぞ。」などと話しかけてくる奴。このようにスタンド内の様々な人間達が一つのチームをサポートするという思いを共有することが出来る。そういう機会をヨーロッパ中に広げているCLやUEFAカップの素晴らしさを今回のアテネでは体感できた気がする。そして翌日、次の目的地、イスタンブールへと向けて僕はアテネを旅立った。
2001/5/20