神隠しの時間
プロローグ
佐渡に渡ったのは昨年6月に町内会の旅行が初めてだった。
ここでロングのトライアスロンがあることは知っていたけど、
自分が参加するなんてことは夢の夢だった。
一昨年のトライアスロン美山大会は覚え立ての平泳ぎで出場。
クロールで先行する他の泳者に頭を蹴られまくられたのが、
小さい火になったような気がする。
それから教室へ通ってクロールを習い始めた。
あいにくカラダが硬くて力まかせで腕や足を動かそうとして、
すぐに疲れた。
01年珠洲Bタイプに出るために7月の鉄人会三種目練習会に参加して、
即入会、海でのスイムを初めて経験した。
ところが、01年珠洲トライアスロン、
スイム開始の10分前に大雨が襲ってきて中止になってしまった。
昨年は泳げなかったクロールで泳ごうと思って1年間準備していたのに・・・
雨降りて漁船の煙る珠洲の海一年あとのAを夢見る
10月、ラン月間300キロを達成。
翌月のフルマラソンで自己ベストを記録。
とりあえず、ランはクリアしたと思い、
その後、家族の前で佐渡参加を宣言、準備をすることにした。
このとき不足だった点は、
スイムで1キロしか泳げないこととバイクで180キロの経験がなかったこと。
12月、ホームページを開設する。
最初はHTML言語でホームページで発信することを習得したいと思っていたが、
次第に日記が主になってしまった。
今まであまり出なかった腰痛が2度ほどあり、準備の難しさを実感する。
■
神隠しのレースへ
02年8月30日(金)
会長をはじめとする鉄人会のメンバ8人と家内の10人で佐渡ツアー開始。
前日に届いた腰用サポータをパッキングして、いざ出陣。
温泉にはいったあとの夕食は棒寿司のおいしいすし屋さん。
いつもはくじ運が悪い小生だが、
大トロごちになります会でラッキーな4人の中の一人になった。
佐和田の宿は・・・よかった。
02年8月31日(土)
朝食の前に千秋さんら5人でランコースの下見にバイクを駆ける。
新穂から金井への折返しルートが長く厳しそうだった。
朝食のあとはトラジション周りの下見と
相川へ抜ける新コースの下見へ尖閣湾の手前まで行く。
トラジションでは自分のバイクの目印になるものをみつけることを千秋さんに教わった。
昼食のあとは受付とセレモニー会場のアミューズメント佐渡へ。
ここでJTUの講演があり、自らがトライアスリートで医師でもある講師のお話を聞いた。
内容は、競技中の栄養と水の摂取方法。
特にスペシャルドリンクの処方はとても参考になった。
応援の大口さんは大きな黄色い布を出してきて、
これが目印だと言ってくれた。
宿で本番の準備をして、午後8時に就寝。
02年9月1日(日)
3時10分起床。
既にAタイプ出場の千秋さん、中島さん、真澄さんが食事中だった。
おにぎりを3個口に入れた。
夜明け前の4時30分には宿を出発。
トラジションにバイクやシューズを置き、
千秋さんと最終登録に向かう。
体育館で発信機の腕輪と両上腕にゼッケン番号をマーキングしてもらうと、
あとはアップしてウェットスーツを着るだけだ。
ところが、大事なものを宿に置いてきたことに気づいた。
腰用のサポータだった。
幸い時間的に余裕があったので、アップも兼ねてランで宿に向かい、
用足しして戻ることが出来た。

いよいよスタート15分前、
千秋さんの背中をスイムの入水チェックまで見ていたが、
その後千秋さんを見失った。
スタートエリアに大勢のウェットスーツ姿のアスリートがそれぞれの準備をしている。
「75分以上」という看板付近に進んだ。
すると真澄さんが声をかけてくれて、
「この場所にいることが素敵なこと」と言った。
その通りです、と答えた。
別の見知らぬ男性からも声をかけられた。
「舞鶴と若狭路でお見かけました。」
とっさのことで、はは、そうですか、と答えた。
太陽は南佐渡の稜線から顔を出し、あたりは朝日に包まれている。
これまでのスイムの練習で先生から繰り返し指摘されたことを反芻する。
「力を抜くこと、そうすれば前に進む。」
力まかせでかいて、力尽きて短い距離しか泳げないことを繰り返していた。
陸の方へ目をやると、黄色い布と家内の黄色い声があった。
家内と大口さんがそこにいる筈だったが、
視力がそこまで及ばなかった。
こちらもジャンプして手を振ったが通じた感じはしなかった。
(家内には自分がわかったらしいが)
小さな湖のように静かな海面を見ていると、
特別な造作や策はまったく必要ないと思った。
ひとかきひとかきゆっくりと進めばよいとだけ思った。
ファンファーレとともに号砲が鳴った。しばらく歩いて泳ぎ始めた。
泳ぎ始めて、軽い後悔を覚えた。
スイムコースの概要を予めインプットしてなかったからだ。
何キロいけばターンなのか、知らなかった。
まっすぐ泳いでいるつもりが大きく右にそれていた。
周囲の確認をしようと立ち止まると、「左、左」とボートから叫ぶ声がする。
それが自分に言われていることが判るのにしばらくかかった。
左奥にひときわ大きなブイを見つけて、最初のターンだと思い、急いだ。
たどり着くとそれはBタイプのターンだった。
0.7キロ。
1キロ以上泳いだ感覚との落差で軽いショックを覚えた。
そこから間もなく最初のAのターンに達した。
1.3キロ。
二等辺三角形の1辺から、三辺の長さが計算できると、少し安堵感が広がった。
手の平に水のかたまりの感触を感じながらゆっくりとした動作で確実に前に進めた。
最終の辺に差し掛かると太陽の光とオレンジのブイが交差し、
方向を間違って何度もブイに接触した。
他の泳者も自分の進行方向を横切ってくる。
もうこの時間を楽しむしかない。
1時間37分。
こんなに泳いでいたのかとまず自分を誉めた。
よろめきながらウェットスーツを脱ぐ、
シャワーで海水を落とす、
トラジションまで駆け出す、
すべて新鮮だった。
次のステップへ順調にカラダが動いていた。
すでに多くのバイクがトラジションを離れていた。
目印の自動販売機を見つけ、
バイクラックを進むと自分のバイク一台がぽつんとおかれていた。
簡単な補給を済ますと、バイクスタートへ進んだ。
180キロは経験がある。
恐れることはない。
急坂も練習でやったし恐れることはない。
ちょっと長めのサイクリングだ。
ペダルの回転に乗って、
風を受けて汗を飛ばして、
楽しめるだけだけ楽しめばいい。
ゆっくりスタートしたつもりだったが、
スイム後でまだ完全に平衡感覚が戻ってなかったのかもしれない。
中山トンネルの手前でボトルを取って片手になった瞬間、
路肩に寄り過ぎて補正する間もなく落車してしまった。
サドルが大きく右に向いたのを腕力で戻し、
右肘の擦過傷を確認すると、
再び走り始めた。
このとき、少しサドルが下ってしまったが、
他のメカ上の故障は認められずひとまず安心した。
相川(10km)のトイレで擦過傷を水で洗った。
血が止まったのでそのまま走り始める。
打撲もなく、この程度で済んだことに感謝した。
エイドの給水はスクイズボトルが利用される。
最初の2回のエイドまではこのボトルの扱いに戸惑った。
バイクのボトルゲージにはスペシャルドリンクと
緊急用のスポーツドリンクの2本が鎮座している。
飲み干したエイドボトルの落ち着き場所を、
しばらく手とハンドルの間で探したが見つからない。
やむなく2度ほどボランティアの方に手渡しで預けた。
やがて、バイクシャツの後ろポケットにボトルを挿している走者を見つけた。
2・3回真似をして試みると、
ボトルはすっぽりと収まってくれた。
これで受け取ったボトルの水を自分のペースで補給することができる。
悩みがひとつ解決してホッとした。
前日そのレシピを聞いたばかりのスペシャルドリンクには、
カーボショッツ、ヴァーム、塩が入っている。
15分ごとに少量飲み、小木までに飲み干すのだという。
自分には塩分が強すぎたので、水をあわせて飲んだ。
岩谷口WS(46km)で十分な水分を取ると、
眼前に大きなZ字のつづらが接近する。
足の粘りを感じながら峠に到達した。
悪くないと思ったし、楽しめるかもとも思った。
細いつづらを下ると、間もなく右手にドーム状の美しい岩山が接近する。
大野亀の首の部分へ向かっての上りが始まったが、
景色を楽しむ間もなく大野亀を後ろに見送った。
さらにゆるやかに上りは続いたが鷲崎AS(62km)までに終わっていた。
両津までの距離が標識上に表示されている。
両津までいければ、バイクゴールまでいける筈だと思った。
なだらかな海岸コースで距離を稼ぐと浦川AS(76km)に到着した。
2度3度全身に冷水を浴びた。
バイクも濡れたが、構わなかった。
工具を借りてサドルの高さを1センチ上げた。
後方から自分の名前が呼ばれた。
先行していた明るい表情の真澄さんだった。
用事が済むと、お先ですと言ってASをあとにした。
アイシングの効果なのか、少し軽くなった感じがした。
サドルが適正な位置になったことでペダリングが楽になった感じもした。
スピードにも乗ってきた。パスする走者も多い。
両津湾の向こうに南佐渡の影が薄く目に映った。
両津市街を35キロオーバーで駆け抜けた。
中間点が過ぎて、いけるという感じがしていた。
水津AS(107km)で右肘の手当てをした。
エアロバーを握ろうとすると、
肘を完全に預けられなかったからだ。
その後、エアロバーの使用を何度か試みたが、
未だ自分の中で位置付けが定まっていない。
沿道の声援は素晴らしい。
太鼓を鳴らし、一斗缶を鳴らし、大声で絶叫し、
まるで自分ひとりに向けられているかのように錯覚する。
一人の坊主頭の少年がぽつんと防波堤に立っていた。
やおらこちらに向けてVサインをしてきた。
思わずにっこりとVサインで返した。
「福井」という看板を持った少女二人がいた。
「おっちゃん、福井やで〜」と返した。
言い尽くしきれない応援がある。
とにかく、体力がある限り、
「ありがとう」で返すことにしていた。
依然とパスするバイクがある。
小木までの距離表示が標識を見るたびに短くなる。
小木坂が待ち遠しく、少しずつファイトが沸いてきた。
小木AS(151km)までにスペシャルドリンクは空になっていた。
広い道路からクランクを経てゆっくりとローギアで小木坂に入った。
小木坂は佐和田に向かう車中で下見している。
3段の大きい坂を数えていた。
確かに急坂だった。
しかし、前に進めないことはなかった。
とんでもなく長くはなかった。
ここでも足の粘りを感じる。
このままいける感じが不思議だった。
3段の坂を数えると、
あとの小さい上下は楽しんだ。
力むこともなく、
とにかく佐和田まで落ちるように重力に任せればよいと思った。
小木坂を下ると、最後の上りになった。
途中で黄色い声の家内に出会った。
大口さんにも出会った。
帰りに気をつけるよう叫んだ。
真野湾の奥に佐和田の町が見えた。
豊田AS(172km)で水を走りながらキャッチすると先を急いだ。
国府橋の手前で左になった走者に
「帰ってきましたね〜」と話した。
沿道の人からも「お帰り」と言われ、
「帰りました」と応えた。
佐渡を無事一周したことがまずはうれしかった。
速度を落として佐和田の市街を抜けるとトラジションに辿り着いた。
トラジションの中でバイクといっしょに走れた。
足が動いていることが、にわかに信じられず不思議だった。
腰用サポータを身につけ、帽子をかぶった。
次のランはフルマラソンの距離の感覚はない。
半分の21キロをまた同じように帰ってくるだけだ。
先を急ぐ必要は全くない。
ランのチェックを通過すると、
足の様子を伺うようにとぼとぼと走り始めた。
佐和田の市街を抜け、
宿の近くを通るとBタイプを完走した余裕の表情の松嶋さんがいた。
大きな声のエールを受け取った。
間もなくゴールを射程に置いた会長と出会った。
大きな声を掛けあった。
足は前に出ていた。
でもキロ6分〜7分の感覚のペースは決して上がらない。
八幡WS(3.5km)で初めて氷を帽子とシャツの間に入れた。
冷水もかぶった。
ランスタートからのじりじりとした暑さに危険を感じていた。
水がシューズの中にはいり、ステップのたびに音がした。
ア社のシューズは軽い感じがする。
自然と前に足が出る感じがして、ペースが落ちる気がしなかった。
金丸AS(5.1km)で何杯もの水を飲み、冷水を浴びた。
梅干とレモンをほおばった。
カーボショッツも補給した。
田園風景のコースは日を遮るものがまったくない。
さっそくシャツとカラダの間の氷がシャカシャカと音を立てていた。
ときどき道端に水道ホースがたらいと柄杓ともに用意されている。
シャワーもあった。もれなくすべて頂戴した。
宮川AS(8.0km)手前の坂で千秋さんに出会った。
すこぶる元気だ。
それに順位もかなり上位だった。
坂も歩くことなく一歩一歩走れた。
やがて家内と大口さんに出会った。
「順調、順調!」と返事した。
各エードで必ず冷水を浴び、氷を補給した。
浴びなければ続かないと思った。
次第に右のシューズの中で違和感を覚えていた。
足裏がチクチクするが、我慢できないほどでもない。
新穂村のT字交差点(13km)を左折した。
ここにも家内と大口さんが待っていてくれた。
ペースに変化はないが、
何人もの先行する人が左に並んでは後退していく。
自分は、自分のペースを守っていけばよいと念じた。
金井町への往復(4.7km×2)は照りつける西日との戦いになった。
でも日はだいぶ傾いてきたので、
おそらくこれが最後だろうと予想していた。
金井AS(17.7km)までなんとか持ちこたえれば、
ランの峠は過ぎると思った。
金井ASではひとりひとりアナウンスで紹介された。
少々疲れを感じたが、
新穂まで帰れば先がまた見える筈だと言い聞かせた。
ペースが落ちた感じがした。
皆川WS(20.4km)までの道のりも暑さの厳しいことに変わりはない。
救いは頭上の氷。これだけが頼りである。
新穂までに中島さんと真澄さんに出会う。
大声を掛けあった。
再び新穂で家内と大口さんに挨拶をして、
第二折返しの潟上AS(25.6km)を目指した。
日はだいぶ傾き、左から照らされている。
潟上を過ぎたあとは、
重力で引っ張られるように落ちるようにゴールに辿り着きたい。
気温の下降を感じていた。
もう気温のピークは過ぎている。
条件は改善しつつあると言い聞かせる。
残り距離も想像できるキロ数になってくる。
三度、新穂で家内と大口さんに出会った。
家内はシャッターを切るのと声援するのに急がしい。
残り13キロを残す下新穂WS(29.3km)に差し掛かった。
日は暮れようとしている。
しかし、大腿はまだ熱く、冷却が必要だった。
サングラスを帽子の上に乗せた。
これからだよ、と自分に言い聞かせた。
粟野江AS(31.7km)を過ぎるまでに日はとっぷりと暮れていた。
コース上に豆球が灯され進路を示してくれる。
手持ちのカーボショッツが尽きた。
ASのバナナを何本も口に運ぶ。
宮川AS(34.8km)を過ぎたころに後方から家内がバイクで近づいてきた。
いろいろと話かけてくるが、
とにかく俺はいまゴールを踏むことだけを考えているから、
ゴールで待ってておくれと言った。
コース際の豆球が薄暗く頼りなく連なっていた。
田んぼの道は真っ暗で突然右から声援を聞いた。
暗闇に向かって、ありがとうと言った。
原付バイクのボランティアから反射タスキを渡された。
一瞬、長い一日が反芻された。
暗い早朝に宿を出た。
12時間前、朝日の中でスイムをしていた。
頭を空っぽにして、ただ前に進んでいた。
暗いトンネルから抜け出るようだった。
金丸AS(37.1km)は祭りの屋台のように明るく活気があるように感じた。
あと5キロ余りの地点。
完走を確信しているランナーたちばかりだ。
最後の水浴びと補給をした。
消炎剤を足全体に吹き付けてもらった。
次の八幡WS(38.7km)は通過しようと決めていた。
国府橋から長い長い佐和田の町並みをひた走る。
予定通り八幡を後にして最後の力を出そうと思った。
宿の前に千秋さんと森本さんの影があった。
「ゴールを踏んできます」というと、
こちらに気がついてくれて、
ふたりの掌にタッチできた。
また少しゴールが近づいた感じがした。
佐和田の商店街に入る。
「1344番のヤッタさん」と紹介された。
放送席に向かって大きな声で自分の名前を叫んだ。
はっぱ隊も悪くないけど、自分の名前は名前だし。
少し涙が出てきた。
達成したという感動ではなく、
島全体で声援してもらったという感動の方だった。
それぞれの人の表情はわからない。
とにかく頭を下げた。
トラジションエリアを右にして最後の力を出そうと思った。
悔いのないタイムが欲しかった。
北河夫婦の声援を聞いた。
まぶしい照明の中、最終のコーナーを回った。
家内が左からやってきた。
手をつないだ。
1年前は夢だった。
2年前はこんなことやるやつはアホだと思った。
でも現実に自らの足で踏破しようとしていた。
13時間44分55秒。
これが初ロングのタイムだった。
奇しくもゼッケン番号と一致した。
ゴールには会長とやっちゃんと松嶋さんが迎えてくれた。
抱き合った。
涙がうっすらと出た。
意外と薄い現実感だった。
自分のカラダじゃないと思っているのかもしれない。
すぐにアイシングに向かった。
宿では千秋さんや森本さんらと祝杯をあげた。
完走した真澄さんや中島さんも合流した。
夢のような長い一日だったが、
なんとか再びこの宿に帰ってこられた。
福井鉄人会ツアー全員完走だった。
祝宴は真夜中まで続いた。
02年9月2日(月)
閉会式に出席した。
なんと、年代別でやっちゃんが1位、
千秋さん・真澄さんが3位、
松嶋さんが惜しくも4位と好成績だった。
■
新穂小学校の5年生の女の子から
応援メッセージをもらったので、
こう返事を書いた。
「太陽・水・空気・緑、人・社会、
すべてに感謝できるいいスポーツです。
たくさん感謝できる人になってください。」
■
スイム:1時間37分13秒(623位)
バイク:7時間16分6秒(395位、通過454位)
ラン:4時間51分36秒(173位)
計:13時間44分55秒(273位511名完走685名出走)
(了)