Vitor Baìa
| Nome | Vitor Manuel Marutins Baìa (ヴィトール・マヌエル・マルティンス・バイーア) |
| Nacimento | October 15,1969(天秤座) |
| Lugar nativo | Vila Nova de Gaia (Saõ Pedro da Afuradaという説もアリ) |
| Altura e Peso | 186cm,80kg |
| Club belong (Past) |
ポルト(1988〜1996)、バルセロナ(1996〜1999) ポルト(1999〜2000)、ポルト(2001〜現在) (EURO2000終了後、膝のケガにより長期の戦線離脱) 2007終了で現役引退・・・。寂しいけど、避けては通れない現実・・・。 |
| Private | Diogo君(12anos)とBeatrizちゃん(8anos)のマイホームパパだったけど、バツイチ 現在、27歳の学生Elizabeteと交際しています。 |
| International | 80 |
| Comment | 80キャップ数を数える元ポルトガル代表のGKです。 昨年は切れ切れのファインセーブ連発でリーグやUEFA CUPの優勝に貢献。 極めつけは、2003〜2004シーズンのCLの優勝にも貢献! 2005〜2006シーズンも切れ切れの鉄壁パワーを披露してもらいたい! Baìaは子供のころからずっとポルトファンだそう。 2007年までポルトとの契約を延長しました! 10月15日、36歳の誕生日には自伝本を出版することが、ポルトガル現地で報道されています。 もし、日本でも出版されたら、絶対、買います! |
| Uniform number"99" | Quanto para a porque,numero traseiro 99th que
decide-se? なぜ、Baìaは背番号99を決めたわけは? 1996年から3シーズン、バルセロナでプレイ。しかし、膝の深刻な重傷。 99年に古巣のポルトに復帰して、あの年を忘れない、という思い入れがあったからなんだそうです |
2004年5月26日、ドイツ・ゲルゼンキルヘンにてチャンピオンズリーグ決勝で、Baìaはモナコの先制弾を阻止するため、飛び出しファインセーブにKOされちゃた・・・。
ちょうど17年前、Baìaがまだ17歳の少年のとき、ポルトのレプリカのユニを着ていたんだよね・・・。根っからのポルティスタで・・・。その当時、バイエルンに逆転優勝に咆哮していたそう・・・。
「17年前はまだ少年で、いつの日かこの舞台に立てるなんて考えてもみなかった。夢のようだ」(週刊サッカーマガジン6月15日号より)。そう、Baìaは少年時代から思い描いていた夢を叶えたんだよね。
でも、それまではBaìaにとって、平坦な道のりではなかった。
膝のケガ、2002年の日韓W杯で戦犯呼ばわりにされるわ、その年の秋に出場停止処分を受けたりとアクシデントがあったけど、それはいまは昔のこと。ポルトを誇りに生きている姿は本当に誇らしげ。
残念ながら、日韓W杯を最後に代表としてプレイすることはなかった。でも、代表だけが全てではない!なぜなら、Baìaはポルトを胸に誇らしげに生きているから。
まさしく、Baìaは正真正銘の「ドラゴンの息子」!
19年前のトヨタカップ。Baìaは徹夜でトヨタカップをTV観戦して、その足でユースチームに練習に出かけたほど!
少年時代から今日まで思い描いていた夢。Baìaは12月12日、横浜国際競技場のピッチにBaìa自身の足で踏んだんだよね。
ボアヴィスタとのポルトダービーで太ももの肉離れを起こしてしまい、約1ヶ月の戦線離脱でトヨタカップの出場も危ぶまれていたほど。
しかし、Baìaは体調不良に加えて、極度の緊張が容赦なく襲い・・・。担架で担ぎこまれたBaìaは涙をこらえていた・・・。
最後までBaìaをベストな状態でピッチに立たせて、トヨタカップも掲げさせてあげたかったのが本音。
不幸にもBaìaは延長100分で無念のリタイアだったにも関らず、愛するチームの優勝に大きく貢献したのには変わりなかった。
Baìaは12日にトヨタカップの舞台・横浜国際競技場にBaìa自身の足で立ったのだから・・・!少年時代の夢、35歳の今、こうして叶えて・・・。
あと、余談。いつ見ても、Baìaはポルトガルのフミヤだと思う・・・!ってのは、私だけでしょうか・・・?
(あなたはどのBaìaがお気に入り?)