イタリア研修記 2002 |
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今回のイタリア遠征は昨年までのスポルテリアを中心とした合宿から、中田英寿選手のいるパルマACのスタッフによるサッカークリニックに変わった。カルチョの国イタリアでプロコーチのトレーニング、考え方を学ぶことが出来、食の町パルマで本場の生ハムやパルメザンチーズなどが食べられる喜びで選手以上に遠征を楽しみに成田を出発した。 しかし、飛行機の中でいきなり足止め。緊急時の酸素マスクの異常で、予定より一時間遅れて旅立った。しかもコペンハーゲンでも予定の便には乗れずミラノ、マルペンサ空港には三時間も遅れて到着した。
そこからバスに2時間程揺られパルマ市サルソマッジョーレという小さな温泉街のホテルに着いた時には、夜の12時をすぎていた。我々三井は、アルベルゴ・ザンガリーニに宿泊した。今回は総勢150名の参加者で3つのホテルに分かれての分宿となった。後で分かったことだが1820年代建築の歴史あるホテルだった。また町ではミスイタリアコンテストが開かれるらしく、街角の写真屋さんのウインドウには歴代のミスイタリアの写真が飾られていた。翌日から午前、パルマコーチによるトレーニング。午後は試合というスケジュールが7日間続いた。間にはセリエA観戦と、パルマ市内観光が午後から1度ずつとられた。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 練習場は初日、2日目はパルマ市営のグラウンドで行われ、3日目以降はパルマAC所有の練習場「コレッキオ」でトレーニングや試合をする事ができた。コレッキオは天然芝5面、人工芝1面、フットサルコート1面が有り、クラブハウスはトップチーム用、ユース以下用と2棟有る素晴らしい施設だった。また最終日、練習試合をしているときに隣のグラウンドではパルマの選手達が紅白戦をしていてプロの選手のプレーを横目に練習ができる環境はとても素晴らしい出来事だった。 練習は2対2を基本として、2対1、2対3、3対3、3対4、と進んでいった。パルマのコーチ達は技術的な事にはほとんど触れず、一貫してポジショニングの事だけを注意していた。「サッカーはポジショニングが全て」とでも言っているように感じた。 今回のトレーニングはポジショニングの再確認という感じで特に目新しい物は無かった。しかしテーマをひとつに絞りそれを理解しているか確認しながら、テーマ以外のことにはとりあえず目をつぶりあれこれ余計なことは言わない所には、学ぶべきものがあった。
初日の午後いきなりパルマユースと試合をした。1学年上との対戦だったので、三井の選手がどこまで通用するのか楽しみだった。試合は開始直後、ゆっくりとしたリズムで進んだ。6分にちょっとしたミスから失点。その6分後に森裕基のシュートで同点にすると、その途端パルマの選手が「今までは何だったのだろう」というぐらい動き出した。19分、28分に失点。後半も2
失点で、終わってみれば1対5の大敗。GKのファインプレー、相手FWのシュートミスで2桁失点は間逃れたが三井の選手は自分のプレーをさせてもらえないほど、内容は完敗だった。FWのゴール前でのシュートに行くまでのテクニック、DFの1対1の強さ、運動量、スピードどれもこれもパルマの選手のほうが上だった。いきなりの先制パンチをもらい選手の気持ちが引き締まったように感じた。その後の試合は同年代との対戦でパルマ市内のクラブチームということもあってか4試合すべて三井が勝った。![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() しかしどのチームにも1人でシュートまでいけるFWが必ずと言っていいほどいた。テクニシャンではなかったが必ずシュートで終われるFWには感心させられた。 やはりサッカーはなんと言ってもゴールする事が最高の喜び。この力強いプレーは三井の選手、いや日本の選手は見習うべきものだろう。 ![]() ![]() ![]()
29日午後、早く試合の終わった三井、フレスカユース、シーガルの3チームがエンニオタルディーニスタジアム内にあるパルマショップに買い物に行った。買い物をしていると1台の大型バスがショップ前の駐車場に入ってきた。パルマのマークの入った物で選手達が乗るバスらしい。しばらくするとディバイオ、カンナバーロ、センシーニ、ミクーなど選手がそのバスに集ま
ってきた。翌日試合の為に揃ってホテルに向かうと言う事だった。子供達は買い物するのも忘れサインをもらったり、写真を一緒に撮ってもらったりしていた。バスは6時出発と言う事だが、もう6時になるというのにまだ中田選手が来ていなかった。とその時子供達が集まっている場所とは反対側から1台の車がこちらに向かってきた。中田選手だった。たまたま私は子供達とは反対側にいたため助手席から降りてきた中田選手と話す事ができた。 ![]() ![]() ![]() 小林コーチ「こんにちは、憶えてる?」 中田選手 「あっ!小林さん。お久しぶりです。来てたんですか。」
小林コーチ「元気!がんばってるね。」中田選手 「はい。」 小林コーチ「明日の試合がんばってね。」 中田選手 「はい、有り難うございます。」 中田選手 「すみません、待たせているので。」 とバスに乗るまでの少しの間、言葉を交わすことが出来た。中田選手が高校の時からの7年ぶりの再会だった。ずいぶん身体がまるく太くなっていたのには驚いた。これがプロの身体なんだなと感じた。 ![]() ![]() ![]() 翌30日は待ちに待ったセリエA観戦。サンシーロスタジアムの外観、大きさ、迫力に感動した。中に入っても観客の応援の雰囲気は怖さを感ずるぐらいの物があった。この中で試合するアウェーのチームは平常心ではプレー出来ないだろうなと思った。 ![]() ![]() ![]()
試合はACミランVSパルマACだった。前半14分、ディバイオのシュートでパルマが先制したがその後両チームとも中盤でボールはつなぐもののシュートシーンがほとんどなく観ていても面白くない内容だった。後半に入りミランの選手の動きが増え積極的に前に攻め込んできた。53分、77分とミランがゴールし逆転。ロスタイムにも追加点し3対1とミランが勝利した。フル出場した中田選手のパルマは残念ながら負けてしまった。ところで、今回遠征の楽しみの一つでもあった食事、特にパルマ産の生ハムを楽しみにしていた。2日目の昼にレストランで食べることが出来た。薄く切られた生ハム、サラミ、かたまりのままのパルメザンチーズを思う存分いただいた。チーズは子供達にはあまり人気ではなかったようだ。また、ホテルの夕食は日本人を意識してかリゾットが多く出された。中でも野菜リゾットは格別なおいしさだった。おもわずアンコーラしてしまった。しかしこれもまた子供達には人気がなかった。 このホテルのレストランは美味しいことで地元でも評判のお店ということだった。 ![]() ![]() ![]() ![]()
7日間の練習も終わり、練習日最後の夜にはホテルの近くにある公会堂でパルマACのスタッフから選手一人一人に練習修了書とパルマのピンバッチが手渡され、今回のイタリア遠征の幕を閉じた。選手たちには今回の貴重な経験を無駄にしないようこれからの練習に取り組んでもらいたいと思う。小林 浩 |