
イタリア研修記 2003 |
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今回のイタリア遠征は昨年同様パルマに行くことになった。戦争が始まってしまい
不安もあったが、私自身は昨年お世話になったパルマのコーチ、スタッフや通訳の方
々に再会できる楽しみと、食の町パルマでプロシュート、パルメザンチーズやおいし
い料理がまた堪能できる事を期待し成田空港を旅立った。飛行機の中では、今年はい
つも以上に何事も無く無事日程が終わるよう願っていた。しかし、やはり今年も事件は起きた。コペンハーゲンでの乗り換えの搭乗口で待っ ていると搭乗口が変更になったとアナウンス。次の搭乗口を探していると、一緒に参 加しているFC湘南の数名の選手がガラス張りの部屋に閉じ込められていた。入り口を あけて入ったものの、自動ドアをロックされてしまい開かなくなってしまったようだ。 選手たちは青ざめ、不安そうな顔いっぱいにしながら、檻に入れられたサルのように もがいていた。幸いそのドアの先が変更になった搭乗口だったので15分ほどしてロ ックされていた自動ドアが開き、難を逃れた。搭乗口が変更していなければいったい どうなっていただろうか? またミラノ、リナーテ空港に到着して荷物が出てくるのを待っていると、ヴェルデ ィ小山の選手が「パスポートが無い」と大慌て。降りた飛行機の中に忘れたようで、 なんとか無事戻ってきてこちらも一安心。だが初日からいろいろとありスタッフ、選 手とも、もっと気を引き締めていこうと確認した。空港からバスに二時間程揺られパ ルマ市サルソマッジョーレという小さな温泉街のホテルにほぼ予定通り到着。我々三 井は、ホテル・クルサールに宿泊した。町はとても古く歴史のある町並みでイタリア 人ものんびり温泉にくる保養地とでもいうのだろう。また年に一度ミスイタリアコン テストが開かれるらしく、街角の写真屋さんのウインドには歴代のミスイタリアの写 真が飾られている。 ![]() ![]() ![]() ![]() 翌日からは昨年同様、午前はパルマコーチによるトレーニング、午後は試合という スケジュールになっていた。
練習場となったパルマAC所有の「コレッキオ」は本当にすばらしい環境で天然芝
5面、人工芝1面、フットサルコート1面が有る。クラブハウスはトップチーム用、
ユース以下用と2棟有る素晴らしい施設だった。また三井はパルマユースと試合を2
試合このコレッキオで出来たのだが、試合をしている隣のグラウンドではパルマの選
手達が練習をしたり紅白戦をしたりしていた。また名将「アリゴ・サッキ」が三井の
試合を見ているという出来事もあった。しかし三井の選手にスカウトの声はかからな
かった。残念!午前の練習は攻撃に関するトレーニングメニューをお願いしていたので、ゴール前 の攻撃練習が多かった。いくつか面白い練習メニューがあった。練習の中でイタリア のコーチが共通して言っていたのは、毎年の事ながら「シュートを打てるときに打て。」 ということと「ポスト役の選手に当てて落として来たパスの次はDFの裏にパスを出せ。」 ということ。この辺は結構はっきりしていて、攻撃が実にシンプルになった。この辺 のあまり手間を掛けない攻撃には、さすがイタリアと納得するものがあった。 シンプルにすばやくカウンターで強引に攻めて来るイタリアサッカーだが、練習の 中でコーチが「敵をよく見て逆を取れ」と言っていたのには少し意外な感じがした。
今回の試合は、どの相手も1学年上との対戦しかもセリエA下部組織と3試合だっ
たので、5試合行って1勝もすることが出来なかった。これは三井がイタリア遠征に
行くようになって初めての結果だった。選手達はひるむ事なく良く戦っていたのだが、
1学年上と言う事をさしひいても、三井の選手は自分のプレーをさせてもらえないほ
ど、内容的に完敗の試合があった。ゴールに向かう姿勢、「俺が点を取るんだ」と伝
わってくる気持ち、シュートまで持っていくテクニックは、どうしたら三井の選手に
伝えられるのだろうか?
![]() ![]() ![]() ![]() 30日は待ちに待った試合観戦日。今回はイタリア代表の試合があった関係でセリ エBの観戦となった。当初の予定ヴェローナ行きを変更して、ヴェネツィアへ行くこ とになった。(イタリアらしい前日予定変更)試合前にはヴェネツィア市内のリアル ト橋、サン・マルコ寺院、鐘楼、サン・ジョルジョ島などを観光し幻想的な街の雰囲 気を満喫した。試合はジュビロ磐田の名波選手も所属していた事のあるヴェネツィア 対リヴォルノ戦だった。1対1の引き分けに終わった。ちょっと驚いたのはゴール裏 のスタンドがよく工事現場などで使われているパイプで出来ている事だった。それに もかかわらず一番高いところでは20メートルぐらいはあった。しかもだいぶ錆びつ いていて今にも崩れ落ちそうなところで、発炎筒を焚いて大騒ぎしているイタリア人 の熱狂には驚くばかりだった。 ![]() ![]() ![]() ところで、今回遠征の楽しみの一つでもあった食事について話すことにしましょう。 特にパルマ産のプロシュートを楽しみにしていたのだが、ホテルでの朝食以外はすべ て今年新しく完成した、パルマACユース以下の選手寮の食堂で食べる事になっていた。 栄養士がカロリー計算をして作られる料理のため、量は物足りないようでおかわりを 頼んでいた。カロリー計算をして出してくれているため食堂の人たちはおかわりする 子供たちの食欲に驚いていた。味付けはと言うと正直美味しくない。しかし食堂では われわれと前後してパルマユースの選手たちが同じメニューのものを食べていたので、 誰も文句を言わず食べていた。ちなみに食堂で一緒になったパルマの選手の中には、 各年代のイタリア代表選手もいた。食事が終わるとパルマの選手たちとの交流も出来 た。最初はチャオ!の挨拶ぐらいだったが、日を追う毎に片言のイタリア語と身振り 手振りで会話し、ユニホームや短パンを交換していた、またパルマのマークの入った 手袋や帽子、スパイクなどをもらっている子供たちもいた。イタリア語を必死に覚え ようとしていたり、一緒にボールを蹴ったりととても有意義な時間だったのではない かと思う。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() さて、プロシュートの話はといいますとパルマ寮近くに大型ショッピングセンター がありそこの肉屋(ハム屋?)で何種類かのプロシュートやパルメザンチーズなどを 買い込み(これが結構安い)夜ホテルに戻ってからスタッフだけで、ランブルスコワ インを飲みながら、腹一杯食べる事が出来ました。まさにイタリアを感じるひと時で した。(ボーノ・イタリア!ブラボー・イタリア!)
また、今回もウルグアイ代表との試合から戻ってきたばかりの中田選手に会うこと
ができた。私は少しの時間だったが話をすることが出来、ウルグアイ戦の話やイタリ
アでの話などを聴く事が出来た。7日間の練習も終わり、練習最終日にはエンニオ・タルディーニスタジアムでパル マACのスタッフから選手一人一人に練習修了書とパルマのペナントが手渡され、今回 のイタリア遠征の幕を閉じた。選手たちには今回の貴重な経験を無駄にしないようこ れからの練習に取り組んでもらいたいと思う。 小林 浩 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |