韓国レポート

慶州ヒルトンホテル  4月8日、機上から釜山の町並みが見えてきました。日本に一番近い国であるにも関わらず、私にとっては始めての訪問になります。金海空港にはキムさんが迎えに来てくれていて、半年振りの再開となりました。釜山の市内観光もしようかと迷いましたが、宿泊先の慶州の方が観光地でもあり、夕食を取る場所も予約してあるということなので、リムジンバスで慶州に向かうことにしました。ところが事故と慶州の祭りの影響でバスを一時間以上も待つことになってしまったのです。やっと慶州ヒルトンに着き、荷物を置く間もなくタクシーで夕食に出かけることにしました。到着が遅れ、お腹が空いていたということもありますが、韓国料理が好きな私は、待ちに待った韓国での本当の韓国料理が食べられるということで車内でもあまり落ち着くことができませんでした。
 待望の料理が出てきて、ちょっと戸惑ったのは日本で目にするものとは違った料理が並ぶということでありました。日本での焼肉、キムチ、ナムル、スープなどが並んで食事を取るというイメージを持っていた私には驚くことばかりでした。食卓の上には次から次へと料理が運ばれ、キムチなどもありますがいちいちこれは何という料理かと聞かないと分からないという状況になってきました。見ているだけでお腹が一杯になってしまう感じがしますが、一つ一つの量は少なく、山菜、肉そして海の幸と彩り良く並んでいます。その上、栄養のバランスも良く、さらに美味しいとあって、いつのまにかすべて平らげてしまっていました。これは「韓定食」と呼ばれ宮廷料理にルーツを持つものであるとのことで、敢えて言うなら日本の会席料理に似ているという印象を受けました。

仏国寺、パンフレットより  翌日はキムさんとキムさんのお母さんがタクシーでホテルまで迎えに来てくれ、一緒に慶州の名所を案内してくれました。キムさんのお母さんは本当に信じられないくらい日本の歴史について詳しく、話をしているとどちらが日本人か分からなくなってしまいそうでした。勿論、日本語も堪能で日本語を使っての会話が楽しいらしく、私に案内をするためにもう一度慶州の歴史を勉強し直してきたとのことでした。お母さんとも1年振りぐらいの再会となりますが、完璧なガイドに着いてもらい韓国を代表する古都巡りもとても内容のあるものになりました。慶州は紀元前57年から935年まで新羅の王都として栄えた街であり、世界遺産を含め数々の寺院や遺跡があります。最初に世界遺産に指定されている石窟庵(ソックラム)に行きました。山頂近くに建造された石窟寺院であり、かなりの距離を歩かなければなりません。山を登り、歩き疲れてようやく寺院に着くことができましたが、わざわざここまで来た価値は充分にあり、静寂に満ちた不思議な世界を見せてくれました。この後、仏国寺(プルグクサ)、雁鴨池(アナプチ)を訪れるのですが、仏国寺は豊臣秀吉による朝鮮侵略の文禄・慶長の役ですべて焼き尽くされたという話を聞き、雁鴨池での悲劇も耳にすることになりました。移動する際の道路沿いには桜の木が満開でとてもきれいなのですが、どの木も若く年輪を重ねているようには見えませんでした。これは韓国と日本の関係が悪かった時代に古くからあった桜の木は日本の国を象徴する木ということで、すべて切り倒されてしまったためであるとのことでした。こうした日本が韓国に残した傷跡についてのエピソードを聞いていると、ワールドカップ共催で日韓関係を修復しようとしているにも関わらず、両国の間にあるハードルは依然として高く、複雑な思いを感じざるを得ません。
入場券

 この後も観光は続き、古墳公園(コブンコンウォン)を訪れ、その中の一つの古墳である天馬塚の中を見学しました。古墳の中にいると、まるで古代のピラミッドの中にいるような感覚に襲われました。この話をするとキムさんのお母さんが、エジプトのその時代と全く同じようにここでも王が死んだ時にその家来たちが生きたまま一緒に入れられ、外から入口が塞がれたと話してくれました。権力が一つの場所に集中すると個々の意思は無視されるという歴史はどこの国でも同じようです。さらに東洋最古の天文台であるチョムソンデ(632年〜647年)なども訪れましたが、とても一日ですべてを見ることはできません。またもう一度何日かかけて見に来る必要があるようです。
アンニョンヒ ケセヨ 慶州!

 次の日の10日は韓国の新幹線と言われているソマウル号でソウルに移動。車窓から見えるのは日本の山岳および田園風景に似ているのですが、どうも春だというのに緑が少ない感じがしました。韓国では乾燥がひどく、山の木々が育たずに山火事が多数発生し社会問題になっているとのことでした。

 ソウルでは2002年にワールドカップでお世話になる予定の李さんと合流。一緒に食事をしたのですが、韓国ではどこで食事をしても箸が金属製で、日本の割り箸のようなものは出てきません。韓国では割り箸などの使用は環境保護のために禁止されているとのことでした。ソマウル号から見た山々の木々の姿が思い浮かび、本当にこの国では緑の保護が深刻な問題になっているという印象を強く受けました。
 この日は朝から雨が降り続き、世界遺産に指定されている故宮の昌徳宮(チャンドククン)を訪れるのですが、雨に濡れとても寒く、もっといろいろと見てみたかったのですが、途中で近道をして休憩することにしました。
 夜は一番楽しみにしていたKリーグのアンヤンとポハンの試合観戦です。地下鉄とタクシーに乗り、アンヤンのホームグラウンドに着きました。対戦カードも良く、代表監督のキース・ヒディングも観戦に来ていました。しかし、観客はほとんどいません。雨が降って寒いのと、試合会場が急遽変更されたということもあり、特にバックスタンドにはほとんど人がいないという状況でした。選手の名前は判らないのですが、ポハンの監督はあの日本チームを苦しめたチェスンノです。韓国リーグはこの一試合で判断するわけには行かないと思いますが、日本と同様に外国人選手が真ん中の重要なポジションに入り、韓国代表チームと同じようにサイドアタックから得点を狙うというものでした。相変わらずメンタル面での強さはゴール前での決定的な場面に対するディフェンスのプレイに顕れていました。クロスボールが入れば必ず体を張り、恐らく日本では気持ちが足りないために後30センチの差で届かないところまで足が伸びてきているという印象を受けました。いつも感心させられることで今回改めて感心する必要もないのですが、彼らの気持ちの強さは一体どこから来ているのか、もう一度考えてみる必要があります。しかし、余りにもディフェンスをしっかり行なうためにどうしてもなかなか点が入りません。手を抜けというのではなく、観客を引きつけられる魅力あるリーグにするためにはこのままのスタイルでは難しいと感じました。スペインリーグや南米では、彼らの気質もあるのでしょうがディフェンスよりも攻撃に対して気持ちが強く出ています。観客も選手のこうした姿勢に共鳴してリーグもとても盛り上がっています。
 結局、この試合も得点のないまま延長にもつれ込んでしまいました。周りの人が帰りだし、李さんは寒くて帰りたい様子で、私たちも一緒に帰らないかと聞いてきました。私がどうしても最後まで見ていくというとあきらめて一緒に観戦してくれました。しかし、残った周りの人たちは酒も入っていることもありましたが、余りの寒さのために自分がひいきにしているチームのことなどどうでもよくなり、どちらでもいいから早く点が入れなどと言って、滅茶苦茶な状態になってきました。Vゴールでアンヤンが勝ち、急いでホテルに戻りましたが、身体は冷え切っていて、バスタブにお湯をはり、やっと体を温めることができました。一緒にいた李さんは私をホテルまで送ってくれたために、さらに自宅に着くまで時間がかかってしまいました。間違いなく風邪を引いたと思います。これには自信があります。李さんには本当に悪いことをしてしまいました。
ゴメンナサイ!

 翌日は残念ながら帰国です。朝早く起きて支度をし、宿泊しているロッテホテルの隣りのデパートでお土産を購入しました。昼食後、リムジンで3月19日にオープンしたばかりの仁川空港に向かいました。ソウル市内から遠いので問題になっていますが、私設はとても広く近代的で恐らく現時点で世界一の空港ではないかとの印象を受けました。きっと、ワールドカップでも空の玄関として海外から観戦に来る人々を迎えるのに大いに役立つことでしょう。
 初めての韓国でしたが、先ず時差がない国ということもあり、コンディションが悪くならないということと、食事も日本人に合っていてしかもヘルシーであるためにとても過ごしやすかったという印象を受けました。勿論、現地で面倒を見てくれたキムさんとお母さん、そして李さんの心遣いがさらに韓国の印象を良くしてくれました。とても感謝しています。
カムサハムニダ!


千野 徹