2003 韓国遠征レポート |
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ヨルブン アンニョンハセヨ〔みなさん、こんにちは〕 8月6日、成田を飛び立ち釜山【プサン】に向かいます。今回の韓国遠征はクラブとしては初めてのこころみです。日韓共催ワールドカップで交流が深まった韓国の友人を通して実現までこぎつけました。メンバー構成は三井10名、トリムから4名が合流しての合同チームとなります。保護者の松尾さん、橋爪さんも参加してくれて、総勢17名の遠征となりました。選手達にとっては初めて行く韓国ということもあり、私としては現地の受け入れ状況や我々混成チームの力が通用するのかなど、それぞれみんなが多少の不安を抱えての旅立ちでした。フライトは2時間。あっという間に釜山空港へ到着です。空港には今回の遠征の橋渡しをしてくれたキムさんがでむかえてくれました。両替をすましバスでホテルに向かいます。
ホテルでは早速、大望の韓国料理ブルコギが用意されていました。本場韓国で食べる韓国料理ということもあり食も進みます。伝統の金属のはしとスプーンでの食事ですが選手は余り困る様子もありません。食事の最中は教えてもらったハングルでムルジュセヨ!(水ください!)の連発です。私の経験ではスペイン語圏の国へ行っても最初に覚える言葉は「水ください!」でした。やはり、水は人間を形成している原点ともいうべきものなのでしょう。必要不可欠ということもありますが、本能と結びつき最も早く覚えられる言葉なのでしょう。次の日には試合があるので少しでも身体を動かそうと、夕食後にバスで移動してもらい達成【タルソン】公園を散歩します。子供達は興奮気味ですぐに走り回ります。これも本能でしょうか?散歩している韓国人そしてデートを楽しんでいるカップルなどにはおかまいなしです。木の陰などにかくれ、仲間を驚かすために嬌声をあげています。とても迷惑ですが全く気にかける素振りは見せません。韓国のみなさんミアナムニダ!(ごめんなさい!) 8月7日は朝から強い雨でした。雨でも試合はできるということで、予定通り移動して練習と最初のゲームです。グラウンドに着いて驚かされたのは準備をしている人々の数の多さでした。無線機を持つ警備員、グラウンドの準備をしている人、アナウンサーなど…。雨の中、一緒にプレイしたことのない選手同志の連携を少しでも良くするようにコンビネーションプレイの練習を繰り返します。試合前ですがかなり長めに練習をしました。緑の芝生のグラウンドは強い雨にもかかわらず、ボールが滑りやすいということを除いてコンディションは良好です。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() いよいよ試合開始。FIFAのフェアプレイプリーズの旗を先頭に両チームの選手がレフェリーとグラウンド中央に向かいます。選手紹介のアナウンスもあり国際試合の雰囲気は整いました。相手は韓国3位のハウォン小学校です。いきなり強豪との対戦です。相手のレベルもわからず、しかもこちらの力も解らないというとても難しい状況での試合です。DFの選手が多いということもありますが、まずは様子を見ながらDFをあまらせて速攻をねらいます。立ち上がりすぐに橋爪がねらい通りの形から得点をあげました。練習の効果もあり動きも良く期待できる立ち上がりです。しかし韓国のセンターフォワードは身体が大きくパワフルです。そしてこのセンターフォワードにボールを集めてきます。徐々に調子をあげてきた韓国はこちらの速攻に対してはFWに対するマークとそのカバーリングをしっかりとり、攻撃の形をつくらせてくれません。中盤でボールを拾われはじめ、ゴール前でのマークが外れたところで失点してしまいました。前半で1-2とスコアをひっくり返されてしまいました。後半は中盤を厚くしてボールをとりにいくことにします。同時にスィーパーを置いたために、守備が後ろ後ろへと下がるようになりミドルシュートをDFの前からうたれるようになってしまっている点も修正しました。しかし韓国チームのセンターフォワードの回りでプレイする選手は小さいのですがテクニックがあり、後半は彼らのドリブルに苦しめられます。得点を入れ好調の橋爪が得点直後の接触で後半プレイできなかったことも影響し、ねらった攻撃もうまく機能しません。結局1-4での苦い敗戦となりました。
試合後に大邸【テグ】でも最高のサムギョプサル(豚の焼き肉)を出してくれる店に案内され昼食をとります。これがとても美味しく、敗戦のショックも忘れみんな夢中で食べていました。おかわりの度に、あまりの食欲に驚かされます。何度となく国内、海外で合宿を経験しましたが、いつも食事をとれない選手が多くとても苦労します。しかし今回はそんな心配は皆無です。むしろ食べ過ぎを心配することになってしまいました。今までで食べたものの中で一番美味しいなどといって口の中にサンチュでつつんだ肉をおしこんでいます。とりあえず、食事と栄養という面での不安は解消されました。![]() ![]() ![]()
午後は雨もやんで、テグワールドカップスタジアムの見学です。ここはワールドカップで韓国とトルコが3位決定戦を行った場所として強く記憶に残っています。そしてもし日本がトルコに勝っていれば、ここで韓国と日本との対戦がワールドカップの舞台で実現したかもしれない場所です。勝負の世界では「もし」という言葉はないのは解っていても、もし日韓の対戦が実現していればワールドカップ以後の日本と韓国の関係はさらに色々な方向に広がりを持つことになったのではないでしょうか?トルコ戦でのトルシエの采配は今でも疑問です。もちろん子供達はこんな私の感慨とは別に、スタジアムの大きさに圧倒され、その写真と展示品をカメラに収めています。スタジアムはテグ市が莫大な費用をかけ、その周辺を含め綺麗に整備されています。回りの公園との調和もすばらしく、緑や花もいたるところに配置されています。過ぎてしまったことにこだわるよりは今この瞬間を楽しむ方が良いようです。人生では子供に教えられることがたくさんあります。そして今回も・・・・。豪雨で芝生のグラウンドがつかえないので、スタジアム見学後、練習のために市内の安山小学校へ行きます。とにかくコミュニケーションをとるために練習が必要です。しかしグラウンドを使わせてもらえる約束はしてもらっているはずでしたが、次に試合が入っているので2時間は無理だと言われてしまいました。なんとか粘って1時間グラウンドを借りて、ハードな練習をしました。着替えて帰ろうとすると「試合はどうするのだ?」と相手チームが慌てています。なんと試合相手とは我々のことだったのです。ここから慌ててユニフォームに着替え試合に臨みました。韓国チームはきっと日本チームは試合前に何でこんなに練習をするのかと不思議に感じていたことでしょう。試合はGKの伊藤がケガで使えず、古川、橋爪が代役をつとめます。前半は試合に臨む準備も悪く、3点を入れられてしまいました。後半は相手がメンバーを大幅に替えたこともありますが、ようやく左サイドで臼井、川副の呼吸が合いだし何度か相手の右サイドを切り裂く事ができるようになりました。守備もGK古川のファインプレイもありましたが、まとまりを見せています。橋爪、川副の見事な得点で2点を返しました。逆転はできませんが2-3で試合を終えました。 夕食は骨付きカルビタンです。とても疲れているはずなのに食欲は衰えません。昼にあれだけ食べたのに・・・。 ![]() ![]() ![]() 8日はこれも強豪だと教えられている達成小学校です。試合会場はワールドカップでセネガルが使用し、今回のユニバーシアード大会でも利用されるテグ競技場です。電光掲示板にはチーム名だけでなく、選手一人一人の名前も紹介されました。アナウンスはハングルだけでなく英語もあります。今日も試合の準備にかかわっている大人の数は選手より多く、ゴールもわざわざ少年用に替えてくれていました。選手達はFIFAの旗、韓国そして日本の国旗とともにワールドカップ出場選手のように颯爽と登場です。しかし緊張した状況で長く待たされたせいか、立ち上がりはボールの下に足がうまく入らずボールをしっかりと蹴ることができません。ケガから回復した伊藤が踏ん張りますが、相手の猛攻は止められません。ゴールが大人用でそのまま行われていたら、もっと失点していたでしょう。ハーフタイムのミーティングでDFの時田、前川、古川、森内らに檄をとばし、身体が相手についていくように厳しく要求しました。後半は何とか守りながらロングパスでチャンスをねらいます。0-1で相手が攻め疲れてきたときにビッグチャンスをつかみました。 ![]() ![]() ![]() 川副がドリブルでDFだけでなくGKもかわし無人のゴールにシュートをうちました。もしこの時にうまくボールをミートできていたら・・・相手の次の得点はなかったかもしれません。(勝負に「もし」はなかったはずでした。)結局、試合は0-2で終了です。しかし失点以上の差があったというのが正直なところです。 ![]() ![]() ![]() 韓国チームの特徴はどのチームも身体の大きい力強いFWと俊敏でドリブルの上手い選との組み合わせがよく、しっかりとした攻撃の形を持っていることです。特に今回の達成は中心選手がゴール前に入ってこないで、他の選手で中央を攻めこちらのサイドバックが中に絞り込むのをその外側で待っています。完全に一人余った状態でボールを受けにきます。体力面だけでなく戦術面でもとても良く鍛えられているという印象を強く受けました。
ホテルに戻り、疲れているので昼食には食べやすい冷麺、ビビン麺、カルグクス(韓国式うどん)などを個人の好みに合わせて注文してもらいました。
少し休息をとった後、達成公園の中にある動物園に行きました。子供達がゴリラをからかっているときです。なんとこのゴリラがいきなり口の中にためて置いたつばを吐きかけてきました。危機一髪で何とかかわせましたが、その量の多さには驚かされました。その直後のことです。噴煙をまきながら走ってくる車が我々の前を通り過ぎました。つばの次はけむりの攻撃です。子供達と同様私も動物は好きでもっと見ていたいのですが、我々の行くところにこの噴煙を撒き散らす車もついてきます。韓国の子供達は楽しそうにこのけむりの中に飛び込んでいきます。しかし我々にはとても耐えられません。動物から病気に感染しないようにとの消毒なのだということですが、やりすぎです。この消毒薬で病原菌ではなく我々が死にそうです。早めに引き上げ、ホテルのサウナに直行しました。夜はキムチ鍋です。鍋を囲んで食べている子供達の姿には、もちろん敗戦のショッはありません。キムさんのいとこでテグ市サッカー協会専務のキムジェキュさんが夕食の度に子供達の様子を見に来てくれました。韓国サッカー界ではとても影響力と力のある人物で、試合会場は普段は使えないような所を用意してくれています。この日は全員に韓国サッカー協会公認ボールをプレゼントしてくれました。さらに10日にはKリーグにまで招待してくれたのです。コマスムニダ(テグではありがとうはカムサハムニダではなくコマスムニダが一般的)
9日、安東【アンドン】へ移動して、まずは観光です。ここにある河回マウルは300年以上前の美しい家屋が現在も保存されている場所です。タルチュムという世界的に有名な仮面劇がちょうど開演されるところに到着しました。この劇はとてもコミカルなのですが、性的描写もあります。子供達の質問攻めは既に日本の空港から始まり、私も知らないトイレの場所まで、とどまるところを知りません。質問責めにはすでになれていました。しかし今回の質問には少々困惑してしまいました。子供の興味はとどまるところを知りません。![]() ![]() ![]()
昼食は一風変わったビビンパです。正月などのお祝いの時にだすもので、ごはんは後から入れます。勿論、アンドン名産の塩鯖もついてきました。食後、民族村を見学し試合会場へ向かいます。ここでもとても盛大な歓迎を受けました。試合会場もスタジアムで垂れ幕も用意されています。アンドン市長からのおみやげもありました。試合前のセレモニーでは大きな花束の贈呈までもありました。そしてテレビの取材まで。最後の試合でもあり、ここまで準備をしてくれた人たちのためにも良い内容の試合をしなければと気持ちが引き締まります。この日はMFの内田、青山、臼井、藤乗、篠田、地引がうまくパスをつなぎます。DFも松尾、古川、森内を中心にサイドの前川、時田がアンドン小学校の攻撃の芽をつみ取っています。川副が絶好調で本来持っているドリブルのコース取りがよく、立て続けに2点を先取しました。その後、好調な内田がケガで退場してからリズムがつかめず同点にされてしまいました。しかし川副の調子はとても良く一人で4点をあげ、橋爪の得点を含め、5-3で勝利しました。ケガと疲労で選手を休ませなくてはならず、GKの伊藤がフィールドでプレイまでしてみんなでつかんだ勝利でした。韓国最後の試合で勝てて正直ほっとしました。![]() ![]() ![]() 10日、今日は朝から「屋根のない博物館」と呼ばれる新羅の都であった慶州【キョンジュ】にいきます。最初に535年に建立され世界遺産にも指定されている仏国寺【ブルグクサ】へ行きます。天気も良く最高の観光日和です。自然に囲まれた仏国寺の雰囲気は素晴らしく心が和みます。子供達は勿論、買い物の方に興味がありました。 昼食は慶州の名物サムパです。色々な種類の葉っぱに味噌とごはんそして様々なおかずをつつんで食べます。とてもヘルシーで日本の手巻き鮨と感覚が似ています。私は日本の家庭でも是非試してほしいと思っています。とても簡単なので、選手はお母さんに話して一度、家族でサムパパーティにチャレンジしてみてはどうでしょうか? ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 次に慶州国立博物館に行きます。館内見学のため一度解散して「エミレの鐘」の前に3時に集合です。3時少し前にこの鐘の前に着いたときに、以前この鐘の音を録音したものを3時に流すというのを聞いたような気がしました。この鐘には鋳造の際に、音がでるように煮えたぎる銅の中に少女を流し込んだという悲しい言い伝えがあります。子供達にこの話を伝え、3時にこの音が聞けるのではないかと伝えました。3時です。鐘の音が流れました。わたしの記憶通りですが、どうして覚えていたのか、また集合時間が3時なっていたというのも偶然で何か不思議な力が働いているような気もします。本当にエミレ(お母さん)と呼ぶ子供の声のようにも聞こえます。 さらに観光は続き古墳公園の中にある天馬塚【チョンマチョン】へ行きました。ここでは以前キムさんのお母さんに教えて頂いた話を、何でも知っているかのように私がみんなに紹介します。サッカーコーチというより立派なガイドになっています。 この後ウルサンに移動してKリーグ観戦です。会場はウルサンのワールドカップスタジアムです。地元ウルサンヒョンデとチョンボクヒョンデのゲームです。チョンボクにはチェジンチョルがいます。あのワールドカップで日本の宮本と同じマスクを着けていた選手です。一方ウルサンにはアジア大会で活躍したチェソングがいます。ウルサンの3トップは強烈で、左にチェソング、中央にブラジル人のドド、そして右サイドにスピードのあるチェギョンホがいます。24分にドドがフリーキックから決め、相手選手の退場もあり、最後にチェギョンホが追加点を奪い、チョンボクのとどめをさしました。チェギョンホは初めて見ましたが将来性のある選手です。是非、記憶にとどめておいて欲しいと思います。闇夜の中で輝いているスタジアムはとてもきれいです。ここでKリーグの試合が見られてとても貴重な経験ができたと思います。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 11日は強い雨の中プサンの空港に向かいました。もう帰国です。キムさんはみんなとの別れをおしんで韓国の空が泣いているといっています。また来年の再会を約束して、最後まで優しく親切なキムさんと運転手さんと別れて雨の韓国を後にしました。 最後に今回の遠征を成功させてくれた、キムさん、テグサッカー協会専務キムジェキュさんに感謝の気持ちをもう一度伝えたいと思います。そして果物やお菓子を差し入れてくれたキムさんのお母さんとキムさんの友達でやはりキムさんにも感謝します。そしてテグ、アンドンのサッカー協会の人達にも。もちろん洗濯だけでなく、ビデオ、写真などでも骨を折ってくれた松尾さん,橋爪さんにもお礼の言葉をもうしあげたいと思います。 コマスムニダ!アンニョン!(さようなら) 2003. 8. 14 千野 徹 |