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もみじのおでぶな歴史・・・


よく考えれば小さいころから太っていた。
うん、確かに、小さいころから「ころころしていて可愛いですねー。」とか「健康的でいいですね」とかは私を誉めるときの言葉だった。
でも、よく考えりゃ、それって誉めるところがないっていうきも・・・・

ちょっと小さいころからの体重分布図みたいなのを書いてみますねー
ちょっと、過食症なども含んでいるので、内容は結構重くディープな面もありますので、
そこいらへんはご勘弁を。
まだ、中肉中背ちょい太だったころ・・・
生まれたとき(0歳) 大体3300グラムぐらいらしい。
昔にしればちっと大きめなのか・・・
幼稚園時代(3歳) 写真を見る限り、そんなにデブではない。
ぽっちゃりというかんじか。
小学校時代( これも同じくそんなでもない。
ただ成長が早かったので、胸とかが早く大きくなったせいか、男子には
デブといじめられてた。(今から考えればきっとからかわれていたんだわー)
デブ化しはじめー!!!!なころ・・・
中学1年 中1のころ入学したころには、私は164センチ、体重が55キロだった。
これは今でも忘れはしない。今写真を見ると、結構スマートだったりする。
このまま維持していればよかったなあ・・・(と今になって思うバカである)
中学2年 なんと、中1の1年間で私は体重が10キロほど増え、中2の初めには65キロぐらいになっていた。
がーん!!!あのころはまだ女子高で好きな人とかもいないし、まだそんな気は全然ないし、
ということで動物のように食べたくなると食べてたのよねー.
中学3年 そして、中3のときに70キロをむかえてしまい、「わーまずいなこりゃ」とさすがに思い、ダイエットを
決意。7キロほどやせてこの年は60キロ前半を保っていたような・・・
高校1年〜2年 多分少しづつ体重が増えてる時期。あのころ、共学だったならと今でも私は思う。
きっと男女共学だと、少しは気をつけたと思うのだが・・・・
正確な体重把握はできないけど、多分70キロ半ばくらいの体重にはなっていたと思う。
(ってでも、今とおんなじくらいかあ。)
本格的おおデブ一直線のころ・・・・・
高校3年 高3。大学受験期である。
夜食という甘い誘惑に見事にまけ、大学合格ののち、2月ごろだろうか。体重をはかったら、
なんと驚きの88キロに!!!びっくりだー。さすがにこのときは驚いた。
で、共学の大学で恋愛をしたいとちょっと思っていた私は、母親の食事のみを食べ、4月の
入学までに体重を75キロにまで落とす。若いっていうのかなあ、このときは別にダイエットしてる
っていう意識は全然なかったんだよねー。
母親に感謝!!
大学1年 さて、東京での一人暮らしのスタートである。結構箱入り娘だった私はさびしくて、信じられない
ことに最初食欲がなくなるという事態に。風邪を引いても食欲の衰えない子なのにー。
で、大学1年のときは一時60キロ台の後半ぐらいにまでは落ちたような思い出が。
大学2年〜3年 やっぱ太ってることがコンプレックスな私は、「どうせ、わたしなんか」という一番よくない
パターンの女になっていき、女友達は多いが、彼氏どころか男友達もあまりできぬという
可哀相なことに・・・
そして、いつしか体重がjめちゃくちゃ増え始め、なんと体重が98キロまでいってしまった。
大学4年 大学3年のころからこんなに太ってると、就職できないなあ、どうしよう、と思い始め、周りの
友人が税理士の専門学校に行きはじめたのをきっかけに、私も「せめて自立して一人でも生きて
いけるようになろう」(そしてk心のどこかには、こんなに太っているのでは就職できないだろう
という思いがあって、結局逃げた)と安易に思い、某専門学校に行き始める。
このころ、実家の両親があまりに太った私を心配し、やせるように促す。
私も、ちょっと一時がんばって体重を80キロほどまで落とす。
もうとまらない、超おデブ時期 なころ・・・
22〜24歳 そして、専門学校での生活がはじまった。しかも東京に一人暮らしをさせてもらいながらの
生活。思えば甘えがあったんだよねー。うちは親がある程度裕福なので、それに甘えてたという
こともある。
そして、別にほんとに税理士になりたいわけじゃないので、一年に一度の試験にいつまでたっても
うかるはずもなく、どんどん年はとっていく。そして、どんどん体重も増えていく・・・
24歳の夏、私の体重はいつのまにか最高体重の108キロ、と化していた。
人生をやりなおすべくがんばった24〜25の1年間・・
25歳 108キロになった私は、ある日、両親に電話をかけました。
正直もう限界でちょっと死にたい・・・と思っていたころ。しかし、死ぬ勇気もなく、私はどうなるの
だろうと、どうしようもなく考えていたころ。
「お母さん、助けてほしい・・」その一本の電話がきっかけで私は、東京の某病院にダイエット入院
なるものをすることになりました。
期間は3ヶ月。入院時、私は105キロで入院しました。そして、3ヶ月の退院ののち、78キロにて退院。
その後、実家に戻り、3ヶ月でもう20キロのダイエットをし、一時、夢の57キロを達成_!!!
(よく考えれば、このときにがんばってキープしておけばよかったなあ。)
26〜28歳 無事やせた私は、地元に就職口を見つけた。
そして、体重を60キロ前後に何とか保ちつつ、2年を過ごした。しかし、このころ、ようやく自分が
過食症であるという事実を認識する。(だって、それまではそんな言葉しらなかったしなあ)
ただ、父親に退院時から毎日体重を朝晩とチェックされていたために、かろうじて体重を保っている
私であった.。このころから体重維持のために下剤を大量に服用し始める。
そして、以前からなりたいと思っていた、パソコンインストラクターに無事なれた私(27のとき)であったが
両親との関係がさらに悪くなってくる。
一方、いいことももちろんたくさんあった。やせて26にして、生まれて初めて彼氏ができた♪
最初の恋愛は3ヶ月ほどしか続かなかったけど、私にとってはうれしいことだった。やっと普通の人に戻れたん
だなあって。
ただ、父親とはこのころから殴られたり、こちらもそれに抵抗したりと、ますますエスカレート。
恋愛関係でいろいろあったので、それも原因になっているが、父親は体重を53キロにまで持っていかないと
だめだと私を監視しつづけた(ように私にはどうしても思えてしまったのだ)
29歳 体にあざができるほどの殴り合いを父親とするようになってきてしまい、また体重維持のための下剤服用量
が一日50錠にものぼってしまっていた私は、両親と暮らすことに限界を感じ、一人で暮らし始めることを
決意する。
そして、一人で暮らし始めた私は、今までの父親の監視にのがれ、また引越しのストレス、仕事のストレスが
重なり、この2ヶ月で劇太りをし、75きろになってしまったのだ。
そこでー、このページを作ることを決意!!
ということであります。