若者に広がる覚せい剤などの薬物汚染
広めよう「ダメ。ゼッタイ。」の合言葉
麻薬、覚せい剤、シンナー…。新聞、テレビ、ラジオにこの活字、この言葉が登場しない日はないくらい、日本の薬物汚染は日常化している。かつては暴力団かその周辺の人たちに限られていた麻薬、覚せい剤の常習者が一般のサラリーマン、主婦へ。さらに中高校生から小学生にまで広がり、覚せい剤の「第三次乱用期」に突入。これら常習者による凶悪犯罪も激増している。政府は「薬物乱用対策推進本部」の本部長に内閣総理大臣を据え、本格的な対策に乗り出した。
95年から再び増加
日本の薬物乱用の歴史は第二次世界大戦が終わったときから。終戦直後の日本の社会は食べるものもなく、失業者があふれ、凶悪事件も増加。そんな中で覚せい剤(ヒロポン)の乱用が激増した。政府はこうした薬物乱用を防止するため、1951年に覚せい剤取締法を制定。しかし密造、密売、乱用は後を絶たず、54年には56,000人近くが検挙され、中毒者は20万人、乱用者は55万人、乱用経験者は200万人に達したと推定され、「第一次乱用期」と呼ばれた。その後、一時減少傾向にあったが、60年代に入って、経済活動が活発になるにつれて、再び麻薬(ヘロイン)の密造、密売が活発化し、当時のヘロイン中毒者は4万人を超え、麻薬の「第二次乱用期」となった。さらに80年代になって経済のバブル期を迎え、覚せい剤の乱用者が増加、81年には2万人を超える検挙者を出した。その後減少して94年には覚せい剤の検挙者は15,000人を下回った。このまま減少していくかと思われた95年、覚せい剤の検挙者は17,000人を超えて再び増加に転じ、96年には19,660人に達した。97年は6月までの半年間で10,120人に上り、「第三次乱用期」を迎えたのでは、とみられている。
急速に変化する覚せい剤事情
厚生省麻薬課によると、この原動力となっているのは10代、20代の青少年。特に高校生の検挙者の増加が特徴という。94年に高校生の検挙者は42人だったのが、95年には93人に、そして96年には220人と激増した。その背景には「覚せい剤をめぐる事情が急速に変化したことだ」。麻薬、覚せい剤、シンナーなどの薬物乱用で検挙され、家庭裁判所に送られてくる未成年者の非行の原因などの調査を担当している。そんな中でここ数年の急激な変化を実感しているという。
昔は覚せい剤といえば、注射を使った。ところが、麻薬常習者のエイズが世界的に問題になったこともあって、現在はアルミホイルの上にごく少量の覚せい剤の粉を乗せ、下からライターであぶってその煙を吸入する「あぶり」に変わった。これだと複数の人が同時に覚せい剤を吸入できるし、注射の痕が残らず、発見されにくいからだ。また「スピード」とか「エス(S)」と呼ぶようになって、覚せい剤という怖いイメージが薄らいだ。さらにかつては密売人は暴力団員かその関係者だったが、最近は犯罪性の進んだ不良外国人が片言の日本語で話し掛けてきて密売したり、携帯電話で注文できるなど気楽に、手軽に覚せい剤が入手できるようになったことも高校生らに乱用者が増えた一因だ。
これら薬物乱用に走る青少年は、かつては小学校高学年のころ、たばこを吸い始め、中学校に入ってシンナーを覚え、覚せい剤へというコースをたどっていたのが、最近はシンナーを経ないでたばこから直接覚せい剤へと移行するケースが多い。また、覚せい剤使用以外には非行歴のないケースが増加している。問題はいったん覚せい剤を覚えると「あぶり」だけでは済まなくなり、注射による多量、連続使用でないと満足できなくなり、小遣いも給料も覚せい剤購入に使い果たし、それでも足りなくなると、恐喝、強盗など凶悪犯罪へエスカレートする。少女の場合は水商売から売春へというコースをたどるケースも少なくないという。
身近に迫る誘惑の手
(財)麻薬・覚せい剤乱用防止センターが97年3月、東京と大阪の繁華街で行った中高校生の面接調査でも全く同じ実態が浮き彫りになっている。麻薬、覚せい剤、シンナーという言葉から思い浮かべることは「怖い」「危険な」「悪い、いけないこと」「からだに悪い、害がある」などが圧倒的に多いものの、わずかだが「興味がある」「気持ちがいい」という回答も。また友達の間で薬物乱用が話題に出ることも「よくある」「時々ある」を合わせると53%に達し、周囲で薬物を使っている話を「聞いたことがある」が半数近くに上った。さらに「薬物の使用を誘われたことがある」が7%もあり、誘ったのは「友達」が52%と圧倒的に多く、次いで「学校の先輩・後輩」など。誘われた場所は「自宅、友人宅」「学校」など、ごく身近な所まで誘惑の手が伸びている実態が明らかになった。
問題は、誘われて断る自信があるか、という点。「絶対ある」が85%前後、「まあまあ」が13%前後。しかし、全員が「絶対断る」ではなく、今後薬物汚染が拡大する危険性を示している。これら中高校生の調査からもわかるように、青少年に乱用薬物の危険性、有害性の認識が甘い。村松さんの話でも、少女は「やせたい」、男の子は「気分を変えたい」といった簡単な理由で麻薬、覚せい剤に手を出している。
心身をボロボロにする薬物乱用
ところが麻薬、覚せい剤、シンナーなど乱用薬物はわずか1回の乱用でもやめられなくなることだ。2回、3回と続けていくうちに、心身ともボロボロになり、その影響は半永久的に続く。例えば、麻薬のモルヒネやコカインは医療目的などに限って使用が認められており、末期がんの患者の激しい痛みを鎮め、食事を満足にできるようにするためなどに使われる。しかし、医療目的でなく乱用すると、中枢神経を興奮させたり、抑制させたりして一時的に不安や苦痛を取り除き、幸福感や壮快感を感じさせたりする。ところが、繰り返し使用していると、薬物に対する依存性が出てきて、幻覚や妄想といった精神症状も現れてくる。薬物が切れると激しい禁断症状が現れ、「やめなければ」という意思とは反対に、心身ともに完全に「薬物のとりこ」になってしまう。
厚生省の担当官によると、麻薬、覚せい剤など乱用薬物を一度でも使った者の再犯率は非常に高く、依存症になる率は50%に達するという。しかも薬物の乱用をやめ、治療によって普通の生活に戻っても、ストレスや酒を多く飲んだりすると、以前経験した幻覚や妄想が現れるフラッシュバック(再燃現象)が起こる。この現象は半永久的に続き、シンナーだと元に戻らない脳の萎縮も起こる。そんな薬物乱用の果てに精神に異常をきたした若者が病院に入りきれないほどいるという。千葉市にある国立療養所下総病院の医師は「私どもの病院に来るのは麻薬、覚せい剤などによって精神障害が現れた最終段階の中毒者ばかりだが、ベッドはいつもいっぱいで、すべての精神障害のある中毒者を受け入れられない現状だ」と語る。
必要な学校での薬物乱用防止教育
麻薬、覚せい剤の問題は先進国、開発途上国を問わず世界中で深刻な社会問題になっている。国連は90年の麻薬特別総会で91年から2000年までを「国連麻薬撲滅の10年」に指定、薬物乱用の根絶を目指して取り組むことを決議した。
わが国でも、70年に発足した「薬物乱用対策推進本部」の本部長を97年1月から内閣総理大臣に格上げして薬物乱用防止対策の徹底、強化に乗り出した。特に青少年、とりわけ中高校生から小学生への薬物乱用の浸透に歯止めを掛けるため、学校教育の中に喫煙、飲酒、薬物の乱用と健康の関連を指導、麻薬取締官OBなどの協力で教材開発や学校巡回指導などの防止対策事情を進めている。
また麻薬・覚せい剤乱用防止センターを中心に「ダメ。ゼッタイ。」をキャッチフレーズに薬物乱用防止啓発活動を展開。薬物乱用防止キャラバンカーを全国の小、中高校へ巡回させ、乱用薬物のサンプルや身体模型、映像、ビデオなどを使って、乱用防止教育を続けている。
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あへん・ヘロイン |
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あへんは麻薬の原料で、ケシから採取される。ヘロインはあへんから作られ、心身への影響が非常に強く、医学的な使用も禁止されている。中枢神経を抑制し、落ち着いた気分と多幸感が得られる。しかし、乱用を中断すると、悪寒やおう吐などの強烈な禁断症状に苦しみ、異常な興奮、全身に虫がうごめくような不快感、けいれん、失神などを繰り返し、精神異常を起こす。多量摂取によって呼吸困難、昏睡の後、死に至る。 |
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コカイン |
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粉末結晶状のものを主に鼻から直接吸引する。興奮作用があり、作用が迅速で強烈。毒性も強く、コカイン中毒は精神分裂病の症状を見せる。多量摂取の結果、けいれん、呼吸困難から死に至ることも少なくない。アメリカではクラックと呼ばれる吸煙用コカインが猛威をふるっており、世界的に大きな問題となっている。 |
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覚せい剤 |
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一般的にはアンフェタミン、メタフェタミンの2種類。主に注射で静脈に入れる。一時的に気分が高揚し、自信が増し、疲労感が取れたように感じるが、効果が切れると激しい疲労感、憂うつ感に襲われる。繰り返し使用するうちに、中枢神経に異常をきたし、幻覚や妄想に脅かされる。頬はこけ、歯が抜けるなど身体的影響も大きく、多量に摂取すると死に至ることもある。最近は腕などに注射痕が付かない、煙を吸入する方法もみられるが、危険性は静脈注射と大差ない。 |
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大麻(マリファナ) |
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大麻草の葉を乾燥させたものを、吸煙して体内に取り込む。感覚が異常になり、わけのわからない興奮状態に陥る。乱用によって幻覚や妄想が現われ、精神に異常をきたす。無動機症候群といって、毎日ゴロゴロして何もやる気のない状態になることもある。また、生殖器に支障をきたし、不妊、染色体の異常が見られる。 |
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有機溶剤(シンナー、トルエンなど) |
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ビニール袋や瓶に入れ、気化したものを吸入する。急激な酩酊状態になり、多量摂取で呼吸困難から死に至る。依存性も強く、情緒不安定、無気力、精神異常などを起こす。脳が縮み、視力障害、歯が悪くなるなどの症状も起こる。青少年では、骨や筋肉の発育を阻害し、体重を激減させる。 |
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向精神薬 |
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中枢神経に作用して、精神の機能に影響を及ぼす薬で、睡眠薬や精神安定剤、中枢興奮薬などがある。乱用すると、脳や気管支、肺、心臓などに異常をきたす。怒りやすくなったり、判断力の低下を招く。歩行失調をきたす。 |