海外旅行と健康をかんがえる
現代は国際化、情報化の時代といわれます。飛行機が発明されてからまだ90年余りですが、今日では人・情報・モノが、国際間で激しく行き交うようになっています。わが国では、乳幼児からお年寄りまで、年間のべ約1500万人もの人々が海外に渡航しています。この数は、実に国民の1割以上にも相当します。気軽に世界への旅が楽しめるようになった一方で、日本にはあまりみられない感染症(ウイルス、細菌、寄生虫などの病原体が引き起こす病気)が、海外から持ち込まれる危険も増えてきています。現に、1995年2月、バリ島から帰国した日本人旅行者の中から多数のコレラ患者が発見されました。3月末までに、その数260人余りにも達したという報道は記憶に新しいところでしょう。 そこで、病気から身を守り、すこやかに海外旅行を楽しむ方法を考えていくことにしましょう。
海外旅行で注意すべき病気
●世界で猛威をふるう感染症
世界では、危険性の高い感染症がアジア、アフリカ、南アメリカを中心に流行を繰り返しています。感染症のなかでも、人から人への伝染力が強い病気を伝染病といいます。このうち、コレラ、ペスト、および黄熱を国際的に「検疫伝染病」と定め、我が国でも国内への侵入を防ぐために、入国前の検疫検査の対象としています。最近は、検疫伝染病以外にも、赤痢や食中毒にかかる旅行者も少なくはなく、また、新しい病気が流行するきざしもみえています。たとえば、アフリカのザイールでは、ウィルス性出血熱であるエボラ出血熱が流行。315人が感染し、その8割が死亡するという結果になっています。海外で注意すべきおもな感染症の特徴をあげていきましょう。
コレラ
●生水、氷、生の魚介類などに注意
検疫伝染病であるコレラは、世界に広く分布する細菌性の感染症です。WHOに報告された1994年の世界のコレラ患者数は、前年の約20%増の38万4千人でした。過去30年間の平均値を上回っており、依然として猛威をふるっています。ただし、1960年頃までに流行し、多数の死者を出したコレラ菌(クラシカル・コレラ)と、現在のもの(エルトール・コレラ)は性質が多少異なります。エルトール・コレラは、1961年頃からアジア地域で発生し、瞬く間に世界中に拡がりました。病原性はクラシカル・コレラより弱く、死亡率は2%程度といわれています。胃腸の弱い人、高齢者、乳幼児などがハイリスク・グループといえそうです。1〜5日の潜伏期間の後、下痢や嘔吐などが起こります。下痢は軟便程度から水のような便までさまざま。腹痛、嘔吐、発熱をともなうことはまれです。流行している国では、生水、氷、生の魚介類は避けます。ジュースや水割りに入っている氷、カットフルーツなどには注意が必要です。水泳で誤って水を飲むなどして感染することもあります。
ペスト
●ノミ、患者の咳などから感染
ペストも検疫伝染病のひとつ。ペスト菌を持ったノミに吸血されることによって引き起こされます。はじめはリンパ節の腫れと痛みが、ついで皮膚の出血斑や高熱が現われます(腺ペスト)。ペスト菌が肺に入ると、肺ペストとなり、患者の咳、痰の飛沫によって伝染していきます。いずれも治療が遅れると死亡率が高く、たいへん危険です。わが国では、昭和4(1929)年を最後に患者の報告はありません。しかし、アジア、アフリカ地域を中心に依然として発生しています。平成6(1994)年のインドでの流行は、ペストの恐怖を人々に再認識させました。ペストの感染を防ぐには、流行地域への渡航を自粛することのほか、流行地域ではノミの付着しているネズミがいるような場所に立ち入らないこと、抗生物質の予防接種などが考えられます。肺ペストが流行することは少ないのですが、流行地域では、人から人への飛沫感染にも注意が必要です。
黄熱
●流行地域への渡航時には予防接種が必要
黄熱も、検疫伝染病のひとつです。ウイルスをもった蚊に吸血されることによって感染します。3〜6日の潜伏期間後、発熱、頭痛、筋肉痛、悪心、嘔吐などが起こり、病気の進行とともに、鼻血や吐血、たんぱく尿なども現われます。旅行者では死亡率50%以上ともいわれています。予防には、予防接種を受けることがもっとも有効です。1回の接種で10年間効果があります。予防接種を受けていない場合には、蚊にさされないようにすることが大切です。 流行地への渡航時には、予防接種の国際証明書が要求されます。流行地域を経由して他の国に入国する場合にも、1歳(国によっては6か月)以上の渡航者は、予防接種証明書が必要なことがあります。接種をしていないと入国を拒否されるか、入国時に接種されることになるので事前に調べておきましょう。
赤痢
●世界中どこでもみられる感染症
世界中でみられる細菌性の感染症です。赤痢菌に汚染された水、食品などから感染します。1〜5日の潜伏期間の後、下痢、発熱、腹痛などが起こります。血便がみられることもありますが、死亡することはまれです。とくに衛生状態の悪い国に多くみられます。生水、氷、生ものを避けることが重要な予防法です。屋台のヨーグルト飲料や氷など、不衛生な飲食店での飲食はさけるのが賢明です。
マラリア
●熱発作を起こす感染症
熱帯・亜熱帯に広く分布する感染症で、世界100余りの国で、年間2000万人を超える患者がいると推測されています。マラリア原虫をもつ蚊に吸血され、体内に原虫が入りこむことによって感染します。わが国でも、海外で感染した輸入マラリアがここ数年増加傾向にあり、死亡者も出ています。一定の潜伏期間の後、熱発作(高熱が数時間続き、発汗とともに解熱する)を数十時間ごとに繰り返します。蚊に刺されないようにすることが予防の第一です。防虫スプレーや蚊取り線香を用意し、肌を露出しない、なるべく厚手の服装をします。予防接種はありませんが、予防のための内服薬はあります。しかし、最近は薬剤の効かないマラリア(耐性マラリア)も多くなっています。また、予防薬は国内での入手が難しいため、専門の医療機関に問い合わせるか、現地で手に入れるかなどの対応が必要です。その際、予防薬のもつ副作用についても十分な説明をうけておくようにしましょう。
海外旅行で起こりやすい体調不良
●旅行前には体調をととのえておく
海外旅行の際に注意したいのは、感染症だけではありません。疲れやストレス、水質や食物の違いなどから体調をくずす人も少なくありません。海外旅行者に多くみられる症状と、その対処法をあげておきましょう。
旅行者下痢症
●旅行者の半数以上にみられる症状
海外旅行者の半数以上は、旅先に到着して5日以内に下痢をするといわれています。発展途上国に限ると、7〜8割にも達するようです。原因は、旅行の準備などの疲労による体調の低下、旅行先の不安やストレスなど精神的・心理的な胃腸障害、不慣れな飲食物による一過性の胃腸障害、ウイルス、細菌、寄生虫などによる病的症状の一つ、などが考えられます。 予防法は、体調不良やストレスなどによってからだの抵抗力が低下しないように努めることです。睡眠を十分にとり、暴飲・暴食を避けるなど、規則正しい生活を送るように配慮してください。
航空性中耳炎
●気圧の変化で起こる耳の痛み
飛行機に乗ると、耳がつまるような感じや痛みをおぼえることがあります。これを「航空性中耳炎」といいます。中耳(鼓膜の内側)の中の空気の圧力と、外部の気圧とのバランスがくずれるために起こります。上昇時より、外部の気圧のほうが高くなる下降時にひどくなります。水を飲む、首を左右に動かす、ガムを噛む、あくびをする、アメをなめる、などの方法で治ります。それでも治らない場合や、激しい痛み、耳鳴りなどがある場合は「耳抜き(バルサルバ法)」を行います。最初に鼻をかみ、次に空気を吸い込んで鼻をつまみます。そのまま口を閉じて吸い込んだ空気を耳へ送り込み、耳から抜ける感じがするまで7〜8回繰り返します。あまり強く行うと鼓膜を傷つけるので逆効果です。地上に降りても耳の痛みが続いている場合には、医療機関を受診するようにしましょう。また眠っていると唾液の飲み込みが少なくなり、起こりやすくなるようです。症状が重くなりやすい着陸時には必ず起きているようにします。疲労時、寝不足のときなどは、とくに注意しましょう。
時差ぼけ
●体内リズムの乱れによって起こる
海外旅行をすると、旅先で、あるいは帰国後に不眠や眠気、疲労感、食欲不振、イライラなどが起こることがあります。いわゆる「時差ぼけ」です。人間の体内の器官は規則正しいリズム(体内時計)で動いています。このリズムが、時差によって乱されることで起こるものです。通常4〜5時間以上の時差で症状が出始めます。体内のリズムは1日の周期が長くなるほうが順応しやすいので、ヨーロッパなど西へ向かうほうが、アメリカやハワイなど東へ向かう場合より、症状は軽いようです。時差ぼけを防ぐために、機内では目的地の時間に合わせて睡眠をとるようにします。朝到着して、睡魔に襲われたときにも仮眠は3時間程度で我慢しましょう。そして屋外で日光をたっぷり浴び体内時計を調節します(光療法)。体操や音楽、ぬるめの入浴など自分なりのリラックス方法を見つけておくことも大切です。
すこやかな旅行を楽しむための予防策
予防接種
●有効な予防接種を受けよう
渡航先により、それぞれの国の法律で決められている予防接種や、一般的な予防手段のひとつとしてすすめられている予防接種を受けておきましょう。接種を受ける際には、目的地、渡航目的、全般的な健康状態、最近の免疫状態、旅行の期間とタイプ、渡航するまでの時間的余裕などを考慮します。 また、妊婦や乳幼児などは、必ず医師に相談して決めることが大切です。
検疫所を有効に利用
●空港の「健康相談コーナー」を利用
全国の各空港には、検疫所などが運営する健康相談の施設があり、渡航者に感染予防を呼びかけています。
成田空港検疫所の「健康相談コーナー」では、旅行者の健康相談に応じたり、渡航先の感染症流行状況などをリアルタイムに提供しています。また、空港内30か所以上でエイズ予防ビデオの放映を行っております。積極的に利用するようにしましょう。
●旅行中・帰国時の不調はきちんと申告する
全国の海・空港の検疫所は、明治期のコレラの予防から始まり、検疫伝染病や、その他の伝染病を水際で防いできました。旅行中や帰国の際に、発熱・下痢などで体調がすぐれない場合は、気軽に検疫所で相談しましょう。検疫所では、質問票などによって早期発見を心がけています。必要に応じて、問診、検便検査などを実施するほか、専門の医療機関の紹介も行っています。
旅行者自身の注意
●必要に応じて医療品を携帯する
旅行には、簡単に使用できる消毒薬や手当て用品を携帯すると、いつでも役に立ちます。地域によっては、日焼け止めクリームや蚊の駆除剤、なども必需品になります。また、抗生物質や下痢止めなどの医薬品については、かかりつけの医師などに相談してください。
●帰国後の異常は早めに対処
旅行中、または帰国時に不調がある場合は、検疫所を利用できます。しかし、感染症の潜伏期間内に入国してしまう場合も少なくありません。さらには、新しい感染症の流行も危惧されています。帰国後に下痢や嘔吐、発進などの症状が出た場合には、早めに渡航歴を含めて医師に相談する必要があります。また、外国に長く滞在していた人、慢性の病気をもっている人も、帰国後、一度は受診したほうがよいでしょう。病気によっては、すぐに発病しないものもあります。とくにマラリアは、流行地域を離れて数か月、時には数年後に発病することがあります。結核などにも注意しましょう。
おわりに
国際化のなかで、今後も多くの人が世界各地への旅に出かけることでしょう。人の流出入にともない、海外から感染症が国内へ入りこんでくる危険も増えています。検疫伝染病にとどまらず、種々の「輸入感染症」に対応せざるをえない時代を迎えつつあります。「自分の身は自分で守る」「海外で病気にかからない、持ち込まない」を旨とし、“すこやかな旅行”の実現に努めましょう。