メンタルヘルスのキーワード
 <心理相談員研修会から>

 平成13年3月10日(土)心理相談員研修会にて、
講師の臨床心理士の中嶋淳子さんは、
冷静に現代社会のメンタルヘルスに関わる種々のキーワードを解説されました。
テーマは『「現代人が抱えるメンタルヘルスの問題」・・・心の健康へのアプローチ・・・』。
とつとつと語られる内容には、実際にカウンセリングの第一線で苦闘されている姿が伝わってきました。
蛇足ながら、その日の白を基調にしたファッションは素敵でした。
それでは中嶋先生のご講義を、私なりに心のキーワード解説をいたします。


人間関係
心の時代
キレる子供たち
人間関係における距離の置き方
異文化不適合 
ストーカー

人間関係

人間関係と言葉に出して皆さんがイメージされる事はどんな事でしょう。
「難しい。」 皆さんそうおっしゃる。ほんとにそうでしょうか?
いつから「人間関係=難しい」ってなったんでしょう。
人間関係って本来は人と人が支え合って、はげまし合って、
お互いを支え合う関係の事じゃあなかったのでは?
それが今では「複雑」「難しい」って事に・・・何時からそんなことに。
夏目漱石は、著書「草枕」のなかで
「知に働けば角が立つ。情に掉させば流される。意地を通せば窮屈だ。
兎角 人の世は住みにくい。」なんて言ってます。
漱石の時代から、知(head)に働けば人と折り合いがつかず。
情(heart)で行動すれば自分らしさを失って人の言うままついていってしまう。
意地(mind)のままに生きていけば反発をうけたり世間も狭くなる。
明治の時代から漱石も「うまくいかないなあ」って悩んでいたのだから、
「私の人生でも人間関係がうまく行かないのも仕方が無いか。」って思った方が楽ですよね。



心の時代(在るOLの独り言)

これからは心の時代だっていって、いろんな書物も出ているし、
カウンセラーが主人公のドラマも流行ってる。
心の時代って言うけどそれって人の心が大事にされるって言う訳には行かないのかなあ。
みんな私の心を大事にはしてくれないなあ。
なんだか何でも心の問題にされているようね。
この間会社でお腹が痛くなって同僚に話しちゃったら
「誰かに嫌なことでも言われたの? それとも悩み事でも有るの?」だって。
お腹が痛いんだから、普通は 「何か 変なもの食べた?」じゃないの。
そりゃあストレスもあるよ。
仕事なんて面白くも無いオフィスワークだし、周りの男性社員は変な奴ばかりだし。
パソコンのソフトはどんどんバージョンアップしちゃって、ついていくのも大変なんだ。
はなっから使いこなせないパソオジがうらやましいくらい。
月に一度くらいは本当に自分を見失っちゃって、
頭がクラクラ、吐き気もしちゃって、デスクに突っ伏しちゃうことがある。
この間、そんな状態になっちゃたら、課長に会議室に呼ばれた。
「つかれてるみたいだね。カウンセラーを紹介しようか。」だって。
管理職対象のメンタルヘルス研修を受けてきたらしい。
エステにでもいって、オイルマッサージを受ければ
次の日になシャキっと出社するんだから。
つかれてるからって、いちいち神経症扱いしないでよね。


***心の時代は 心を大事にする時代であって欲しいものです。
他人の心と自分の心、どちらもお大事に***


キレる子供たち

石原伸太郎さんが近頃、「俺も若い頃キレったんだ。」ってよくテレビでいってます。
10代前半から20代の若者。
その時代を過ぎてしまった皆さんも思い起こせば狂おしい時代だったのではありませんか。
人生のシュトルムウントドランク(疾風怒涛)の時代ですよね。
第二の誕生の時代とも言われています。
いわゆるキレる子供達を見ていて思うのは、少し自暴自棄になりすぎてるな。
心の奥に在る衝動には確かに性的なもの、暴力的なものが見えるなっておもいます。
なにか支えてる物が有って、衝動を押さえてるのだけれど、その支えてる物が、
いつの日か「バキッ!!」って折れるようなイメージが子供達に有ります。
皆さんは現代のキレそうな子供達とつきあおうなんて怖くて思わないかもしれないけれど。
怖そうなキレそうな子供達でも、応援してくれる大人は、
必ず、少しづつでも受け入れる事ができるようです。
子供達を信じて関わっていく人、こう言う人のぬくもりは拒否できない所は有ります。
そしてやはり子供達は大人ほど凝り固まっていないですから、変わり方は早いようです。


人間関係における距離の置き方(ヤマアラシのジレンマ)

ある冬の夜、一匹のヤマアラシが洞穴の中で寒さに震えていました。
そこへもう一匹ヤマアラシがやってきました。
二匹は少し距離を置いてじっとしていました。
ヤマアラシは二匹でお互いに暖め合うことが出来ないかと思いましたが、
すぐに声をかけることが出来ませんでした。
もう一匹も同じ事を考えていましたが同じように声をかけることが出来ませんでした。
でもあまりに寒いので、とうとう思いきって
「やあ、こんばんわ。もう少しこちらにお寄って暖め合うってのはどうかな。」と声をかけました。
「いい考えだね。」ともう一匹。
お互い、少し近づくと、少し暖かくなったような気がしました。それで、もう少し近づいて見ました。
お互いの体温でほんとに暖かくなりました。
そこでもっと近づいて見ました。
するとお互いのトゲが刺さってしまいました。
びっくりして二匹は飛び退きました。
でも距離を置くと、やっぱり寒くて仕方がありません。
二匹はそろそろと、また近づいて行きました。
少しづつ暖かくなってきました。
でもまた二匹は近づきすぎてお互いのトゲが刺さってしまいました。
そんなことを繰り返すうちに二匹はトゲの刺さらない微妙な距離を探り当てることが出来ました。
ちょっと暖かさは足りないけれどトゲが刺さるよりはましです。
二匹はお互いの暖かさを感じながら朝を迎えることが出来ました。


***人間なんて親子、兄弟、友人でも離れたり、くっついたりして生きていくものです。
若い人たちは上手く距離を持てない事を早くから問題にしがちなようです。
その人なりの方法で時間をかけて距離のとり方が上手に出来るようになればいい。
それを『何とか早くしようとしすぎる』のが若い人の傾向のようです。
出来ないことを自分も、周りの大人達も問題視しすぎではないでしょうか。
いい大人だって距離の置き方はよく失敗してくよくよしているのだから。***


異文化不適合
もともとは留学生などにあった問題です。
かの夏目漱石もロンドン留学時は下宿に閉じこもり、
極度のノイローゼ状態になったという説もあります。
(えっと・・・。この表現は裏づけが取れていない証拠かな。)
今は、例えば進学。新しい
集団において、
自分と異なった価値観を持った人たちとの付き合いに起こってしまいます。

ある若者の事を思い出しました。
その若者は高校を卒業後、二年毎に職を変え、わたしの会社に入社しました。
入社後も所属する部署で不適合を繰り返しました。
先輩たちは若者を一人前にしようと、それぞれに指導を繰り返しました。
でも、若者には、先輩たちの言葉は指導とは取れません。
先輩たちも上手く付き合えない若者になかなかなじめず。
指導方法に悩みました。

また、ある若者は、ふとしたつまずきで、その会社でのキャリアアップに問題が生じました。
それにより、それてしまった若者のキャリア形成を修正するため、
会社は思いきった転地療養的なローテーション(人事異動)を行いました。
ところが受け入れ先の職場の都合で、職場では若者の初期教育に、
少しの間取りかかることが出来ませんでした。
数週間ほったらかしにされた若者は、わずかの間に悩み、
つかれてノイローゼ気味になり、本格的な教育を受けないまま自主退職をしました。

言葉の使い方は人それぞれです。
言葉というものはその指し示すものと一番遠い概念です。
それでも人は言葉を使って他人とコミュニケーションをはかります。
物は直接指し示すのが一番はっきりしています。
写真で示すことでもかなりはっきりと共通認識ができます。
字(言葉)では共通のイメージを持てているようで、個々人で持っているイメージが違います。
また、人それぞれに時間のとらえ方、スピードも異なります。
有る人はその集団の中で3週間、一月の時間の経過をとても大事にしていたかもしれませんが、
相手は5年、10年のレンジでその人との付き合いを考えているかもしれません。
そういう時間軸、表現の異なった(異文化の)他人との付き合いにおいて、
何とかその人と上手く付き合おうとか、早く付き合いを進めようとすると、上手く行かない事がおこります。
何も、その特定の人と上手く付き合う事なんて、重要では無いのに。
うわ辺だけ付き合って、後で舌を出していたっていいのに。
その人しか見えなくなって、何も見えなくなって、自分を責め、周りを責めてしまう。
自分や周りの、だめな部分や問題点を引き出すのではなくて。
だめで無い所や問題の無いところを引き出して、
確認して元気を取り戻すことができなかったんだね。


ストーカー 人間関係の「執着」と「希薄」さの現れ
現代社会の特徴かも知れません。
人と人とが面と向かって情報交換をしなくてもいい「希薄」さがあふれています。
その裏返しで、相手に入りこんで行きすぎる「執着」が有るようです。
相手と自分の境界線が不明確になってしまい行為を行ってしまう。
自分と他人(相手)との関係において、相手を尊重し、付き合っていく事が難しいんでしょうね。

もう少し続きます。請うご期待。

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