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2003年02月15日 14時50分20秒 |
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女主人のストレス反応 いやはや、まいった。何も手につかない。何も考えられない。女主人は久しぶりの完全ホールアウト状態の自分に慌てた。ある出来事の最中は結構うまくこなしているつもりだった。しかし、帰宅後、割と早く寝たにもかかわらず、翌日の朝はめまいがしてベッドに倒れこんだ。たまたま出張がなくなったので、1日ベッドで横になっていた。起き上がっても何も手につかない。見事に何も考えられない。頭に霞がかかったみたいで現実感が欠如している。女主人は多いときは4つくらいのことを同時進行するのが得意なのだが、「何をしたらいいのかわからない」状態であった。 ・・・こういうときは流れに任せるしかない・・・女主人は思った。じたばたしても仕方がない。できる範囲のことだけやろう・・・女主人は最低限の仕事だけこなし、あとはひたすら「何もできない」状態で過ごした。3日続いた。3日後、女主人は本能の赴くままにある人に連絡をした。もうあまり連絡をしないと決めていた人であった。「忙しい?」「○○○○・・・」「うん、今日は早く終わりそうだから飲みにいけないかと思って。」「○○○○・・・」たった1分程度の会話であった。なのに、終わった時には見事に頭にかかっていた霞が晴れていた。人とは本当に不思議なものである。あれだけ何もできなかったのに、その電話の後、女主人は再び4つのことを同時にこなすことができるようになっていた。たった1分の電話。連絡をとると迷惑をかける可能性があるとずっと理性でとめていた電話。それが、ふと気づいたら電話番号を出し、ふと気づいたら自然と会話をして、ふと気づいたら自分を取り戻せていた。感謝。そして少し不安。専門用語で離人症と呼ばれる霞のかかった状態が、自分に生じた恐怖。女主人は自分を過信するのはよそうと肝に銘じた。ここまで自分を追い込む前に引き返すこと。やらなきゃいけないことなんてくそくらえ!自分が自分でいること以上に大切なことなんてない。女主人は自分を取り戻した安堵感の中でそう考えるのであった。 |
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2003年01月28日 00時00分20秒 |
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女主人の困ったごみ処理 ごみ。これは現代社会のテーマである。なんて格好をつけるのも変だが、なんと毎日毎日ごみってよく出る。環境重視の現代分別収集は当たり前、おまけに女主人の住む街は焼却場があまり新しくないらしく、その他プラスティックは別の日に出す必要がある。 動物の館で一番厄介なごみは「猫の砂」である。砂には現在、固まるタイプと固まらないタイプ×燃えるごみと燃えないごみで大きく4種類のタイプがある。女主人は出張も多く、平日は朝早くから夜遅くまで館から離れてしまうので、固まるタイプで猫が用を足した後すぐにその部分を取り去るのは全く無理。そして固まらないタイプも猫が4匹もいると散らかしてしまう可能性の高い軽いタイプ(これは燃やせるごみになる)も無理。そこで残るはシリカゲルと呼ばれる透明の砂である。消臭もしてくれ、水分を吸い込むために小はたまらないし、大はからからになってしまうこのシリカゲル、毎週換えるとなるとかなりの量になる。女主人はどうしているかって。なんと今は裏庭に撒いている。この砂は土に帰るといわれているので衛生上も問題は少ない。館の住人で犬たちがごらんのとおりビーグル系のため、庭中穴を掘る。これを埋めるのにもちょうどよいのだ。田舎のよいところはこれにつきる。土に帰せるものは土に帰す。 しかし、量が多くなるとどうしようもなくなるかもしれない。現在の頭痛の種は犬の糞。猫の糞はちいさくて燃えるごみとして出せるが、犬の糞は大きくて量も多い。極力毎日庭からとりさるようにしていたのはもう遠い昔。動物の館は周りに明るい照明がなく、家の外灯だけで庭全体の掃除は無理。今は幸い冬で蝿なども発生しないため庭の隅にかためてあるだけ。これの回収がとても大変である。量がたまるとこれも庭に穴を掘って埋めていたのだが、動物の館の庭はそんなに広くないし、いろいろなパイプが土中にあるので深く掘り返すのは難しい。抜本的方法を考えないと春になって暖かくなると衛生上あまり喜ばしくない状態が生じる・・・ 一方、ごみだしもちょっと大変。ごみだしについて目を光らせるご近所さんもいる。からすがつついたごみの中身を調べてどこのごみかわかるとわざわざ玄関先までもどされていたりもする。田舎とはいえ、人間関係は大変である。女主人はつかず離れずの関係でご近所さんとつきあうのが得策と考えている。幸い、田舎で女主人はめずらしい。先方が少し引いてくれる。それを少しだけ利用して、でも精一杯愛想よくあいさつはしっかりして、最小限のおつきあいをするのが田舎で後ろ指をさされ続けない秘訣と女主人は思うのだった。 |
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2003年01月22日 00時04分28秒 |
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女主人の散歩道 女主人は静かなところが好きである。さらに女主人は狭いところが好きではない。女主人は人を好きだけれど、自分の領域に無遠慮に入ってこられる他人は好きではない。要するにわがままなのだ。そんな女主人と動物の館の住人達が散歩する道は決まっている。まず歩いて10分で行ける人が通らない谷沿いの道。ここまで行くと住人達は引き綱から解放され、山の上まで木々の間を駆けあがったり、谷に流れる川に下りて、川の中を走り回ったり、自由な時間を過ごす。ちょうど川が滝になっているところで道は行き止まりなので人は来ない。しかし、女主人が散歩する道は時々誰かが草刈をしてくれるようでいつも通れる状態が続いている。また、川の一部は用水路へ分かれており、ここへの分水細工が時々変化している。そこで女主人は館の住人達のと散歩を昼休み時間帯に行う。12時に家を出るとちょうどみんなが昼食のため自宅へ帰るであろう時間帯に谷沿いの道を歩くことになるのでよほどのことがないと人には会わない。この道は川のほとりでうっそうと茂った森を歩くので夏の散歩に最適である。しかし、冬のこの時期、残念ながらこの道は行き止まりまで行くことができない。途中に動物用の罠がしかけてあるのだ。最初にそれを発見したときは肝を冷やした。木に看板がぶらさげてあり何か書いてあるなと近寄ってみたら罠が仕掛けてあるとの注意書きとかけている人の住所氏名が書いてあった。それと知らずに住人達は罠の周辺を走り回っていた。でこの時期は、途中で道を引き返すと川を渡り、山腹に立つ病院を通ってその下に広がる水田で再び住人達は自由になる。この時期、水田は休耕状態で草も茂り、住人達の絶好の遊び場なのである。中には2〜3年も休耕状態の水田は住人達が分け入るとまったく姿が見えなくなるくらいの背丈の草がはえている。住人達はあの猟犬ビーグル系の雑種なので、この草むらでさきっちょの白いしっぽだけをぴんとたてて女主人に場所を知らせながら散策をするのだ。女主人は、3匹がすべて草むらに入ると走って姿を隠す。3匹の住人達は草むらから時々女主人の存在を確認しに出てくるのだが、女主人の姿がみえないことに気づくと3匹揃って走って探し回る。かくれんぼなのである。山腹に立つ病院の病室からは恐らく1人+3匹の遊んでいる状態がまるみえだと思う。女主人は入院生活の無聊をなぐさめるのに住人達の無邪気な駆け回る姿が役立っていればいいなとひそかに願っていたりするのだ。この時期風は冷たいけれど、女主人の散歩は住人達のスキンシップと女主人のストレス解消と人が本来持っているべき自然とのコンタクトを促進してくれる貴重な時間なのである。 |
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2003年01月13日 00時57分24秒 |
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女主人の睡眠不足 寝る時刻の大切さを彼女はよく知っている。言い換えれば、サーカディアンリズム(概日リズム=体内時計)の存在を彼女はよく知っているのだ。人間はアメリカ人であろうがアフリカ人であろうが中国人であろうが日本人であろうが、日の出とともに起き、日の入りとともに寝るように身体の構造が確立していて、昼夜逆転の生活をしても体内時計は狂いこそすれ逆転しないのだということをよぉく知っている。しかし、知っているということと実践できるということのかけ離れた状況に彼女は匙を投げていた。 彼女は学生時代が長く、そして学生は基本的に夜型の生活が多い。体力があるため、誘惑の少ない深夜のほうが勉強が進んだからだ。また、彼女は子どもの頃から癇が強く、寝つきが悪かった。そのため、年を経た現在でも寝ることがとても苦手なのだ。本当に眠くなるまでベッドに行きたくない。ベッドに入ってから寝つきが悪い不快感をまぬがれるためにいつも本当に眠くなるまでベッドに行かないのだ。そうすると大抵就寝時刻は午前2時くらいになる。アメリカの論文で午前1時に起きている日が1週間のうち1日増えるごとに乳がんの確立が6%ずつ高くなるというものがあるくらい、深夜に起きているのは身体によくない。わかっているのにできない。そして夜更かしすると朝が起きれない。極力午前0時までに寝る努力をするのだが・・・ほら、今日もまた寝るのは午前1時になってしまいそうである・・・ |
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2003年01月07日 19時13分28秒 |
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女主人の風邪の治し方 昨夜は会社の新年会だった。女主人は会社の人たちと騒ぐのはあまり好きじゃない。身近すぎてしんどくなるのだ。でもたまには参加しないといけないなと思ってもいた。身近な人たちと騒ぐことが嫌いなわけでもないからだ。うーん、この二律背反の感情はなんだろう。女主人の生育暦とも関連しているかもしれない。でも、そういう二律背反の感情を否定せずに持っていられる自分にちょっと誇りをもっていたりする。どちらかに決める必要なんてない。その時の気の向くままにふるまうこと。女主人が20歳代に身につけた護身術ならぬ護心術である。人に気に入られるために自分を押し殺すことで追い込まれた地獄。表面上は決して気に入られようとしているわけではないとのジェスチャーまでしてしまうどうしようもない心の弱さ。そんな自分をいやでいやでいやでいやで・・・そしてたどりついた自己中心的な自分。女主人はそんな今の自分が気に入っていた。そんな女主人の風邪の治し方はいたって簡単。ひたすら安静にして、自分を酷使しないこと。しんどいのに一生懸命になるなんてばかげてる。ある意味、自虐的でさえある。そういう時代をずっと越えてきて女主人は思うのだ。身体がしんどければ休養をするのは当たり前。しんどいのに酷使する自分の背景にある自虐的な達成感に酔いしれるのはもうしない!!・・・食べるために稼がねばならない場合は仕方がないが・・・そして、昨夜の宴会と今年一番の寒波でどうも風邪を引きそうな彼女は、今日1日、じっと動かずに暖かい場所で読書にいそしむのだった。 |
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2003年01月06日 15時53分40秒 |
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動物の館の女主人のお正月 彼女は、温かさと寂しさに浸りながら雪にかすむ春日山を見上げていた。明日から仕事が始まる。 ウッディもアカネもチョビもいつもはほとんどいない女主人が毎日家にいてくれるので段々わがままになってきていた。チャアとノータンとタモとコマチは、いつもはいない女主人がずっといてくれるので段々甘えたさんになってきていた。 女主人はこの休みに読もうと思っていた小説に大満足だった。『ハリーポッターと炎のゴブレット』は相変わらず想像力にどっぷり浸ることができる1日を提供してくれた。クライブカッスラーの『マンハッタンを救え』は一気に読むことができる海洋アドベンチャーであった。 トムクランシーの『ネットフォース』は登場人物が多くてちょっと読みにくかったが、相変わらず後半の小気味のよいドラマ展開はうれしかった。 テレビドラマでは、お正月より年末の方が充実していたかもしれないと思う。何もかも忘れて没頭できることの幸せに、女主人は酔いしれていた。これで明日からまた全力投球できるかな。女主人のお正月はとても幸せで、少し寂しい時間がいっぱいであった。 |