中高年の危機

                                                      上田瀧雄

心理分析からの視点

 最近の不祥事に中高年が多いのはなぜでしょうか。民間の企業でも、官公庁でも40代後半から50代を魔のageと呼ぶ人もいます。特に、教師、高名な学者、報道関係者など社会的に模範を期待される職業人にその傾向が多いように思われます。 

                        ペルソナ

 人がこの世に生きていくためには、外界と調和するため、その人の役割に相応しいあり方を身につけていかなければなりません。教師は教師らしく、高名な学者はその名に恥じないように、公務員は全体

の奉仕者として他の模範であることが期待されるのですから、本当の自分を隠してその役に徹しようとするのです。それがユングのいうペルソナです。ペルソナというのは古典劇において役者が用いた仮面のことです。

 人間にはその心の深奥に生物としての本能が隠れています。フロイトは、その本能的欲望をエスと呼び、これを監視する良心、道徳観ともいうべき心が超自我、超自我の働きでこの原始的欲望を抑止し、

コントロールするのが自我と呼びました。自我の発達は幼児期に良心や周りの影響を受けて成長するので、普通は正常に自我が育っているはずであるが、それが中高年になってなぜ自我の機能に変化が起きるのでしょうか。

 そこには中高年特有の心の変化があるに違いありません。河合隼雄はその著「無意識の構造」の中で、自己実現に重要な要素として「時」があるといいます。例えば教師は生

徒や保護者の期待する理想の教師像を演じなければなりません。素行の悪い生徒や自分勝手な保護者であっても感情を露わにすることなく、自分の本当に感情や欲求を隠しそ

の立場を堅持し、厚いペルソナをつけて人生の前半を送ることとなります。しかし、定年が迫ってくる

人生の後半にさしかかると、心は、人生の全体的な意味を見つけだそうとします。中高年はこの全体性を回復する「時」にあたるというのです。良くも悪しくも必死で生きた前半の疲れを人生の後半において、

心がバランスを回復することによって平穏を保とうとするのでしょう。意識と無意識のエネルギーの交代です。

しかし、中高年になると誰もが自我の抑制力が弱まるという訳ではありません。もともと自我の発達や本能の強さには個人差があり、その人のおかれている環境によって働きが変わってきますが、本能の

欲求が強すぎる人物が、厚いペルソナでこれを抑圧して市民や社会に接し続けると、抑圧された影の部分が無意識内に増大し、ついには無意識が意識を操り、ペルソナが剥がれて、中に潜んでいた暗部が

表面に飛び出してくるというのが正しい表現でしょう。その中に潜む悪や不道徳も出現するのです。

 良く飲酒時のセクハラやわいせつ事犯が報道されることがありますが、上司のコメントで限って言われるのが、「普段勤務成績も良く、真面目でとてもそんなことをするように思えない」と言うことばです。それ

は嘘でなく、普段、不道徳や悪心がペルソナで抑圧されているため、普通の注意力では分からないだけであって、それが飲酒によって超自我の監視がなくなり、自我の抑制もはずれたに過ぎないのです。も

しかしたら無意識に抑圧された不道徳の強い欲求が、意識に出たくて飲酒によるブラックアウトを望んだ結果であるかも知れません。

                       心の空洞

 人は皆利己的であると自覚すべきです。生物として種の保存本能の性欲、生き延びるための食欲、排他的支配欲は、程度の差はあっても誰にでもある本能であり、こうした本能の欲求が、現代社会におい

てはその内容によって不道徳であったり犯罪であったりするのですから、人は皆悪をなす素質を有していると知ることが、自分で自分をコントロールするうえで重要となります。

 不祥事や犯罪に落ち込んだ人は、よく「魔がさした」と言います。これは自分が悪をなすことがあり得ることを自覚していなかった結果です。小田晋著「魔がさす瞬間」では、人生の中で危機的時期とされるの

が、「思春期」「退行期」「老年期」であり、この時期には誰でも魔がさす心の隙ができやすいといいます。中高年をこの退行期と考えますと、エネルギーの後退による抑制機能の低下でぽっかりと空いた心の

空洞に、無意識の欲望が入り込んでしまう、それが魔のさす瞬間と言えそうです。

                      魔の予兆

 企業活動も例外ではありません。一流企業のトップがあっという間に檻の中に転落する事例は数多く見られます。最近では三菱自動車工業の欠陥隠しで多くの役員が逮捕されトップの刑事責任が問われ

ようとしています。西武鉄道の株主偽装は同社を上場廃止に追い込み、老舗和菓子店「駿河屋」の架空増資は社長ら5人が逮捕される結果となりました。いずれも、欠陥を隠そうと思いついたとき、虚偽報

告や架空増資を思いついたときが魔のさす瞬間だったのです。

 人は誰でも成功体験があります。それが次の成功を生むために必要でありますが、次も打つ手が必ず成功すると思いこんだときが、同時に次は転落するかも知れない危険のシグナルであったりするのです。
 それでは、魔の瞬間を見破るにはどうすればいいのでしょうか。それは、自分も魔がさして悪をなすことがあるということを深く心に刻むことです。そして「自分に失敗はない」、「誰にも分かるはずがない」、「

利益にためはこの程度は止むを得ない」と思ったときがその前兆であり、魔がさす瞬間と気づくことです。これに気づくとその先の転落地点に進まなければいいのです。 

 中高年の退行期にやってくる人格の統合力の低下は、魔がさす思考と密接に関連していると考えます。

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