こーんな毎日送ってました
むかーしむかし、今から二十年前、結婚して二年目の私たち夫婦の間に長女が誕生しました。
妊娠がわかった時の夫の喜び様はそれはそれは大変なもので・・・その喜びが、不安に変わり日々のそこかしこに現れ始め、様子が少しおかしいなと思ったのが、鬱の始まりでしょうか。それも気付いたのはずっとあとになってからですが。強迫神経症のような症状・・・例えば出勤するまでにいろいろな段取りが自分の中にあって、それが終了しないと家を出ない、会社にいる間にも何度となく自宅に電話がかかる、流産しそうになったため、主に体は大丈夫?という内容で。尋常じゃない、過度の心配に愛情たっぷりなんだなんて呑気な妻してました。そんな毎日を送っていて、予定日を迎えるあたりから、まず飲酒行動が異常になり、発言が過激になり・・・そこから先は、躁状態へ。それでもまさか病気とはどうしても思えず、その時は治療にかかりませんでした。
そして、待望の長女誕生から一年も待たずに転勤で引越しを余儀なくされて。

小さな波は繰返しながらも、そこそこ穏やかに生活していましたが、大きな生活・仕事環境の変化に再び激鬱に。あちこちの内科にかかってみたり、脳神経内科にかかってみたり。でも何処へ行っても答えは同じ。
「悪いところは特にありません。」
休みながら、仕事を続けること数ヶ月、今度はまさしく激躁状態へ突入です。彼の特徴はまず飲酒行動に表れます。毎日の過度の飲酒。飲むと帰宅が遅くなり、外泊?(帰宅不能というのかな)、帰宅する時は大枚はたいて、タクシーで帰宅。そんな日々の中にも、一応いい訳があるうちはまだ、重症ではなく、いい訳もしなくなったら、時すでに遅しで、取り返しのつかない激躁状態でした。
それからの毎日は書くのもおぞましい、文字通りの地獄の日々・・・地獄の内容は、愚痴吐き掲示板で追々吐き出します。ここでは取り敢えず病歴の概略を。

そして二年近く、躁と鬱を繰返しながらも何とか社会復帰を果し、転勤も繰返し、危ない時期も乗り越えて、3年前まで本当に何とか無事に過ごしました。
ところが恐怖の再発です。今回も鬱から始まったサイクルです。鬱の時は体に症状が出ない限り、周囲は気づかないことが多いように思います。今回も元気が無いなとは思ってましたが、通院するほどではないだろうとタカを括っていました。そしてまた転勤です。すぐには変化はありませんでしたが、やはり飲酒行動に異常が・・・でも冷静に対処すれば何とか今回も乗り越えられるという自信が対応の遅れに繋がり、再び取り返しのつかない激躁街道に。

彼の場合はとにかく飲酒が拍車をかけ、症状にも一番表れと、わかりやすいパターンなのかも知れません。
このように躁鬱と飲酒は深い繋がりがある場合が多いのではないでしょうか。そんなことも話をしていきたいなと思っています。


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