◆まずは拒食症になった◆
高校の頃、私は不登校でした。
保健室登校で、いじめられたからではなく、周りの
人間が怖かったからです。
その頃から、心の不安を食事や食べ物で解消する
癖がついてしまったのかも。
食べる、食べない。そのことで、心の不安は消えたり
出てきたりしました。
高校時代は学食400円分しか、お金はもらえず、
過食するに「先に立つもの」がありませんでした。
なので、カロリーメイトやお菓子をどか食いする、
といっても程度がしれてました。
田舎だったので、不登校という事実から外を歩くのが
苦痛で、隠れるように生きてました。
堂々と歩くってことはできませんでした。
それから、関西の大学に行くことにしました。
というよりも、行くようになりました。
(自分ではもう人生どうでもいい、と投げやりだったので
真剣に大学を選びませんでした。
勉強しなくても、入れるようなところを選んだだけです。)
親から離れて、お金はもらえて、「大学時代はバイトも
せず勉強しなさい」という親の方針のもと、過食ばかり
していました。
もっとも、大学1年のときは、「拒食」でした。
慣れない生活、一人暮らし、友達。
それらすべてがストレスで、最初の頃は緊張のあまり
声が出ませんでした。かすれた声が出てくる感じで、
初対面の人としゃべる時は、足や手、全身が震えて
しびれて、うまく歩けませんでした。
拒食のため、毎日カロリー表示のある低カロリーの
お寿司しか食べなかったり、コーヒーなども絶対
砂糖抜き。野菜スープしか食べない。食べたら、
お風呂で3時間から9時間(寝てました)カロリー消費する。
そんな無茶なルールを決めてました。
体重は落ちますが、なんか幽霊というか表情は暗いし、
顔の脂肪は落ちなくてのっぺりしていて、どこか人生
うまくいってない感ただよう人になってました。
椅子に座っても、脂肪がないため骨が椅子にあたり、
痛くて痛くて授業どころじゃない。
病院に行くと、生理が止まっているので、何とかしないと
子供できませんよ!と怒鳴られる。そして泣く。
痩せて憧れてた洋服は着られても、表情は暗いし姿勢も
悪く、全然いけてない自分…。
どこか、変でした。毎日が食べ物に支配されて、おいしい
、食べたい、おなかすいた、という感覚がなくなってました。
拒食の後、極端な変化が起き、今度は過食がはじまります。
我ながら、ほんとに摂食障害のパターン通りだなと思います。
過食になったら、スーパーで一食5000円くらいで
買い物します。パンの袋2個とかコーラ、弁当3個、
ハーゲンダッツのアイス3個、フランクフルト2こ、
アメリカンドッグ2こ、クッキー3袋、お惣菜3パック…。
ほんとに栄養のバランスは偏り、量もはんぱじゃなく、
食べてました。
どうしても吐けない、吐く勇気がなかったので、下剤を乱用
になりました。
下剤乱用って、自分の思いつきだったので、「これ使える!
ナイスアイデア」と思ったのに、実はメジャーな方法だったん
ですね。浅はかでした。
吐けなかったのは、吐く途中で息詰まったら、一人暮らしで
誰も助けてくれない、という命の危険を感じたから。
どこか、変な考え方です。
長期的に見たら、あきらかに過食のほうが命に危険がありそう。
自然食とか、マクロビオテックやアトピーで苦しんで、
粗食などを調べていたのに、実際は過食ばかりしていました。
それも、ジャンクフード、危険だろうというものばかりを
好んで買っていました。
おなかがはちきれそうな程食べて、食べ終わった残りの
ケースや袋やゴミを見て、はっと我に戻ります。
何か霊に取り付かれているかのように過食が終わります。
そして、残りのゴミを見ていると、過食した自分=太る自分を
直視しないといけないので、ゴミは見えないところに持っていきます。
過食と過飲症のせいで、体重は増えたり減ったり、そして
よく言われるようにやせにくい太りやすい人間になってました。
以前は、全体的に脂肪がついていたのに、おなか周りに
ワッカができたみたいに、ぷよぷよです。
そして、明らかに運動しているのに落ちにくくなってます。
今までより長くつらい運動をしないと、同じ効果が出ないの
だから、余計ストレスがかかります。
そして、努力の途中で結果が出ないことにいらいらし、努力を
やめ過食します。
普通の食事なんてしてません。
過食か、何も食べない。あるいは、こんにゃく系のノンカロリーものを
お腹がはちきれるまで食べます。(詰め込みます)
まるで、私の体をゴミ箱扱いしてるみたいです。
そして、精神的にも私はゴミ同然の扱いでいいんだ、と
思ってる自分がいます。
お腹はちきれそうになってる醜い自分を、どこか満足げに見ている
自分もいます。
どうせ、私はそういうのが似合ってる。そのていどの人間だ。と。
妙に安心してるんです。
過食した後の私の顔はうつろです。死んだ魚のような目してる。
私をふった彼が見たら、惚れ直すどころか幻滅して、別れて正解だった、
と思うだろうな、と。
太ってる自分にも自信が持てません。
太ってる自分を、痩せてる自分の頃を知ってる友人に見せたくなくて、
今、友人と会ってません。
太ってる頃の友人だとまあ会えるんですが…。
気持ちとして、痩せた自分で会って「痩せたね」と言ってもらい
たいです。
その優越感が何よりも見返りだったりするのですから。
今まで、太ってる人を見ても何も感じなかったのに、
ダイエット、過食を通して自分の性格や人間性がゆがんでる
ことに気づくんです。
◆友人など◆
太った人を見て、ああなりたくはない。綺麗な女性として
認められたい。太ってる親友見ても、「ユニクロなんか着てるから
もてないし、結婚もできそうにない」とか、無意識に思ってます。
汚くて、最低な人間性の自分なんて、一生結婚しないほうが
周りにも迷惑かけないと思う…、最近は特に。
ダイエット、過食って、毎日のことだから、もう普通という
感覚になってるけど、長期で考えると「事故、病気」のように
私の人生を大きく変えるきっかけになってる。
事故、病気で人生変わるっていうけど、過食だって病気だし、
長引けば長引くほど、私の人生を歪ませてると思う。
女の人を見ても、あれは太ってる。うわ、最悪。あれでも
女?とか考えてる自分にびっくりです。
太ってる友人が私は結婚しない、とか言うのを聞いても、
「ほんとは結婚したいけど、できないんじゃないの?
ユニクロとかパンツばっかりでがさつで言葉遣いも
男っぽかったら、そりゃあ無理やろ」とかね。
友人の資格ないです。
私がこんなこと考えてるのは知らないだろうし。
でも、彼女見ててすごくいらつきます。
大声でがさつで女のこらしくなくて、ユニクロばっかりで、
おたくで。
あんたみたいなのと街歩くのもうんざりする、ってほんとは
言いたいです。少ない友達なくすのがいやだからいえないだけ。
うわ〜〜、最悪です。私。
こんな性格直さない限り、友人作る資格なさそうです。
◆家族のこと◆
母親にしても、「あなた豚ですか?」と思います。
ヤンキー座りして、鼻ほじりながらテレビみて、お菓子
食べてます。
ほんと、嫌気がさしました。母親、女性とは思えないです。
なぜ、祖母は二人とも凛として姿勢もよく家事をこなしてる
のに、母親のあんたは豚なの??って。
外で外食しても豚は豚です。
鼻ほじって、隠そうともせず。恥ずかしいです。
財布からレシートの紙があふれそうで、それを店員に
見られて明らかに言い訳してる。かっこわるいです。
普段からおおざっぱなんだから、下手に見栄っぱりだと
、見てるこっちが貧しい気持ちになります。
父親は無関心でした。
いるのかいないのか、私の世界では存在しません。
お金くれるだけの人。まあ、お金くれるのはありがたい。
もっと稼いでね。
ただ、携帯ショップに私を訪ねて来たとき、雨に濡れて
汚い格好でホームレスかと思いました。はずかしいので
父親とは認めたくないです。
ねずみ男の父に、豚の母。私は何だろう。豚かな
だから、豚は豚らしく。
私は醜くでっぱったお腹のまま、風呂に入り、うつろな
目のまま目を覚まします。
たまに泣きたくなります。お金はあるし、不自由はない
生活、五体満足。でも、生きてる実感が全然ない。
あるのは、家族への恨み、蔑み。自分への殺意だけ。
消えてしまいたい。
◆世界との薄い膜◆
最近、外と中を区別できない。
家の中では鬱っぽくても、外出したらそれなりに
背筋が伸びたのに。
今は、うつろな目のまま外を歩いていて、万引き調査員にも
目をつけられる始末。
なんだか、不慮の事故でも地震でも火災でもいいから、
起こって殺して欲しいとさえ思う。
自殺する勇気はないのだ。一度手首切ろうとしたけど、
血が少しでるだけでやめてしまった。
意気地なし。
その意気地なしな自分にも幻滅し、自信を失った。
一度決めたら、最後までやれよ!って思う。
◆自分を殴る◆
あまりに太り、醜くなった自分って、自分が飼ってる
家畜に見えます。豚。
だから、自分で自分をぶったりします。
こぶしで思いっきりお腹や背中、足を殴って、髪を
抜いて、睫毛、眉毛も抜いて、力いっぱい足を
圧迫します。
自分の頭殴るのが一番すっきりする。
でも、脳細胞死んじゃうのが心配で、あまりしません。
その心配の仕方もどっか変。心配なら、殴ること
自体やめないと。
それ以外に、いらいらや自分への殺意が止められなくなると、
親の持ち物を壊したりしたくなります。
でも、もともといい子だった私には、そんなこと、できません(笑)
恐るべし、三つ子のいい子ぶる魂100まで!
親のCDジャケットをだまって破り捨てます。
あとは、冷蔵庫の伝言版にさよならって書いたり。
部屋でおしっこをして、それをゴミ袋に入れてまま、部屋に
置いていたり。
トイレに行くまでにどうしても親に会うという、間取りなので、
親に会いたくないため、部屋で用を足します。
でも、次の朝には臭い。でも、それでも、親には会いたくないし。
挨拶だって、一言も交わしたくありません。
はっきりいって、憎いんですね。多分気づいてるとは思うけど。
◆憎い理由◆
いろいろありすぎます。25歳になるまで、いろいろ家族との
確執はありました。それを一つ一つ覚えていたら、さらにおかしく
なってただろうな。
母親とは、どこか線を置いてます。あっちがね、母親のほうが。
私は昔から悩みを打ち明けようとしたのに、信じて。
それが何度も裏切られる経験を着実に積んできました。
経験ゆえに、もう信頼するのはやめました。そのほうが賢いから。
「忙しいから」の一言で、私の悩みを一蹴するのはどうなんでしょう、
お母様。もう、小学校の教師やってる資格ないよ。あんた。
自分の子供さえろくに育てられないんだから、人様のこと
とやかくいえない。
教師の子供がなぜ、非行に走るのか、すごく分かるんだけど(笑)
将来、教師の子供の相談には親身に乗って上げれると思うよ。
一度、聞いてくれても「理解できない」「考えすぎ」
「それが悪いくせ」「また同じこと言って」
そんなセリフばかり母はいいます。
それが、私の小学生の頃からずっと。あの〜、学校では
いい教師ぶってるんだろうけど、家では豚なみに家事も
できない不潔好きな人間なんだよ。
私も学校ではいい子ぶってるけど。
大人の矛盾っていうのがいまだに許せない自分は、子供の
いやなところだけ残ってる嫌な大人だと思う。
母に対して、期待が大きい分、勝手に失望して恨んでるだけなんですけ
どね、結局(笑)
でも、私が子供を産んだら、話は十分に聞いて理解してあげたい。
私と同じような子供を縮小再生産、な〜んてことはいやだから。
不幸な子供は作りたくないし。
にしても、毛を抜いて抜毛症になったときも、あきらかに太った
ときも、母は何もいいません。
沈黙がいい母親の証だとでも思ってるんでしょうか。
気づいてるのか、忙しくて気づいてないのか。
忙しいからと子育てに手を抜くならば、仕事辞めるか、子供産まないか
どっちかにしろ、と言ってやりたいです。
だから、私は本当に子供を不幸にするくらいなら、結婚はできないし
子供も自信もって産めません。
不幸にしてしまいそうなら、産まないほうが子供のため。
神経質で壊れ気味な私の血を引いているなら、特に怖い。
何か大きな殺傷事件など起こしそうで。自分が鬱病的で、
自分や人に対して殺意を抱いたことあるので、余計怖いです。
◆父◆
彼は何も家族に口出ししません。
前は、食事中にかんしゃく起こしてたけど。
自分のミスでコップ落としたり、ビール落としたくらいで
いらいらして、子供に八つ当たりするなんて、あなた、最低ですよ。
お父さん。
そのシーン見るたびに、男って最低。というメッセージを
受け取って参りました。
自分の実家で、父としての威厳を保とうと必至に偉そうに
振舞うのも道化ですね。ビデオに取って、見せてあげたいくらい。
人間臭くて、その人間臭さが私一番大嫌いなんです。
同じ家にいると思うだけで、あなたの存在感を感じるだけで
吐き気がしたのは事実です。
なので、今家を出れて嬉しいです(^^)
多分、父親が亡くなると泣くと思います。いろんな思い出が
あるから。ぬいぐるみや、ペンケース、など、ごくたまに
買ってくれたものは私の宝物です。
愛憎っていうんでしょうか。多分、とてもあなたの死を惜しむし、
しばらく絶対に立ち直れない。でも、そういうの分かってるから、
ずっと生きてて欲しい。悲しんでる自分がむかつくんです。
父親の死で悲しむのは確実だけど、憎い父のために
泣いてる自分を想像するだけで嫌気がさします。
だから、実は「浮気してた」とか「本当の親子じゃない」とか
っていう展開になれば、憎しみも薄れるんですが。
でも、無理だよね。見栄っ張りで、知ったかぶりで、真面目で
かんしゃくもちで、小心者で、臆病者の父親には、浮気なんて
できっこなさそうです。
そして、そういう父親に似ている私自身を壊してやりたくなるんですよ。
自分を殴ったり、髪抜いたり、食べ物詰め込んでやったり。
でも、机などをカッターで傷つける行為はやめます。机がもったいない。
本人にカッターで傷つけることは、理性や羞恥心がストップかけるから
できない。
◆弟◆
私に弟がいる。たまにアルバム見てると、弟はまだ生きてるのに、
「あれ、私、弟いたんだったよね、名前は…」
って感じ。
それほど、存在感ない。
なんか、現実の私の家族と私が繋がらない。
つなげたくないのかも。
なんか、弟と会ってても、他人という感じがする。
愛憎もないかわり、家族という感覚もない。
どこか空気や物語の中の人みたい。
だから、「お姉ちゃん」って呼ばれると、あれ?って
思う。私、この子のお姉ちゃんだったんだよね。って
自分で確認しないと、たまに分からなくなる。
私は自分の家でのことを忘れたいし、認めたくないから、
同時に家で一緒にすごした弟のことも、頭から外したい
のかも。
テレビに対して批判的だったり、すぐ知識をひけらかす
ところ、上から蔑むような見方。そんなところ、
私にそっくりでとても笑えます、わが弟よ。
◆愚痴 長文◆
食事に対して、普通の感覚がなくなり始めたのは、「中学生」の頃からです。
受験時代の中学3年の時、部屋で受験勉強しながら、
ショートケーキを3,4個我を失ったように口に詰め込んだりしてました。
3,4個なんて、甘い甘い、今の私はもっと
大量だよ〜って思ったりします(笑)
一食がスーパーの買い物かご一杯で、5千円くらい使っていた時期もありました。
きっかけは、少量の過食でもエスカレートする
と、だるま式に増えていくものです。
話を戻して、中学生の頃のケーキ過食で、味なんて感じてなかったし、味を感じる=食べていることを現実のワタシとして
実感してしまう、
という図式になるので、食べている自分は「はやく食べ終わりたい。
そして、食べ終わって我に戻ったら、また、はやく食べ終わりたい」と、食べる。
我にかえる。食べる。我にかえる。
の繰り返しでした。
ただ、我を失って食べてる時も、現実としてカロリーのある食べ物が体に入るので
、結果として当然太ります。我に返ったとき、食べたこと=太ること(ただでさえ太るのにこれ以上太ること)
を感じ、不安になります。そして、その不安を紛らわせすためにまた
食べる。意味がないどころか、悪循環です。
それが頭で分かってても、やめられない。
お金がなくなっていくのに、やめられない。
お金がなくても、安い小麦粉でてきとうにパンケーキのようなものを作り、どか食いする。まずいし、
食べたくもないモノなのに、過食に味は関係ないので、
とにかく食べるわけです。
受験時代以前の、中学2年のとき、体育系の部活で
人間関係がつらくなり、チョコレートをドカ食いした
こともありました。
つらい=逃げたい=過食という便利で手軽な図式(アプリ)が一度頭にインストールされ、
以後もデフォルトで実行されてるのかもしれないです。
なんか、パブロフの犬みたい…。犬みたいだけど、
犬以下じゃないのが救いなのかな。
今まで、食べてきた量(生命維持に必要なもの以外)を考えると正直怖いです。
時間と食料、お金、手間など、いろんな労力を
過食に費やしてきました。
同じ、時間、お金なら、ボランティアや募金など
建設的な方向に使えたはずなのに。
私は、自分を追い詰めいじめるために、過食にある意味夢中でした。それしか、打ち込める
ものがなかったとも思えます。
過食したものって、スーパーで手に入るほとんどの
食材かもしれない。
最初は、カロリーの低そうなものをどか食いしたほうが、太らない。という理由で、繊維質豊富で栄養価の
高いものを過食してました。
でも、そのうち、ジャンクフードやスナック菓子に
手が伸びて、おいしく感じてしまいます。
禁じれば禁じるほど、自分を無理に管理すればするほど、反動は大きいです。
これは体にいいし、カロリーも低いし、いいこと
づくめなんだ。だから、今夜はこれを食べよう。
と、頭に言い聞かせても、体は満足しません。
何が食べたいのかもわからず、一日考えるのは
食べ物のカロリーや調理法、レシピとか。
レシピを集めては,実際に調理するわけでもなく。
ただのダイエット研究に必死になってました。
そこで、栄養学や専門家への道を志すなら、まだ
建設的ですが、自分の損にしかならない道に進んじゃ
いました。
昔のパルスウィートのCMで、「夜寝る前に食べると太る。!!。寝なきゃいいんじゃん。」という
ものがありました。
私もCM見て、「私も同じことやってるわ」と苦笑しました。
寝なければ、太りにくい。なので、寝るのがとても
怖かったのです。
食べた後、醜くでっぱったお腹から目をそむけつつ、
お風呂で「カロリー消費」とばかり、3,4時間
汗を流しつづけました。果ては、ずっとお風呂でいたほうがいいんだからと、眠っていたこともあります。
どこか、壊れてました。
食べる、食べない。太る、やせる。そんな漢字ドリルの対義語みたいに、極端な語彙しか私の頭に残って
なかったのです。
中学のころ、それなりに成績の良かった私は、内申を
悪くしたくなくて、部活も人間関係がつらかったけど
最後まで続け、周りに誇れるものも勉強しかなかったため、頑張りました。
親は教師とJR。堅くて真面目で、正論ばかり言う人たちです。
いい子を演じるという自覚はなかったけど、いい子として周りが自分を扱うので、いい子を無自覚で演じていたんだと思います。
父親は、基本的に家のこと子供のことに無関心でした。
母親は、教師ということもあり、学校の生徒のほうが
大事そうで、生徒の教育やイベント、育て方に熱心でした。
(心の中で、私はいつも自分の子供に無関心な人が、
他人の子供の育て方をどうこうするのはおかしいと
感じてました。それは、今でも母親に対して恨みっぽく感じる理由の一つです。)
中学3年の頃、部屋に閉じこもり、勉強を深夜遅くまで続けてました。勉強自体は楽しかったのですが、
過食は止まらず、勉強のあいまにケーキやチョコレートなどを普通の量以上食べてました。
スーパーの袋をベッドの下に隠したり。
体重は増え、明らかに目に見える形として
太ってきたのですが、親は気づいてないみたいでした。仕事で忙しいのでしょう。
ただ、私は昔から「仕事で忙しいから」「忙しいから」とばかの一つ覚えみたいに言い訳する親が好きでは
ありませんでした。
過食の悩みに関して、父親へは何も期待すらしてませんでした。
ただ、教師である母親には期待してた節があります。
自分の生徒の家庭問題にとりくむ努力が
あるなら、
まず自分の家庭の問題が優先問題っしょ。
って思いました。
確かに教師の仕事はたくさんあります。
でも、土日も仕事仕事。平日の夜も仕事仕事。
口を開けば忙しい忙しい。あんた「モモ」の
時間泥棒に時間取られたわけじゃないんだから、
と私はそんな母に常に否定的でした。
(でも、態度には出しません。だっていい子だから、
表面は。)
でも、母は私の太った様子にも気づかず、髪を
切っても気づかず、私のこまかな変化には
気づきません。さては、自分の観察力やエネルギーを
学校で使い果たしてるな〜〜と邪推し、教師の
子供が非行に走るという話もありうると、ひしひし
感じました。
中学の頃から、自分の髪を抜く「抜毛症」という
症状が始まりました。
コトバのごとく、自分の髪を自分で抜くわけです。
脱毛とは違いますよ。
脱毛でお悩みのおじさまたちから見たら、理解
不能な病気なんでしょうね。
いらいらしたり、不安になると、髪の毛、眉毛、
まつ毛を抜きます。
机の上には、毛が重なって、黒い髪の束が
できます。そして、毛は生えてきません。
少しは生えてきますが。
私の経験から言うと、子供の頃の抜毛した毛は
生えてくるけど、20歳を超えて抜いた毛は
生えにくいと思います。
あと、眉毛はほとんど生えてきません。なぜなら、
一度生えてきた毛も抜いてしまうので。
睫毛も毛根は普通の毛根より繊細なので、生えにくいと聞いています。
中学のころ、自分の「自分をいじめる、とことん
痛めつける行動」の理由がわからずとまどいました。
人をいじめるなら、まだいじめが存在するから
分かるものの、なぜ自分から進んで自分を痛めつけるのか??
自分が痛めつけられ、傷ついているのを心の
どこかで喜んでいる自分がいるから??
考えたけど、そうか!納得した!という明瞭な
答えは発見できてません。
いつか、ずっと悩んでたパズルが一気に解けるように、「納得いく答え」がわかると思ってたけど、
25歳の今もよく分かってません。
そして、毛を抜いたことが明らかに分かるというのに、母親は気づきません。
よほど子供に関心がないのか、いい子ぶりに満足してるのか…。
ただ、手がかからない子だった、と母は言ってました。う〜〜〜ん、分かってないな〜〜(笑)
と半分苦笑です。手がかからない、じゃなくて、
かからないように見せかけてた。ってことが
分かってなかったみたいです。
そんなんで、子供たちの相談にのれるのか不安になりました。
母に相談したのは、大学生になってからです。
小中高と私はほとんど相談はしてません。
言っても無駄だとあきらめモードだったのもあります。
一人の子供として、どこか親に対する不信感は
ぬぐいきれてませんでした。
相談っぽく話しを持ちかけても、「忙しい」
と後回し。後回しとは名ばかりで、ただの無視です。
一度、時間を割いて聞いてくれたけど、教師やNHKの
テレビで言ってそうな一般的な正論ばかり。
そんなもん、どこぞの本を開いたらのってるよ。
と内心毒づきました。
本を読んだら手に入る言葉が欲しいんじゃないのに。
一般的な模範教師の言葉や意見が聞きたいんじゃないのに。相談電話室みたいなところで聞ける言葉が
聞きたいんじゃないのに。
と、聞くだけ悲しさが増えるばかりでした。
私がその時に思ったことは、母は分かったふりを
しながら聞いてくれるけど、本当は全然分かってない。自分に都合のいい部分をただ分かったふりして
聞いている。」ということです。
私の母に対する期待感が大きすぎた分、失望も
大きく、私の心には響きました。
仕事に対する考えも両親を見ながら、出来上がって
きたと思います。
忙しい、忙しい、と家庭を後回しにする仕事って、
ただ面倒な家庭から逃げる手段として力を注いでるのでは??特に、父は家庭から逃げてるとしか思えません。
父が逃げるなら、私も逃げます。
逃げる程度の価値しかない家庭なら、
私だって
大切にしたいとは思えません。
だって、子供は
親の背中を見て育つのだもの。
毛を抜いたり、過食したり、と精神的にはどこか
おかしかったです。
ただ、勉強をする義務があったのが救いでした。
もし、勉強をするべき、という学年じゃなかったら、
その分、過食に時間を割いていたからです。
食べた分、制服はきつくなります。
私のサイズは大きくなり、制服のサイズは変わりません。
中学生まで、食べ物ってジャンルに私は無関心でした。
出されたら食べる。という感じです。
それが理由で、太ってはいませんでした。
食べるということにこだわりもありませんでした。
それが、中学生になり、「食べ物」というジャンルに
敏感に反応するようになりました。
お腹がすいたから食べる、というそれまでの食べ方は
完全に消えてしまいました。
そのかわり、「精神安定剤としての定期的な食料摂取」という過食に切り替わりました。
食べ物に執着のなかった私が、はじめて食べ物の
魔力に気づいたのは「チョコレート1枚を一気に食べたこと」がきっかけです。
疲れたときに、チョコレートをそれまでは少量食べる
だけだったのに、その日はじめて一気に流し込むように食べました。
甘くて、お腹も満たされて、心もみたされた…。
というように、錯覚していたんだと思います。
お腹が満たされても、心は満たされない。
それが中学生の私には区別できなかったのかも。
そのオイシイ味をしめて、もう一度あの感覚を
味わいたい、とまるで麻薬中毒のようにチョコレートや過食はエスカレートします。
一定ラインを保つことはできず、常に過食レベルは
上がっていきます。同じ過食量で満足できれば
いいのに、なぜもっとたくさん、もっとたくさん、と
過食してしまうのか不思議でした。
でも胃袋には限界があるみたいで、もうこれ以上
無理、と感じることがありました。
もうあと一口二口食べたら、動けなくなる。
立ち上がれなくなる。という限界まで食べていました。
私は嘔吐は一切しない(できない)過食だったので、
息が苦しくなるまで食べてました。
呼吸が苦しく、椅子に座っているのもつらく、背もたれに背中を預けないと、息がしにくい。
そこまで、食べてる自分がばかで愚かで、みじめでした。
過食に慣れた(人間は慣れる生き物です、良くも悪くも)ころ、過食前にゆるいパンツに履き替えたり、
いろいろ工夫してました。これも馬鹿みたいです。
履歴書に自信を持って、「趣味:過食」と書けるくらいののめりこみ具合でした。
ここで、なぜ過食に走るのか、自然に湧き上がる疑問として私なりに分析してました。
過食に走るのは、いらいら、不安な気持ち、責められたり叱られたり自尊心が傷ついたとき、です。
★でも、ピアノで新曲を練習してて、「弾けない!
なんで弾けないの〜〜、この私の手は〜〜!」
とイライラする時、もしくは、「受験受かってるのかな〜?」「明日のテスト結果どうなんだろう?」
「どうしたら、仕事を効率よくできるのかな?」と
不安ゆえに考える時は、別に過食には走りません。★
☆一方、仕事や学校で、人から怒られたり、誤解されたり、
「あれ?何か悪いこといったかな?」と人の反応が気になるとき、
あるいは、親の子供に対する卑屈
な態度にイライラする時、
などは、過食に走ります。
同じイライラ、不安な気持ちにも、いろんなカテゴリー分けが可能なのかもしれません。
イライラ、不安と一言で言っても、上の例のように
(私個人の例ですが)イライラ不安な気持ち→過食行動、
と自動化されてるわけじゃなさそうです。☆
自分の例で考えてみると、★〜★の部分で言うところの「不安、いらいら」は、前向きな気持ちから出る
不安です。
ピアノの曲がうまく弾きたいのに、今練習してる
私は弾けない!(うまくなりたいのに〜〜〜)
受験受かってるかな?受かってて欲しい。もし
受かってないなら勉強が足りなかったのだ。
悪い結果なら、もっと勉強しよう!
テスト結果どうなんだろう。完璧に解いたはずだけど、実はケアレスミスあったらいやだな〜。いい結果を
期待しよう。
仕事どうして私は効率悪いんだろう。詰め込み型で
覚えるからかな?(もっと効率よくしゃきしゃき
仕事こなしたいのに〜〜〜)
一方、☆〜☆の部分での「いらいら、不安」は、
前向きではなく、解決策も意思も自分の
中で温められていないケースです。
結局、受身で相手次第。自分がこうしたい、こうしよう、という自分の確固たる意志がないんです。
人から怒られた→ショック。怒られちゃった。
なんでだろう。怒られるのはいやだな〜(反省してない、注意してくれた内容は聞いてなくて、怒られた
事に対して気落ちしているだけ。行動を改める気も
ないのに、また怒られるのでは、と不安で落ち着かない。反省してないのだから、また怒られるのは必至)
人から誤解された→ショック。なんで誤解されるんだろう。でも、いい子ぶる性格は直ってないから、何も
言えない。誤解は続く。解決にならない。結局、周りや相手次第の問題になってくる)
何か悪いこと言ったかな〜?と不安になる→相手の
気持ちがわからないので、自分ではどうしようもない。ただ、相手と仲良くなりたい、とか誠意を持って
つきあいたい、という意思がないので、相手の出方を
まつことになる。考えても答えは出ない。)
まとめると、
自分の意志がはっきり貫かれてる上での、不安は
過食には結びつかないようです。私の場合。
また、自分の意志が特になく、相手の私に対する態度で不安になったりイライラする時は、過食に直結してます。
まとめてみると、結構分かりやすい性格なんだな〜、と自分で思いました。
すべてがこの図式が成り立つとは限らないけど、
傾向は把握できるかもしれません。
自分のやりたいこと、はっきり目標があること、
に関しては、他人の言動、ストレスも、あまり
問題とは感じません。これは、経験のある方も
多いのでは。
このケースは、自分との比較、競争など、
あくまで自分の中の問題だったりします。
そして、逆に自分の意志がはっきりしない。
相手次第。という問題では、相手の態度の変化が
かなり重要な問題として感じるのでは?
このケースは、自分と他人の比較、競争で
ありがちだと思います。
中学生の頃は、ただ頭がすっきりする、一時的に
満足感を得られる、という実感をもとに、過食を
繰り返してました。
その後、高校になると、周りがおしゃれや化粧
に気を使いはじめ、私はそんな周囲に気後れして
しまうことになります。
そして、外見、見た目、などの理由でダイエット、
拒食、過食、と摂食障害はエスカレートしていきます。
中学生の頃の過食と、高校生のそれとは、あきらかに
理由や意義も違ってきてます。
「おなかいっぱい食べたら、すっきりした〜〜ふ〜〜」というなんだか純粋で野蛮人な中学生のころ。
「周りみたいに痩せてきれいになりたい。おしゃれも
したい。もっとやせたい。やせれば、私でもかわいく
見えるかも」と少し打算が含まれ、女性として自分を
意識するがゆえに過食してた高校生のころ。
どっちみち、摂食障害には変わりはないけど、
自分を過食に走らせる理由は明らかに変化していたと
感じます。
中学生のころ、受験勉強片手に食べてた食事。
かなりの量だったが、勉強している頭の中で
ブドウ糖として使われたのかな?
けっこう、脳ってエネルギー消費するみたいだし。
高校以降の過食は、別ページで書いていきたいと
思います。
なんだか、親への不満や、屁理屈ばっかりな文章
になってしまいましたが。
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