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白隠禅師の健康法
「内観の秘法」
まず、床の上に天上を向いて、静かに横たわります。枕の高さや軟らかさは、各自で自分が気持ちのよいと感ずるものを用います。目はかるく閉じ、両手両足を適当に開き、その力を抜きます。口も少し開き、肛門や生殖器の筋肉もゆるめ、内臓の力もゆったりとして、
肉体のどこにも力が凝らぬように、布団に、すべてを打ちまかせ、死せる肉塊のごとく、ぐったりともたれてしまうのです。そうして次に、両手脚を長くのばし強くふみそろえて力を腰から下に入れて、しずかにかるく呼吸をし、多少気がおちつきはじめたら、こんどはやや深くゆっくりと息をし、息を吸い込んでしまってから、かすかに息を止めます。
止めてから静かに吐き出すのであります。吐き出す要領は、吸い込んでかすかに止めた息を下腹の方へ落として入れるような感じで、細くゆっくりと吐き出すようにするのです。
そうすると、下腹に力が満たされた感じをうけます。この下腹(気海丹田)に保たれた力をそのままに軽くたもつようにして、再び鼻孔から空気を静かに吸い、気海丹田にしだいに力を満たしてゆきますと、下腹はふくれた感じになってまいります。このように下腹部に力を少しずつ満たして、下半身に元気を充たしてから、静かに上記の腹式呼吸を続けるのであります。初心者は一度に上手にはゆきませんが、無理をさけて、次第に、稽古をしているうちにその要領をおぼえます。
こういう下半身に力をかけて下腹部に力を入れて練る呼吸法を行いながら、抱いている心の思いをすべて投げ放ち、次の内観の四句を心静かに観じて、心の働きをその句の意味に集中し、精神を統一して深く心に内観してゆきます。
一,わがこの気海丹田腰脚足心 、まさに是れわが本来の面目、面目なんの鼻孔かある。
二,わがこの気海丹田、まさに是れわが本分の家郷、家郷なんの消息かある。
三,わがこの気海丹田、まさに是れわが唯心の浄土、浄土なんの荘厳かある。
四,わがこの気海丹田、まさに是れわが己身の弥陀、弥陀なんの法をか説く。
すべてを忘れて下半身に元気も充たし、静かに前記の丹田式呼吸をしながら、この内観の句に思いを凝らし、三、四十分間も心静かに観じてゆきますと、手足は温かくなり、何とも言えぬこころよい気分にひたれます。そしてよい気持ちになったまま、ぐっすり眠りに入るのであります。世の中の雑事と雑念を打ち捨てて、ふとんの中で、この「内観の秘法」をゆったりと楽しみながら修するのが、効果の多い療法になりましょう。
この「内観の秘法」を分析してみると、
(一)肉体的安静法
(二)元気を下腹部に充たす法
(三)精神的安静法
(四)調身調息調心による完全呼吸法
(五)熟睡法
の五つになる。
「解説」
一,わがこの気海丹田腰脚足心、まさにこれわが、本来の面目、面目なんの鼻孔かある。
(我とはなんぞや、真の自己とはこれ何ものぞ、わが本来の面目(自分の本当の姿)とは何ぞ。いかなる鼻や顔形、姿なのか。我此の気海丹田腰脚足心まさにこれわが本来の面目。面目なんの、鼻孔あるか。)
二,わがこの気海丹田、まさにこれわが本分の家郷、家郷なんの消息かある。
(わが真の棲家はいずこぞ、わが本当の棲むべきふるさとの消息やいかん、我が此の気海丹田腰脚足心まさにこれわが本分の家郷。家郷なんの消息かある。)
三,わがこの気海丹田、まさにこれわが唯心の浄土、浄土なんの荘厳かある。
(唯心の浄土とは何ぞ、目に見える荘厳なるものであろうか。浄土なんの荘厳かある。我此の気海丹田腰脚足心まさにこれわが唯心の浄土。浄土なんの荘厳かある。)
四,わがこの気海丹田、まさにこれわが己身の弥陀、弥陀なんの法をか説く。
(己身の弥陀とは何ぞ、なんの法を説くのか。我此の気海丹田腰脚足心まさにこれわが己身の弥陀。弥陀なんの法をか説く。)
世の中にある多くの健康法の真髄がここに集約されていると思われます。
満ち足りた世の中で、不足すれば補えばよいと言う考え方は、近い将来、通用しなくな ります。補いたくとも補うものがなくなります。
不足した中でも健康に暮らせる方法は、いくらでもあります。
むしろ満ち足りてしまった身体より良好な健康状態を保てるのかも知れません。
いまこそ身体の危機管理のひとつの方法としてこの「内観の秘法」をおすすめします。
浩気堂薬局
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