子宮筋腫発覚 〜手術にいたるまで〜


2001年11月

産まれて始めての人間ドック・・健康診断さえ10年以上受けた事ない私・・オプションの婦人科検診で 先生「住所どこ?」私「・・です」先生「日赤が近いかな? かなり大きい筋腫があるな〜りんご位の・・ 紹介状書くから行ってみて・・取ることになるかな〜」 私的にはガーンやっぱり・・ 頭の中は筋腫の 二文字で一杯で家路へ・・家族には何も言わず即効インターネットで調べる・・ 一週間近くはドーンと 暗い気持ちだったかな〜どんな筋腫かも分からなかったし、子宮を無くすかも・・っていうのが頭からは なれなかったし、子供が欲しいかは?なのにいざ産めなくなるかと思うと悲しかった・・紹介状が届くまで いろいろなHPをさまよって学習しました。


2001年12月

紹介状を手に違う病院へ(違う病院にした理由は、以前家から近いその病院で目の脂肪の固まりを摘出手術した時の医師の態度がイヤだったのと、メチャクチャ混むのと、駐車場が有料なのと、看護婦も優しくなかったので)・・やはり筋腫は確認されました。4〜5cmとそれに最低3個あると・・、後日CTスキャンの撮影に・・このころはかなり筋腫の知識も豊富になっていたのでMRIで撮影するのだろうと思っていたところ、T先生何やら書類を出して書き込みしながら「狭い所で大きな音がするけど大丈夫?」ジェットコースターが大好きな私がダメな訳が・・と思いながら「大丈夫です」「入れ墨は?」「入れてます」「えっ・・・」T先生フリーズしてました。MRIの担当の人にTelで確認してましたがダメでした。楽しみにしてたMRIは受けられないらしいですこの先も・・ この日子宮の細胞を採って(痛かった〜)の子宮癌の検診らしきもやったんですが、出血が3日も続いたので 心配になって家からすぐの産婦人科にいって子宮筋腫があってSS病院で検査して・・と一通り説明して内診 して、エコーまでされて・・ここの先生には8〜9cmはあるよ!!とまで言われました・・・


2002年1月

CTスキャンでの結果を聞きに病院にいきました。この段階で私の中では手術する方向で考えてました。年越して仕事が暇なこと、年令を考えても若い時の方が体力もある、ほっといても無くならないし、トイレも近かったのは筋腫のせいだったのだろうし、生理の量も多くなってたので・・何より頭から筋腫が無くならない からかな〜それに、仰向けに寝るとお臍のしたに丸い物(筋腫ですね〜多分)が分かったので、つい寝る時など 摩ったりなんかして・・・ で、先生には筋腫を取る方向なのを言ったら少し驚かれた様子でした・・なんででしょう? 今すぐだと筋腫だけ取ると大量出血するので、生理をとめて筋腫への栄養を断ってから・・と言う事で次の生理の時にリュープリンというべらぼうな金額のお注射をしました。


2002年2月
2回目のリュープリン・・・お注射の前に採血。前回の看護婦さんと違う・・血液検査の結果でOKだったようでした。この段階では副作用(疑似閉経での)は何も感じませんでした。T先生に「血が濃いね〜」と言われた。」良い事なのか悪い事なのか・・・
今回の注射は少し痛かったんですが、2〜3日たっても痛いわ腫れてあお痣にはなるわ・・・ってな感じでした・・そしていよいよ副作用! いきなりパーっと熱くなってくるんです。首の後ろと額に汗が滲む程に・・ 夜寝てても熱くて起きちゃうし、電車で座ってていきなりカーッと熱くなってまるでオヤジってな感じでした。冷え性がなくなったかな〜あんなに寒がりだったのが一転しちゃって暑がりになりました。それ以外は とくに気になることはなかったです。

2002年3月
いよいよ手術1ヵ月前・・
部長診察をうけたり、自己血輸血用の採血を受けたり、入院説明を受けたりと忙しかったです。相変わらず オヤジ状態でカーッと熱くなる症状は毎日のようにありましたが、それ以外は特に気になりませんでした。 T先生が輸血用採血の説明で「献血はしたことある?」「はい」「献血との違いはジュースとかお菓子とかは でないから・・」おやじキラーの私はここは笑うところらしい!! とすぐ判断をくだし「プッはい」とニコニコ おやじギャグにおつき合いしました。
2回目の輸血用採血と3回目リュープリン注射と同じ日で検査の採血でまたT先生に「血が濃いね〜」と言われた・・・注射は看護婦がやるのに何故か輸血用採血はT先生がみずからやっていた。この日は血液検査の結果リュープリンはやらないことになった。良かった!だって高いんだも〜ん。


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