三浦綾子さんと私


■三浦綾子さんとの出会い

初めて三浦綾子さんの本を手にしたのは2年前の22歳の冬、お友達に三浦綾子さんの存在を教えてもらい(恥かしながら知らなかった^^;)「氷点」を読みました。長野の寒い冬の季節に読んでいたので、北海道の見本林の情況が目に浮かびました。小説でここまで号泣したことがない!っていうくらい声を上げて泣いてしまいました。今まで読んだことのない本で、読み終わってから仕事中もずっと頭から離れませんでした。実は教えてくれたお友達はまだ三浦文学を読んだことがないのです。是非読んでほしいです。
次に読んだのは「愛すること生きること」でした。この本では綾子さんがクリスチャンだということを知りました。自伝でもあるこの本は、綾子さんの率直な考え方が書かれてあり物事をはっきり言うさっぱりした方なんだなぁ〜という印象を持ちました。
その後、会社の先輩のお家で旧約聖書入門を見つけ、そのままお借りして初めてクリスマスに教会に行きました。残念ながら転勤で長野を離れ、それっきりになってしまったのですが5年ぶりに戻ってきた実家で「塩狩峠」を読み、本当に教会へ通おう!と決心しました。この1冊が私を教会へと導いて下さいました。そして塩狩峠は、出来るだけたくさんの人に読んでもらいたくて、お友達にプレゼントしています。(綾子さん、光世さんでいえば、「ちいろば」(榎本保郎著)ですね)
それからは日曜日は教会へ行き、時間があれば綾子さんの本を読むという生活です。先日、綾子さんが病床に倒れる前に初めてお手紙を出しました。いつか出そうと思っていたのですが、ふと今出しておかねば!という気持ちになりました。それから幾日かして綾子さんが危篤状態に陥りただ神にお祈りする日々が続いたある日光世さん代筆のお便りが届き信じられない気持ちでした。そのような大変な最中にも、お便りを出して下さる光世さんは、綾子さんの言った通りのお方なんだと改めて想いました。感謝・感謝です。
私が生まれる前の本を今こうして違和感なく読めることに感謝いたします。時代に関係なく語りかける何かがあるのでしょうね。幸いなことにまだ読んでいない本がたくさんあるのでこれから少しづつ読んで行きたいと思います。このホームページを見て一人でも多くの人が三浦文学に触れることが出来ますように願っています。

■神のもとへ帰られた三浦綾子さん (享年77歳)

1999年10月12日午後5時39分三浦綾子さんが昇天なさいました。 9月5日朝から意識不明の重体が続いており、それから1ヶ月、光世さん、その他大勢の方の介護の中綾子さんは神のもとへ帰られました。この77年の生涯を通して、私たちにいろいろことを教えて下さいました。綾子さんによってキリスト者へと導かれた人は数え切れません。生涯の半分以上、病気に悩まされ、それでも”神様から幸福をいただいたのだから不幸もいただこうではないか”と神に忠実に従い、神に土の器として用いられました。なかなかこのような言葉通りに生きるのはたやすいことではありません。
私も綾子さんのようになれたらと日々思います。
塩狩峠にも書いてある有名な聖書の言葉です。

一粒の麦は地に落ちて死ななければ
    一粒のままである。
      だが死ねば多くの実を結ぶ
                 ヨハネ12.24

綾子さんはもうこの世には存在しませんが、死んでもなお私たちにたくさんのことを教えてくれそしてこれから綾子さんの本に出会い心を動かされる人がたくさんいるでしょう。

どうか光世さんの上に神様の慰めがありますように!

■三浦綾子さんの本の紹介

私が過去に読んだ綾子さんの本の感想のページです。
(随時追加して行く予定です)
三浦綾子さんの本の紹介

■三浦綾子さん関連LINK