☆ メールマガジンに掲載しています ☆
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この物語は、作者の経験に基づき、書いたものです。 幼少の頃よりの思い出や経験を綴っています。 過去に辛いことがあり、未だに、その事を引きずって、 生きていることに気づき、ここに体験談として 語らせていただいてます。 |
| どうぞ!ゆっくりご覧ください! |
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| メールマガジン 第1〜10回掲載分 | ||
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| 第11〜20回掲載 | 第21〜30回掲載 | 第31〜 |
第1回掲載
ご飯を食べている時の記憶だ。四角い机に4人で囲うように座り、楽しい はずの食事が何故か泣いている時の記憶・・・父親と母親が何やら言い合っ ている。口喧嘩をしている記憶だけが残っている。今頃になって何故その時 のことしか覚えてないのだろうと思う。 4〜5歳になってもその事しか覚えていない。楽しい食事というのは独り で食べるものだと思っていた。6歳位に始めて食事の時の楽しい思い出があ った。お正月の時である。小学生になるお祝いなのだろうか、お銚子(お酒) を飲ませてもらった。何故か美味しくて止まらなかった。2本飲んだ記憶が 残っている。それだけははっきりと覚えている楽しいことだ。 何故、楽しい思いではその事だけなのだろう。 後で、わかることだが親が機嫌がいいと、私は楽しい思い出として残って いるのである。
私は家庭での事が嫌で学校では何故か喧嘩ばかりしていました。クラスで は“誰が1番強いか”なんて競争するように喧嘩ばかりしていました。クラ スで5番以内に入ると“大物顔”であった。そんな事が続き、小学3年生に 成る頃にはクラスの“人気者”に・・・ 当時はテレビも普及仕始めていたせいか“8時だよ 全員集合”の番組が 盛んになっていた。そんな時、学校の行事でクラスの学芸会をすることにな ったのだ。勿論“8時だよ 全員集合”コントをしたのです。 私は、その頃人気者の“志村けん”役をしたのです。 その時の主役であり、私は女の子とも仲が良く、いつも周りには女の子がい たものでした。 小学5年生に上がる前に母親に「もう!喧嘩ばかりして!!駄目な子や!」 と怒られ、それ以来喧嘩は禁止になってしまいました。『母親は父親としょ っちゅう喧嘩するのに・・・』と思ってはいたが、親の言うことは絶対であ った。さからうと“ひも”でくくられ、押入に入れられるからだ。 前にも1度縛られ押入に入れられた事があり『あの暗くて狭いところはも う嫌だ!』と記憶が甦ってくる。あの怖い経験をすると“言うことを聞かな ければいけなくなる” そして喧嘩を禁止されてからは、虐められるようになっていくのである。
私の幼少の頃は“虐め”はあまり問題にはされなかった。というより、殴
られたなんて親にも知られたくなかったしかっこわるいから・・・
学校から1泊旅行があると聞かされ嫌な予感がした。予感は的中!なんと
パンツを脱がされ部屋からほうりだされた。通りすがるクラスの女の子にも
見られ、すごく恥ずかしかったことを覚えている。 |
第4回掲載
中学校へ入学!中学からは・・・意気込んで行き始めるが何も変わりはし ない。公立の学校なので同じ小学校の子たちも同じ中学校だった。 当たり前だが期待してしまう。そう!他によりどころがないのだ。 中学校に入ってもパンツを脱がされた事があった。それでも手が出せない。 もう何年も喧嘩をしていない。それに慣れてしまうと、当たり前のようにな ってくる。殴られても、親に喧嘩を止められている限り、手は出せない。自 分でも今では「なんて従順だったのだろう」と思う。 その中で、仲良くしてくれる友達もいた。私にしては本当にありがたい。 当時、釣りが流行っていて今でも流行っているいますが“ブラックバス” を良く釣りに行ったものです。 その頃からストレスがあったが、自分ではそれすら感じることが出来ない でいた。中学時代はあっけないもので「あっ!」という間に過ぎていったよ うな気がする。今から思えばの事ではあるが・・・ その頃のストレス解消といえば食べることと、あまりにもイライラする時 は動物を虐めた事もあった・・・食べるのは、本当によく食べたと思う。背 が伸びずに横に大きくなってくる。お腹なんて中年太りを思わせるほどだっ た。そんな日々が続きやっと高校を合格して、中学時代が終わったかと思う と「ほ・・・」とため息が出た。それにしてもむなしい中学時代だった。
その時の成績はよく、数学なんて塾でもトップの成績だった。まぁ〜いず れにしても、中学時代の嫌な奴とは会わなくてすむ。こんなに嬉しい事はな かった。 ○高校生時代
高校へ行き始めて、どうなるのか不安ではあったが、中学の時と比べると
あまり虐められることはなかった。他に虐められる子がいたからだ。私は関
わりたくないから知らんふり・・・逆にその子と話するときは強くなれた。
高校に入学してからは、それなりの高校生活だったと思う。新しい友達が 出来て、2年生の頃には土曜日になると友達のところへ泊まりに行く事が多 くなった。家にいてても面白くないからだ。友達の家にいるときは本当に気 楽であった。注意する者やする事に文句をつけられない。こんなに幸せな事 は他にないからだ。 家にいると何をするにも文句をいわれる。「家出しようか!」と思ったこ ともしばしばあったが、勇気がなく何回の断念した。それに家出しても行く ところがない。親にも心配かけるし・・・ どうしてこんなに親の言うことは“絶対”と思っていたのであろうか・・ ・まったく自分の意見がなく、逃げたくてしようがなかったのに。逃げる場 所なんてどこでも良かったのに。快く向かえてくれるところさえあれば・・ |
第7回掲載
不思議とそんな中、煙草だけは吸わなかった。自分でも今から思うと不思 議なくらい・・・友達が吸っていてもほしいとは思わなかった。 高校も2年生になると、進路の事について話をしなければならなかった。 大学へ行こうと思っていた。しかし、やりたい事がみつからない。「とり あえず大学へ行こうか〜」なんて思っていたけど、家庭の金銭的な問題もあ った。「大学へ行くなんて、お金がないよ」と一言で話は終わった。 その頃別に勉強したいこともなく、「まぁ〜いいか〜!」と安易に考えて、 卒業してから働くことにしたのである。
独りだけを募集しているところ・・・ 別に高校時代は悪いことなかったけど、同級生と同じ場所で働くなんて嫌 だった。同級生が一緒だと、学生生活はどうだったか?ばらされるかもしれ ないからだ。そんな事しか考えがいかない。給料の事もとりあえずもらえる のであれば・・・ とにかく「良い思い出がなかったから独りの方が断然良い!」と思ってい た。働くことについては嫌なことはなかった。働いていた方が気がまぎれる。 しかし、ここからしんどいことが積み重なっていく・・・
仕事では絶対に負けない自信もあり、会社の事を考え「どうすれば、儲か るのだろう?」日夜、仕事が終わってからも考えた。もう頭が“いっぱい” になってきた。ストレスである。でもストレスがあることすら気が付かない。 そんな時、先輩に連れられて、居酒屋へ行くことになった。呑み始めに「 君はお酒強そうだな!」と言われて“調子”良く呑んでしまった。その呑ん でいる時に、先輩から「おまえ、俺たちを先輩だとは、思っていないな〜!」 と言われたのだ。何故?わかるんだ?? でも確かにそうであった。その時は取り繕い「そんなことないですよ!」 と言ってその場を切り抜けた。その事を言いたいがために呑みに誘ったのだ った。ストレス全開である。
そのうち、一升酒を呑むようになった。一升呑んでもまだ足らない。それ から、酔っぱらって風呂に入り、そのまま寝てしまったこともあったのだ。 いずれししても、ストレスが残ったままだった。どうすればスッキリする のだろう?わからなかった。ストレスは溜まっていくいっぽうで、何をして も面白くなかった。 しかし、仕事しているときは「やっぱり男は仕事だ!」と自分に言い聞か せた。だけど、しんどさをどうすることも出来なかった。そんな時、いつし か眠れなくなり、考え事を良くする事になるのである。 夜も寝ないで考え事・・・仕事の事であった。 後でわかったことだが、仕事依存になっていたのである。自分では気が付 かないのだ。 |
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