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この生き辛さってなんだろう?
自分なりに調べてみる事にした。
しかし、なかなかいい方法は見つからない。カウンセリングも受けてい
た私は、カウンセラーからアダルトチルドレンの事を聞くことになる。
まさか、アダルトチルドレンって、まさかと思うばかり・・・
自分の事を疑いながら、カウンセラーの説明を聞く。でも当てはまる事が
多すぎる。こんな事ってあるだろうか!?
それからというものは、アダルトチルドレンの事に対し真剣に取り組む
ようになってゆく。
当時はまだ“アルコール依存症者の家庭で育った子供
(ACOA)”という意味で、今でいう“機能不全家族の中で育った
子供(ACOD)”と細かく分けられるようになってきたところで
ある。カウンセラーいわく「自助グループに行ってみては・・・」
さっそく行くことを決意した。
しかしその頃、アダルトチルドレンの自助グループが少なく、
探すのに苦労したものである。近辺にあるのは、
AA(アルコール依存症者の会)と断酒会があった。
とりあえずどんなところか訪れてみた。
教室のようなところに皆、かしこまって座っている。畳をひいてあるとこ
ろもあったが、だいたいは机と椅子である。かしこまって話をするのは何年
ぶりのことか・・・
その後、体験談が始まり、皆それぞれの家庭と、いろんな話を聞
くことが出来る。時間がきて、さっそく会が始まった。
「あぁ〜!この話の内容は私の体験と同じだ〜!」
そんな話が何人もの人から聞くことが出来たのだ。
「こんなにいるんだ!自分と同じような体験や経験をしている人が・・・」
何人かの人の話が終わり、ついに私の順番がやってきた。「何を話そう!?」
話を真剣に聞いていたので自分の話す事を忘れていた。何十人もの人の前!
ただでさえあがり症の私は言葉に詰まった。そんな時、司会をし
ていた人が「始めてですから、話辛いでしょう!今日は聞いて帰ってくれれ
ばいいよ!」と声をかけてもらえて「ほっと!」した。
それからも他の人の体験談がつづき、じっくりと聞かせてもらった。会が
終わり、帰ろうとした時に「喫茶店にでもいこうか!?」と誘いがはいった。
その会では、体験談が終わると何人かで喫茶店へ行くことになっている
らしく、多い時は十人以上で行く事があるそうだ。
「始めは緊張するだろうけど、すぐに慣れ
て話が出きるようになるよ!」と励ましてもらえ、気分良く帰ることが
出来た。
「今度こそ、自分の体験したことを話すぞ〜!」と意気込み、
前々から何を話するか考えるようにした。でも作り話ではないので、どんな
事があったのか、そのままを話せばいいのであった。
早く会に出席したくなり、別のところをケースワーカーに探してもらった。
少し遠方だが、さっそく行ってみた!電車で移動しているのは少し
しんどい気もしたが、早く話がしたくてたまらない。
こんな時の自分はとても行動力があり真剣である。
会についてからは、少し話を聞いていると、すぐに順番が回ってきた。
皆が見ている前で立ち上がり、あがってガタガタ震える体
をなんとか落ち着かせ、いざ!体験談!名前を発言してから話始めた。
まぁ〜自分でも驚くくらい次から次から話が出てくる、小さい時はこんな
事があって、小学校では・・・
気が付いたら10分は話をしていただろうか。
自分ではわからないくらい、いっぱい話をした。後から涙がこみ上げてく
る。何故だかわからない。会が終わってから帰るときになって、すごく体が
軽くなり、すごくすっきりしていた。
あんなにしんどかったのは、いったいなんだったのだろう!?
話終わってからのこの気分のよさ・・・!!ん〜最高であった。
その会が終わった後、喫茶店へ行く誘いがあり、ついていった。「いい体
験談だったね!」と言ってもらえて、とても嬉しかった!
お世辞でもこんなに嬉しいことは生まれて始めてである。来て良かった!
つくづくそう思えた!!
それからというものどこかに自助グループが有ることを聞きつけると参加
して回った。
1年で100回以上は回っただろうか!
来る日も来る日も体験
談を話しにいった。かなり遠方の自助グループに行ったこともあり、自分で
も良く続いたのもだ!と自分を誉めてやりました。
おなじみさんになり、自助グループをまわって2年目、仕事が順調な上、
なんとか以前のしんどさがなくなり、体調も万全になった。それは平成6年
の終わり頃のお話・・・
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