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| 学校から帰ってきてホッとしていたとき電話が・・・。でてみると<ぷー。くっさー。>それだけを言って切られた。そういたずら電話。でもそれを聞いてもういってもたってもいられなかった。頭の中がパニック。でもどうすることもできなかった。それとなしに親にいたずら電話があるから番号変えてと言ったら案外すんなり電話番号を変えた。もちろん登録もしていないのでいたずら電話はなくなったのだが・・。それから家にいてても人の声が敏感になった。外から聞こえる声はとくに。誰かが私のことを言ってるんじゃないかって。でもそうゆう状態でも親に言えなかった・・。いつもそうだだがなぜだったんだろう。本当に言えないんだこれが。人は本当に困ってないからだとかせっぱつまってないだとかゆうがそんなもんじゃないんだよね。言葉では説明しにくい。それこそ経験した人にしかわからない気持ちである。 |
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2002年06月11日 00時29分53秒
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| やはり振り返ってみてもいい思いではないなあ。そう学校生活でみんなが普通楽しみなのが修学旅行だと思う。本当にぎりぎりまで悩んだが結果やはり行かなかった。まあいけなかったんだが。特に行きたいとも思わなかったし。団体行動は苦痛の他何もないし。前日体の調子が悪いと親に言った。修学旅行を休むなんてよっぽどだと思うし考えたらなにか親も気付きいてもいいものだが・・・。まあ私は必死で家では明るく振舞っていたからまさかそんな悩みがあるなんて思いもしなかっただろう。 話はかわるが本当にいじめれれている子の気持ちはよくわかる。そのときの私がそうだったから。親に言えない気持ちが。よくテレビでいじめで自殺とかあるがいじめられていた方の親はまったくきずいていなかったとゆのが多い。一番みじかな親家族ににか本当に言えないものなのだ。自分が恥のような気がして・・。 |
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2002年06月05日 23時17分01秒
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| 学校といえばやはり友達関係です。とにかく入学してすぐに友達になった子がいた。とてもおとなしくて普段は私の方がよくしゃべっていた。もちろんその子も私のこときずいてたと思う。とゆうかきずいてるはず。でもその子は3年間なにも言わなかった。ごく普通に私に接してくれた。なんにもないかのように。私からしたらどうしてなのか??なぜ??とゆう気持ちもあったがその子のおかげで私は高校生活を頑張ることができた。恥ずかしくてもその子が言ってくれたら私も変わってたかもとか思ったこともある。でもそのときの自分にはそうゆうことを受け止める気持ちの余裕はなかったと思う。その子にはありがとうと言いたい。 |
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2002年05月29日 13時58分43秒
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| もうこのころになると本当に自分の体のどこからおなら(臭いの)かでてるのかさえわからなくなってきた。高校生活がスタート。新たな気持ちで中学時代の同級生はさいわい少なく少し気が楽?だったと思う。でもそれもつかのまの思いでした。入学式・そして教室に。自分の決められた席(出席番号順)がなんと一番前の席。もうどうしようもなかった。初めは本当に一部の私の周りの席の子しかしらなかったがやはり噂は早かったな。男子なんかは大きな声で“だれどいへーこくやつ“くさいのー“とかまた席替えになると後ろの子は“俺いややー“って言ってもうその場から逃げだしたくてでもできなかった。肉体的なイジメにあったことはなかったがこころのなかはもうぼろぼろ・・。これはやっぱイジメだったと思う。きっと・・。 |
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2002年05月25日 12時13分46秒
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| 言い訳になってしまうが病気になってから勉強がてにつかず授業中はもちろん先生の話なんかまったく頭に入らない状況だった。家に帰ったら帰ったで安心して勉強する気にもならなかった。家で一人でいることが楽だった。私のくつろぎの時間てやつ。そんな私にも高校受験と言う問題が!もちろん成績はよくなかったかしもう学校に行くとゆことが嫌だった私は高校には行かないつもりだった。でも病気のことを家族にも言ってないものだから、結局親(特に父親)を説得することができず・しぶしぶ地元でも有名な頭の悪い高校を受験することに。結局自分は弱く本当に困ったことを親にもいえないダメな自分にうんざりでした。案外高校に行ったらなおる?とか安易な考えももってたな。で一応合格。周りのみんなは喜んだが私は正直自分で受からないようにもできたのだと。まあそんな勇気自分にはなかったが。それからまた私にとって長い3年間がはじまった。いつもでたっても終らないこの病気との格闘・・・・。 |
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2002年05月23日 22時31分59秒
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| すこしごぶさたです。 さいきんとってもつかれてます。つらい。 さあ前の続き書いてみようかな。中学生思春期にそうなってしまった私・・・。毎日が地獄でした。学校へ行きたくなかったな。でも親にもいえず自分に頑張れ!って言い聞かせ家をでていました。おならが出るのはご飯を食べた後など・便が残っている感じがするときが多かったもので朝は何度もこれでもかとゆうくらいトイレにいってねばってました。それでもでるものはでるんですね。学校でつらっかたこともちろん授業中どんなに我慢してもおならは出る!もう後ろの席の子に申し訳なく後ろを見ることができなかった。そして恐怖の席替え。前の方の席になったときはもう最悪。一番前なんて・・・。もうこの世に神様がいるのか?と毎日思ってました。しゃべってくれる子ってゆうのはいたけど友達とゆう友達はいなかった。だからみんなの陰口が気になってしかたがなかった。これでも女の子なもんで男子に嫌われてこれがまたすごくつらい・・・。こんな感じで私の中学生活はいいこともなく終っていった。あー思いだしただけでも泣いてしまいそう。 |
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2002年05月22日 23時53分43秒
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| このページを作るにあたって私のことを少し書いてみようかなと。私がこの病気<過敏性腸症候群>になったのは今から15年まえ。中学三年生のころ。忘れもしない朝の朝礼での出来事! すごくおならがしたくなった。いつもならそんなことはないのに無性にでついに出してしまった。音こそしなかったが。いつもなら我慢できたはずか。そのときしまったと思ったがもうダメだった。もうこれっきりと思っていたのがどうしてか?今度は授業中!もう我慢ができなくなっていた。その日はもうはずかしくて・・。でも学校を休むわけにはいかず。それから私とこの体の戦いがはじまった。 |
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2002年05月19日 20時49分14秒
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