2016年12月分日記のストックです。

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2016年12月 ルーツを仮終了まで進める20

「「濾胞性リンパ腫の井戸端会議」と「濾胞性リンパ腫患者の治療履歴集」の掲示板を作りました。
お入りいただきたいのは、濾胞性リンパ腫の患者さんとご家族です。
私のアドレスは sabcdek-ybb.ne.jp です。-を@に変えてメ-ルをお送り下さい。
掲示板に入るパスワードをメ-ルの返信でお知らせします。

詳細は2010年の3月11日日記をご覧下さい。
2016年12月31日現在178人+4人にご案内済みです。(最終ご案内日)
随時更新される100人の治療歴があれば、素晴らしいとお思いになりませんか?



2016年12月 ルーツを仮終了まで20
 30 年末のご挨拶
 18 日記更新頻度の変更
 17 
顎下に新たなしこり
 11 
昨日の続き
 10 
リンパ腫の治療も遺伝し次第
 01 
病院を探す
  2016年10月7日
血液内科の受診

2016年12月30日(金) 20:35 年末のご挨拶

 年末のご挨拶

 少し早いですが、
 今年も、1年間ありがとうございました。
 
 来年も、よろしくお願いします。



年が明ければそんなことはないのですが、年末の2日か3日は独特の気持ちになりますね。うまく表現できないのですが、開放感とか、虚脱感、特別な気持ちです。

昨日は、会社勤めをしていたときの同僚が我が家を訪ねてくれて、それも影響しているかもしれません。
ロトは当たらなかったけど、ありがとうございました。



この年末に今年を振り返って強く思うのは65歳を迎えた事ですね。60歳もそうでしたが、途中で国民年金に変わった事もあって額は少ないと思いますが65歳になって年金の全額受給を受けるというのは大きなイベントです。年金の内容よりも、年金が受給できる65歳という節目の年齢を迎える事が出来たという事に、安堵と感謝、自分にごくろうさんという気持ちです。

顎下に発見した新たなしこりは「顎下線」の詰まりか石と決め付けましたから、もう慣れました。その仮説が打ち砕かれることがあっても、それはその時です。その時に考えたらいいのです。今悩むことで何かメリットがあるのなら悩みますが、病院に行って生検をしたところで、結果はどうあれメリットはないと私は考えています。


今年もあと28時間になりました。
ここまで来れば、今年はだいじょうぶでしょう。
感謝です。

新しい年の年末も、ここで皆様にお出会いできますように。

強く願えば、願いは届く。


ありがとうございました。



2016年12月18日(日) 15:29 日記更新頻度の変更
今日は青空が広がって、気温も上がってきました。
車で外に出て、暖かさに包まれてみたいような気分です。
もう日が落ちるまで時間がないのですが、出てみようかな。
雪のクリスマスもいいですが、
穏やかな年末年始になって欲しいものです。




私は、濾胞性リンパ腫の治療で、
最後に受けていたラステットの内服を2007年の12月14日に終えました。
それ以後は無治療ですから、9年と4日経ち、10年目に入っています。
(ラステットは特異な強い副作用があるのですが、詳細は主治医にお聞き下さい)

来年の2月2日には、濾胞性リンパ腫の告知を受けてから20年と1日になります。
私が濾胞性リンパ腫の告知を受けた日の4年~5年ほど前には、すでに首に出来たしこりに気付いていましたから、濾胞性リンパ腫を発症してからは25年近くになります。




リツキサンの単剤治療だけで、その後10年を超えて無憎悪無再発の人がおられます。ところが私にはリツキサンが効きませんでした。明確なだけで4度の再発を経験した後に、今の10年目の無憎悪無再発があるのです。
もちろん、先日見つけた左顎下の膨らみにしても、胸腹部の目に見えない、手で触れない中にも、すでに再発のしこりがゆっくり大きくなりかけているかもしれません。

「何故、今まで生きてこられたのですか?」
と聞かれても、「ただ運が良かったのだと思います」としか答えようがありませんし、事実そう思っています。濾胞性リンパ腫になってしまったことが即ち運が悪かったのですから矛盾していることになります。

再発を繰り返した中で、無憎悪無再発が10年目、告知を受けてから20年目を終えようとしていますから、濾胞性リンパ腫患者として皆様から「S.Kさんは置いといて、」という立場になりつつあるのでしょう。
同じ濾胞性リンパ腫の仲間が書かれたブログにしても、気になるのは同時期に告知を受けられた人のその後についてが多いと思います。



R-CHOPやR-ベンダムスチン等の従来型化学療法は、濾胞性リンパ腫の治療として多くの皆様に、強弱あるものの一定の効果を提供することが出来るでしょう。現在治験段階にあったり研究段階にある濾胞性リンパ腫に効果がある分子標的薬は、効く人には高い効果が得られる可能性があるものの、効かない人にはほとんど効果がないというもので、「やってみないと結果はわからない」というのが多いというのが現状です。
分子標的薬の研究や治験は進んでいますが、濾胞性リンパ腫に認可されたものはまだリツキサンだけです。濾胞性リンパ腫の治療は、少し前と何も変わっていません。

しばらくは、濾胞性リンパ腫の治療に革命的な変化は起きないと思われます。
私が、濾胞性リンパ腫患者を長くやってきたことで得られた思いや知識は、既に書き尽くしてきたと思います。
この日記を、

 続けてこられたのは、ここに来て下さった皆様のおかげです。
 本当にありがとうございます。
 来て頂ける皆様がおられなければ、今まで続けて来なかったでしょう。
 


そこで、更にもう少し日記を書く頻度を落とそうと思います。
今後は2週間に1度プラス気が向いたとき程度の更新を考えています。

昔から、仕事や暮らしで大きく道を変えようとスタートした日に呪われたように再発のしこりを見つけてきました。ですから、この日記もこれで最後にすることはありません。少し、書く頻度を落とすというだけです。ネットに繋げる最低限の家庭経済と、パソコン操作が出来る能力と体力が続く間は、いつまでも残存電池の報告を続けるつもりです。
再発が確定すれば、また頻度を上げると思います。

顎下のしこり(顎下線?)は、触る頻度が落ちたので少し小さくなったかもしれません。リンパ腫のしこりも同じで、触りすぎると炎症気味になるので、ある程度大きくなります。
変化があればまた書きます。



リツキサンは、R-COP(=R-CVP)とか、R-CHOPという多剤併用で使われることが多いので、患者さんはリツキサンで自分がどの程度の効果が得られているのか判断できないことが多いと思います。リツキサン単剤の投与を受けられた人は、その効果が確認できます。私は、まだリツキサンが承認されていない時にCOPの治療を受けたときと、リツキサンが承認された後でR-COPの治療を受けたときの効果がほぼ同じで限定的だったことから、リツキサンで得られる効果が少なかったと考えています。

私が次の再発時に第一候補になるのはR-Bのベンダムスチンになるでしょうが、期待したいのは新しいCD20抗体であるGazyva/Gazyvaro(obinutuzumab:オビニツズマブ)等の新規承認です。
例えば、レナリドミドというサリドマイド系の薬が骨髄腫にすでに承認されていますが、それが濾胞性リンパ腫にも効果が得られることが明らかになっています。
一般向けに売り出されたサリドマイドという睡眠薬の改良薬ですから、価格もしれているだろうと思って調べたら、5mg1錠で8861円します。一日あたりのレナリドミド内服量は25mgが適量ですから5錠必要ですし、1クールは3週間の21日とされていますから、
       8,861円×5カプセル = 44,305円  
 一ヶ月あたりのレナリドミドの費用は、
       8,861円×5カプセル×21日 = 930,405円 
となります。
骨髄抑制による内服量の増減はあるものの、基本的に内服をエンドレスで続けるようですから、高額でびっくりしました。
これでは、レナリドミドが濾胞性リンパ腫に適応拡大されるのは難しいか。
おまけに、オビニツムズマブもいつのことだかわからないし。


すでに承認されている化学療法薬の利用技術が進んでいないと思うのですが、遺伝子解析を含む治療効果のデータベース化が進まない限り、標準治療を受けた後の再発では、それぞれの血液内科医が手探りの状態で薬を試していくしかないのでしょう。医師は新たな治療の1クール目で効果が乏しければ、2クール目からは次の薬に変えるなどした治療に移るなど、骨髄抑制が危険領域に入るまでに試せる治療法を増やすことも考慮された方がいいと思います。


以前、ある医師からメールをいただいたことがあります。

 偶然の出来事から、
 ある濾胞性リンパ腫患者さんの治療に関与するようになりましたが、
 調べれば調べるほど、
 濾胞性リンパ腫は治る病気だという確信を持つようになりました。
 もちろん、そのためには適時に適切な治療をすることが必要です。

と、そのメールに書かれていました。
そういう人(患者さん)が、ひとりでも増えますように。



2016年12月17日(土) 15:21 顎下に新たなしこり
15日の朝、我が家から見える山の上のほうが白くなっていました。
今年の初雪でしょう。
低い山なので、真夜中には平地でも雪が舞ったかもしれません。

そして、17日には今日のトップ写真のように雪が降りました。
一時は強く降りましたが、積もる雪にはなりませんでした。
どちらにしても、正月まであと2週間、もう冬です。





12月10日の日記に、

  
12月9日 23時35分
    偶然左・・・


と書いています。


この椅子に座って、私の前にある机にひじをついて、何気なくあごの先を触っていて、上のようになった時に左手の中指が、右顎下腺(がっかせん)の膨らみに触れました。あれっ、意識しなくて触れただけでもわかるほど大きかったかなあと思って、上のようにして確かめると、

 ええっ、親指の先にもしこりが・・・、

一瞬で脇の下に汗が流れました。
再発?
うそぉっ~
ふうぅっ、


このページ右列にあるリンクの中に、
「私にできた各種のしこり」
がありますが、そのリンク先で使っているのが上の図です。
右と左とややこしいのですが、
それが、たぶん2000年過ぎからからあった、しこり状になった顎下腺です。
血液内科の医師は、「顎下腺が詰まってるんだと思うよ」といいました。
それが今もあるのですが、少し大きくなったように思います。


上の写真はネットからお借りしました。
お借りした先は、ここをクリックです。

以下は、ウィキからです。

顎下腺(がっかせん、Glandula submandibularis)は、大唾液腺の一つ。ヒト以外の脊椎動物では下顎腺と呼ばれる。
顎下腺は耳下腺に続く大きさの唾液腺であり、やや平らな楕円体を成し、長さ2.5~3.5cm、厚さ約1.5cm。


書かれている通りなら、顎下線は、かなり大きなものですが、上の寸法では「幅」が書かれていません。それが薄い(小さい)ので、普通の人が触っても厚みがなく、あるかどうかさえわからないのでしょう。


上の写真もネットの同じ所からお借りしました。

「顎下腺炎」の患者さんのものです。
私のは、そこまで大きくはありません。

そして、「私にできた各種のしこり」に書いたとおり、前からあるのは右側だけだったのです。

 
左に新しく出来たであろうそれを見つけてしまいました。

顎下線が詰まったか、炎症を起こしているのだと思いますが、リンパ腫の可能性もゼロではありません。


私の場合、リンパ腫が再発すると耳にある軟骨も大きくなります。軟骨が簡単に大きくなることはないでしょうから、リンパ腫細胞が、耳の軟骨を取り巻くのだと思います。
顔面中央の顎下に今も小さなしこりがありますが、教授は「軟骨かもしれないね」といいました。それも耳の軟骨同様に、リンパ腫が進むと大きくなるのです。一番大きくなったときは、二重顎に見えるほどになりました。



今回指先で新たなしこりを見つけて、一瞬再発だと思いました。
がんの告知を受けた患者が辿る心の変遷は、
否認 → 怒り → 取引 → 抑うつ → 受容
といわれます。
否認:私ががんだなんて嘘でしょう。
怒り:私がどんな悪いことをしたというんだ
取引:神様、もしもがんが治ったら、私は***をお約束します。
抑うつ:もう、この世に神も仏もない、絶望だ。
受容:私が、いつかこのがんで死ぬとしても、今、私が生きているのは確かだ。

はい、私は濾胞性リンパ腫の告知を受けて19年と11ヶ月近く経つのに、また「否認」からスタートです。たまりませんね。
でも、少し落ち着くと、どうも「否認」と「受容」が混在していたようです。
「なったもの(再発)は仕方ない」

 これで歯茎が腫れようと、先のことは考えずに酒が飲める。
 ( ↑ 本当は、酒が飲める理由が欲しかった)



世の中の摩訶不思議というか、巡り合わせ、おもしろいですね。
たいしたことではありませんが、気がむいたら明日それを書きます。





 
顎下線のつまりだと思うけどなあ・・・、 (← まだ続くがんの否認)
 右側顎下線の腫れは、炎症が十数年続くことはないが、
 詰まり(石を含む)なら、それはある。
 それにしても、やだねえ。



2016年12月11日(日) 14:22 昨日の続き
今日は、なんとなく京都の年の瀬。

昨日書いた続きが新聞紙面に書かれていましたから、補足です。
補足の前に、


孫娘が、7・5・3の前撮りに写真館に行ってきたそうです。
もう2歳と9ヶ月ですか、早いものですね。
この前我が家に来たのは10月でしたか、この子は生まれた日からずっとカメラ目線で、私がカメラを構えると、シャッターを切るまでそのままでいてくれたのに、この前来た時は下を向いたままで撮られるのを拒否したのです。成長のひとつとして受け入れましたが寂しかった。
そんな孫娘も次の春には3歳ですか。
半年単位で大きく顔が変わっています。
1年前の生写真をここに載せても、今孫娘と付き合い始めた人はわからないかもしれません。この前我が家に来た時に、生後3ヶ月だったときの写真を見せたのですが、最後まで自分じゃないと言い張っていました。



もう、12月は11日ですか、この調子なら、年末もあっという間ですね。

ここに来てくださるのは、ほとんどが濾胞性リンパ腫の人やご家族です。
年内に治療が始まる人や、治療最中の人はうまく治療スケジュールをこなされるように願うばかりですが、再発があっても年内は経過観察の人や無再発で過ごされている人は、とりあえず、「リンパ腫のことは置いといて」と、一時休戦されてはいかがでしょうか。

 12月は14日をリミットにして、リンパ腫からしばらく遠ざかりましょう。
 頭に浮かぶのはどうしようもありませんが、
 パソコンもリンパ腫から遠ざかりましょう。

 もう我が家はクリスマスはありませんからいいのですが、
 お子さんがいればクリスマスやお正月は家庭のメイン行事です。


まあ、そんなこんなで、年の瀬最後の半月は、「病気を離れる」と決めてもばちは当たりませんし、気分転換をするチャンスです。
リンパ腫のことは考えるときは集中して考える。でも、そんなことばかりは続けない。そうしないとやってられませんよ。私のことを、24時間パソコンに向かって、濾胞性リンパ腫濾胞性リンパ腫とググってるんじゃないかと心配してくださる人がおられますが、もうそれはありません。

 あなたも、たまには気分転換しましょう。
 散歩してて、病気のことが頭に浮かんできたら、歩くスピードを上げるんです。
 ある程度はや歩きにすると考えられなくなりますからいいですよ。
 
 考えるときは考える、考えないときは考えない。
 それでもしんどいときは、睡眠導入剤で寝付けばいいのです。
 血液内科で処方してもらってもいいし、ホームドクターの近医を持つのもいい。
 私も一昨夜は寝付けなくて、昨夜は寝る前に睡眠導入剤を飲みました。





さて、昨日の続きです。
上の記事は、
産経新聞
個別化医療の時代(下)がんの遺伝子変異解析 臨床試験につなぎ治療薬開発へ
【ゆうゆうLife】

からで、ネットでその記事が読めます。
それは、ここをクリックです。

上の図でも、「肺線がん」が単一の遺伝子変異の結果起こるものではなく、いくつかの遺伝子変異が関係していることが示されています。おそらくは、濾胞性リンパ腫でもわかっていないだけで同じなのでしょう。

ちなみに、私は投稿魔ではありませんが、
私が一貫して主張してきたことがふたつあります。
ひとつは、「悪性リンパ腫」という言葉を、ただの「リンパ腫」に置き換えること。
もうひとつは、メディアが使うがんの表記を1段階下げて、リンパ腫ならリンパ腫ではなくて、濾胞性リンパ腫とか、瀰漫性リンパ腫の段階まで突っ込んだ言葉を使うことです。
リンパ腫には、週単位で悪化して、1ヶ月病院に行かなければ命がなくなる危険さえある高悪性な種類もありますし、濾胞性リンパ腫のように低悪性のものもあります。それを同じ土俵で話せば訳がわからない話しになるでしょう。肺がんも胃がんも同じです。


上は、同じ記事の別の所をお見せしたものです。

上で膵臓がんの患者さんについて書かれていますが、「遺伝子変異」を特定するには、がんの細胞片が必須です。
「がんである患者」と「その細胞で得られた遺伝子データ」の大量データの相関が必要であることがわかります。

 個別の「遺伝子変異」に対応する新しい薬が、
 「がんの標準的な治療」とされる日が近づいていると思うのです。
 おそらくは、10年前後、
 もしくはもう少し早い段階でで見えてくるのではないでしょうか。
 理由は、昨日書いた急速に進む技術革新です。



 
難しいことがわからない中で、
 なんとなくオプジーボが特定の遺伝子異常に対応しそうなきはするけど、
 正常なB細胞にも発現しているCD20にくっつくリツキサンは、
 特定の遺伝子異常には結びつかないような気がする。
 そういう薬もあるんでしょうね。



2016年12月10日(土) 16:33 リンパ腫の種類も治療も遺伝子次第
今年の冬は雪が多いとの予報ですがどうでしょうか。
5日に私の大衆車の前輪2本だけ自分で冬用タイヤに交換しました。
(↑すでに溝が浅い)
タイヤ交換は体力テストなのですが、力がないので、付属のジャッキを回すのがいっぱいいっぱいでした。(←みじめで今回も泣く)、551が残っていたのか、ナットを緩めるのは延長パイプを使わずに、付属品で回せました。

車を運転する高齢者の事故報道が続いていますが、これまでから高齢者の事故がすべて報道されてきたのではありません。大きな事故は新聞に載りますが、あとは他の記事の兼ね合いと、社会の空気です。高齢者の事故が実際に増えているのかどうかは統計数字を見ないとわからないのですが新聞には出ないですね。報道は、自動運転の開発を進めるための世論誘導も考えられます。
私が今の車に乗り換えたとき、家から出る方向転換で切り返したとき、急にエンジンの回転が上がって、必死になってブレーキを踏んだことがありました。ブレーキを踏むとエンジンの回転がより上がって焦りまくりました。その時に足がアクセルとブレーキの両方にかかっているんじゃないかと思ったのですが、パニクっていて確かめようがありませんでした。燃料噴射のコントロールに問題がある可能性も考えましたが、確かめようがないのです。今の車はサイドブレーキじゃなくてフットブレーキなので、咄嗟にハンドブレーキもかけられません。壁にぶつけるのを覚悟しましたが、無事におさまった。一瞬で、脇の下に汗が流れました。
オートマじゃなくて、マニュアル車のほうがエンジンの急回転や急発進を防ぎやすいといいますが、どうでしょうね。アクセルとブレーキの間にある隙間は、世界共通でみんな同じなのでしょうか、それともメーカーによって違う、車種によって違う?





ご主人が上の訃報に書かれている妻の南場智子氏は、「まとめサイト」事件で謝罪会見をされた(株)ディー・エヌ・エーの会長です。代表権を持たれたままで社長職を退かれたと思っていましたが、会社概要を見ると代表権はお持ちでない会長職のようです。
ご主人のことは残念でご冥福をお祈りしていますが、会社の問題は別です。
DNAさんは、すでに「まとめサイト」を閲覧できないようにされています。
医療サイトのまとめを、医療素人のアルバイトさんがおもしろおかしく書いて、チェックなしにアップされるのは上場企業さんのやることじゃないでしょう。
DNAさん以外の会社が主催されている「まとめサイト」でも、閲覧できなくなっている所がありますが、以下のようです。
ゲーム依存体質を脱却するために、いろんな方向に手を出されているのですが、すでに大きな会社ですからね。見合う利益が見込まれる新規事業に育成が進むのは難しいようです。


他の会社が運営しておられる「まとめサイトを見ますと、以下のメッセージが出ていました。

只今、メンテナンス中です。
ご不便をおかけしておりますこと、深くお詫び申し上げます。


類似の「まとめサイト」には、以下のように誤った記載があります。
下記の
赤字部分は、リンパ腫についての記述で間違っている文章です。
間違いがわかりにくいものから、無茶苦茶なものまで様々ですが、書かれたのが、医療者やリンパ腫の患者さんでないのは確かです。

悪性リンパ腫の検査方法には大きく5つの方法があります。
触診・悪性リンパ腫になると、リンパ節の腫れやしこりなどの症状がみられることが多いので、医師が触って腫れやしこりの状態を確認し、しこりの大きさや個数を調べます。
生検・生検は、しこりのある
リンパ節や腫瘍の一部を採取して顕微鏡で観察し、がんであるかどうかを判断する検査です。顕微鏡でがん細胞が認められれば、悪性リンパ腫と診断されます。


以下は別のホームページです。

まとめ
悪性リンパ腫は基本的には「血液のがん」です。血球細胞は脊椎の内部にある「骨髄」という組織で作られますので、骨髄移植が行われる場合や、
甲状腺やリンパ節のようにリンパ組織を切除する手術も行われます。

ですが、
化学療法が功を奏しやすい病気でもあるので、近年では治療の第一選択肢は化学療法が選択されるケースが多くなりました。


リンパ腫の告知を受けて間もない人が、このようなホームページに引っかかると大変です。途中でどうもおかしいと感じられたら、何もかも信じられなくなるかもしれません。リンパ腫について何の知識もなく、おまけに告知で気が動転しているときに、信頼できるサイトかどうかなんてわからないでしょう。誠意のある医師が書かれた文章や、病院として開かれているホームページの中にリンパ腫の説明があったり、今は血液内科の医師が行っておられる医療セミナーをネットで見ることも出来るのですが、初めての人がそれを探すのは大変です。

医療者がリンパ腫について書かれた文章を引用することについても、リンクを貼るだけで、できれば全文引用は避けたいのですが、頻繁にリンク切れが起きるのです。出来れば医療者の皆さんにはネットで公開される場合は日付を入れられて、新しいものへの変更はメニューで変えて、古いものもそのまま残しておいて欲しいものです。それと、読んでいただく人はリンク先に飛ぶのをためらわれるのですね。私は、医療者が書かれた文章を盗作するつもりも内容を変えるつもりもありませんし、引用の出所を明らかにした引用自体は認められています。そんなことよりも、まずは私達患者の命が優先ですから、叱られたら「ごめんなさい」を前提に長文引用に踏み込むこともあります。「自由に引用して下さい」と書かれている医師もおられます。医師も患者の病気を治したいのですから、私が自分勝手に書くよりも間違いを防げるでしょう。それでも勘違いや、誤った理解で私が間違いを犯すこともあるでしょうから、重要なことは主治医の先生に相談されるようにお願いします。





遺伝子の変異について、

「遺伝子の変異」というのは、がんにだけあるものではなくて、多くの病気に関係しているのです。そして体のある問題に関係しているのは単一の遺伝子ではなくて、複数の遺伝子です。

ヒントは、遺伝子解析の価格低下とコンピュータの性能アップ、AIを含めたビーグデータの解析能力の向上です。それらはみんな最近始まったもので、過去にないスピードで進化しているのです。

濾胞性リンパ腫は、患者によって様子が異なります。
予後も、1年や2年という非常に難治性で、最初から薬が効かない人もおられれば、リツキサンの単剤だけで10年を超えて感化を続けられる人や、20年を超えてQOLの高い状態で生存を続けられる人など様々なのです。
薬の効き方も違いますし、治療で寛解が得られても、寛解期間が違います。
しこりの形や大きさ、発生する場所も違います。
それら個別の問題すべてに、複数の遺伝子が関係しているのでしょう。
「おそらくは複数の遺伝子が関係している」、医療者や研究者がそう思っても、それを確認する方法がなかったのです。

1000人の濾胞性患者さんの完璧な遺伝子解析、しこりの分布と大きさ、治療方法と効果の詳細、再発までの期間のデータベースが必要でしょう。
それがあれば、今でも未解明の関連遺伝子の特定が出来るかもしれません。

トランジスタの集積度の向上がありました。
メモリーの大容量化がありました。
ハードディスクの大容量化がありました。
コンピュータのCPUの高速化がありました。
それらは、遺伝子解析の向上に直結する技術です。

まずは自動車電話が出来ました。
そして、弁当箱形携帯電話が出来ました。
今はもう、ほとんどカード型電話であり、カード型メール機であり、カード型ネット閲覧装置です。
AIソフトが、囲碁や将棋でプロに勝っています。
遺伝子解析の低価格化は、そういう流れで起きているものです。
よって、問題遺伝子の特定出来る環境が、急速に進む可能性があるのです。
きっと、リンパ腫治療のブレークスルーが起きる。


それらを、現実のがん領域のニュースで補強してみましょう。


上は、分子標的薬の問題がうまく書かれている新聞記事の一部です。
本当は、全文を掲載したいのですが、本文がネットで読めますので、是非お読みくださいますように。
新聞記事、
個別化医療の時代(上) 肺がん薬物療法は… 遺伝子解析でオーダーメードが効く  
ゆうゆうLife】
「同じ病気でも、同じでない」

は、ここをクリックです。


私は、右足の付け根と左脇の下に、ゴム板のように平らなしこりが徐々に広がっていった経験があります。シート状のしこりは濾胞性リンパ腫でグレード3bの特徴のひとつです。そのときに、別の場所にはこれまでと同じようなしこりも出来ていました。
体の手で触れる範囲のあちこちにしこりができていたとき、それらのしこりがみんな同じように大きくなるのではなくて、急激に大きくなるものや、逆に小さくなったのではないかと思われるものもありました。

上のことからも、体にしこりが10個あったとしたら、すべてが同じものではなくて、詳しく見るとそれぞれで遺伝子の変異が少しずつ違うとか、たぶん「濾胞性リンパ腫」をもっと細かく分類できたとしたら、同じ患者さんでも同時に複数の種類があるのでしょう。濾胞性リンパ腫幹細胞と、それから生まれた濾胞性リンパ腫子供達細胞でも、遺伝子レベルですべてを比較すると、どこか違うのでしょう。
ここでお話しした「遺伝子異常」というのは、まだ発見されていないものを含めて、複数の遺伝子以上があることを前提にしています。


上は、ノーベル賞の受賞でスェーデンに行かれている大隅栄誉教授のオートファジーについて新聞に書かれた記事です。この文章もネットで読むことが出来ます。
ネットで読むのは、ここをクリックです。


ここでも「遺伝子」の話しが出ています。
「遺伝子」というのは、がんの専売特許ではなくて、多くの病気に関係しているのです。そして関係しているのは単一の遺伝子ではなくて、複数の遺伝子です。
特定の細胞だけをアトポーシス(自死)させるような新たな薬が出来る可能性もあります。免疫のコントロールに続いて、がん細胞を狙い撃ちしたアトポーシスのコントロールですね。





 
12月9日 23時35分
  偶然左・・・


他にも書きたいことがあったと思うけど、今日はここまでです。



2016年12月1日(木) 20:35 病院を探す
早いですね。
1年過ぎるのが、年々早くなります。
「暑い夏は、命繋げばそれでいい」
と少し前に書いたと思うのですが、「しばれる冬は身を潜めて、ただ生き延びればいい」と、続けて書きたい衝動に駆られます。そんなことを書いてたら、1年中膝っ子増を抱きながらじっと横になっていることになります。なんとかならんものか、といったってもう冬ですしねえ、秋は短いのです。
体が寒さに慣れるのが先か、寒さに体が慣れるまでに寒さが増すのが先か、首元が寒いので、横になって考えますか。

はい、今年も残り1ヶ月、師走に入りました。
遣り残されたことはないでしょうか。

今から減量や適正体重への増量は間に合わないかもしれませんが、でっこするかどうか迷っていたものを、年の最後にもう少し捨ててみましょう。


 今日の日記は、週末に書く日記の代わりにします。
 よって、週末の日記は休みます。





私が1997年2月1日「濾胞性リンパ腫」の告知を受けた時に、「血液内科」という診療科があることを知りませんでした。
私が告知を受けた時に、主治医である外科医が始めて使うCHOPという化学療法の患者になって、入院する日も決まったのです。
しかし、告知を受けた場で、まともな説明を受けることもありませんでしたが、主治医から「血液のがん」という言葉が出ていましたから、生半可な病気ではないはずです。それで、まずは京都に出て、大きな書店に行けば専門書があるかもしれないと思ったのが、「濾胞性リンパ腫とは何ぞや」の答えを求めて動き始めた最初の課題でした。
それから東京の国立がんセンターへ飛び込みでセカンドオピニオンに行こうとしたり、それなら癌研を紹介してくれる医師がいるとかの話しが出て癌研に行ったり、京都市内の病院に2週間検査入院して、再度の生検を受けたりする中で、治療を受ける病院がようやく浮かんできたのです。
東京はセカンドオピニオンを受けに行ったのです。東京で治療を受けるつもりは最初からありませんでした。本来は、他にこのタイミングで受けられる治療法はないかと主治医以外の専門医に意見を聞きに行き、そこで提案があれば、それを主治医の所に持ち帰って、再度より適切な治療法を考えるというのがセカンドオピニオンです。他の専門医の話しを聞きながら治療を受ける病院を探すというのは転院するための作業であって、セカンドオピニオンではありません。。


1997年には、ようやくネット上にホームページなるものが始まった段階で、「濾胞性リンパ腫」をキーに検索すると、出てきた中で資料として一番読めるのは東京にある国立がんセンターでした。内容は概略が書かれただけで、とても今のように充実したものではありませんでした。

今なら、例えばこのページ右列にある
「濾胞性と告知された人に」というリンク先で更に紹介しているリンク先を読めば、ほぼ必要な情報は網羅されているともいます。

リンパ腫は、患者を診た医師が最初に「リンパ腫の可能性がある」と想像することはありますが、しこりの細胞を手術で摘出(生検)して、病理医がしこりの状態を調べて「濾胞性リンパ腫である」とすることでのみ確定される病気です。
生検で得られた細胞片が傷んでいたり、少量だったり、病気の特徴を反映していない場合には病理医が判定することが困難な場合があり、「3度目の生検でようやく濾胞性リンパ腫と確定した」という患者さんもおられます。病理医を責めるのは酷で、難しいのです。

生検は、患者のしこりを診て生検が必要、或いは生検が有効と考える耳鼻咽喉科や外科、消化器内科、皮膚科、血液内科の医師が指示を出しますが、治療を進めるのは、特殊な例を除いて血液内科の医師です。生検で「濾胞性リンパ腫」と確定した後に、それに関与した医療者や患者は、同じ病院内での転化を含めて、治療を受ける病院を探すことになります。

私が初回治療を受けた病院は、下道を車で行くと3時間あまりかかりました。
告知を受けた時に子供が中学3年生と小学6年生でしたし、遠距離になると仕事をしている妻も簡単には病院に来られません。子供達も入院中の私がどうしているか想像することさえ難しいでしょう。逆にそれがメリットになると私は考えたのです。


その考え方は、70歳を超えるとさすがにどうかと思いますが、家族があって、これからも長くあなたを必要とする人がいるなら、よほどの病院でなければ、「家から近いから」というのは選択条件の上位にするべきではないと今も考えています。

「がん対策基本法」が」ができましたが、その基本的な考え方は、「日本中、どこの病院でも同じ程度の治療効果が得られる」というものです。「治るがんは、どこの病院でも治る」というものです。
しかし、逆にいうと、それができていないから、それを目的とされているのです。
例えば、ある病院に優れた血液内科の医師がいるとします。どこに出ても誇れる医師なのですがその病院で血液疾患を診るのはその医師ひとりだけとします。その場合、毎日毎日その医師が24時間病棟の患者を診ることは出来ません。血液疾患は重い病気ですから急変もあります。医師に連絡を取るかどうか切り分けをするのは看護師です。その切り分けを誤れば取り返しの出来ない状態になることもあります。よって、血液疾患の治療に対する病棟のレベルが一定水準にあることも必要です。外科では、手術時以外に重要な点滴はほとんどありませんが、血液疾患の治療は点滴がすべてといえるほどです。他の診療科と血液内科を比較すると、点滴の技量はびっくりするほど差があるのです。「医師ならみんな一緒でしょ」という考え方は、今の医療には通用しないほど専門分野の細分化が進んでいるのです。



このページの右列にも、「全国の病院(2010現在)」としてまとめたページを作っていますが、国立がん研究センターでも、血液疾患を診る主要な病院をしらべることができます。
それは、ここをクリックです。
出て来るページは、
検索条件件数: 350件
検索条件: 血液・リンパのがん
都道府県: 全国
治療: 全て

を条件に、私が検索したものです。
国が、「ほぼ、がんの治療が出来る」という病院を選出して「がん診療連携拠点病院」としていますが、それを中心とした病院です。
例えば、その中で我が京都府を見てみますと以下になります。


病院名をクリックしますと病院の概要が書かれたページに移り、そこには病院が開いているホームページに飛ぶリンクも貼られています。

上画像の右端に「詳しい情報へ」と書かれていますが、そこをクリックすると、私が「血液内科」をキーに検索しましたから、その病院の血液内科に関する情報が出てきます。

でも、例えば上画像にある「京都第二赤十字病院」ですが、そこにある「詳しい情報へ」をクリックして出てくるページには、血液内科の医師がひとりだけのように読み取れます。

それでおかしいと思って、病院のページから探すのですが、すったもんだっして、ようやく以下のページを見つけました。
それは、ここをクリックです。
そこには、
非ホジキンリンパ腫
2011年度 2012年度 2013年度 2014年度 2015年度
49    54    55    51    49

と新規患者の受付実績が書かれており、血液内科の指導医が3名と、血液内科の専門医が3名、他に2名の医師がおられることが書かれています。
これだけの陣容なら、血液内科が相当のレベルにあると拝察されます。
国立がん研究センターの病院データベースは、上記を見ても明らかなように不完全です。病院のホームページでも、ある診療科に登録されている医師がみなさん常勤とは限りません。ほとんどこられない医師が、席だけ置かれているケースもあります。外来当番表に名前が記載されている医師なら常勤でしょうから、そこで医師の数を数えれば、それ以上の医師がおられるのは事実だと思います。
そういうようにして、1件1件調べていくのは大変な作業です。
でも、頭の中だけだと堂々巡りになりますから、そうやって調べたことをワープロに打ち込んでいくと、ある程度は整理が出来ると思います。頭の中だけで考えると、結局は行ったりきたりで何も進んでいないということがよくあります。考えたことを記録していけば先に進んだり、不明なことがよくわかるようになるでしょう。
脳外科などなら、医師を選びたい第一条件は医師の外科手術における技量でしょう。しかし、血液疾患は医師と長い付き合いになります。医師と患者は人対人ですからね。どうしても合う合わないという問題も生じます。

上記は「がん診療連携拠点病院」なので、特に骨髄腫について先進的な治療を行われていて、血液疾患を診る医師数も多い京都市内のある病院が含まれていません。
そういう病院が、北海道の札幌市にある病院も抜けています。おそらく、拠点病院ではないからでしょう。
そういう病院は、地元の人ならご存知でしょうが、50km以上も離れた所に自宅がある人なら、患者さん同士の口コミじゃないと、情報を得るのは難しいかもしれませんね。著名な医師を調べて、その医師が勤めておられる病というのも選択方法にあるかもしれません。

ホームページに、「外来当番表」が書かれている病院が多いです。
同じ時刻に血液内科1診、血液内科2診が同時に稼動しているのは、よほど大きな病院でないとないと思いますから、宛先に医師名が書かれていない紹介状を持っていく場合などは、事前に外来の当番表を見て、この医師にと思う医師の当番日に行くと良いかもしれません。今は患者に医師を指名する権利はありません。途中で患者の希望で主治医を変えてもらうのも難しいです。

あるところで「セカンドオピニオン」をとりたいと主治医に話すのは気が引けるなどと話していると、ある医師が、「S.Kさん、患者にセカンドオピニオンをいわれて嫌な顔をするような医師ならやめてしまいなさい。医師なんて、いくらでもいます」といわれました。」
私はその場ではそれ以上話さなかったのですが、会が終わると世話人が来られて、「」S.Kさん、あの先生は進んでいますからね。医師がみんなそうだといいんですが、残念ですが、京都市内でもそこまでは進んでいないでしょう」とフォローしに来て下さいました。

京都に、超有名な大学病院がありますが、そこではリンパ腫の治療法を限定されているようです。患者が「**の治療をお願いしたい」と申し出ても、その病院の治療法一覧にない治療は難しいようです。
関東に、治験で超有名な病院がありますが、その病院も、リンパ腫の治療法を限定されているようで、保健適応の治療法であっても、その病院の治療法一覧にない治療は難しいようです。そういう傾向は、大学病院に強いのかもしれません。

医師も、患者の病気を治したいのです。





このページの右列に、
15年06月27日
 全国の病院(2010現在)
というリンクがあります。
リンク先のページを作った元データを見たくて、探したのですががん診療連携拠点病院以外の病院が載っていたデータが見つかりません。
それはいいのですが、それを探す中で気になるものを見つけました。

がん情報サービスから、「がん診療連携拠点病院等院内がん登録全国集計」が提供されています。
それは、ここをクリックです。

そのページに、
「がん診療連携拠点病院院内がん登録全国集計 2014年全国集計施設別(症例区分8を除く)集計表(付表1-6および付表7すべて)(PDF:62,872KB) 」
があります。
62メガの大きなファイルですから、ネットの速度が遅い人は時間がかかります。
がん種別に、がん登録をされた施設(病院)別の件数データです。
以下は、その中にあった表の一部です。


そして以下は、同じ文書にあった20歳以下に絞って抽出されたデータです。


つまり、
成人のリンパ腫は「悪性リンパ腫」と表記し、
20歳未満、つまり未成人のリンパ腫は「リンパ腫」と表記されているのです。

もちろん、単に記入ミスの可能性もありますが、意識して違う表記を使われた可能性もあります。

患者がリンパ腫の告知を受ける時に主治医が「悪性リンパ腫」といわれることはあると思いますが、それ以降、病室や外来受診の時に主治医が「悪性リンパ腫」といわれることはほとんどないでしょう。「リンパ腫」という言葉で代替が出来るからです。
患者は医学の世界で生きているのではありませんからリンパ腫でいいと思います。「小児悪性リンパ腫」なんて、小児のがんが注目を集めている中で使うべき言葉じゃないでしょう。脱毛をからかわれる以上にしんどいかもしれません。いじめの危険性もあります。
大人でも同じです。
「悪性悪性」と心に叩き込むのは、広義の「緩和ケア」にも反するでしょう。再発した時とか、経過観察で受診する時に、患者はリンパ腫の患者であることを思い知らされます。QOLを妨げるものは取っ払うのが一番でしょう。


答えはひとつだと思うのですが、自身がないなら精神科の医師や小児科の医師に助言を求められたらいいのです。
人にはそれぞれ立場やしがらみがありますからね。
私自身は、「悪性リンパ腫」でも辛抱できますが、立場やしがらみが治療法に影響されないことを祈るばかりです。


 そして、
 「悪性リンパ腫」という言葉は、少しずつ減っていく

 病棟でも外来でも、すでに、
 医師も看護師さんも「リンパ腫」です。





このページ右列に、以下のページへのリンクを付けています。
お役に立てるかどうかは妖しいものですが、私の覚書です。

          過去日記
          私の治療歴
          語録
          濾胞性リンパ腫患者さんのブログ
            ■患者さんブログMAC用リンク
          〃ご家族のブログ
          S.Kの検査画像(PET・CT)
          血液疾患患者会
          血液疾患医療セミナー
          濾胞性と告知された人に

15年01月21日 リンパ腫は,がんと闘いなさい
14年05月14日 私にできた各種のしこり
15年09月14日 リンパ腫の鑑別診断と病理
15年09月21日 濾胞性リンパ腫の国内患者数
15年01月28日 濾胞性リンパ腫生存率と余命
15年08月29日 濾胞性リンパ種診療ガイドライン
15年09月14日 濾胞性リンパ腫の予後は20年
15年08月29日 予後因子と治療開始基準
15年10月03日 無再発時の受診間隔
15年10月11日 濾胞性は年単位で進むのか
14年05月11日 濾胞性リンパ腫進行と治療
14年09月14日 濾胞性と生きる(資料)
15年03月08日 私が受けたCHOPの骨髄抑制
14年04月19日 濾胞性の転化と瀰漫性
15年10月04日 治療で思うこといろいろ
15年01月16日 これって、私だけかなあ
14年12月21日 治験の現状
14年12月21日 治験の現状と新薬動向
15年06年27日 ゲノムと抗体
15年08月02日 オプジーボの可能性
14年05月02日 濾胞性患者のネット検索キーワード
15年09月27日 主治医を信頼するとは、
15年06月27日 全国の病院(2010現在)
15年01月22日 京都府の病院(2010現在)


以下は、濾胞性リンパ腫の人がネットで検索されたキーワードの上位など、強い興味をお持ちの事柄です。

濾胞性リンパ腫 原因
濾胞性リンパ腫 症状・痛み、しこりの形(場所)
濾胞性リンパ腫 Bcl-2,病理、転化
濾胞性リンパ腫 sIL-2R,LDH,CRP
濾胞性リンパ腫 grade・グレード
濾胞性リンパ腫 ガイドライン
濾胞性リンパ腫 治療・最新治療、新薬
濾胞性リンパ腫 CHOP時の飲食・ベンダムスチン、ジェムザール
濾胞性リンパ腫 予後・生存率、余命
濾胞性リンパ腫 再発、再発までの期間、経過観察
濾胞性リンパ腫 完治
濾胞性リンパ腫 闘病記
濾胞性リンパ腫 掲示板



2016年12月日記に使ったリンク集
以下は私のための色見本です。
家族
体調
ニュース

引用


2016年12月 12月の体調
この12月に感じた主な体調変化を書いておきます。

01日 15年末に2ヶ所手術した背中粉瘤のひとつが再燃しています。

01日 左顔面の痙攣が激しくなっています。
    それで、10月27日から、メコバラミンを飲んでいます。
    メコバラミンで顔面痙攣が減り一定の効果が得られたと思うのですが、
    長くなるので、11月29日で内服をやめました。

01日 11月24日ピークの風邪を引きました。
    口の中の上皮膚が痛いのと軌道に痰が絡まって息がしにくい。
    発熱がないのでインフルエンザではないでしょう。
    12月10日には、ほぼ治りつつあります。

01日 夏場から徐々に血圧が上がっているので、11月11日からは、
    1日目 アムロピジン2.5mg朝
    2日目 アムロピジン2.5mg朝、ビソプロロール2.5mg2.5mg
    だったのを、今は
    1日目 アムロピジン2.5mg朝、アムロピジン2.5mg夜
    2日目 アムロピジン2.5mg朝、ビソプロロール2.5mg
    に増量しています。

09日 23時35分、ここに座っていて偶然左・・・




                              
        
    今が底だから、

                                
              明日はきっといい日になる        
         
                          


                                         






2016年10月7日(金) 21:15 血液内科の受診2
9月の26日に採血を受けに病院に行って、
10月の3日に、採血の結果が出ている血液内科の診察を受けてきました。

自宅から病院に行くまでの時間を計ってみようと思って、家を出る時にその時間をメモしました。でも、病院に着くとその事を忘れていて、血液内科の待合でふと思い出しました。ぼけぼけです。今ならまだ「ボケ始め老人の発症経過」が書けますが、それももうすぐ本当にぼけて書けなくなるかもしれません。涙。


 採血の結果は、ほぼ満足の出来るものでした。

先に、血液検査の結果をお見せしましょう。


2014年 2015年 2016年
          2月24日 9月1日 3月2日 9月28日 3月25日 9月26日
最高血圧 ? ? 142 129 177
最低血圧 ? ? 75 72 120
脈拍 ? ? 60 60 97
01抹消血液一般検査
02白血球数    8460 5780 7380 7160 6640 8270
 リンパ球数    1049 1737
 好中球数 5060 5863
03赤血球数    471 452 462 442 466 462
04血色素量(Hb) 15.0 14.6 14.7 14.2 14.4 14.9
05ヘマトクリット 44.8 43.4 43.9 44.5 43.9 44.8
06MCV     95.1 96.0 95.0 93.9 94.2 97.0
07MCH     31.8 32.3 31.8 32.1 30.9 32.3
08MCHC    33.5 33.6 33.5 34.2 32.8 333.3
09RDW-CV     14.0 14.3H 13.8 14.1H 13.7 14.9H
10血小板数 14.6L 12.2L 13.8L 13.6L 15.2 14.7L
11網状赤血球数
12抹消血液像
13骨髄芽球
14前骨髄球
15骨髄球
16後骨髄球
17好中球    76.2H 70.9
18桿状核球  
19分葉核球    77.0H 71.0H 69.0H 70.0H
20好酸球     4.0 3.0 1.0 3.0 1.2 2.7
21好塩基球    1.0 0.9 0.1L
22単球      5.0 9.0 8.0 8.0 5.9 5.3
23リンパ球    14.0L 16.0L 22.0L 19.0L 15.8L 21.0
24異型リンパ球
カウント
25未熟リンパ球
26未熟単球
27その外の細胞
28赤芽球  
29総蛋白    
30アルブミン 4.4 4.3 4.1 4.1
31A/G比
32総ビリルビン 0.4 0.4 0.3 0.4
33直接ビリルビン
34間接ビリルビン
35ALP     195 199 184 208 189 217
ALT     25 11 19 23 11 24
36GOT
37GPT
38LDH 179 159 163 161 157 181
39コリンエステラーゼ
40LAP   
40LAT   
41γ-GTP
42血清アミラーゼ 56 62 54 49 52
43尿素窒素
44クレアチニン 0.8 0.7 0.7 0.82 0.73 0.81
45尿酸 5.1 5.8 6.2 5.0 6.2
46ナトリウム 145 143 141 147
47カリウム 4.1 4.5 4.7 4.2 4.0 4.4
48クロール 107 107 104 108
カルシウム 9.6 9.5 9.8
eGFR >60.0 >60.0 >60.0 >60.0 >60.0 >60.0
CK 53L 53L 60 52L 45L 57
血糖(血清) 87 86 94 119H 109 111H
49総コレステロール 226H 207 214 230H
50中性脂肪 202H 187H 365H
 HDLコレストロール
 LDLコレステロール
 LDL/HDL比
51CRP 0.1 0.3 <0.1 0.03 0.09 0.08
52乳び
53溶血
54黄疸
 CEA
55可溶性IL2レセプター 216 311 241 210 348 350
 PSA 0.28 0.37 0.39 0.38
56網状赤血球色素等量
57幼弱血小板比率
37尿定性
38外観 麦藁色
39混濁 透明
40比重 1.016
41PH .5.5
42蛋白(定性) (-)
43蛋白(半定量) 0
44糖(定性) (-)
45糖分(半定量) 0
46ウロビリノーゲン(定性) Normal
47ウロビリノーゲン(半定量) 0.2
48ビリルビン(定性) (-)
49ビリルビン(半定量) 0.0
50ケトン体定性 (-)
51潜血(定性) (-)
52潜血(半定量) 0.06
53尿沈渣(機械値) ---
54赤血球 1-4/HPF
55赤血球(ME) 15.8
56白血球 <1/HPF
57白血球(ME) 3.5
58上皮細胞 <1/HPF
52潜血(半定量) 0.06
59上皮(ME) 1.9
60硝子円柱 (-)
61硝子(ME) 0.00
63細菌 (-)
63細菌(ME) 6.8
64赤血球形態 ---
65異常円柱 (-)
66小型上皮 (-)
67酵母用真菌 (-)
68結晶 (-)
69精子 (-)
主治医がプリントしてくれたものをそのまま書いていますが、読んでいるのは薄い赤色バックの項目だけです。「赤血球」を読まずに「ヘモグロビン」を読んでいるのは輸血の関係です。今もそうかは知りませんが、私がお世話になっていた病院で輸血が、血小板は、通院時に15000以下、入院時に20000以下で血小板の成分輸血、ヘモグロビンが、6.0以下で赤血球の成分輸血でした。赤血球の輸血は、赤血球が基準じゃなくてヘモグロビンだったのです。それは他の病院でも同じだと思います。だからずっとヘモグロビンを見てきました。
他の項目で「H」がついているのがありますが、この日も主治医が「コレステロールや中性脂肪が高いですね。まぁ、これくらいならいいか」といったので、それだけでスルーです。最近は、「H」が付いた項目も、ほとんどその意味を調べたりしていません。

受診した3日、朝起きて30分ほど経った時に自宅で測った血圧は139-80 66(最高血圧 最低血圧 脈拍)でした。受診した明くる日にの4日朝に測った血圧は138-84 67でした。8月9月は、何故かそれまでよりも10前後高くなっています。

血液内科の診察室で、先生と話しながら測った血圧は、

 177-120 97

ショエェ~~
久しぶりの170超えです。血圧をコントロールする薬を飲みだしてから、
この6年で一番高い血圧かもしれません。
主治医が「話しながらでしたからね、もう一度測ってみましょう」といいながら測ると、158-108 80と、少し下がっていましたがまだ高い。先生が困っていたので、ひょっとしたら見せることがあるかもと思って持っていた、ここ3ヶ月間自宅で測っていた朝の血圧数値を見せたら少し安心されました。平均すると上が130~140で、下が70~80、脈拍は60~75です。 

 血圧が高かったのは、たぶん、先生と話した話しの内容でしょう。
 私は軟弱で気が弱いからパニックにも弱いのです。
 それで血圧が跳ね上がったのでしょう。
 血圧の高さで一気に緊張して、お腹から頭まで汗でジュクジュクです。

 これでは脳出血防止の血圧コントロールに意味無いじゃん。
 いいえ、例えば血圧が220まで跳ね上がって脳出血したとします。
 でも、血圧を下げる薬を飲んでいれば、跳ね上がっても薬の効果で200に
 押さえられて、脳出血が回避できるかもしれません。そんな効果はあるでしょう。

 じゃあ、脳梗塞はどうなのか。
 高血圧が脳梗塞の原因になる事は少ないです。動脈硬化で脳動脈が詰まりか
 けたり、心臓の頻脈で流れ出た血だまりが細い血管を塞ぐ事が多いようです。
 血圧が高くなると頻脈が出やすくなりますから、薬の効果はあるか。

脳梗塞を初期に発見するには、自覚症状の把握が有効です。その前兆症状としては、見えにくい。ぼやけて見える、目が回る、
ろれつが回らない言葉が浮かびにくい、吐き気などがあります。書いていて自分でもドキッとしますね。ここで自覚症状を書くと、また文霊になってしまう恐さです。だから個別の心配事は書きません。それでも(リンパ腫に関係する事は書きます)


受診を終えた帰りに、血圧のコントロールでお世話になっている近隣のクリニックに行って薬をもらってきました。
そこの診察室で血圧を測ったら、

 148-96 78

と、まだ高くて、

 「薬飲んどるんか !! 」と、主治医に叱られました。

昔なら、血圧は「年齢+90」といわれた時代があって、それで行くと私は65+90なら155ですから、148ならそれほど高くはないし、むしろ、「血圧が低すぎるとがんになりやすい」という考え方もあります。年を重ねると、どうしても動脈硬化を生じますからね。それでも同じ血液量を流そうとすると、ある程度血圧が高くなるのは自然です。60歳や70歳になって「血圧は130以内」なんて、今でもそれはおかしいでしょう。


でもねえ、「緊張すると、すぐにここまで血圧が上がります」。というのは、心と体が密接不離の関係である事の証明です。血圧がこれだけ変動するのですから、過度のストレスや緊張が各種病気の原因になっても、何の不思議も無いでしょう。

病院に行く車の中でなんとなくラジオを聴いていたら出演者が、「健康を保つために、幅広く栄養を取って、適度な運動を心がけましょう。」というと、もうひとりが、「それって、がんを育てているようなものですね。」といらんことを話していました。ドキッ。ましてリンパ腫は免疫細胞ががん化したものですからね。がん化した免疫細胞を育てずに、がん化していない免疫細胞だけを育てるって、どうせぇっちゅうんや!という話しです。免疫細胞を増やすということ≒リンパ腫細胞を増やす?、私は逆に、リンパ腫の再発予防として「免疫抑制剤」(免疫を下げる)を継続して飲めば効果があるのではないかと主治医に聞いたほどです。
どちらにしても、たぶん、「過ぎたるは及ばず」。
自己と非自己の認識力を高める。
昨今の免疫療法系医学の進展を見ていると、おぼろげですが「一瞬でがんが消えてもおかしくない」。とさえ思えます。




過去の血液検査データは、ここをクリックです。
そのページは2段の構成になっていて、上段に、私が受けた主要な治療について書いており、下段に血液検査の時系列的な値や症状などを書いています。

リンパ腫の治療には、致死的な副作用の危険性もあります。それを承知で薬効と副作用の危険性を天秤に掛けて薬を使うのです。副作用は個人差も大きいので、主治医の先生と良く相談されますように。また、効果が得られる確率は非常に低いのに、「私にはよく効いた」という可能性もあります。



体の現状ですが、
リンパ腫とは関係がないと思われる事で気になる弱い症状が起きているのですが、先ほど書いたように「文霊(書く事による言霊(ことだま))」が恐いので、その症状を具体的には書きません。進行すると命に関わる病気です。今はまだ、その病気の可能性がゼロではないという程度です。


9月に突然足首から先が象さん足(特に右足)になりました。少しずつ治まってきましたが、原因は不明です。今回の受診時に、それも主治医に話したのですが、他の事も話したので、それを実際に見て確認されることはありませんでしたし、私も敢えて見せませんでした。
左顔面の痙攣は少し軽減したものの、今も続いています。
2013年の12月、続けて翌年の4月7月に腰痛を起こし、ひどいときは自転車に乗っていて、少し段差があるだけでビリビリっと腰に強烈な痛みが出たのですが、その症状は今は治まっています。仰向けになって上半身を起こす腹筋が、腰が痛くて1回も出来ません。2015年の8月からは、ビニールボール2個をビニールテープで括って、それを寝る時に腰の後ろの平らな部分に横向けにして2分間敷いています。その効果が出ているのでしょうか、腰の痛みが酷くならずにやわらぎ落ち着いています。ビニールボール2個を使った腰当て療法は、偶然見ていたテレビで、整形の医師がいわれたものです。その時に医師が推奨されたのは硬式のテニスボールのようです。
今も正座をするとすぐに足先が攣りますし、畳の上に寝ていると、1時間ほどで足先が攣ります。布団のうえで寝ると、そこまでひどくはありません。
自然脱落も含めて歯肉炎で順次抜歯して、上の歯は1本残っているだけで下は8本残っています。下の歯の中には2本、すでに自然脱落予備軍のぐらぐら歯があります。上下入れ歯で、歯肉炎を繰り返しています。今回は久しぶりに、9月始めから少量の酒を毎日飲み続けたのですが、歯肉炎を起こさずに済んでいます。それまでは、レギュラーサイズの缶ビールを1本飲んだだけで2日か3日後には歯肉炎が始まるような状態が2年ほど続いていました。
足裏の魚の目と水虫、背中2ヶ所の粉瘤は2015年の12月に摘出手術を受けて、1ヶ所は綺麗になりつつありますが、もう1ヶ所は炎症気味です。
5年ほど前だったでしょうか、ボーエン病の術後に
右下腹部に2ヶ所と、左足付け根の裏側と左脇の下後ろ、腰の背骨部に1ヶ所、合計5ヶ所に大きなイボ(皮膚科医確認済)が順次できたのですが、その後は増えずに落ちついています。
左手薬指に発症したボーエン病の予後は今も良好で、経過観察の受診はなくなりました。

消化器系が弱くて、便秘と下痢が交代で続いています。
2013年のクリニック受診で身長を測ったら166.5cm、168.5cmあった身長が縮んで老化です。
難聴気味になっています。特に右耳で、コオロギの鳴き声を聞くのに体を回転させると、ある方向でほとんど聞こえなくなります。
頭上の脱毛は順調に進んでいます。右側頭部に白髪の密集地が出来ています。
(↑初回治療を受けた後にヅラを買ったので、そろそろそれを付けようか?)
白髪は、局部はもちろん髭や手の産毛、眉毛、顎鬚にも進んでいます。
血圧が高くなったので、2013年4月から近くのクリニックで降圧剤をもらって飲んでします。(↑朝アムロジピン2.5mg、2日に一度、ビソブロロール2.5mgを内服しています)
老化現象のひとつでしょうか、大小の排せつ処理を待ちにくい事が増えています。遠出した場合は、コンビニがあるので助かります。

検査数値は、変化の流れ、上か下か変わらずかの方向性を見るものだと思います。それと、変化がいち方向に向かっているときには、その絶対値ですね。原因は不明ですが、腫瘍マーカー他、どんな検査でも単発的に上がったり下がったりする事があるので、複数回の検査で、その変化の方向性を見る事が重要です。単発的に大きく上がった場合は、次回の検査を早めて結果を見る事も考えた方がいいでしょう。
sIL-2Rは、リンパ腫患者によって高値安定とか、リンパ腫の病気が進んでもほとんど変化しない人とかおられますが、私の場合はしこりが増大するのと同じか、それよりも早くsIL-2r数値の上昇が見られます。良し悪しは別にして、再発を繰り返せば、経験的に再発とsIL-2Rの関係をつかみやすいでしょうが、再発を繰り返す事はお勧めできません。私の場合ですが、リンパ腫が進むと確実にsIL-2Rが上昇していきます。そこで治療を受けると急激にsIL-2Rが低下するのですが、その低下は必ずしも治療効果を反映しているものではないようで、治療効果が低くてもsIL-2Rが急激に低下する事もありました。寛解して、半年あまり過ぎてからでないと、治療を開始してから寛解までの間のsIL-2R値は役に立ちません。



上記検査結果と、以下の記述は個人差がありますから、あくまでもS.K個人の場合についての話しです。
検査結果の内容は、治療で効果が出ているときと、長く治療をせずにいて、再発の方向にあるときでも変化の方向や数値が違いますし、数値とリンパ腫の相関関係が変わることもあります。しこりの出る場所も、再発によって変わることがあります(最初に出るのが首周りからだったのに、再発では足の付け根が最初だった等です)、リンパ腫の進行とLDHやsIL-2Rの変化、比例性や絶対値は人様々です。
あなたと私が、お互いにこの病気になっていなかった健康なときでも、あなたと私の血液検査結果は個人差がありますから違います。健康に問題がなかっても、個人差の範囲内で標準範囲から若干逸脱することもあるでしょうが、それでも体に問題がないときもあります。濾胞性リンパ腫の病気になってからでも検査数値の絶対値や変化には個人差があります。

同じ濾胞性のリンパ腫でも、私が受けて良好な結果が得られた治療方法が、あなたにも良好な効果が得られる保障はありません。その逆の場合もあるように個人差が大きいから各種治療法の選択は難しいのです。副作用の出方も個人差が大きいです。それでも薬の奏効率は考慮すべきでしょう。

濾胞性リンパ腫の初回治療は現在R-CHOPが一番多いでしょうし、最初の再発ではR-Bの治療を受けられる人が多いでしょうが、再再発以降や、R-CHOPやR-Bが効かなかった時の治療法は千差万別で、今も標準治療は決まっていないと思います。


 私が受けたそれぞれの治療には
 二次発がんの危険性や骨髄抑制の深さなど、
 致命的な副作用の恐さがありますので、
 参考にされる場合は主治医とよく相談される必要があります。


ホジキン病や瀰漫性リンパ腫の人は治癒を目的に治療が進められますから、検査数値の結果に対する治療行動や考え方が濾胞性リンパ腫とは異なると思います。濾胞性では今も「経過観察」という治療法がありますが、ホジキンや瀰漫
性には基本的に治癒を目指した治療を行いますから「経過観察」という治療法(考え方・概念)はありません。同じリンパ腫でも違うのです。

 毎年再発してきた濾胞性リンパ腫の人の寛解が長く続いた場合、
 主治医は、まずは5年だといいました。
 治癒に繋がる可能性についてです。
 (それでも、「濾胞性リンパ腫に治癒はありません」と言い張る医師もいますが)

 ここでそれ以上書くと次の検査で私が裏切られそうに思うので書きません。
 それでも私の今後など、書きたいことがあって、うずうずしていますが・・・、

 
 前回の受診で今の主治医は、
 濾胞性リンパ腫は、
 「長く再発しない人でも6年目や7年目の再発は多い」といわれました。
 「10年を超えて再発する人は少なくなるが、」ともいわれました。
 それ以後の再発では再度の生検をしないと、
 10年後の再発か、濾胞性リンパ腫の新たな発症かの見分けは難しい」
 といいながら、
 「まあ再発か、新たに出来たリンパ腫かは調べたらわかりますけどね」
 ともいわれました。

どうなんでしょうね。
変わっても瀰漫性で、濾胞性リンパ腫の人がバーキットやホジキンで再発することは、ほぼないから同じことだと思います。
濾胞性と瀰漫性では、治療法で大きく変わることはありません。
治療の目的は変わりますけどね。
瀰漫性への転化でも、その場合はまだ濾胞性リンパ腫細胞も残っていると考えるのが論理的だと思うのですが、そこに言及された医師の記述は見た事がありません。


医師でも記憶に強弱がありますからね。主治医としてこれまでに診てきた患者に、印象の強い患者と弱い患者があるでしょう。偶然うまくいかなかった患者が続いた治療法とか、偶然長期寛解が続いた治療法の後とかです。だから、機械的に統計データとして捉えないと、主観的な感覚の世間話になる危険性があるでしょう。



私の場合、
1988年~1992年 そのころ、首にしこりが出来ているのに気付きました。
1992年~1994年 会社の健康診断で医師に、首に出来ているしこりのことを話しました。
1997年02月01日 1月24日に首の左側にあるしこりを摘出手術し、
            2月1日に濾胞性リンパ腫と告知を受けました。
            
この時からの日記をこのホームページに書いています。
1997年04月22日 濾胞性リンパ腫で入院して、初めての治療を受けました。
           治療をCHOPで初めて、自家移植を含む大量化学療法まで。
2002年05月22日 このホームページをスタートしました。
           1997年1月からの日記をここに転記しました。
2007年12月14日 ラステットの内服治療を終えました。
           (再々々再発で、私が最後に受けた治療です)
2010年07月26日 皮膚の前駆がんであるボーエン病の手術を受けました。

初回治療以後、4度の再発で治療を繰り返してきましたが、2007年12月以後は2016年10月7日現在治療を受けていません。(8年と10ヶ月間無治療)


2016年12月1日現在で私は、
首に出来たリンパ腫のしこりに気付いてから23年から25年、
告知を受けてから4度の再発と治療を受ける中で19年10ヶ月が経ち、
最後に受けた治療から9年0ケ月近くになります。
現在、QOLはほぼ良好で、1日に300キロは車の運転も出来るでしょう。
(激しい運動はできない程度に体力は低下しています。)


次回の受診予定は、
2017年の3月に血液内科の採血で、その1週間後に受診です。(半年後)
2011年の9月から、2ヶ月に一度クリニックで血圧管理を受けています。
2015年4月に歯科の治療を受けました。
 歯肉炎の治療を受けて上の歯を2本抜歯して、入れ歯を新しくしました。
 その後も歯肉炎で苦しんだりしていますが、内科の薬で凌いできました。

ボーエン病は、経過観察の期間を終えたので、今後は何かあれば私から予約外で受診を希望する事になります。




あと4ヶ月で、告知から20年です。
ネタ切れの中、私はその日までこの日記を続けられるでしょうか。



この10年における、濾胞性リンパ腫に使える新薬の承認は以下です。
2015年10月5日現在

ジェムザール注射用200mg/ジェムザール注射用1g
代謝拮抗性抗悪性腫瘍剤
再発又は難治性の悪性リンパ腫
GDP療法に使われる薬のひとつです。
2013年2月

トレアキシン
ベンダムスチン塩酸塩
再発又は難治性の下記疾患
低悪性度B細胞性非ホジキンリンパ腫
2010年12月

ゼヴァリン イットリウム
CD20陽性の再発又は難治性の低悪性度B細胞性非ホジキンリンパ腫
2008年6月

フルダラ静注用50mg
抗悪性腫瘍剤
再発又は難治性の低悪性度B細胞性非ホジキンリンパ腫
2007年6月+α(錠剤に遅れて追加承認)

フルダラ錠
再発又は難治性の低悪性度B細胞性非ホジキンリンパ腫
2007年6月

ロイスタチン注8mg
クラドリビン注射液
再発・再燃又は治療抵抗性の低悪性度又はろ胞性B細胞性非ホジキンリンパ腫、マントル細胞リンパ腫
2002年12月

リツキサン
CD20陽性のB細胞性非ホジキンリンパ腫
2001年9月


2012年3月の改定で、イフォスファミド(イホマイド)が悪性リンパ腫に適応になっています。単剤でも内服で使える薬なのですが、リンパ腫への適応拡大はDevic限定の承認かもしれません。





あと数年経たずして、濾胞性リンパ腫で、
 新薬のブレークスルーが起きそうな気がするのですが、

 どうでしょうか。

大隅先生のノーベル賞対象となった細胞の自食作用である「オートファジー」は、欧米でオートファジー阻害剤としてすでにがんへの治験が始まっています。

残念ですが、その段階でも濾胞性リンパ腫患者の全員が治癒するというのは難しいでしょう。「ブレークスルー」というのは、複数種類の新たな分子標的薬が濾胞性リンパ腫に対して認可されるという意味です。新しい薬で「効く人には素晴らしく良く効く」という薬は見え隠れしていますが、「そのメリットが得られるのは一部の人」というのもまた分子標的薬の特徴のようです。その新薬と既存の化学療法の併用で治療効果が上がるという道もあるでしょう。その当たりは、リツキサンの特徴と同じかもしれません。巨大腫瘤に対しては効果が低いのなら、先に一般的な化学療法をして腫瘍量を減らしておいてから、新しい分子標的薬を使うなど、使用技術の向上もあるでしょう。





Only one day (1日だけ、履歴に残さない当日日記)

この日記では記述に色分けをしています。
通常の日記は紺色で書いています。

持病で私の事を書くときは紫色で書いています。(20070701から)
持病で一般的なことを書くときはの色で書いています。
まれにですが、最重要個所では赤字を使っています。
8月9日からしばらく、母の病気や家族への伝言はこの色で書いていきます。
株式のNET売買について書くと
きはこの色です。

※ 注意
これから私のメイルアドレスを以下とします。

sabcdek-ybb.ne.jp
上の-(ハイフォン)を@(アットマークに変えてください)。
それが今後は、この持病関連で使う私のメイルアドレスです。
詳細な理由は、このホームページのアドレス変更と共に3月28日の日記に書いています

このホームページの正規のアドレスは以下です。

../../../www.geocities.jp/nagalelumamani
それ以外のアドレスだと正常に動作しない部分もあります。

ここに私が書いていることで、治療に関することは、あくまでもリンパ腫の患者である私個人の場合です。ホジキン病や、非ホジキンでも濾胞性や瀰漫性の違いだけでなく個々の患者さんによる違いが大きなものだと聞いています。読んでいただいて思われることがありましたら、主治医の先生に相談されることをお勧めします