2017年6月分日記のストックです。

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2017年6月 ルーツを仮終了まで進める26

「「濾胞性リンパ腫の井戸端会議」と「濾胞性リンパ腫患者の治療履歴集」の掲示板を作りました。
お入りいただきたいのは、濾胞性リンパ腫の患者さんとご家族です。
私のアドレスは sabcdek-ybb.ne.jp です。-を@に変えてメ-ルをお送り下さい。
掲示板に入るパスワードをメ-ルの返信でお知らせします。

詳細は2010年の3月11日日記をご覧下さい。
2017年5月31日現在185人+4人にご案内済みです。(最終ご案内日)
随時更新される100人の治療歴があれば、素晴らしいとお思いになりませんか?



2017年6月 ルーツを仮終了まで26
 27 小林真央さん
 20 書きたかった事
 17 
寝太郎から目覚め
 
02 3クール目開始
 01 取りあえず月次更新
  2017年4月28日
呼吸器内科受診

2017年6月27日(火) 21:02 小林真央さん
23日で、抗がん剤の内服を終えました。
30日に病院に行って、採血の結果に問題なければ、4クール目の治療が始まります。
25日から、血痰と鼻汁に血が混じるのが治まっています。これは、治療が始まれば治まるのならわかりやすいのですが、治療が終わると治まるというのはわかりにくいです。






小林麻央さんは残念でした。
ご冥福をお祈りします。


人は皆、この世で200年生きる事はできません。
多くの人は80余年、長くて百余年です。

衣食住をほぼ自分で行えて、出来れば余裕で車を運転できる時期、
そうすると70歳前後になりますが、そう考えると、
「ほぼ五体満足の状態で70までは生きていたい。」
と思います。

「生きたい」という感情は、年齢だけで変わるものではなく、
お子さんの年齢や、家庭環境、他にも関係するものがあります。
人は、泥棒をしてでも生きるべきときがあるのかもしれません。
自分だけなら死を選べても、それが出来ない状態もあるのです。

乳がんは様々です。
告知を受けた時から急激に憎悪する場合もありますし、手術後10年を超えて再発する事もあります。
そういう意味では、乳がんは濾胞性リンパ腫に似ています。


以前、ある女性が胃がんになり、1/3の胃削除手術を受けられました。
同時に摘出されたリンパ節で濾胞性リンパ腫が発覚しました。
一気にダブルキャンサーです。
まずは胃がんの再発防止対応、そして濾胞性リンパ腫への対処です。
その女性には、3歳と5歳でしたか、男の子と女の子のお子さんがおられました。
がん患者は、告知を受けた時からがんによる死を考えます。
誰もが死を考えるのですが、実はそこに2種あるのです。
濾胞性リンパ腫の告知を受けたとき、少なくとも、2年や3年でこの世の別れに至るとは思わないでしょう、でも、いつかその日は来ます。来るのは来るのですが、早くても、その日までに数年はありそうに思います。
それと対比されるのが、その日が2週間、少なくとも1ヶ月以内に予想されるときです。
その2種は明らかに内容が異なります。
小林麻央さんが在宅療養を望まれたのは、そういう厳しさを医療者から聞かされたからなのかもしれません。
私は、医師から直接それを聞かされた事はありませんが、主治医の表情などから3度それを経験した事があります。私の命は、もう長くない。
ひとつ目の告知は心の置き方を中心にした死への準備ですが、ふたつめは、葬儀の衣服やお墓をどうするか、家族が生活の基盤を置く場所をどうするかなど、より具体的な準備です。

先ほどの胃がんの女性ですが、濾胞性リンパ腫はおとなしい状態が続いたものの胃がんが再発し厳しい状態になられました。
お子さんがお見舞いに来られて、幼くて、もうひとつ現実を理解できない息子さんは、お母さんに会えた嬉しさでお母さんにぶつかっていきます。でも、もうお母さんにはそれを受け止める力がないのです。強烈な痛みに襲われます。年上のお嬢さんはそれをわかっています。だから、お母さんに抱きついて甘えたいのに、それが出来ないのです。それをわかっているお母さんは、お父さんに、息子さんを売店に連れて行って、おもちゃを買うようにいいます。ようやくお嬢さんは、そっとお母さんに体を寄せていきました。
お母さんは、おそらくはもう1週間か2週間、主治医から直接の言及はありませんが、そのときが迫っているという、ふたつ目の告知を受けられた状態です。自分がいなくなった後、残された父と子供ふたりが生活の拠点をどこに置くか、現金や銀行の通帳などの確認もしておきます。それを終えたお母さんは、痛み止めの量を増やし、眠りに入りました。
そして、その1週間後に旅立たれました。
看護師さんで、250ccのバイクにも乗っておられました。
そのバイクを手放されたときが、がんを受容されるかどうかの時期だったかもしれません。
長くブログが残されていたのですが、ブログを運営する会社がブログサービスを閉じられたのでもう見る事ができなくなりました。私は、その最後のページだけはhtmで保存しています。どこか、他のブログサービスに移動したなどは書かれていませんので、無事に移されたかどうかは不明です。

がん患者になっても、「もう、出来る事しかできない」ということは、もうひとつわかりません。
旅立つ日が近いことを知らされたとき、ようやく「もう、出来る事しかできない」という現実を知る事になるのではないでしょうか。



死への道が近づいている事を知らされたとき、人の心は以下をたどるといわれます。
第1段階:否認と孤立(denial & isolation)
第2段階:怒り(anger)
第3段階:神との取り引き(bargaining)
第4段階:抑うつ(depression)
第5段階:受容(acceptance)

ここでいわれる「受容」とは、死に行く日が自分に近づいている現実を知ってからの心の変遷なのでしょう。「経過観察」という中途半端な状態でいる濾胞性リンパ腫患者が、「がんを受け入れる」精神状態になることは少ないと思うのですがいかがでしょうか。少なくとも、「受容」に至っていない自分に問題があるなどと思う必要はないでしょう。私達は神や仏ではありません。その時その時に新たな問題に出くわして悩み涙して、そんな中で最後の日を迎えるのでしょう。濾胞性リンパ腫の告知を受けても、「その日が近づいている」というのを、1週間後か2週間後の出来事として真近にしておられる人は圧倒的に少ないでしょう。

小林麻央さんも書いておられましたが、早いうちに、セカンドオピニオンなど、他の医師の考えも知っておくべきだと思います。医師も神や仏ではなくて生身の人です。勘違いもあれば、得られたデータの間違いがあるかもしれません。
日本で一番名の通った病院といえば東京のがんセンターでしょうか。そこに100人の医師がおられたとして、そのすべての医師が話しやすく、受診時にチェックポイントを確実に押さえられているかどうかは難しいものです。おそらく100人の医師すべてというのは難しいでしょう。どんなところにもいろんな人がおられます。ドクターショッピングは賛同しかねますが、信頼できる医師との出会いも重要でしょう。

上は、「濾胞性リンパ腫」の場合です。
もちろん、濾胞性リンパ腫で今現在厳しい状態にあられる人もおられるでしょうが、無憎悪の状態での経過観察がありますからね。臓器に発生する固形がんは、より厳しい場合が多いです。




私の「肺の扁平上皮がん」で、キイトルーダの奏効は1割前後か、
でも、私にもその可能性はあります。



2017年6月20日(火) 17:03 書きたかった事
ここに書いてないからねえ、
他にメモもしていないし、
しんどいときは寝太郎状態だし、体の状態が上向けば、ただその状態にひたっていたいと思う。そうなると、ここい書く機会がない。
それでも、濾胞性リンパ腫のことなら最低限書くつもりだけど、は他は力が入りません。
でも、これは書いておかないと。

 5月20日前後からだったと思う。もう少し早い時期からだったかもしれない。
 (この日記に4月30日頃からという記述もある)
 咳と痰がほぼでなくなっていました。
 それが、6月の10日前後からは、また増えてきた。
 そうなると、
 薬が効きだしていたのに効かなくなったとか、また病気が進みだした。
 なんて、検査もしていないのに、

6月2日に外来の「CDDP+S-1療法」でシスプラチンの点滴を受けて、そのあと自宅でTS1の内服が2週間続きます。
今回。3クール目のそれが今月の16日で終わりました。
化学療法の内服が終わって、今日で4日目ですが食事が出来ません。
口も入れ歯も問題ありませんから、物理的に食事は出来るのですが、今日の昼食はインスタントラーメンの「エースコックノワンタンメン」が3割と、堅い目のお粥が3割しか食べられませんでした。
食事量を上げるための練り物食品をクリニックの保険適応でもらったのですが、まだ食べていないものの、おそらくは同じ理由で食べられないでしょう。
今も、「食事はいやです」という特殊な感情で体が満ちています。

そんな感覚が続くのはこれが、あと2日か3日でしょう。




 で私、次の外来はいつだったっけ。



2017年6月17日(土) 22:57 寝太郎から目覚め
昨日で、内服の抗がん剤が終わりました。

抗がん剤の内服が始まって2日目からは寝太郎生活の始まりです。
起きていたらしんどいのですが、横になるとしんどさが治まります。
よって、大半は寝たきり生活。
それが、内服が始まって10日目前後からはしんどさが弱まって、昼間寝ている時間が減り、ぼけ~ぇっと起きています。しんどいときにいろんな症状があらわれるので、それをホームページに書いたらいいのですが、しんどさが勝って、とてもその気になりません。

抗がん剤の副作用が消れて、なんとか元気になると、しんどかった日々に起きたことは忘れています。
だから、ここに書く事がない。


 医療者の勘違いで、患者がこの世からさよならする事があります。
 数は少ないですが、今も輸血の血液型が異なる事故があります。
 「それは医療者の仕事でしょう」
 なんて固い事をいわずに、できれば患者も「3番チェック」に参加して、
 医療者とともに、レベルアップの意識を高めましょう。
 全体(病棟など)のレベルが上がれば、まず、程度の低いミスが減ります。



 6月7日でしたか、
 階段を下りていて、下から3段目で空中遊泳をしてしまいました。
 運良く無事でしたが、今もひじが痛い。
 踏み外したというよりも、本当に、空に踏み出したという感じ。
 どで~んと、思いっきり廊下に背中を打ち付けました。
 宇宙遊泳は、去年一度と、今年2度。

 6月の10日ぐらいだったか、
 寝ていて、「ピンポーン」となった。
 「はーい」といいながら下に降りたが、来客の形跡なし。
 玄関のカギを開けて外に出るも来客の形跡なし、
 トイレに行って、その後時計を見ると「5:52」
 ヤマトも佐川も、こんな時間に来るわけないじゃん。

 布団の中で時計を見ると「1:12」
 なんだこりゃ、
 外が暗くなってきてるし、まだ晩御飯を食べていないから6時か7時のはず。
 携帯は電波時計だし、それが壊れたか。
 あれっ、横で嫁さんが寝ている、
 なんでえ?
 ほんで結局何時なのさ、
 で、トイレに下りて時計を見ると、「1:20」
 
 私66歳。
 まだ早いと思うけど・・・、





【扁平上皮がん(へんぺいじょうひがん)】
体を構成する組織のうち、扁平上皮とよばれ、体の表面や食道などの
内部が空洞になっている臓器の内側の粘膜組織から発生するがんです。口の中、舌、のど、食道、気管、肺、肛門、外陰部、腟、子宮頸部などに発生します。

有棘細胞癌
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内、 検索 有棘細胞癌(ゆうきょくさいぼうがん、squamous cell carcinoma; SCC)は皮膚癌の一つである。表皮細胞(理論的には、増殖能力を失った細胞である有棘細胞ではなく、表皮の幹細胞である基底細胞)から発生する。癌細胞自体は、有棘細胞に類似した形態に分化した姿のまま細胞分裂し増殖する。皮膚の扁平上皮癌と同義語である。
治療[編集]転移を認めなければ手術によって切除するのが第一選択となる。所属リンパ節転移を認める場合は郭清術も施行する。血行性転移を起こした場合には放射線療法や化学療法が適応となる。ペプロマイシンや、シスプラチンとアドリアマイシンを併用したCA療法が有効である。米国では化学薬品を使ったMoh's surgeryも行われる。

上に書いた「扁平上皮がん」は、咽頭がんから食道がん、胃がん大腸がんに共通していえる事で、発生機序が同じなのでしょう。
それをもう少し広げると、「内部が空洞になっている臓器の内側の粘膜組織から発生するがん」ですから、乳がん(乳管)も胆管がんも同じでしょう。もちろん、それが「気管支(肺がん)」であった私も同じです。





早いもので、肺がんの告知を受けてから4ヶ月になります。
4ヶ月というのは、私にとって余命に対する比率がべらぼうに大きなものかもしれません。
私は、今回肺がんの告知を受けてから、「5年生存率」や多様な治療法についてほとんど調べていません。思い込みだけで決め付けるのはよくありませんが、治療法と治療の後の結果が、狭い枠の中にほぼまとまっているように思うのです。治療法による治療効果の違いが少ないと思うのです。濾胞性リンパ腫は違うと思います。薬によって、10年無憎悪無再発を得られる場合があると思うのです。


「全がん協加盟施設の生存率共同調査」で5年生存率がわかるようです。
もっと正確なものがありそうですが、いいでしょう。
そこは、ここをクリックです。


ここでは、肺の「扁平上皮がん」だけに絞ることは出来ないようです。



「肺がんの5年生存率」
出てきたのが上記グラフです。




肺がんは、
腺癌
扁平上皮癌
大細胞癌
小細胞肺
に分かれるのですが、上の表は何もかもごちゃごちゃです。
上の表で、私の病期はⅢc.
5年生存率は22.9%です。



告知を受けた前後で急激に進みました。
肺がんが急激に進んでいるかどうかは、毎日CTを撮るとかしないと分からないでしょう。でも、発痰や血痰の変化を見てると恐くなるほど量や回数が増えて行ったのです。
肺の「小細胞がん」は確定後、半年で半数の人が亡くなられます。生検で詳細が確定するまで、ちょっと厳しいかなと思いました。厳しいというのは、1年以内の命です。


17時、トイレに降りたとき、階段の下からは私のための色見本です。



2017年6月2日(金) 22:57 1週間の延期後3クール目開始
5月25日に血液検査を受けました。
白血球が2510で低いので、治療は1週間延期になり6月2日に外来化学療法室で治療を受けました。
3クール目の治療開始です。


2016年 2017年
9月26日 2月24日 4月11日 4月19日 4月28日 5月25日 6月2日
最高血圧 177 162 - - メモが不明- 131
最低血圧 120 92 - - - 77
脈拍 97 69 - - - -
01抹消血液一般検査
02白血球数    8270 7300 4690 3710L 5090 2510L 5110
 リンパ球数    1737 966 1109 1558
 好中球数 5863 3499 2170 2713
03赤血球数    462 456 415L 418L 442 324L 355L
04血色素量(Hb) 14.9 14.0 12.7L 13.0 13.8 10.3L 11.5L
05ヘマトクリット 44.8 42.6 37.7L 38.4L 41.6 31.3L 35.2L
06MCV     97.0 93.4 90.8 91.9 94.1 96.6 99.2
07MCH     32.3 30.7 30.6 31.1 31.2 31.8 32.4
08MCHC    33.3 32.9 33.7 33.9 33.2 32.9 32.7
09RDW-CV     14.9H 13.8 13.3 13.6 15.4H 17.0H 18.6H
10血小板数 14.7L 14.0L 3.5L 7.9L 10.7L 11.0L 10..2L
11網状赤血球数
12抹消血液像
13骨髄芽球
14前骨髄球
15骨髄球
16後骨髄球
17好中球    70.9 74.6H 58.5 53.3 41.6 56.5
18桿状核球  
19分葉核球    74.0H 74.0H
20好酸球     2.7 8.0H 0.9 2.7 3.9 4.4 1.2
21好塩基球    0.1L 0.2L 0.0L 0.4 0.8 0.8
22単球      5.3 6.0 3.7 8.9H 11.8H 12.8H 10.0H
23リンパ球    21.0 12.0L 20.6 29.9 30.6 40.4 31.5
24異型リンパ球
カウント
25未熟リンパ球
26未熟単球
27その外の細胞
28赤芽球  
41血液像目視
21好塩基球    2.1H 2.8H
20好酸球     5.2H 2.8
20芽球     0.0 0.0
20前骨髄球     0.0 0.0
20骨髄球     0.0 0.0
20後骨髄球     0.0 0.0
18桿状核球   1.0 0.0
19分葉核球    47.4 50.9
19リンパ球   35.1 36.1
19異型リンパ球   1.0 0.0
19単球   8.2 7.4
19赤芽球   1
19好中球数   1040 2887
19リンパ球数   1010 1610
19リンパ球   35.1
29総蛋白     5.4L 6.1L 7.0 5.4L 6.3L
30アルブミン 3.5L 3.9 4.2 3.3L 3.8L
31A/G比 1.84 1.77 1.50 1.57 1.52
32総ビリルビン 0.4 0.4 0.3 0.3 0.3 0.5
33直接ビリルビン
34間接ビリルビン
35ALP     217 168 158 198 256 189 204
AST     22 19 21 13 15
ALT     24 12 37 18 20 11 9
36GOT
37GPT
38LDH 181 187 204 202 214 176 197
39コリンエステラーゼ
40LAP   
40LAT   
41γ-GTP 33 29 31 26 32
42血清アミラーゼ 52 53 64 63 47 55
43尿素窒素 15 12 13 10 13
44クレアチニン 0.81 0.78 0.83 0.84 0.88 0.73 0.77
45尿酸 6.2 4.7
46ナトリウム 147 142 143 143 143 141 141
47カリウム 4.4 3.7 4.5 5.6H 4.5 4.0 4.4
48クロール 108 105 105 107 103 107 105
カルシウム 9.8 9.1 8.8 9.5 9.8 9.0 9.2
eGFR >60.0 >60.0 >60.0 >60.0 >60.0 >60.0 >60.0
CK 57 48L 25L 29L 32L 29L 25L
血糖(血清) 111H 88 120H 93 85 122H 101
49総コレステロール 230H 143 145 199 138 181
50中性脂肪 365H
 HDLコレストロール
 LDLコレステロール
 LDL/HDL比
51CRP 0.08 0.07 0.33H 0.02 0.07
0.02
0.04
52乳び
53溶血
54黄疸
 CEA 13.4H 31.8H 23.4H
 SCC 2.58H
 シフラ 5.45H
ProGRP(血漿院内) 65.9
55可溶性IL2レセプター 350 405
 PSA 0.38
PT時間 11.5
PT活性度 95.2
PT-INR 1.03
IATPP時間 24.0
IAPTT対照 26.9

2017年5月1日(月) 00:00 とりあえず、月次更新処理
リンパ腫は3月の採血で測ったsIL-2rだけが関連データですが、初回治療から20年を越えた今は落ち着いています。

今回は、それ以上に厳しいと思われる肺がんの経過をまとめておきます。




肺がんの経緯


2017/02/05 日 ここ2週間ほど痰が酷い。
        喉の奥、気管支上部に痰が絡み、呼吸時にゼイゼイヒーヒーとうるさい。

2017/02/21 火 Mクリニックで咳止めと痰止めの薬を願う
        胸部レントゲン検査で右胸部に腫瘍らしき画像あり


2017/02/22 水 Mクリニックの指示で、KR病院にて胸部CT検査
        CT画像右胸部に腫瘍らしき画像あり



2017/02/24 金 リンパ腫を診てもらっている病院で呼吸器内科を受診
        肺活量検査,心電図検査,胸部レントゲン2種

2017/03/04 土 呼吸器科の指示で別のクリニックでPET検査



2017/03/06 月 2泊3日入院し気管支内視鏡検査(生検を含む)

2017/03/16 木 頭部MRI検査

2017/03/17 金 呼吸器内科で各種検査結果の説明を受ける

        
   肺がん(扁平上皮がん)の告知を受けました
           病期はⅢcです。

      27 日 入院して薬物治療開始予定です。

2017/03/24 金 治療前なのに急激に食欲低下
           常時気持ち悪さが続き始めた
           これは、がんの進行による病状悪化と思われる。

2017/03/27 月 3/27-4/06 治療のために入院
          
CDDP+S-1療法 1クール目
     3/28 火 CDDP(シスプラチン)静注
     3/29~4/11 14日間S1(ティ-エスワンOD錠)内服
           1週間休薬で2クール目を開始予定

2017/04/06 木 退院
          当初、入院は短ければ3泊4日、長ければ14日間の予定でしたが、
          全身状態悪化で早期退院は困難、少し延長後、
           「化学療法の今後副作用は予想の範囲内にある」
          と思われるために、入院11日目で退院。

2017/04/11 火 経過観察受診
           白血球4690 ヘモグロビン12.7L 
血小板3.5L CRP0.33H

2017/04/19 水 経過観察後受診
           白血球3710Lヘモグロビン13.0 
血小板7.9L CRP0.02
           この頃から歯磨き時に出血

2017/04/28 水 白血球5090 ヘモグロビン13.8 
血小板10.7 CRP0.07
           
外来化学療法室で2クール目の点滴治療を受ける

2017/04/28 水 家を出る前の自宅と外来化学療法室で下痢。
           便がすべて出たと思う。


2017/04/30 日 この当たりで発痰と咳が、ほぼ止まったか

2017/05/03 水 化学療法の副作用か、体調不良で一日寝た子状態
2017/05/04 木 ナウゼリン座薬30MG×2を使って、気力で帰省息子家族と外出

2017/05/05 金 化学療法の副作用か、
           今回最悪期で、一日寝た子が復活、起きればしんどい

2017/05/06 土 夜の歯磨きで、久しぶりに歯茎から出血した。
           血小板の減少なら、治療開始1週間で、時期が少し早いけど、
           顎骨の筋でも違えたか、口の開き度が悪い。
           無理に開けようとすると痛いし、食事がしにくくて踏んだりけったり
2017/05/07 日 自宅と、外出先で下痢
           便が、ほぼすべて出たと思う
2017/05/09 火 朝の9時、10年ぶりかで左右、手の指先が攣った。
           攣ったのはすべての指先で気持ち悪い。
2017/05/09 火 食欲不振がひどいです。
           昨夜体重を計ると51kgでした。私の通常体重は56kg~57kgです
           数回目のCHOPもそうでした。
           病棟で、入院食を積んだ台車が来ると軽い吐き気が続くんです
           それで、院内のレストランに逃げていたっていうのですから、
           お元気な人にはわけわからん世界でしょうね。
           「吐き気なんか根性で治せ」といわれても難しいのです。
           私だって治したい。
2017/05/10 水 治まったと思っていた痰と咳が夕方から出だした。
           鼻汁には2月からずっと血が混じっています。
           痰には、血が混じる事と混じらない事があります。
2017/05/11 木 26時にロキソニンを飲みました。
           口内炎は薬の副作用であるのですが、私の場合は、
           歯肉炎の痛みです。
2017/05/17 水 食欲不振が続いています。
           主食は1割から2割、副食は、それぞれが1割から2割です。
           同じものは、少量の一定量しか食べられません。
           4月29日から5月12日まで抗がん剤の内服が続いて、
           今日で薬が終わって5日目です。
           もう、体調が戻ってもいい頃だと思うのですが・・・、
2017/05/18 木 17時にロキソニンを飲みました。
           入れ歯に当たる歯茎が痛くなっているのです。
2017/05/20 土 今日か昨日が食欲のボトム
           今日は、化学療法の薬が終わって8日目です。
2017/05/21 日 食べられない状態から、ほぼ開放されました。
           化学療法の副作用で食欲が減退していたのから開放された
           だけで、がんの進行による食欲不振は続いています。
2017/05/25 木 採血検査 白血球が2500で低いために1週間治療を延期。
2017/06/02 金 ほぼ骨髄抑制が回復したので、
           3クール目の「CDDP+S-1療法」
治療開始。
2017/06/20 火 この1ヶ月で、食事量が最低か



以下は、「CDDP+S-1療法」です。
初日は別途CDDP(シスプラチン)の静注です。
その後は、2週間(14日間)以下のように内服が続きます。
これを、4クールか5クール続ける予定です。
主治医曰く、
「ほとんどの人に、ある程度効果がある治療法です」

ティーエスワン配合OD錠T20 20mg 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 0 0
抗がん剤
3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 0 0
80イメンドカプセル80 1 1
デカドロン錠4mg 1 1 1 1
(副腎皮質ホルモン) 1 1 1 1
アロプリノール錠100mg 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 0 0
(嗽薬)
アンブロキソール塩酸塩除放OD錠45mg 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1
(痰切り)
シーサール錠15mg 2 2 2 2 2 2 2 2 2 2 2 2 2 2 2 2
(咳止め) 2 2 2 2 2 2 2 2 2 2 2 2 2 2 2 2
2 2 2 2 2 2 2 2 2 2 2 2 2 2 2 2
ビオスリー配合錠 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 0 0
(整腸剤) 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 0 0
1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 0 0
マグミット錠
(軟便剤)
センノシド錠12mg
(下剤)
5プラミール錠5mg
(逐次・吐き気止め)
アムロジピン2.5mg 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1
(降圧剤)
1 1 1 1 1 1 1 1
ビソプロロールフマル酸塩2.5mg
(頻脈抑制)
1 1 1 1 1 1 1 1
ゾル゙ビデム錠5mg「JG」 半錠(2.5mg)
(逐次・入眠剤)





このページ右列に、以下のページへのリンクを付けています。
お役に立てるかどうかは妖しいものですが、私の覚書です。

          過去日記
          私の治療歴
          語録
          濾胞性リンパ腫患者さんのブログ
            ■患者さんブログMAC用リンク
          〃ご家族のブログ
          S.Kの検査画像(PET・CT)
          血液疾患患者会
          血液疾患医療セミナー
          濾胞性と告知された人に

15年01月21日 リンパ腫は,がんと闘いなさい
14年05月14日 私にできた各種のしこり
15年09月14日 リンパ腫の鑑別診断と病理
15年09月21日 濾胞性リンパ腫の国内患者数
15年01月28日 濾胞性リンパ腫生存率と余命
15年08月29日 濾胞性リンパ種診療ガイドライン
15年09月14日 濾胞性リンパ腫の予後は20年
15年08月29日 予後因子と治療開始基準
15年10月03日 無再発時の受診間隔
15年10月11日 濾胞性は年単位で進むのか
14年05月11日 濾胞性リンパ腫進行と治療
14年09月14日 濾胞性と生きる(資料)
15年03月08日 私が受けたCHOPの骨髄抑制
14年04月19日 濾胞性の転化と瀰漫性
15年10月04日 治療で思うこといろいろ
15年01月16日 これって、私だけかなあ
14年12月21日 治験の現状
14年12月21日 治験の現状と新薬動向
15年06年27日 ゲノムと抗体
15年08月02日 オプジーボの可能性
14年05月02日 濾胞性患者のネット検索キーワード
15年09月27日 主治医を信頼するとは、
15年06月27日 全国の病院(2010現在)
15年01月22日 京都府の病院(2010現在)


以下は、濾胞性リンパ腫の人がネットで検索されたキーワードの上位など、強い興味をお持ちの事柄です。

濾胞性リンパ腫 原因
濾胞性リンパ腫 症状・痛み、しこりの形(場所)
濾胞性リンパ腫 Bcl-2,病理、転化
濾胞性リンパ腫 sIL-2R,LDH,CRP
濾胞性リンパ腫 grade・グレード
濾胞性リンパ腫 ガイドライン
濾胞性リンパ腫 治療・最新治療、新薬
濾胞性リンパ腫 CHOP時の飲食・ベンダムスチン、ジェムザール
濾胞性リンパ腫 予後・生存率、余命
濾胞性リンパ腫 再発、再発までの期間、経過観察
濾胞性リンパ腫 完治
濾胞性リンパ腫 闘病記
濾胞性リンパ腫 掲示板



2017年6月日記に使ったリンク集
以下は私のための色見本です。
家族
体調
ニュース

引用


2017年6月 6月の体調
この6月に感じた主な体調変化を書いておきます。
---------------------------------
01日 




                              
        
    今が底だから、

                                
              明日はきっといい日になる        
         

                          


                                         






2017年4月28日(金) 24:00 呼吸器内科を受診してきました
2016年 2017年
          3月25日 9月26日 2月24日 4月11日 4月19日 4月28日
最高血圧 177 162 - - メモが不明-
最低血圧 120 92 - - -
脈拍 97 69 - - -
01抹消血液一般検査
02白血球数    6640 8270 7300 4690 3710L 5090
 リンパ球数    1049 1737 966 1109 1558
 好中球数 5060 5863 3499 2170 2713
03赤血球数    466 462 456 415L 418L 442
04血色素量(Hb) 14.4 14.9 14.0 12.7L 13.0 13.8
05ヘマトクリット 43.9 44.8 42.6 37.7L 38.4L 41.6
06MCV     94.2 97.0 93.4 90.8 91.9 94.1
07MCH     30.9 32.3 30.7 30.6 31.1 31.2
08MCHC    32.8 33.3 32.9 33.7 33.9 33.2
09RDW-CV     13.7 14.9H 13.8 13.3 13.6 15.4H
10血小板数 15.2 14.7L 14.0L 3.5L 7.9L 10.7L
11網状赤血球数
12抹消血液像
13骨髄芽球
14前骨髄球
15骨髄球
16後骨髄球
17好中球    76.2H 70.9 74.6H 58.5 53.3
18桿状核球  
19分葉核球    74.0H 74.0H
20好酸球     1.2 2.7 8.0H 0.9 2.7 3.9
21好塩基球    0.9 0.1L 0.2L 0.0L 0.4
22単球      5.9 5.3 6.0 3.7 8.9H 11.8H
23リンパ球    15.8L 21.0 12.0L 20.6 29.9 30.6
24異型リンパ球
カウント
25未熟リンパ球
26未熟単球
27その外の細胞
28赤芽球  
29総蛋白     5.4L 6.1L 7.0
30アルブミン 4.1 3.5L 3.9 4.2
31A/G比 1.84 1.77 1.50
32総ビリルビン 0.4 0.4 0.4 0.3 0.3
33直接ビリルビン
34間接ビリルビン
35ALP     189 217 168 158 198 256
AST     22 19 21
ALT     11 24 12 37 18 20
36GOT
37GPT
38LDH 157 181 187 204 202 214
39コリンエステラーゼ
40LAP   
40LAT   
41γ-GTP 33 29 31
42血清アミラーゼ 49 52 53 64 63 54
43尿素窒素 15 12 13
44クレアチニン 0.73 0.81 0.78 0.83 0.84 0.88
45尿酸 5.0 6.2 4.7
46ナトリウム 141 147 142 143 143 143
47カリウム 4.0 4.4 3.7 4.5 5.6H 4.5
48クロール 104 108 105 105 107 103
カルシウム 9.8 9.1 8.8 9.5 9.8
eGFR >60.0 >60.0 >60.0 >60.0 >60.0 >60.0
CK 45L 57 48L 25L 29L 32L
血糖(血清) 109 111H 88 120H 93 85
49総コレステロール 230H 143 145 199
50中性脂肪 365H
 HDLコレストロール
 LDLコレステロール
 LDL/HDL比
51CRP 0.09 0.08 0.07 0.33H 0.02 0.07
52乳び
53溶血
54黄疸
 CEA 13.4H 31.8H
ProGRP(血漿院内) 65.9
55可溶性IL2レセプター 348 350 405
 PSA 0.39 0.38
PT時間 11.5
PT活性度 95.2
PT-INR 1.03
IATPP時間 24.0
IAPTT対照 26.9

CEAは、代表的な腫瘍マーカーで現在もっとも多く測定されています。
CEA値は大腸、肺などの癌で陽性となります。また慢性肝炎や糖尿病など良性疾患でも陽性を示すことがありますが、この場合のCEA値はあまり高くはなりません。健常者では長期喫煙者の陽性率が高く、CEA値は喫煙量に比例し、正常値上限の2倍位まで上がります。

今回は、血内の主治医が気を利かせてCEAの検査を追加してくれたようです。
CEAは案の定高い。
ということは、当然固形がん(肺がん)の可能性が高まる。



CEA値(ng/mL) 頻度の高い病態
0.1~5.0 正常値
5.0~10.0 軽度上昇 高齢者、喫煙、良性疾患
(悪性腫瘍も否定できない)
10.0~20.0 中等度上昇 悪性腫瘍を疑う
(良性疾患はまれ)
20.0以上 高度上昇 悪性腫瘍を強く疑う
リンパ節、他臓器への転移を疑う
陽性率50~70%
 大腸癌、膵癌、胆管癌、肺癌
陽性率30~50%
 食道癌、胃癌、乳癌、子宮癌、卵巣癌、泌尿器癌



主治医がプリントしてくれたものをそのまま書いていますが、読んでいるのは薄い赤色バックの項目だけです。「赤血球」を読まずに「ヘモグロビン」を読んでいるのは輸血の関係です。今もそうかは知りませんが、私がお世話になっていた病院で輸血が、血小板は、通院時に15000以下、入院時に20000以下で血小板の成分輸血、ヘモグロビンが、6.0以下で赤血球の成分輸血でした。赤血球の輸血は、赤血球が基準じゃなくてヘモグロビンだったのです。それは他の病院でも同じだと思います。だからずっとヘモグロビンを見てきました。
他の項目で「H」がついているのがありますが、この日も主治医が「コレステロールや中性脂肪が高いですね。まぁ、これくらいならいいか」といったので、それだけでスルーです。最近は、「H」が付いた項目も、ほとんどその意味を調べたりしていません。

受診した3日、朝起きて30分ほど経った時に自宅で測った血圧は139-80 66(最高血圧 最低血圧 脈拍)でした。受診した明くる日にの4日朝に測った血圧は138-84 67でした。8月9月は、何故かそれまでよりも10前後高くなっています。

血液内科の診察室で、先生と話しながら測った血圧は、

 177-120 97

ショエェ~~
久しぶりの170超えです。血圧をコントロールする薬を飲みだしてから、
この6年で一番高い血圧かもしれません。
主治医が「話しながらでしたからね、もう一度測ってみましょう」といいながら測ると、158-108 80と、少し下がっていましたがまだ高い。先生が困っていたので、ひょっとしたら見せることがあるかもと思って持っていた、ここ3ヶ月間自宅で測っていた朝の血圧数値を見せたら少し安心されました。平均すると上が130~140で、下が70~80、脈拍は60~75です。 

 血圧が高かったのは、たぶん、先生と話した話しの内容でしょう。
 私は軟弱で気が弱いからパニックにも弱いのです。
 それで血圧が跳ね上がったのでしょう。
 血圧の高さで一気に緊張して、お腹から頭まで汗でジュクジュクです。

 これでは脳出血防止の血圧コントロールに意味無いじゃん。
 いいえ、例えば血圧が220まで跳ね上がって脳出血したとします。
 でも、血圧を下げる薬を飲んでいれば、跳ね上がっても薬の効果で200に
 押さえられて、脳出血が回避できるかもしれません。そんな効果はあるでしょう。

 じゃあ、脳梗塞はどうなのか。
 高血圧が脳梗塞の原因になる事は少ないです。動脈硬化で脳動脈が詰まりか
 けたり、心臓の頻脈で流れ出た血だまりが細い血管を塞ぐ事が多いようです。
 血圧が高くなると頻脈が出やすくなりますから、薬の効果はあるか。

脳梗塞を初期に発見するには、自覚症状の把握が有効です。その前兆症状としては、見えにくい。ぼやけて見える、目が回る、
ろれつが回らない言葉が浮かびにくい、吐き気などがあります。書いていて自分でもドキッとしますね。ここで自覚症状を書くと、また文霊になってしまう恐さです。だから個別の心配事は書きません。それでも(リンパ腫に関係する事は書きます)


受診を終えた帰りに、血圧のコントロールでお世話になっている近隣のクリニックに行って薬をもらってきました。
そこの診察室で血圧を測ったら、

 148-96 78

と、まだ高くて、

 「薬飲んどるんか !! 」と、主治医に叱られました。

昔なら、血圧は「年齢+90」といわれた時代があって、それで行くと私は65+90なら155ですから、148ならそれほど高くはないし、むしろ、「血圧が低すぎるとがんになりやすい」という考え方もあります。年を重ねると、どうしても動脈硬化を生じますからね。それでも同じ血液量を流そうとすると、ある程度血圧が高くなるのは自然です。60歳や70歳になって「血圧は130以内」なんて、今でもそれはおかしいでしょう。


でもねえ、「緊張すると、すぐにここまで血圧が上がります」。というのは、心と体が密接不離の関係である事の証明です。血圧がこれだけ変動するのですから、過度のストレスや緊張が各種病気の原因になっても、何の不思議も無いでしょう。

病院に行く車の中でなんとなくラジオを聴いていたら出演者が、「健康を保つために、幅広く栄養を取って、適度な運動を心がけましょう。」というと、もうひとりが、「それって、がんを育てているようなものですね。」といらんことを話していました。ドキッ。ましてリンパ腫は免疫細胞ががん化したものですからね。がん化した免疫細胞を育てずに、がん化していない免疫細胞だけを育てるって、どうせぇっちゅうんや!という話しです。免疫細胞を増やすということ≒リンパ腫細胞を増やす?、私は逆に、リンパ腫の再発予防として「免疫抑制剤」(免疫を下げる)を継続して飲めば効果があるのではないかと主治医に聞いたほどです。
どちらにしても、たぶん、「過ぎたるは及ばず」。
自己と非自己の認識力を高める。
昨今の免疫療法系医学の進展を見ていると、おぼろげですが「一瞬でがんが消えてもおかしくない」。とさえ思えます。




過去の血液検査データは、ここをクリックです。
そのページは2段の構成になっていて、上段に、私が受けた主要な治療について書いており、下段に血液検査の時系列的な値や症状などを書いています。

リンパ腫の治療には、致死的な副作用の危険性もあります。それを承知で薬効と副作用の危険性を天秤に掛けて薬を使うのです。副作用は個人差も大きいので、主治医の先生と良く相談されますように。また、効果が得られる確率は非常に低いのに、「私にはよく効いた」という可能性もあります。



体の現状ですが、
リンパ腫とは関係がないと思われる事で気になる弱い症状が起きているのですが、先ほど書いたように「文霊(書く事による言霊(ことだま))」が恐いので、その症状を具体的には書きません。進行すると命に関わる病気です。今はまだ、その病気の可能性がゼロではないという程度です。


9月に突然足首から先が象さん足(特に右足)になりました。少しずつ治まってきましたが、原因は不明です。今回の受診時に、それも主治医に話したのですが、他の事も話したので、それを実際に見て確認されることはありませんでしたし、私も敢えて見せませんでした。
左顔面の痙攣は少し軽減したものの、今も続いています。
2013年の12月、続けて翌年の4月7月に腰痛を起こし、ひどいときは自転車に乗っていて、少し段差があるだけでビリビリっと腰に強烈な痛みが出たのですが、その症状は今は治まっています。仰向けになって上半身を起こす腹筋が、腰が痛くて1回も出来ません。2015年の8月からは、ビニールボール2個をビニールテープで括って、それを寝る時に腰の後ろの平らな部分に横向けにして2分間敷いています。その効果が出ているのでしょうか、腰の痛みが酷くならずにやわらぎ落ち着いています。ビニールボール2個を使った腰当て療法は、偶然見ていたテレビで、整形の医師がいわれたものです。その時に医師が推奨されたのは硬式のテニスボールのようです。
今も正座をするとすぐに足先が攣りますし、畳の上に寝ていると、1時間ほどで足先が攣ります。布団のうえで寝ると、そこまでひどくはありません。
自然脱落も含めて歯肉炎で順次抜歯して、上の歯は1本残っているだけで下は8本残っています。下の歯の中には2本、すでに自然脱落予備軍のぐらぐら歯があります。上下入れ歯で、歯肉炎を繰り返しています。今回は久しぶりに、9月始めから少量の酒を毎日飲み続けたのですが、歯肉炎を起こさずに済んでいます。それまでは、レギュラーサイズの缶ビールを1本飲んだだけで2日か3日後には歯肉炎が始まるような状態が2年ほど続いていました。
足裏の魚の目と水虫、背中2ヶ所の粉瘤は2015年の12月に摘出手術を受けて、1ヶ所は綺麗になりつつありますが、もう1ヶ所は炎症気味です。
5年ほど前だったでしょうか、ボーエン病の術後に
右下腹部に2ヶ所と、左足付け根の裏側と左脇の下後ろ、腰の背骨部に1ヶ所、合計5ヶ所に大きなイボ(皮膚科医確認済)が順次できたのですが、その後は増えずに落ちついています。
左手薬指に発症したボーエン病の予後は今も良好で、経過観察の受診はなくなりました。

消化器系が弱くて、便秘と下痢が交代で続いています。
2013年のクリニック受診で身長を測ったら166.5cm、168.5cmあった身長が縮んで老化です。
難聴気味になっています。特に右耳で、コオロギの鳴き声を聞くのに体を回転させると、ある方向でほとんど聞こえなくなります。
頭上の脱毛は順調に進んでいます。右側頭部に白髪の密集地が出来ています。
(↑初回治療を受けた後にヅラを買ったので、そろそろそれを付けようか?)
白髪は、局部はもちろん髭や手の産毛、眉毛、顎鬚にも進んでいます。
血圧が高くなったので、2013年4月から近くのクリニックで降圧剤をもらって飲んでします。(↑朝アムロジピン2.5mg、2日に一度、ビソブロロール2.5mgを内服しています)
老化現象のひとつでしょうか、大小の排せつ処理を待ちにくい事が増えています。遠出した場合は、コンビニがあるので助かります。

検査数値は、変化の流れ、上か下か変わらずかの方向性を見るものだと思います。それと、変化がいち方向に向かっているときには、その絶対値ですね。原因は不明ですが、腫瘍マーカー他、どんな検査でも単発的に上がったり下がったりする事があるので、複数回の検査で、その変化の方向性を見る事が重要です。単発的に大きく上がった場合は、次回の検査を早めて結果を見る事も考えた方がいいでしょう。
sIL-2Rは、リンパ腫患者によって高値安定とか、リンパ腫の病気が進んでもほとんど変化しない人とかおられますが、私の場合はしこりが増大するのと同じか、それよりも早くsIL-2r数値の上昇が見られます。良し悪しは別にして、再発を繰り返せば、経験的に再発とsIL-2Rの関係をつかみやすいでしょうが、再発を繰り返す事はお勧めできません。私の場合ですが、リンパ腫が進むと確実にsIL-2Rが上昇していきます。そこで治療を受けると急激にsIL-2Rが低下するのですが、その低下は必ずしも治療効果を反映しているものではないようで、治療効果が低くてもsIL-2Rが急激に低下する事もありました。寛解して、半年あまり過ぎてからでないと、治療を開始してから寛解までの間のsIL-2R値は役に立ちません。



上記検査結果と、以下の記述は個人差がありますから、あくまでもS.K個人の場合についての話しです。
検査結果の内容は、治療で効果が出ているときと、長く治療をせずにいて、再発の方向にあるときでも変化の方向や数値が違いますし、数値とリンパ腫の相関関係が変わることもあります。しこりの出る場所も、再発によって変わることがあります(最初に出るのが首周りからだったのに、再発では足の付け根が最初だった等です)、リンパ腫の進行とLDHやsIL-2Rの変化、比例性や絶対値は人様々です。
あなたと私が、お互いにこの病気になっていなかった健康なときでも、あなたと私の血液検査結果は個人差がありますから違います。健康に問題がなかっても、個人差の範囲内で標準範囲から若干逸脱することもあるでしょうが、それでも体に問題がないときもあります。濾胞性リンパ腫の病気になってからでも検査数値の絶対値や変化には個人差があります。

同じ濾胞性のリンパ腫でも、私が受けて良好な結果が得られた治療方法が、あなたにも良好な効果が得られる保障はありません。その逆の場合もあるように個人差が大きいから各種治療法の選択は難しいのです。副作用の出方も個人差が大きいです。それでも薬の奏効率は考慮すべきでしょう。

濾胞性リンパ腫の初回治療は現在R-CHOPが一番多いでしょうし、最初の再発ではR-Bの治療を受けられる人が多いでしょうが、再再発以降や、R-CHOPやR-Bが効かなかった時の治療法は千差万別で、今も標準治療は決まっていないと思います。


 
私が受けたそれぞれの治療には
 二次発がんの危険性や骨髄抑制の深さなど、
 致命的な副作用の恐さがありますので、
 参考にされる場合は主治医とよく相談される必要があります。


ホジキン病や瀰漫性リンパ腫の人は治癒を目的に治療が進められますから、検査数値の結果に対する治療行動や考え方が濾胞性リンパ腫とは異なると思います。濾胞性では今も「経過観察」という治療法がありますが、ホジキンや瀰漫
性には基本的に治癒を目指した治療を行いますから「経過観察」という治療法(考え方・概念)はありません。同じリンパ腫でも違うのです。

 毎年再発してきた濾胞性リンパ腫の人の寛解が長く続いた場合、
 主治医は、まずは5年だといいました。
 治癒に繋がる可能性についてです。
 (それでも、「濾胞性リンパ腫に治癒はありません」と言い張る医師もいますが)

 ここでそれ以上書くと次の検査で私が裏切られそうに思うので書きません。
 それでも私の今後など、書きたいことがあって、うずうずしていますが・・・、

 
 前回の受診で今の主治医は、
 濾胞性リンパ腫は、
 「長く再発しない人でも6年目や7年目の再発は多い」といわれました。
 「10年を超えて再発する人は少なくなるが、」ともいわれました。
 それ以後の再発では再度の生検をしないと、
 10年後の再発か、濾胞性リンパ腫の新たな発症かの見分けは難しい」
 といいながら、
 「まあ再発か、新たに出来たリンパ腫かは調べたらわかりますけどね」
 ともいわれました。

どうなんでしょうね。
変わっても瀰漫性で、濾胞性リンパ腫の人がバーキットやホジキンで再発することは、ほぼないから同じことだと思います。
濾胞性と瀰漫性では、治療法で大きく変わることはありません。
治療の目的は変わりますけどね。
瀰漫性への転化でも、その場合はまだ濾胞性リンパ腫細胞も残っていると考えるのが論理的だと思うのですが、そこに言及された医師の記述は見た事がありません。


医師でも記憶に強弱がありますからね。主治医としてこれまでに診てきた患者に、印象の強い患者と弱い患者があるでしょう。偶然うまくいかなかった患者が続いた治療法とか、偶然長期寛解が続いた治療法の後とかです。だから、機械的に統計データとして捉えないと、主観的な感覚の世間話になる危険性があるでしょう。



私の場合、
1988年~1992年 そのころ、首にしこりが出来ているのに気付きました。
1992年~1994年 会社の健康診断で医師に、首に出来ているしこりのことを話しました。
1997年02月01日 1月24日に首の左側にあるしこりを摘出手術し、
            2月1日に濾胞性リンパ腫と告知を受けました。
            
この時からの日記をこのホームページに書いています。
1997年04月22日 濾胞性リンパ腫で入院して、初めての治療を受けました。
           治療をCHOPで初めて、自家移植を含む大量化学療法まで。
2002年05月22日 このホームページをスタートしました。
           1997年1月からの日記をここに転記しました。
2007年12月14日 ラステットの内服治療を終えました。
           (再々々再発で、私が最後に受けた治療です)
2010年07月26日 皮膚の前駆がんであるボーエン病の手術を受けました。

初回治療以後、4度の再発で治療を繰り返してきましたが、2007年12月以後は2016年10月7日現在治療を受けていません。(8年と10ヶ月間無治療)


2017年2月1日現在で私は、
首に出来たリンパ腫のしこりに気付いてから24年から26年、
告知を受けてから4度の再発と治療を受ける中で20年と1日が経ち、
最後に受けた治療から9年1ケ月半近くになります。
現在、QOLはほぼ良好で、1日に300キロは車の運転も出来るでしょう。
(激しい運動はできない程度に体力は低下しています。)


次回の受診予定は、
2017年の3月に血液内科の採血で、その1週間後に受診です。(半年後)
2011年の9月から、2ヶ月に一度クリニックで血圧管理を受けています。
2015年4月に歯科の治療を受けました。
 歯肉炎の治療を受けて上の歯を2本抜歯して、入れ歯を新しくしました。
 その後も歯肉炎で苦しんだりしていますが、内科の薬で凌いできました。

ボーエン病は、経過観察の期間を終えたので、今後は何かあれば私から予約外で受診を希望する事になります。




あと4ヶ月で、告知から20年です。
ネタ切れの中、私はその日までこの日記を続けられるでしょうか。



この10年における、濾胞性リンパ腫に使える新薬の承認は以下です。
2015年10月5日現在

ジェムザール注射用200mg/ジェムザール注射用1g
代謝拮抗性抗悪性腫瘍剤
再発又は難治性の悪性リンパ腫
GDP療法に使われる薬のひとつです。
2013年2月

トレアキシン
ベンダムスチン塩酸塩
再発又は難治性の下記疾患
低悪性度B細胞性非ホジキンリンパ腫
2010年12月

ゼヴァリン イットリウム
CD20陽性の再発又は難治性の低悪性度B細胞性非ホジキンリンパ腫
2008年6月

フルダラ静注用50mg
抗悪性腫瘍剤
再発又は難治性の低悪性度B細胞性非ホジキンリンパ腫
2007年6月+α(錠剤に遅れて追加承認)

フルダラ錠
再発又は難治性の低悪性度B細胞性非ホジキンリンパ腫
2007年6月

ロイスタチン注8mg
クラドリビン注射液
再発・再燃又は治療抵抗性の低悪性度又はろ胞性B細胞性非ホジキンリンパ腫、マントル細胞リンパ腫
2002年12月

リツキサン
CD20陽性のB細胞性非ホジキンリンパ腫
2001年9月


2012年3月の改定で、イフォスファミド(イホマイド)が悪性リンパ腫に適応になっています。単剤でも内服で使える薬なのですが、リンパ腫への適応拡大はDevic限定の承認かもしれません。





あと数年経たずして、濾胞性リンパ腫で、
 新薬のブレークスルーが起きそうな気がするのですが、

 どうでしょうか。

大隅先生のノーベル賞対象となった細胞の自食作用である「オートファジー」は、欧米でオートファジー阻害剤としてすでにがんへの治験が始まっています。

残念ですが、その段階でも濾胞性リンパ腫患者の全員が治癒するというのは難しいでしょう。「ブレークスルー」というのは、複数種類の新たな分子標的薬が濾胞性リンパ腫に対して認可されるという意味です。新しい薬で「効く人には素晴らしく良く効く」という薬は見え隠れしていますが、「そのメリットが得られるのは一部の人」というのもまた分子標的薬の特徴のようです。その新薬と既存の化学療法の併用で治療効果が上がるという道もあるでしょう。その当たりは、リツキサンの特徴と同じかもしれません。巨大腫瘤に対しては効果が低いのなら、先に一般的な化学療法をして腫瘍量を減らしておいてから、新しい分子標的薬を使うなど、使用技術の向上もあるでしょう。





Only one day (1日だけ、履歴に残さない当日日記)

この日記では記述に色分けをしています。
通常の日記は紺色で書いています。

持病で私の事を書くときは紫色で書いています。(20070701から)
持病で一般的なことを書くときはの色で書いています。
まれにですが、最重要個所では赤字を使っています。
8月9日からしばらく、母の病気や家族への伝言はこの色で書いていきます。
株式のNET売買について書くと
きはこの色です。

※ 注意
これから私のメイルアドレスを以下とします。

sabcdek-ybb.ne.jp
上の-(ハイフォン)を@(アットマークに変えてください)。
それが今後は、この持病関連で使う私のメイルアドレスです。
詳細な理由は、このホームページのアドレス変更と共に3月28日の日記に書いています

このホームページの正規のアドレスは以下です。

../../../www.geocities.jp/nagalelumamani
それ以外のアドレスだと正常に動作しない部分もあります。

ここに私が書いていることで、治療に関することは、あくまでもリンパ腫の患者である私個人の場合です。ホジキン病や、非ホジキンでも濾胞性や瀰漫性の違いだけでなく個々の患者さんによる違いが大きなものだと聞いています。読んでいただいて思われることがありましたら、主治医の先生に相談されることをお勧めします